21.モルモちゃん、教会の一室にてゲリラライブを開催す
プィン!
一体何の音かと思った。
高くて短いその音が聞こえたと思った時には、目の前に座っていたはずの司祭様の姿は、天井スレスレまで打ち上げられていた。
何が起きたのか分からないが、飛ばされるままの司祭様がヒュルルと落ちてくる様子がスローモーションに映る。
「っぶね!」
司祭様を助けてくれたのはロキさんだった。
咄嗟に上体と腕を伸ばし、そこから抱きとめるように受け止めてくれていた。
ドッドッドッドッ
心臓が早鐘のように打つ。
「ロロ、ロキさん! ナイスキャッチィ! ファンタスティック!」
心の底から称賛の声が出た。
イッツショータイムの時のテンションのままで変な褒め方になった。
びっくりした。あまりのことに声が震える。
可愛いお爺ちゃんが床に打ち付けられるところだった。
私はほっとした途端、半泣きだ。
モルモちゃんも血の気が引いたような顔をしている。
毎度毎度、登場した側が驚かされるのはどういうことなんだろうか。
おリボンを付けたモルモちゃんの登場と、司祭様がスーパーボールのように弾け飛ぶのはほとんど同時だった。
モルモちゃんがポッケのフチにお手てを引っかけ、可愛く登場したと同時に、司祭様が奇っ怪な音を出して弾け飛んだのだ。
「ふー、危なかった〜。あまりの可愛さに弾け飛ぶところじゃった〜」
呑気な声を出したのは、弾け飛ばされた本人、司祭様だった。
「危なかったじゃないよ爺ちゃん、思いっきり弾け飛んでたでしょうが」
思わずといった風にロキさんがツッコむ。
司祭様に怪我などはなさそうだ。ほっとする。
ちなみに、ロキさんが司祭様を抱きとめたそのままの状態で、やれやれ危なかったと額の汗をぬぐっている司祭様は、今なおロキさんに掻き抱かれたままの姿だ。
余裕をかましていていい場所ではない。
そして、直視するとまた吹っ飛んでしまうのだろうか、司祭様は絶対にモルモちゃんのほうを見ようとしない。
司祭様を抱くロキさんは、まるでグズる赤子を諌めるようにヨイヨイと抱いた司祭様を揺すっている。
なぜあやすのか。
「じゃってな〜、じゃってな〜、思った数百倍は可愛かったんじゃもん。」
じゃもんではない。ちょっと可愛い。
「ネーネー、まだモルモちゃん様そちらにおわす? おわせられる?」
よく分からない敬語でロキさんに抱かれたまま、ちょいちょいとロキさんにモルモちゃんの存在確認をお願いする司祭様。
「うん、いるね。めっちゃくちゃ可愛いよ。ヤバい」
「ヤバいの? うちの神様ヤバい?」
「ヤバい」
ロキさんと司祭様がすごく分かりあっている。
マブダチ女子高生並みの共感性の高さだ。
「ねえ、モルモちゃん様めっちゃ可愛いよ。司祭っち見てみなよ。ちょっとだけ、ちょっとだけ」
「モーそんなこと言ってまた私吹っ飛ぶよ? ちゃんとキャッチしてよ?」
「もち〜」
キャッキャしている。
仲が良さそうで何よりだ。
「じゃあ行くねー、スゥーハースゥーハー、せーの」
チラッ
今度は司祭様はかなり気をつけてチラ見に抑えたらしい。
一緒に見たらしいロキさんと「リボン可愛すぎでしょ ずるい〜!」「キャー! カワイー! 尊い〜〜!」とオタクのようなリアクションをしている。
彼はモルモちゃんを崇拝しているから「尊い」で合っているはずなのだが、司祭様の言い方はオタクのそれで間違いないと思う。
色々とツッコみたいところではあるが、司祭様とロキさんが嬉しそうなので良しとする。
そういえば、こういう時ツッコミをしてくれるはずのポポさんが静かだなとそちらを見て、私は理解した。
煙が出るほど茹で上がった顔のミレーヌさんを、倒れないようザク君と二人で支えていた。
今度は正気を保とうと思ったのだろうケビンさんが、もはやモルモちゃんに慣れることは諦めて両目をギュッとつむっている。
もちろん両拳を握っての仁王立ちだ。
「クッ………声だけでも……しかし見たい……」
「見てもええけど、大丈夫やと思えてからやで」
何かと葛藤しているケビンさんへ、ポポさんが説得している。
なるほど、あちらへのツッコミで手一杯だったようだ。
私は逡巡したあと、とある提案をしてみるのだった。
+ + +
私が提案したのは、モルモちゃんの可愛さに徐々に慣れてもらうということだ。
人間は、その身に余る環境にも順応できる生き物だ。
彼らもきっと徐々に慣らしていけば、この可愛さをしっかり堪能することができるようになるはずだ。
モルモちゃんに協力を仰ぐとすぐ、楽しそうに了承してくれた。
モルモちゃんは基本ノリが良くて愉快犯じみたところがある。褒めている。
モルモちゃんには、ポケットに隠れていることを利用して、お手てだけ、お耳だけ、とパーツパーツを少しだけ出してもらうことにした。
ポケットからヒョイと出されて振られる小さいお手て。可愛い。
ポケットから覗く頭頂部とぷるぷる震えるお耳。可愛い。
それだけでも十分すぎるほどの可愛さだったが、休憩をはさみつつ、しばらくそういうことを繰り返し、この場にいるみなさんはなんとか全身のモルモちゃんを直視しても吹き飛んだり、正気を失うことは無くなるところまできた。
どうやら、ポケットから上手にお手てを出して見せてくれるモルモちゃんのいじらしさに、こんなに頑張ってくれている姿を見逃してたまるものか、と躍起になったのが良かったようだ。
途中、背中からのおしりを見せたところで一度、司祭様が”プィン”とまた変な音を立てて吹き飛んだが、ロキさんがキャッチボールのように再び空中で掴まえてくれたので事なきを得た。
ハムケツならぬモルケツが司祭様の心に刺さったらしい。
「司祭権限で次の聖画の題材決めちゃう!」とのことなので、今後教会にはやたらとバックアングルのモルモちゃんの絵が飾られることになるかもしれない。
ケビンさん? ケビンさんもなんとか目を開けたまま椅子に座るところまでは来た。目は充血してて怖いけど。
「ハア〜モルモちゃん様をこんなにお近くで拝見できるなんて、恐悦至極の限りじゃ〜」
「本当にぃ、お可愛らしいですわぁ〜 尊いですぅ」
相変わらず司祭様は両手をほっぺに当ててくねくねしている。
もちろんロキさんに抱っこされたままだ。
ミレーヌさんも、なんとか慣れるのに成功し、柔らかそうなお胸の前で両手を結んでモルモちゃんを称賛している。
司祭様については、先ほどロキさんが「椅子に降ろそうか?」と話しかけていたが、司祭様は「腰が抜けちゃったぽい☆」と言ってテヘペロっとしていたので、ご老体にはなかなか酷な試練だったようだ。
お大事になさってほしい。
二人に見られているモルモちゃんは、今はポケットから完全に出てきて応接用のテーブルのテーブルクロスの上で休憩している。
一汗かいたのか、「神は大変だねぇ」とばかりにぷひ〜と一息ついている。
テーブルクロスが緑のラインに小花が刺繍された柄なので、草原でおやすみするモルモちゃん感があって非常に良い。
「このテーブルクロス買ってよかったぁ〜 超可愛い〜」
司祭様もご満悦である。
モルモちゃんは、レックスさんに警戒された一件から思うことがあったらしく、今回の慣れてもらおう作戦にもなかなか念入りな協力っぷりだった。
「おつかれさま、モルモちゃん。可愛かったよ」
「プイ!」
私達は一仕事終えたとばかりに称え合ったのだった。
+ + +
「こちらへ伺った件ですがぁ、モルモティフ様の顕現をお知らせしたかったのですわぁ」
「プイプイ」
ミレーヌさんの言葉に、「そうなの」と相槌を打つように鳴いてみせるモルモちゃん。
いちいち可愛くて全員の顔がゆるゆるだ。
「モルモちゃん様までご一緒にご報告くださり、わざわざ有り難うございます。モルモちゃん様が御自らお越しくださるとは、感激の念に絶えません」
司祭様が役職通りの穏やかなお爺さんの様子になり、ニッコリとモルモちゃんに微笑みかけながら言う。
「内密にとのことでしたな。承知いたしました。貴方様の望む限り、私は口を噤みましょう」
「プイ」
まだ司祭様には慣れていないのか、込み入った話は面倒なのか、「後はヨウに聞いて」とモルモちゃんは私へ視線を送って主導権をバトンタッチした。
「それなんですが、既にヤサイの事務局長、警備隊長、冒険者組合長へのご報告は済ませております。また、今後彼らから国やこの町の町長さんへも連絡がなされる予定です」
私は続ける。
「今回のモルモちゃんの顕現は特別なことではありませんので、モルモちゃんもあまり大げさに騒がれるのは望んでいないでしょう。顕現は事実としてとらえていただいて、歓待などはご遠慮させていただければと思っております」
私なんかが司祭様に偉そうに言って、失礼にはならないだろうかと私は緊張したが、司祭様は私にもニッコリと微笑んでくれた。
「ヨウ様がそう仰るのであれば、私共はそれに従いましょう。先ほどのモルモティフ様のお優しいお姿を見れば、大勢で騒ぎ立てれば彼の御方を困らせてしまうのは想像がつきますからな」
私は「様付けは勘弁してください、ヨウと呼び捨てに」と懇願しながら、司祭様の言うことを考える。
もしモルモちゃん顕現が公になれば、モルモちゃんを見たいという人は多いだろう。
真っ赤な顔で卒倒する人、様々な音を立てて吹き飛ぶ人、”可愛い力”に驚いて戦闘態勢に入る人。
そしてそれを目の当たりにしてドン引きするモルモちゃん。
やはりこっそりでお願いしたいな、と改めて思う。
モルモちゃんの心の安寧のためにもこの方針で行こうと、決意を新たにするのだった。
+ + +
モルモちゃんがキョロキョロするようにしたと思うと、「プイプイ〜」と手を振った。
ザク君によると「そろそろ帰るね〜」とのことだ。
そういえば、もう日も暮れる。
セツさんからの帰宅命令が下ったのだろう。
モルモちゃんも満足した様子だったので、今日は色々とあったが良い一日だったと思える。
モルモちゃんへお供えを送る時のように、モルモちゃんの姿はシュパッと消えてしまった。
また気まぐれに来るのだろうなあと思う。
司祭様とミレーヌさんはしばらくモルモちゃんの消えたあたりへ祈りの姿勢でいたが、「ご登場された際に飛び出した金と銀のテープの回収を」「このテーブルとテーブルクロスを聖具にしましょう」と盛り上がっていた。
モルモティフ教のお二人は楽しそうで何よりだ。
教会を出て、解散することになった。
日が完全に落ちる前の空は、地球と同じで赤く染まっていた。
青に赤が混ざっていくような空には、うっすらと星が瞬いているのが見える。
この世界でも月は一つのようだ。
今日はなかなか忙しい一日だった。
ケビンさん達によると、明日は彼らの組んでいるチームがカイソウに潜る日らしい。
お邪魔になるかもしれないので、と遠慮しようとしたが、カイソウは残る三つの採集地の中では危険度の低い場所らしく、構わないと誘ってくれた。
ザク君と「カイソウの聖地が見つかるかな」とはしゃいでいたら、本当に生ぬるい目で兄ズに見られていた。
想像するのは自由だ!
私個人としては、聖地もそうだが海も楽しみだ。
社会人になってからというもの、海に行く機会も無く、行こうと思い付きもしなかったので、しばらく海には行っていない。
しかし、行かないのと行きたくないのとは違うのだ。
海は普通に好きだ。
ここ異世界なら人でごった返しているなんてこともないだろう。
異世界の海も青いのだろうかとウキウキし、ビーチサンダルや水着は売ってないかな、などと贅沢なことを考えていた。
私は、教会を出るとそのすぐ隣の建物、本日も変わらない宿に帰るのだった。




