22.どうしても食べたいものがある
宿で一晩を明かした朝、今日も今日とて眠る一歩手前で受付をしているお姉さんに朝食をもらう。
ムニャムニャ言って渡してくれたので、寝ていたかもしれない。
朝食のメニューは固定のようだ。
今日は海藻の採集地であるカイソウに潜る日だ。
カイソウへの道すがら、ケビンさん達「海」の人達が住むという集落も見られるかもしれない。
カイソウは夏の海のようになっていると聞いている。
聞いた話からの想像なので、どこまでこの認識が合っているのかは分からないが、もしそうであるならば用意しなければいけないものがあるだろう!
『かき氷』だ!
夏、海と来れば私は絶対にかき氷が食べたい。
集合時間まで少し時間があるので、私はかき氷作りに挑戦してみることにした。
氷は魔法で念じてみたら結構簡単に出てきたが、やはり水と同じで魔法で出した氷を食べていいのかで悩んだ。
迷ったが、折衷案として、魔法で呼び出したミネラルウォーター(2Lペットボトル入り)を魔法で凍らせることにした。
気持ちの問題だ。
深さのある木皿に大きな氷を置いて、さあ、どう削ろうかと思う。
何はともあれ試すしかないだろうと、まずは道具屋で買ったナイフを使って削ってみたが、どう考えても割りに合わない。
削り切る頃には水になってしまっているだろうし、かと言って凍らせ続けてしまうと固くなりすぎて削れなくなってしまう。
やはり削りも魔法さんにおまかせだろう、と、私は頭の中でペンギンのかき氷削り器を思い浮かべた。
くるくると取っ手を回すと氷が回転して刃が氷を薄く削っていくのだ。
よく、想像して念じる。
「ペンギンさんが削ってくれますように」
目の前にはペンギンがいた。
+ + +
「は?」
私は間の抜けた声を出した。
魔法の発動と同時に宿屋の部屋に現れた一匹のペンギン。
リアルなペンギンではなく、アニメーションぽいデザインだ。
でも生きているのは確かだ、キョロキョロとしている。
ペンギンはお皿の氷を見つけると、ぺたぺた、とそちらへ行き、両手? 両翼? を顔の両横にシャキンと立ててみせた。
雰囲気はさながらオペ開始である。
そこからは一瞬だった。
シャシャシャシャッ
ペンギンが動いたと思ったと同時、刃物が研がれるような、擦れるような音が高速で響くとそこにはお皿に雪のように積もった『かき氷』が出来上がっていた。
「えっ」
展開についていけない私だが、私がこのペンギンさんを呼び出し、そしてかき氷を作ってくれたのは分かった。
「ありがとうございます」
こわごわと話しかけると、ペンギンはまたキョロキョロとしている。
これはまさか、と思い、急いでミネラルウォーターから氷を作ると、やはりシャシャシャシャッとかき氷を作ってくれる。
私はどうやらかき氷削り器のペンギンさんを実体化させてしまったらしい。
しばらくそうして大量のかき氷を拵えてくれたペンギンさんは、最後に私に握手を求め、「いい仕事したよ」とばかりにぎゅっと一度握った後に消えていった。
「ありがとうございますぅ……」
せっせと氷を作っていた私はしばし呆然としたあと、部屋に残った大量のかき氷を、鮮度と温度を保つ保存袋に慌ててしまった。
「魔法さんってなんでもありだな……」
+ + +
さて、と私は気を取り直し今度はかき氷にかけるシロップに思いを馳せる。
いちごにメロンにブルーハワイ。
色のついた様々なシロップは、一説によると同じ味で香料が違うだけだと聞いたが、本当だろうか。
宇治金時も捨てがたいが、まずは材料が手に入るもので作りたい。
私は開店を待って町へ出かけた。
ザク君に教えてもらったお店の並びは、炊き出しの買い出しで随分分かってきた。
食べ物を扱うお店は、野菜屋さんの数が多く、肉屋やパン屋や乳製品を扱う店なんかもある。
今日の集合は昼の鐘の後だ。
採集地に潜る日なので、兄ズはお昼を食べてくるだろうが、ザク君達には先に差し入れして一緒にお昼を食べたい。
私は今日はサンドイッチとコーンスープにしようと材料を買い込んだ。
様々なお店をゆっくり見て回るが、やはりキノコは売っていないし、果物や魚も見つけることができなかった。
調味料はやはり塩のみを扱う塩屋というお店しかなく、私はかなり困惑してしまった。
かき氷には甘みが必要だろう。
砂糖かはちみつは手に入らないだろうか。
塩屋には、開店直後だというのに既にだらりとして、面倒くさそうに店番をする男性がいたので、彼に声をかけてみることにした。
「すみません、お話を伺ってもいいですか?」
「やだ」
「ええー……」
断られてしまった。
男性は二十代半ばかもう少し上くらいだろうか、やや細身のしなやかな体型で、焦げ茶と明るい茶が斑に混じったような髪だ。
前髪は両目が隠れるくらいの長さがある。
カウンター越しで立っているが、眠いのかやや首を傾けて体重をカウンターにもたれさせるようにしている。
「塩も買いますので」
「……」
む、無視だ。
チリーン チリーン
鈴の音が鳴った。
よく見るとカウンターに小さい金色の呼び鈴が置かれており、男性がそれを振ったらしい。
「はいはーい」
奥から明るい声で出てきたのは二十歳くらいの女性だった。
長い黒髪をポニーテールにした彼女は、利発そうで可愛らしく、しっかり者といった雰囲気だ。
私はもしかして、しつこく店員に絡んだ客として増援を呼ばれてしまったのだろうか、と心配になってしまった。
「どうしたの、あ、お客さん! いらっしゃいませ! 本日はどうされましたか?」
「ごめんなさい。少しお話が聞きたくて、塩もいただきます」
私は塩屋店員の塩対応の後の、優しい店員さん登場に気を休めていいのか、面倒な客だと思われていないかと心配すればいいのか、少しぐるぐるとしてしまった。
「この人は招き猫さんなんです!」
私が、自身がクレーマーかもしれないとの不安に耐えかねて、「ご迷惑でしたら大丈夫です」と身を引こうとすると、私の視線の先の男性を見て、彼女はなんとなく察してくれたようだった。
迷惑なんかじゃない、話くらい平気だと言って、そして男性を紹介してくれたのがこの一言だ。
「招き猫?」
私の頭に浮かんだのは”猫憑き”だ。
この男性はもしかして猫憑きなのかな?
そう思い、猫の睡眠時間や、親しくない人への塩対応などに納得しかけた私だったが、
「ちなみに猫憑きじゃありません!」
女性の元気な一言が続いた。
違うんかい。
「招き猫さんというのは……?」
「彼の名前です!」
「名前?」
「はい! 本名は教えてくれないので、招き猫さんとお呼びして、私の店の招き猫をお願いしています!」
「そうなんですね……?」
よく分からないが、頷いておいた。
私の反応に気を良くして女性が教えてくれるには、男性は雨の日に道端で出会って、行くところもないと言うので連れ帰ったのだと言う。
優しくて、荷物が重くなる買い出しなんかも手伝ってくれるし、お店に男性がいるというだけで変な人も近付きにくくなって助かっているとのこと。
話をしている間にも、男性はカウンター端へ歩いていくと、お客さん用と思われる椅子に座ってしまった。
今はウトウトと船を漕ぎ始めている。
事件性はないようなので私は良しとした。
なんかちょっとヒモっぽいけど、店番としての仕事できてないっぽいけど、両親を早くに亡くして店を継いだというこの子が「助かっている」と笑顔なのだから良いのだ。
でもたまに様子を見に来ようと決めて、調味料について話を聞かせてもらう。
「あの、私は遠くから来た者でして。私のいたところでは、塩以外にも甘い味付けや酸っぱい味付けなんかがあったんですが、そういった味を調整するような物はこの町では売っていないんでしょうか?」
話し始めた私に、招き猫さんも顔を上げてこちらを見ている。
少し見定めるような視線だ。
「そうですね、この町で手に入れるのは難しいかもしれません。王都では最近、甘い味のする”砂糖”というものがシオの採集地から採れるようになったとお聞きしましたよ」
女性が、「あちらのお店は王都から砂糖を取り寄せているそうですよ」と、一軒の飲食店を教えてくれた。
そのお店は看板にカフェと書いてある。
おお! この世界で甘味が食べられそうだと心躍る。
「ありがとうございます。早速行ってみます」
私はお二人にお礼を言って塩屋さんを後にする。
私が塩を買い、去ろうとするとすぐ、招き猫さんはだるそうに立ち上がりカウンターの定位置に戻った。
女性には奥に居なと促しているようだ。
「荷出しもやってもらったから奥にいてもやることないよ〜」
困ったような嬉しそうな女性の声が聞こえた。
様子を見に来るのはほんのたまにでいいかもしれない。
+ + +
カフェは随分繁盛しているようだった。
まだできて一年くらいのようで、お店の前は”祝・一周年”と書かれた飾りやお花でデコレーションされている。
さほど待たされることもなく、中へ入ることができた。
店内はとても可愛く装飾されており、お花があちこちに生けられたとても素敵な内装だった。
店員さんも可愛い。
白い髪に赤い瞳のまるで子ウサギのように小さく可愛らしい店員さんがニッコリと出迎えてくれる。
このお店の制服なのだろうか、薄いピンクのエプロンスカートがよく似合っている。
持ち帰りもできるとのことで、メニューを見せてもらうと、飲み物にはコーヒーや紅茶の文字があった。
店員さんによると、王都ではヤサイで取れる葉や豆を加工する技術ができたらしく、苦味はありますが、いい香りがして飲むとスッキリとする飲み物ですよとオススメされた。
続いて、看板メニューを聞くと、「クリームというのがうちのオリジナルですよ」とのこと。
店内で食べているお客さんの様子を見ると、飲み物と一緒に小鉢の白いものをスプーンで掬っている。
生クリームとメレンゲの間のようなものらしい。
このお店では、苦くて珍しい紅茶やコーヒーと、甘いクリームの組み合わせが、流行に敏感なお客さんに人気だとか。
私は、砂糖の販売はしていないかと聞いてみたが、店長に聞いてみないと分からないと言う。
まだ昼前で混む時間でないのが良かったのか、店長さんが出てきてくれた。
塩屋といい、ここといい、私自身が随分面倒なことを言う客をやってしまっていて申し訳なくなる。
「砂糖もクリームに入れる分だけの仕入れで、みなさんにお売りすることはできませんが、少量でしたら構いませんよ」
店長さんはコック服にコック帽を被ったまるでクマのような男性だった。
色黒で2mはあろうかという大柄のムチムチボディだ。
しかし、とても優しそうな人で、温和な笑顔が素敵だ。
私はすっかり申し訳なくなってしまいながらも、「十分なお金はお支払いします。練乳と、後はパンケーキでも焼ければ満足なんです」とボソボソ言い訳する。
すると、そんなつぶやきに店長さんが食いついてきた。
「レンニューとは? 随分可愛らしい響きだ。料理でしょうか。パンケーキというのも聞いたことがない。可愛らしい名前だ」
この店長さんは料理もだが、可愛いものも好きなのかもしれない。
「よろしければお作りしましょうか? ご無理言って分けていただくのですから。練乳やパンケーキくらいなら簡単にできるものですし、参考になるのならどうぞ」
「本当ですか? 私は王都で修行した身ですが、二つとも聞いたことのない料理です! ぜひお願いします」
店長さんは嬉しそうに「新たな料理はぜひこの目で見て味わいたいです」と、早速調理場に案内してくれようとする。
私は慌ててローブを脱いで袋にしまうと、髪を買っておいた髪紐で結ってから着いていった。
魔法でいつも浄化はかけているが、さすがに着古した外着のローブのまま飲食店の調理場には入れない。
「これはお可愛らしいお嬢さんだ。ここらでは見慣れない顔立ちをされてらっしゃいますね」
店長さんは姿を晒した私に、「おっと突然込み入ったことを。失礼でしたかな」と言いながら声をかけてくれる。
彼の名前はロブロさんと言うらしい。
王都の有名な料理店で修行をした後、可愛いお店を出したいと、この町でこのお店をオープンしたのだとか。
「そんな。私は遠くから来たので、お作りする料理は変わった物かもしれませんが」
私も名乗ってからそう言って、牛乳や卵、小麦粉、バターなど、先ほど買い集めた食材から取り出していく。
まずは練乳だ。
今ある材料では、かき氷には練乳くらいしか選択肢がない。
軽食も出すというこのお店で、鍋やヘラなどは貸してもらえるとのことだったので、さっそく練乳を作る。
こちらは作るのはとても簡単だ。
牛乳と、その四分の一量くらいの砂糖を混ぜて煮詰める。それだけだ。
吹きこぼれないよう中火でかき混ぜながら煮詰めていくと、やがて牛乳がとろりととろみを持つ。
少しゆるいかな、というくらいで火を止める。冷めれば完成だ。
今回は魔法でさっと冷ます。
「こちらが練乳です」
私は保存袋からかき氷を一匙スプーンに乗せて出すと、練乳をかけて店主のロブロさんに渡す。
ロブロさんは「これは?」と突然袋から出てきたかき氷にも驚いたようだったが、「溶けますのでお早く」と私が促すままにスプーンを口に入れた。
「冷たい! これは……」
冷たさに驚いたあと、やがて後味を確かめるように口を閉じ思案顔になったロブロさんは、私に顔を向けると「素晴らしい!」と大きな声を上げた。
クマのような大きな体のロブロさんから放たれる声は本当に大きく、耳がキーンとする。
「このかかっているのがレンニューというんですね! 可愛くて甘くてトロリとしている! それにこの冷たいものは氷ですか? この組み合わせは素晴らしいですね!」
ロブロさんはとても興奮しているようだ。
「かき氷といいます。氷を魔法で削っただけです。お気に召したようでしたら夏にでもメニューに加えてください。薄く作った練乳自体をかき氷にしても美味しいですよ」
私がそう言うと、両手で私の手を握ってブンブンと振られた。感激されてしまったようだ。
氷魔法は、飲み水に入れる氷程度なら出せる人がそこそこいるらしいが、氷を作ること自体を仕事にしている人は少ないそうだ。
町のすぐそばに食料庫があるような状態なので、保存のために冷やすということもあまりしないそうだ。
「専門職として氷魔法使いを雇わねば」とロブロさんが鼻息を荒くする。
料理にも氷が使われることは少ないと言うので、驚いた。
「クリームだって氷水を外から当てながら泡立てたほうがずっと楽ですよ」と言うと、早速試したロブロさんは「本当だ!」とこれまた驚いていた。
氷も水も、魔法で出したものは飲んで大丈夫という情報は、私にとって有り難い収穫だった。
私は心の中で2Lペットボトルさんにさよならを告げた。
せっかくなので、と、かき氷を一皿出して練乳で食べてもらい、頭がキーンとなるアレも体験してもらって、私とロブロさんは随分仲良くなった。




