26.ニコイチ男子と二次元系イケメンとやりすぎお料理教室
「あれ、治った……」
先に意識をはっきりとさせたのは、明るい金髪の男の子のほうだった。
目を開けたと思ったらパチパチと瞬きし、スクっと上半身を起き上がらせて不思議そうにする。
非常に寝起きが良い。
羨ましいほどのスムーズな起床風景だ。
上半身を起こした彼は、すぐそばの私達には気付かないのか気にしないのか、隣で「うう〜ん」と微睡んでいる暗い茶の短髪の男の子へおもむろに手を伸ばすと、結構な勢いでゆっさ、ゆっさと揺らし始めた。
「ブッチ! なあ! 俺治ったんだけど!」
「〜〜うるさッ、お前、お前なあ……、お前は良くても俺は……、ん゛ん、あれ? 俺も平気かもしれん」
「ブッチも? やったじゃん!」
「ハハ、まあ、俺だからな……!」
短髪の男の子もすっかり良いらしい。
彼もモソリとゆっくり起き上がると、体をゆらゆらと揺らしながらその調子を確認して「ほう」と驚いたようにしている。
回復魔法がちゃんと働いたようでほっとする。
「なんかブッチ顔色良くなってるし、ウケる」
「笑ってんなよ。サンダンスは太ったか?」
「あの状況で太るわけねぇだろが」
言いつつも自分の体をペタペタ、お腹の服をペロリとめくり、自分の顔を、相手の顔を、とペタペタ触りながら不思議そうにしている。
「ブッチ、サンダンス。客人の前だ。落ち着け」
ケビンさんが声をかけた。
「わあ! びっくりしたぁ! ケビン兄! ポポ兄にロキとザク!」
「おお、おはよう御座います。そっちのローブは誰です?」
「おい、なんで俺だけ呼び捨てだよ。ケビン達と年変わんねえからな俺」
「アハ、ごめんて」
「ロキうるさ」
ロキさんが相変わらず年下になめられている。
年下が気楽に話せる年上は一種の才能だと思うので、仲が良さそうでとても良い。
サンダンスと呼ばれていた金髪の男の子は、やはり高校上がりたてくらいの年に見える。十五歳くらいだろうか。元気だ。
ブッチと呼ばれていた暗い茶の短髪の男の子も彼と同い年、十五歳くらいだろう。元気だがサンダンス君に比べると落ち着いていそうな、外面を使い分けられそうな雰囲気はある。
「ローブの子はヨウちゃんね! 小さいやつらが世話になったって話してあるでしょ」
「?」
「?」
「なぁんで知らないのぉ!? もう俺やだ、こいつら……」
二人に揃って分かりやすくキョトンとされて、ロキさんが動揺した。
あのロキさんが振り回されている。珍しい。
「おぉ」
「ヨウちゃん? なんでヨウちゃんはちょっと感心したの今、どゆこと……」
この二人はなかなか強敵かもしれない、と思わず感嘆の声を漏らしたら、ロキさんに困り眉で”不服だ”と見られてしまった。
「ロキさんがお兄さんみたいだなと思いまして」
「どういう意味それ、俺こいつらよりずっと年上だからね……?」
「びっくりして」
「なんでびっくりするのぉ……」
ロキさんは半泣きだ。だいぶ困らせてしまった。
半分くらい、慌てるロキさんが珍しくてからかいの気持ちでやってしまった。
今は反省している。たぶん。
「ああ、あの子どもらのとこの家直してくれたって人? だっけ? 女だとかって」
「あ、ああ、あの方ですね。もちろん俺は覚えてましたよ」
私の声で女と分かりピンときたのか、うろ覚え丸出しの知識を教えてくれた金髪サンダンス君に、明らかに知ったかぶりで乗っかった暗い髪色の短髪ブッチ君。
一見しっかりしていそうなブッチ君も大概ポンコツぽいぞ……。
「体調は完全に治ったのか?」
「ケビン兄! ほんっとにもう大丈夫! むしろいつもより元気なくらい?」
サンダンス君はケビンさんに懐いているのか嬉しそうだ。
「そうか。ブッチは」
「俺も平気です。サンダンスより先に治っていましたから」
「おいなんでそんなこと分かんの」
「サンダンスうるさい」
ブッチ君がフンとサンダンス君を挑発して、サンダンス君も簡単にそれに乗っかるものだから、再びわちゃわちゃとし始めた。
「戯れんのはあとにしいや〜客人の前やで〜」
「「はーい」」
ポポさんが慣れた様子で止めると二人は良い子でスンとやめる。
二人にとってこういうじゃれ合いが日常らしい。
「お前らしばらく体鈍らせただろ、カイソウ行くけど、お前らも行くか?」
病み上がりの二人に、ロキさんが軽い口調でそんなことを言うものだから、私はアワアワとしてしまったが、ケビンさんもポポさんも平然としている。
病み上がりにカイソウに慣らしにいくのは普通なのだろうか?
「行くいく〜」
サンダンス君は元気に返事しているし、ブッチ君も頷いた。
+ + +
「ケビン」
そうしていた私達へ、突然、背後から男性の声がかけられた。
固い声だ。
私達が振り向くと、居たのは上半身裸の銀髪の男の人。
二十歳くらいに見えるその人に、私は見覚えがあった。
先ほど私がケガの治療をした人だ。
私はその人の姿を見てギョッとする。
先ほどは血に汚れ、苦しみ寝ていたから分からなかったが、ものすごい美貌のお人だ。
全体にフワフワとパーマがかかったような銀髪は、前髪は目にかかる程度に長く、後ろは短めに整えられている。
前髪から覗く鼻梁はスッと通り高く、鉱石のようなパリッとした光を持つ青みがかった黒の瞳を長い銀のまつ毛が囲み、瞬きに合わせてふるりと揺れている。
身長は百八十センチ以上はあろうかという均整の取れた体で、線が細いのにしっかり筋肉がついているものだから、服を着ていない上半身はまぶしくて直視し辛い。
もうすっかり傷も消え、汚れも魔法で取り去られた彼は、この場では輝いて見えるほどの清廉さすら滲む美しさだった。
戸惑い、やや物憂げな表情で佇む彼は、まるで二次元からそのまま飛び出したかのようなまごうことなきイケメン様だ。
目を覚まして声が聞こえたほうへ来たのだろう、状況が飲み込めていないといった困惑した顔で、入り口の縁につかまるようにして立って、ケビンさん達のほうを縋るように見ている。
「起きたか、キース」
ケビンさんが返事をし、ポポさんが「こっち来い」とちょいちょい手招きをする。
キースと呼ばれた彼は、部屋の中を見回し、布の布団から上半身を起こしている二人と私達を見て、私とザク君に不思議そうにしながらも、軽く会釈してケビンさん達のもとへ行った。
「えっキース兄普段よりさらに美形……」
「すごいキレイだな」
ブッチ&サンダンスの二人は清潔に整えられたキースさんを見慣れないのか、私と同じくらい驚いている。
分かるよ、ちょっとびっくりしちゃうレベルの美しさなのだ。
なぜかザク君は私とキースさんを焦ったように交互に見ているが、私の魔法で美形になったと思われたのだろうか。
さすがに私の回復魔法に美を引き出す効果はないと思うので、単純に小綺麗にしたキースさんの美貌がすごすぎるだけだと思う。
+ + +
「ケビン、起きたら治ってたんだ……。自分でもおかしなことを言っているのは分かってる」
やはり戸惑い、現実味がないといった風でフワフワとしている様子でキースさんが言う。
キースさんが来たことで、座って話をしようと私達全員は場所を変えた。
建物からは出て、今は海の家の人たちが集まって食事をするための場所だという、椅子やテーブルが設置された広場へ来ている。
場所を移す前にポポさんが私のことを紹介してくれ、「ああ、あの!」とキースさんはこちらを見てニコリとしてくれたが、イケメン様のオーラが強すぎたのでさっと顔をそらしてしまった。
申し訳ないことをしたと思うが、慣れるまで待ってほしい。あと、服を着てほしい。
外へ行く道中、廊下に面した部屋へひょいと入ったロキさんが「ん」と彼にシャツを渡してくれていたときは本当に感謝した。
いやでも、ただのシャツを着てこんなモデルみたいになるのはすごい。
服の痛みも「ダメージ加工です」って感じだ。
なんだか腹が立ってきた。
「まずは話の前に紹介させてくれ」
私が関係のないことを考えている間に、全員がテーブルについたことを確認したケビンさんが取りまとめてくれる。
「こいつはヨウだ。子どもたちが大変な世話になっている。家の修理や新しい人数分の布を提供してくれ、ここ数日は食事の面倒まで見てくれている。一番の家のやつらはほぼ全快だ」
「本当ですか! そんなことが!」
「えっ、すっごいじゃん! お姉さんありがとう! めっちゃ良い人!」
ブッチ&サンダンス君が完全に初耳の驚き方をする。
「お前らマジで話聞いてないじゃん……」
ロキさんが頭を抱えている。がんばれお兄ちゃん。
「ヨウです。ケビンさん達がお礼にと、私が冒険者を始めるための案内をしてくださるというので、ヤサイを案内していただきました。今日はザク君と、みなさんと一緒にカイソウへ潜らせていただこうと、こちらへお邪魔しています。みなさんの後輩冒険者になりますので、どうぞよろしくお願いします」
ブッチ&サンダンス君とキースさんへペコリとお辞儀する。
「お話は聞いていました。海の家全員が本当に感謝しています。女性とはお聞きしていましたが、こんなに若い方だとは。私はキースです、ケビンとは別のチームのリーダーをしています」
優しげな笑顔でキースさんが言う。
「俺! 俺はサンダンス! です!」
「ブッチです。僕で良ければ冒険者や採集地のことは聞いてください」
サンダンス君が勢い込んで手を挙げ、名乗ってくれると、ブッチ君がすました様子で挨拶してくれる。
「僕だって。ププッ」
「サンダンスうるっさ」
すましたブッチ君をおかしそうにしたサンダンス君が手を口に当て笑うと、ブッチ君がサンダンス君の顔を手で潰すようにしてまたわちゃわちゃする。
「お二人は仲がいいんですね」
私が笑うと、「うん!」とサンダンス君は笑顔で答え、ブッチくんは「うるっさ、サンダンスうるさっ」と少し照れた。微笑ましい。
「キースは海の家で俺の補佐をしている一人だ。俺は海の家全体の取りまとめと、第一チームのリーダーを兼任しているが、こいつは第二チームのリーダーをやっている。数日前にニクで一騒動あったのはこいつのチームだ」
ケビンさんはあえて私が彼のケガを知っていることは伏せて説明してくれる。
「こいつのチームの一番若いやつが独断専行してニクの奥地へ入ったものの、自力で出てこれなくなり、チーム全員で助けに入ったらしい。キースがそいつを庇って大きなケガをして、今日まで療養していた」
「熊だと思う。思い切りやられてね」
苦笑いして補足してくれたキースさんは、ケビンさんに真剣な目を向ける。
「ケビン……」
「分かっている。話は後だ。しかし、治って良かった」
「キース兄すごいケガだって聞いてたけど元気そうで良かった……!」
やはりケガが治ったことについて知りたい様子のキースさんを、ケビンさんが抑える。
サンダンス君は、そうだったとばかりに彼の体を慌てて見回すと、無事な様子に本当にほっとしている。
「ブッチとサンダンスはまだ採集地のチームには入れていないメンバーだ。人数の調整で後方支援に入ってもらうことはあるが、基本は海の家の管理や食事の用意をするように指示している」
ケビンさんが意味深に言うと、ポポさんが悪い笑顔で話を引き継いだ。
「けど、ボクらが最近ここを空けがちやったのをええことに、サボってたみたいやねえ」
ブッチ&サンダンスの二人の目が泳ぐ。
「体調不良の原因に心当たりはあらへんか」
怒ると怖そうなポポさんにそう言われて、しばらく彼らは目を泳がせ100m自由形を泳がせきったあたりで口を開いた。
「なんか、食えるものないか、林に探しに行って……。木の根元になんかの実みたいなのが落ちてたから、食ってみようって……」
サンダンス君がチラリ、チラリとポポさんを上目で見ながら白状した。
「こいつが食えるって言ったんです」
ブッチ君がサンダンス君を生贄にしようとする。
「おま! お前だって食おうって言ったじゃん」
「そもそも! 仕事ほっぽって林行った時点で同罪やからね」
揉めそうになった二人をポポさんが速攻で黙らせた。
「やっぱり食中毒だったんですね。少しくらいと思うかもしれませんが、嘔吐や下痢で水分を失うのはかなり怖いことなんですよ。命にも関わります。死ぬかもしれないところだったと、きちんと考えないとダメですよ」
思わず口を出してしまったが、サボるどうこうよりも、本当に危ないところだったのだと知っておいてもらわないといけないと思った。
「はい」
「すみません」
ショボンと二人が肩を下げて落ち込んだ。
「お二人は集落の仕事や食事の準備は嫌いですか?」
私が続けた言葉に、二人もだが、全員がキョトンとこちらを見る。
「そりゃあ、まあ、採集地で動いて戦うほうが強くなれるし……」
「なるほど」
サンダンス君の言葉と、ブッチ君も頷いたのを確認して、ふむ、と私は頷く。
やることを決めた私は、荷物からヒョイヒョイと調理器具や食材を出した。
先ほど子どもたちに用意したサンドイッチとパンケーキの材料だ。
「たとえば調理ですが、これは大変な作業です。疲れるし地道です。でも、こんな風にすれば魔法の練習にも体力づくりにもなります」
私はわかりやすく興味が引けるように、材料を手で触れずに魔法で動かし始めた。
右手で塩を指差すと、それを浮かせて鶏むね肉へしっかりと振りかけ、そのまま肉を指差し浮かせて、左手で持つフライパンに乗せる。
今回は興味を引くためなので、フライパンにはあらかじめ引っ付かないように魔法をかけておく。
フライパンの下に右手から火魔法を出して熱して焼いているよう見せながら、魔法で急いで中まで火を通すと、焼けた肉を風を刃のようにしてスライスする。
フライパンを置いて角型の卵焼きフライパンを左手に持つと、今度は卵を右手でパカパカと空中へ割ってみせ、空中に留めたまま塩を加えて魔法でかき混ぜる。
先ほどと同じように火魔法で卵焼きをひょいひょいと作ると、スライスする。
パン、レタス、キュウリをパッと手を振るようにして空中へ浮かせると同時に切ってみせ、最後は当たり前の顔をして机の上においたまな板の上でせっせと手でそれらを重ねてぎゅっと押し、四等分にしたものを数組、お皿に立てて置いた。
最後だけ手で作業したのに疲れたふりをして「ふぅ」と休むが、ここまで二分ほどだろうか?
できあがったサンドイッチのお皿はひょいと横へ避けると、机に散らばった材料の残りや使った調理器具へ撫でるように手をかざし、キラキラエフェクト付きで浄化魔法をかけて、材料は収納袋へ転移させた。
一気に片付いた机の上に残されたのは二つのボウルとパンケーキの材料とフライパンに泡立て器やフライ返しだ。
今度は二つのボウルを空中に浮かせてそこに向かって小麦粉を投げる。卵を投げる。砂糖を投げる。牛乳を投げる。
気分はすっかりサーカスのピエロだ。
正直かなり楽しい。
それらはきちんと空中で必要な分だけが片側のボウルに入っていき、卵は卵黄と卵白に分かれ、砂糖と共に二つのボウルに分かれて入った。
さて、と泡立て器を手にとって卵白のボウルを抱えるように持つと、ボウルの周りを氷魔法で凍らせて「うぉおおりゃあああ」と気合で混ぜる。
手動で勢いよく混ぜられているが、身体強化魔法を使った上で、大げさにやっているので全然頑張っていない。
見る間に角が立ったホイップクリームが完成したのに満足し、生地を合わせて焼く。
かき混ぜるのにひと暴れしたので、浮かせたフライパンとフライ返しによる全自動焼き器な状態である。
サンドイッチからの工程から合わせても五分ほどだろうか。
出来た料理以外はさっとすべて洗浄機能付きの収納袋へ消した私は、指でスイスイと机に三組のお皿とコップを並べ、氷魔法で空中に氷の水差しを作ると、その水差しから水魔法で出した水をコップへ注ぐ。
サンドイッチとクリームを添えたパンケーキをお皿に乗せてキースさん、ブッチ&サンダンス君の目の前へ移動させて、
「ほら、楽しいでしょう」
ルンルンで顔を上げるとそこには、まるで時が止まったようにみんながこちらを見て口を開け、固まっていた。
「……あれ? 私なんか間違えた?」




