19.気だるい蛇と調理器具 〜おたまのタマちゃん〜
セツさん曰く、モルモちゃんは人見知りとのことだったが、たしかにその通りなようだ。
ニーナさんの料理に大喜びする様子は隠さなかったものの、テーブルにそれぞれ着いた私以外の面々には、少し距離を取るようにしているようだった。
それはそれは小動物らしい反応で、とても可愛らしい。
私に対しては平気なようで、食べたい料理を私に「プイッ」とおねだりして取り分け、食べさせてもらうを繰り返している。
一口食べるごとに「プイプイ!」や「キュプイ〜」などなど、美味しいことを私に報告してくれる。
この、懐かれてる感じ、たまらなく愛おしい。たまらん。
そんなモルモちゃんを見るみなさんは相変わらずだ。
ロキさんとポポさんはどうやら慣れたようで、「モルモちゃん様食べてるとこも可愛い〜」「ロキお前その呼び方不敬やからな……。モルモティフ様ホンマにお可愛らしいなあ」と頬杖をつき余裕の観察モードだ。
ニーナさんは、顔は真っ赤になりつつも、「本物はこんなにお可愛らしくていらっしゃるんだね……」とマジマジと見つめている。
レックスさんは相変わらずちょっと腰が引けている。
「お前らすごいな。よくこんな覇気食らって平気だな。俺がしっぽ巻いて逃げたニクの奥地のやつでもここまでの存在感は無かったぞ」
レックスさんにとって可愛すぎるのは脅威らしく、「これが”可愛い”の力か? こんなにすごいものだったとは。教会のやつらのことちょっと見直したわ、俺」と感心したような様子だ。
モルモちゃんはこの世界の”可愛い”の神様らしいので、”可愛い”を力に感じるレックスさんのような人も、この世界にはいるのかもしれない。
そういえば、この世界にはモルモちゃんのように可愛い動物はいないのだろうか?
ここへ来てから、町で野良猫のような小動物は見たことがない。
それどころか、荷車は見たがそれを引く馬は見ていないし、牛や豚も採集地内の話だった。
まさか動物がいない世界? そんなこと有り得るんだろうか。
そうしている間に、モルモちゃんはお腹がいっぱいになったようだ。
「プイプイ~」
満足そうにお腹を見せてコロンと転がっている。
私が同じ事をしたらだらしないだけだが、モルモちゃんがやれば癒しポーズだ。
みんなが幸せになれる。”可愛い”は本当に偉大だ。
モルモちゃんは体のサイズから考えるとよく食べるが、それでも一皿全部なんて到底食べきれない。
残りは、私が鮮度維持機能付きの保温袋で預かろうとしたのだが、モルモちゃんが何かビシッと抗議してきた。
「プイプイ!」
「後で食べるから送っといてって」
ザク君が教えてくれる。
目の前に神様ご本人はいるが、神域とやらにお供え直送サービスもできるらしい。
私は「セツさん、モルモちゃんのご飯です。取り置きお願いします」と、よくわからない念じ方をした。
シュパッと消えた目の前の料理に、みんな目を丸くしている。
「ヨウ、あんま力のこと隠さんくなってきたね」
ポポさんが苦笑いしている。
ここにいる方々にはモルモちゃんとの関係を知られてしまったから、なんとなく吹っ切れてきたのは確かだ。
モルモちゃんは人見知りしているが、例外もできたようだ。
メニューのリクエスト「ピリ辛」までも通訳してみせたザク君には興味津々で、かなり心を開いているように見える。
今もザク君に「プイ?」と何か問いかけ、返事をもらってはごきげんにしている。
会話できることが楽しいらしい。
ザク君も少しは慣れてきたのか「あぅ、可愛い、あ、はい。え、そんな、俺なんかがいいんですか」などとスムーズにやり取りしている。
そして何を思ったのか、モルモちゃんは、今まで私達が見て見ぬ振りをしていた彫像の前までテシテシと向かう。
端正な顔立ちのケビンさんは、またもや眉間のシワが取れた真顔でずっとじっとしているので、本当によく出来た作り物のようだ。
モルモちゃんが料理を食べ始めたあたりからは、目でモルモちゃんを追える程度には回復してきていたが、今は近づいてくるモルモちゃん相手に、真顔のままダラダラと汗をかいている。
「プイ!」
まるで「よう!」とでも言っているかのような軽い投げかけで、モルモちゃんは右のお手てをヒョイと上げた。
ビクゥッ!!とケビンさんの肩が揺れ、椅子ごとガタタッと音を立てる。
「ププ?」
モルモちゃんは「どしたの?」と首をかしげる。
「動き、かわ、ああ」
ケビンさんはうわ言のように言葉を漏らすが、意味をなさない。
まだ神レベルの可愛さに耐性ができていないようなので、私が手を伸ばし、モルモちゃんを強制回収させてもらう。
「モルモちゃん、ケビンさんはまだお話するのは難しそうですよ。モルモちゃんはケビンさんのことは平気なんですねえ」
「プププイ、プイプイ」
なんとなく、「当然だろ」とでも言いたげだ。
胸を張るようにして何かを言うモルモちゃん。
その言葉の意味を聞こうとザク君のほうを見ると、ザク君の肩がプルプル震えている。
「舎弟だって」
ロキさんは「ぶはあ!」っと吹き出し大笑いだし、ポポさんもプププと笑い始めた。
舎弟って。
モルモちゃんの中では「タイマン張って勝ったから、お前、今日から舎弟な」的な理論が展開されたのかもしれない。
モルモちゃんいつの時代のヤンキーなの。
+ + +
「じゃあお前らの冒険者組合の組合長への話ってのは、モルモティフ様の顕現についてってことだな」
やっと本題とばかりにレックスさんが切り出した。
モルモちゃんは先程私のローブのポケットへおかえりになった。
レックスさんが、「これから行く場所には俺のように、見た目のお可愛らしさよりも前に、貴方様の存在感を脅威に感じ抵抗を試みる者がいます」とモルモちゃんを説き伏せてくれた。
モルモちゃんも「もう急に出るのやめるね〜」(ザク君訳)と、すっかり納得してくれている。
モルモちゃんにとって先程のように警戒をされるというのは、初めてのことで想定外だったのだろう。
配慮してくれることになったようだ。
「モルモちゃん顕現については、あまり大っぴらにするつもりはないんです。ヤサイの事務局長と、警備隊長にも納得いただきました」
「ああ、ヨウがそう言うならそれで良さそうだな」
レックスさんも、私の意見は優先してくれるようだ。
やはり私のことをモルモちゃんの御使いか何かだと思っていそうだが、態度を変えないでいてくれるのは有り難い。さすがアニキ。
「どうにか組合長に直接このお話を伝えて、信じてもらいたいのですが」
「わかった。俺が話す」
「あ、ありがとうございますアニキィ」
レックスさんが頼りになりすぎる。
アニキと呼ばれたレックスさんは「やっぱそう呼ぶのかよ」とおかしそうだ。
+ + +
ケビンさんが三度正気になるのを待って、私達はニーナさんのお店を後にした。
ケビンさんは心持ちぐったりとしているように見える。
可愛すぎることに疲れてしまったようだ。
少し不憫だ。
ニーナさんは、準備の邪魔をしてしまった私達に「ある程度終わって暇なだけだったからね。構わないよ」とニコニコと、見送りにまで出てきてくれた。
「モルモティフ様がもし料理を気に入ってくれたなら、いつでも作るからね」
ニーナさんが見送りがてらそんなことを言ってくださったので、ここは甘えて「良ければ私に料理を教えてはもらえませんか? もちろん報酬もご用意します」とお願いしてみた。
「あたしで良ければ」と快活な笑みで承諾してくれたニーナさんが、それこそ神様のように見えた。
これでだいぶ私のお仕事は捗りそうだ。
そしてレックスさんは、お店の会計を私の分を含めて全部奢ってくださった。アニキィ!
私達は冒険者組合へ戻ってきた。
レックスさんはなぜか組合の裏手に回ると、裏の職員用通用口の扉を叩いた。
そのまま出てきた職員さんに軽く挨拶すると、「ニルヴァに取り次ぎを」と言う。
ニルヴァさんというのは組合長のことらしい。
レックスさんと組合長は知己で、昔一緒に採集地に潜っていた冒険者仲間だったのだとか。
ややあって、私達は通用口から職員さん達が使う階段を使い、組合長室へ通された。
悪目立ちしないよう配慮してくれたのだろう。
レックスさんは、組合長室の前に立つと、ノックもそこそこに返事も待たずにガチャリと扉を開けた。
「返事してない」
「来ることは伝わってただろ。俺たちの仲じゃないか」
茶化すようにレックスさんが言うが、帰ってくるのは「ハァ」という浅いため息だ。
冒険者組合の組合長ニルヴァさんは、ひどく儚げな雰囲気を持つ中性的な人物だった。
背は百九十センチはありそうな長身で、かなり細身の体躯には、どこか血の気が失せたような青白さがある。
顔色は悪い。
燕尾服のように裾がヒョロリと伸びた変わった形のスーツ姿だ。
声は男性にしては高く、女性にしては低い。
髪色と瞳は濃い茶色で、だからこそ中央で分けられた前髪の間から覗く肌の青白さが際立って見え、不健康そうというのを超えて幽鬼の類にすら見えそうだ。
「で?」
「早速本題かよ。忙しいのか?」
「別に」
「なら少し付き合え。お前と話すのも久しぶりだ」
レックスさんは楽しそうだが、ニルヴァさんの声も態度も芳しくはない。
レックスさんは私達のことを「俺が目をかけてる後輩だ」と簡単に全員の名前を紹介してくれた。
「こいつはニルヴァ。さっきも言ったが、俺の昔の冒険者仲間だ。腕は立つんだが体温調節に難があってな。事務方に転向して、今は冒険者組合の組合長をやっている」
ニルヴァさんはこちらを見ている。
スルリと彼の腕が、反対側のだらりと垂らした腕の袖をまくり、服の中の皮膚を露わにする。
そこには、青く光を反射する鱗のようなものが並んでいるのが見えた。
反射的に、皮膚硬化の疾患があるのだろうかと思った私だったが、「獣憑きか」と思わず出たような声がロキさん達から聞こえる。
「”蛇憑き”。索敵が得意。でも気温が下がると体温が維持できなくなる」
淡々と説明してくれたのはニルヴァさんご本人だ。
獣人だ! 異世界転生ものを読んでいたから知ってる! 獣の特徴があって能力も持ってたりする人! 本物だ! かっこいい!
私は内心大興奮だ。
索敵向きということは、蛇のようなピット器官を持っていたりするのだろうか。
蛇は感知用の器官を持っていて、赤外線や温度までもを感じ取ることができたはずだ。
体温のことは、変温動物のような特性があるということだろうか。
人の体で冬眠に入ってしまうのか、それともそれに抗って生活しているのか、どちらにしても過酷そうだ。
「もう十一の月だからな。随分冷えるし、これからこいつが苦手にしている時期だ。少しぼんやりしてるのは勘弁してやってくれ」
レックスさんからのフォローが入った。
私はふと思いつき、荷物を漁る。
これぞという良い形のものがないので、致し方なしと”おたま”を取り出した。
周囲のみなさんが、突然ガサゴソとやりだした私を不思議そうに見ている。
私は”おたま”にパパっと魔法をかけて、それをニルヴァさんに差し出した。
「あの、初めまして。よろしければどうぞ」
「ありがとう?」
よく分からないまま”おたま”を両手で受け取ってくれたニルヴァさんが、儚げに細められていたその目を徐々に見開いていく。
「あったかい……」
「おたまで申し訳ないんですけど、それを持つ人に保温のシールドを張るように魔法をかけました。それをお傍に置いていていただければ、寒さも和らぐと思うんですが」
私は「おたまですみません」ともう一度繰り返した。
おたまには二十五度ほどで周囲の気温を維持するイメージで魔法を付与してみた。
第一印象は大切だというし、これからお世話になるであろう冒険者組合の組合長さんには『贈り物で仲良くなろう作戦』だ。
「名前は?」
「え?」
「君、名前は?」
「あ、ヨウです」
一瞬おたまの名前を聞かれたのかと思って、『タマちゃん』とか言いかけた。
レックスさんが「さっき一通り名前も紹介しただろうが」と苦笑いしている。
「これは、とてもいい物だね。もらってしまってもいいのかな?」
「はい、どうぞ。お近づきのしるしです。効果がどれくらい続くかは、まだ魔法に不慣れなものではっきりしないのですが。効果が弱くなってきたらお知らせください。私も冒険者ですので、組合には顔を出すと思いますから」
「ヨウちゃん、結婚しない?」
バン!
かなり大きな音がした。
そちらを見ると、ザク君がよろけたのか入ってきたばかりのドアに背中からぶつかっている。
「ザク君! 大丈夫!?」
ザク君はぶつかってしまったことに驚いたのか、真っ赤な顔で目を大きく見開き、ニルヴァさんの方を見て口をパクパクさせている。
「ザクのことは俺らが見とくよー」
そう軽い調子で言ったロキさんと、それに頷くポポさんにザク君をお願いする。
「ニルヴァさんすみません、よく聞こえなかったのですが」
「結婚しようよ」
ガタタンッ
今度は崩れるような音だ。
「ザクー、そんなんでどうするの、ドッシリ構えてなきゃあ」
ロキさんの呑気な声が聞こえるのでお任せする。
まずは誤解を解かなければ。
「蛇憑き? の方におたまを渡すのに、そのような意味があるとは知らず、私に求婚の意思は無かったのですが……」
私はニルヴァさんに勘違いさせてしまったのだと思い、訂正をする。
「ニルヴァ、あんまりヨウとザクをいじめるな。もらったモンが嬉しかったんならそう言え。だいたいお前は女だろうが」
「じゃあこのおたまと添い遂げる」
ああ、からかわれたのか。私はほっとした。
ヒーター(おたまのすがた)を気に入ってくれたのなら良かった。
最初より随分ぽわりと柔らかい雰囲気になったニルヴァさんは、おたま効果もあって温まってくれたのかもしれない。
「じゃあ、本題だ」
+ + +
レックスさんが話をし、ニルヴァさんもしばしの思案の後に全面的に受け入れてくれた。
レックスさんはモルモちゃんがまだ現世へ留まっていることは伏せてくれたが、ニルヴァさんは私を見て察したようなリアクションをしたので、真意が伝わっていそうで安心する。
レックスさんは続けて、私が代行のような立場にいると説明した上で、大袈裟な歓待を望んでいないと伝えてくれた。
「やっぱり結婚したいな」
「ニルヴァ」
また真面目なトーンでそんなことを言うニルヴァさん。
この人の冗談は分かり辛くて、その度どきりとしてしまう。
「ヨウちゃんのことは諦めるから、一つお願いが。このことは町長さんにも伝えていい? この町の聖樹に限っての二度目の顕現だから。何か町長さんも考えがあるかも」
レックスさんを見ると、私に任せるという風だ。
「構いません。お伝えください。必要があれば、私からも説明いたします」
「そう」
ニルヴァさんの儚げな微笑みは柔らかく、甘く幼い少女を思わせた。
「お前、現役の時に”それ”があったら、冒険者続けていられたかもな」
レックスさんは、ニルヴァさんが両手で握りしめる”おたま”を顎で示すようにして言う。
「今更いいよ。体より頭を使うほうが向いてるって分かった。しかし、これは本当にいいものだ」
うっとりと返したニルヴァさんは、大切そうにおたまを抱きしめてこぼす。
「タマちゃん……」
図らずも、ニルヴァさんの中でもおたまの名前は『タマちゃん』に決まったようだった。
タマちゃん、ニルヴァさんの健康のために頑張るんだよ。




