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24.恩返しの最中に次の恩が来て悩む律儀な男

 気づかぬうちに昼の鐘が鳴っていたのだろうか。

 ザク君やアリサちゃんと一緒に一番の家の子ども達を寝かしつけていると、ケビンさんとロキさんとポポさんがいちばんの家までやって来た。

「すみません、待ち合わせの時間になってしまっていたことに気が付かなくて」

「ちゃうちゃう、ボクらが早く着いたんよ」

「そーなの、コイツが行こう行こうってうるさくて」

 ロキさんがケビンさんを(つつ)くようにしている。

「そんなこと言っていないだろう。早めに行って子ども達の様子を見ようとしたらお前たちが着いてきたんだろうが」

 ケビンさんの眉間には今日も深々としたシワが刻まれている。

「この家の子ども達は、今ちょうどご飯が終わって眠り始めたところです。みんな起きて、自分でスプーンを持って口元へごはんを運べましたよ」

 さすがに食器は他の子が持ってあげたり支えてあげてですけど、と言うと、ポポさんの顔が花開くように笑顔になる。

「ほんまか~、ヨウが用意してくれるご飯がよっぽどええんやろうなあ。あの子らがここまで元気になるなんて。ほんまありがとうねぇ」

 ポポさんは日頃から、当番でない日もここの子ども達の様子を見に来たりしていたらしい。

 寝ている子ども達を見回して、やさしく笑んでいる。

 私なんて、セツさんのお金で買った食材で簡単なずぼら飯くらいしか用意できていないが、少しでも子ども達のためになっているのなら良かったと思う。

 このままここで話していても起こしてしまうだろう、と全員で外へ出る。

「随分食器の数を用意したようだが、何を作ってくれたんだ?」

 ケビンさんが、子ども達を食べさせ終わってから片付けようと思っていた作業台のあたりを見て言う。

 声量は周囲の家々を思ってだろう、とても小声だ。

 見れば、子ども達が食べ終わったお皿を私の作業台のあたりへ集めてくれていた。

 言われなくてもお片付けができるなんて、良い子たちだ。

 刃物などは先に片付けていたが、小さな子もいて危ないし、次からはご飯を配る前に片付けるべきだな、と心の隅に留める。

「今日はスープとデザートを別で出しましたから、食器の数が増えてしまいましたね」

「デザート?」

 苦笑いして同じく小声で答えた私へ、ロキさんが不思議そうに聞く。

「デザートという言い方はしないですかね? このあたりでは食後に食べる甘味を何と言いますか?」

 ロキさんはもちろん、ケビンさんポポさんにも分からないという顔で首を傾げられてしまった。

 なんと説明していいか分からないので、お昼はパンと少しの肉を食べてきたという三人に、今日子ども達へ出したサンドイッチとコーンスープとパンケーキを、少しずつ盛って一人前ずつ用意し、食べてもらうことにした。

「こんないいもん食べてんの!? 俺もここでお昼食べればよかった!」

 見るなり叫んだロキさんへ、スパーンとポポさんからのツッコミが入る。

 後ろ頭への痛烈な一撃。

 角度も速度も計算された刺さるようなツッコミだ。

 周囲に残っていた子ども達も迷惑そうに顔をしかめて「シーッ」と立てた人差し指を口に当てて、静かにするよう訴えている。

「簡単な物ばかりですが。その茶色いのがパンケーキです。私のいた所では、食事のあとに甘みのあるものを食べることがあって、それをデザートと呼んでいました。みなさんも他の物を召し上がった後、パンケーキを食べてみてください」

「ありがとう。いつもの食事じゃあボクには物足りんくてな。助かるわあ」

「いただこう」

 ポポさんとケビンさんがそう言ってくれ、ロキさんも「おいしそー」と嬉しそうにサンドイッチを頬張った。

「ほんっとヨウちゃんのご飯おいしいよね、ニーナさんの飯も美味しかったけど、ヨウちゃんの飯も俺大好き! はぁ~マジ羨ましい」

 まだ子ども達へ羨望の目を向けるロキさんへ、お腹いっぱいに食べた子ども達が「ふふん」と嬉しそうに、そのお腹を見せびらかしているのが見える。

 ロキさんは子ども達と距離が近くて、仲が良さそうだ。

「これがパンケーキかぁ」

 ポポさんが自分のお皿のパンケーキをじっくり見ている。

 ケビンさんは一口ずつよく噛んで食べているようだが、ポポさんはもうパンケーキ以外を完食したようだ。

「ヨウ、ご飯めっちゃ美味しかったわ。コーンスープも甘くておいしかったけど、このパンケーキがデザートなんやろう?」

「そうです。生地に砂糖という甘い調味料を入れているので、ほんのり甘いと思いますよ」

 話している間に食べ終わったらしいケビンさんとロキさんも、「ではいただこうか」と三人同時にパンケーキを口にした。

 ロキさんへお腹を見せびらかしていた子達が、何かを期待するように少し悪い微笑をたたえて彼らの様子を見ている。


「えっなっ」

「これは……」

「うっっっま」


 一口食べた三人の顔が驚きに見開かれる。

 ロキさんは顔を輝かせてまた大きめの声を出した。

 三人の驚く顔が嬉しかったのか、子ども達が喜んでいる。

 ひときわ体の大きな男の子が「兄ちゃんが食べたより俺らもっとたくさん食べれたんだぜ」と自慢している。

 ロキさんが「生意気な」と言ってその子の頭へ手を乗せぐりぐりとやると、やめろよという風に身をよじりつつ、嬉しそうに男の子が軽い反撃をする。

「ヨウ、この甘みが砂糖か?」

「ていうか美味しすぎるわこれぇ、ボクこれめっちゃ好きやわ、びっくりしたぁ」

 ケビンさんとポポさんが言う。

「ポポさんに気に入っていただけて良かったです。砂糖の甘みは独特ですよね、甘みが強いというか。なので、食事と一緒に取ってしまうと他の味と合わないことが多いので、別でデザートとして食べるんだと思います。砂糖は王都のシオで採れるようになったとのことですよ」

 ポポさんはロキさんの持つ皿のパンケーキを目で追い始めた。

 追加を出したほうがいいかもしれない。

 ケビンさんは少し考えこんだ後、「では、いつかこの町のシオでも手に入るようになるかもしれんな」と独り()ちるように言ったあと、「こんなにうまいものを食わせてくれてありがとう」と優しげな声色で言ってくれた。

 こうして気に入ってもらえたなら、カフェの調理場まで突撃して砂糖を手に入れてきた甲斐があるというものだ。

 さすがにこう連日ケビンさんの顔を見ていたら表情の変化も分かってきた気がする。

 眉間のシワは変わらないものの、彼にもパンケーキは気に入ってもらえたようだ。

 子ども達と戯れていたロキさんの皿のパンケーキをポポさんが本気で狙い始めたので、私はもう一皿パンケーキを差し出して「デザートは食べ過ぎ注意なんですよ」とポポさんへ笑いかけた。

 またもやキリッとした真顔になり、流れるような動きで感謝の土下座へ入ろうとしたポポさんを全力で止める。


 + + +


「みなさんにも手伝っていただけてとても早く終わりました。ありがとうございました」

 片付けを手伝ってくださったみなさん、もちろん子ども達にもお礼を言う。

 子ども達は本当にテキパキと動いてくれて、小さいのにみんな良い子達だ。

 アリサちゃんは先ほどロキさんと戯れていた大きな男の子のところへ行った。

 彼は血の繋がったお兄ちゃんで、ゴン君というらしい。

 先ほどご飯を食べながら、アリサちゃんが教えてくれたところによると、今はザク君とゴン君とアリサちゃんの三人で一つの家に住んでいるらしいが、ザク君とゴン君はもう少しして十二の月になると海藻の採れる”海”へ移動してしまうのでアリサちゃんは心配なのだそうだ。

 私が「”寂しい”じゃなくてですか?」と聞いたら「私が付いていないと二人が心配」とのことだ。

 アリサちゃんはまだ小さいけれど、すっかり素敵なレディのようだ。

 すまし顔がとても可愛かったので思わず撫でてしまった。

 アリサちゃんはまんまるのほっぺたを赤くして「うふふ」と笑ってくれた。

 可愛い。


 + + +


「カイソウへ行ってくるね、明日は私が採ったカイソウで何か作るから」

 私は拳を握ってみせて、採集地への初陣のあいさつを子ども達へした。

 子ども達は「頑張って」という風に、拳を握って見せてくれた。

「カイソウは海に入らん限り危ないこともないし、ヨウも好きな海藻採ったらええと思うよ」

 力んで見せてから、勝手に採取するとか言って迷惑をかけるだろうかと不安になったが、ポポさんが笑いながらそう言ってくれた。

 海の中に敵がいるのだろうか、と想像して、水中で凶暴な魚なんかが襲ってきたら人間では太刀打ちできないなと怖くなった。

「まずは集落へ寄るがいいか? そこで潜るチームのやつらを紹介する」

 ケビンさんの言葉に頷き、私は彼らに付いてカイソウへの道を進んだ。


 カイソウは町を挟んでちょうどヤサイと真逆の位置にあった。

 ヤサイが町から出て北にあったとすれば、カイソウは南に位置するらしい。

 まあ、この世界の方角なんて分からないので適当であるが。

 歩みを進め、やがてヤサイの畑のように、村のようになっているカイソウの集落へ到着した。

 看板には”浜”と書かれていた。

 なるほど浜か。と独り言ちる。

 ケビンさんが「海のやつら」と呼ばれているというので、集落の名前が海ではないかと思ったが、それではカイソウの採集地内に広がる海と聞き分けができないからだろうし、まあそうなるだろう。

 ”浜”にはケビンさん達、貧困層出身の人たち、特に男の人が十二歳になると住み始める家が集まる地域があると聞いている。

 彼らは、採集地の中では人気のないカイソウの集落”浜”で集まり暮らすのだ。

 以前教えてもらった話では、今は全部で百人ほどが住んでおり、高齢などで冒険者をしていない人が二十人ほどいるとのこと。

 一度に採集地へ潜るのは十人ほどで組んだチームだと言うので、今日はこれから彼らの仲間数名と合流してからカイソウへ潜ることになる。


 ”浜”は”畑”と違って人の出入りは穏やかだ。

 店はあるにはあるのだが、「田舎のコンビニみたい」と言えば伝わるだろうか、食料品も生活雑貨もすべてをカバーするような大きめの店舗がぽつんとあり、店内にたくさんある棚にはまばらに商品が並べられている。

 ここの人たちは町などで買い物するか、そこまで”浜”の店で買い物をしないのかもしれない。

 ケビンさん達は自給自足で採集地へ潜って取ってきた食材でご飯を作っているそうなので、食材はパンくらいしか店で買うことがないそうだし、それも町でまとめて頼んでいるらしい。

「こっちだ」

 ケビンさんの案内に着いていく。

 ザク君は浜によく来ているそうだ。

 子ども達は十歳くらいになると簡単なおつかいをしたり、この集落での暮らしを教えられたり、採集地へ潜るための訓練をつけてもらうことがあるらしい。

 ザク君は「勉強も教えてもらえるんだ」と言っていたが、「ザクのは特殊でしょ」とロキさんがおかしそうにしていた。

 どういう意味だろうか。


 そうして浜の集落をしばらく歩くと、集落の中を分断するように木の杭が等間隔で植えられた場所へ出た。

「この仕切りから向こうが俺たちの住む”海の家”だ」


 ”海の家”て。


 私の脳内には、日に焼けたギャル男や水着ギャルが接客をする()の子の敷かれた簡易建ての食事処が浮かんでいた。

 焼きそば、イカ焼き、かき氷にビール。

 そうじゃないとは思いつつ、海の家と聞いて思い浮かぶのは学生時代に海へ行った際に寄った、あの休憩スペースのような場所だ。

「おじゃまします……」

 仕切りを越える時の私はなんとも言えない顔をしていたかもしれない。

 木の杭の一本に木の板を削って作った「海の家」と書かれた看板がぶら下がっていた。


 + + +


「ケビン、いたか。なんだそっちのローブは」

 私がケビンさん達に付いて海の家に入っていくと、一人の男性が声をかけてくる。

 私はその人へぺこりとお辞儀をした。

「子ども達が世話になったヨウだ」

「ああ! あの! 子どもらが世話になったな」

 男性は途端にニコニコと友好的な笑顔を向けてくれた。

 どうやらここの人たちにはケビンさんから私のことは伝えてもらえているようだ。

 とても助かる。

 一般日本人である私は、突然アウェーで知らない相手に警戒されては、お辞儀くらいしかできなくなってしまうのだ。

 男性はケビンさんを探しているようだったが、と思うと、男性がケビンさんへ向き直り話し始める。

「ケビン、今日からのチーム編成だが、やはりケガしたやつらの治りが悪い。しばらくあのチームのやつらは休ませて、7人くらいのチームに組みなおせないか」

 ケビンさんはくるりと私達のほうへ向くと、ちょっと情けない困った顔をしている。

 眉間のシワが倍の倍になっているので、おそらくこれが彼の”困った”の顔だろうと思う。

「すみません、ケガをしている方がいるのですか?」

 私はこっそりとケビンさんの耳元へ口を寄せて聞く。

 確か、ザク君に初めて会った日は、採集地でケガをした人達がいたために、子ども達のための水汲みやご飯が用意できなかったはずだ。

 まだ復帰できないということは軽いケガではなかったのかもしれない。

「私、治せるかもしれません」

 もう私はあの時とは違う。

 ザク君とは随分仲良くなれたと思っているし、ケビンさん達にも連日お世話になりっぱなしだ。

 彼らの助けになるのなら、持てる力は使っていきたい。

 彼らの仲間がケガをしているのなら、私の不思議魔法さんが少しはなんとかしてくれるだろう。

 彼らなら私の力を悪用しようとか、そんなことはしないだろうと思える。

 もう彼らしかいないのならこのローブだって無くていいと思っているくらいだ。

「本当か」

 ケビンさんはそう言ってからハッとしたように口を閉じ、しばし逡巡した。

「……俺達にどれだけ礼ができるか分からない。しかし、もしできるなら、頼みたい」

 ケビンさんの目は沈痛な色を(たた)えている。

「ケガは治したことがないので、実際治せるかはやってみないと分かりません。それでも良ければ」

 私が言うことは普通の人が言えば何を言っているんだと言われる内容だが、ケビンさんは私がモルモちゃんと近しい存在だと知っている。

 ケビンさんが頷いたのを見て、私も頷いた。「すまない、ヨウ」と小さな小さな声が聞こえた気がした。


 ケビンさんは「今日の夜に話そう」と男性に断ると、私を海の家の中で一番大きな建物へ案内した。

 ロキさんとポポさん、ザク君も私達が何を話したか察しがついたのだろう。黙ってついてきてくれる。

 ここ海の家でも”一番の家”のなごりがあるらしい。

 体調の悪い者、一人で動けない者、世話の必要なケガをした者はこの一番大きな建物へ集められ、普段集落で待機している者が交代で対応しているとのこと。

 ケガをした者も病気の者も、町で医者のような専門の人に診せることは無いらしい。

 単純にそうするだけの金銭的な余裕がないのだそうだ。

「体調の悪い方も対処してみます。状態が悪い方から順に教えてください」

 私がそう言うと、ケビンさんは「ケガしたやつが一番危ない」と、迷いのない足取りで案内してくれた。


ブックマークや評価ありがとうございます。

誤字報告も大変助かっています。

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