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14.ヤンチャ系ショタは母性に弱い/後(ザク視点)

 翌日、起きるとケビン兄たちが来ていた。

 それぞれの家を見たり、一番の家のやつらの様子を見ていたようだった。

 兄達は手慣れた様子で起きたやつにじゃがいも汁を食べさせていた。

 「いつまでも鍋がぬくい」とか「穴ふさいだだけでこんなに部屋が暖かいものか?」とかぼそぼそ言っていて、「こんな上等な布、海の家にもないぞ、俺らにも買ってくれねーかな」と言ったロキ兄はいつもどおりケビン兄とポポ兄に怒られていた。

 俺が起きてきたことに気付いたケビン兄に、「昨日のことをもう一度聞かせてくれ」と言われ、説明した。

 昨日と違って、今度は途中で兄達からあれこれ質問される。

 でも、俺もヨウについてそこまで分かっているわけじゃないから、とにかく悪いやつじゃないということだけ強調した。


 昼になって、待ち合わせ場所でヨウを待っていると、突然現れた大柄な男が駆け寄ってきた。

 自分よりずっと力も強そうなそいつが、結構な勢いで迫ってくるのが怖くて、俺は身を固くしてしまった。

 その男の人はレックスさんといって、ケビン兄達の知り合いだった。

 妹さんをとても心配していて、この人は妹のためにこんなに汗だくになって一生懸命になれるんだって思ったら、なんだかカッコイイ人だなと思った。


 ヨウが合流して、大人達だけで話を始めてしまった。

 俺は話についていけなくなって、ボーっとその様子を見ていた。

 途中、ポポ兄がヨウのところに行ったかと思ったら小声で一言、二言やり取りをして、そしたら、ポン、ってポポ兄がヨウの頭を撫でた。


 びっくりした。


 頭を撫でられたヨウはポポ兄をじっと見つめてて、俺、とっさに「ポポ兄には勝てない」って思っちゃって、よく分からない苦い気持ちが沸いてきて混乱してしまった。

 そうやって俺がぐるぐる考えているうちに、気づいたら話が進んでいて、妹のアンジェ?さんが見つかって、大きな家に上げてもらって美味しいお茶を飲ませてもらって、そしたらレックスさんが俺たちを冒険者組合に紹介してくれることになってて。

 組合の窓口で背中をドンっと押された力は強くて、息がつまってびっくりしたけれど、「新人だ、頼むぞ」と言ったレックスさんの声はそれ以上に力強かった。

 そんなレックスさんに周囲の冒険者や窓口の人たちも一目置いているのが伝わってきて、状況についていけない俺だったけど、レックスさんってすごい人なんだと思った。

 レックスさんは俺やヨウに軽く目配せすると、「組合や採集地で困ったことがあったらいつでも言ってくれ」と言いながらも俺たちを通り過ぎて出口へ向かって行った。

 お礼を言わなきゃ、とレックスさんのほうを振り返ったときには外の光の中に大きな背中の輪郭と、ヒラヒラと振られる手しか見えなかった。

 その背中が「礼はいらない」と言っているようで、それがたまらなくカッコよくて、「俺はあんな人になりたい!!」って強く思ったんだ。

 アンジェさんと一緒にいた男の人がレックスさんに握手してもらっていたけど、今ならその気持ちがよく分かる気がした。


 + + +


 それから俺たちはヨウに飯をごちそうになった。

 飯を食べてもらわないと気が済まないといった風だったので、話を振られたときは兄達からの圧も感じながらも、屋台の飯が食べたいと言ってしまった。

 まだ昼なのにヨウはあれも、これもとたくさん買い集めてくれて、俺は今日も腹いっぱい食えた。

 腹は減っているのが当たり前だったのに、昨日と今日、飯を食うだけでこんなによく眠れて、調子がいいんだって驚いてる。


 採集地に向かう道中、モルモティフ様の話になった。

 俺も何度か教会に連れて行ってもらったことがある。

 教会の中は天井が高くて、中は人が多いわりに大通りよりずっとずっと静かで、何度行ってもそわそわする場所だ。

 聖職者の偉いおじいちゃんは、とにかく雰囲気が穏やかで、あの雰囲気は少しヨウに似ている。

 お祈りの時間には、聖画と呼ばれているモルモティフ様の絵が運ばれてきて、聖画の前で説法というのを聞いたり、お祈りをしたりする。説法に出てくる”可愛いを愛せ”は俺も好きな言葉だ。

 アリサ達小さいやつらは”可愛い”だ。

 守ってやりたいと思う。

 大切にしてやりたい。

 俺の飯も分けてやるし、飲み水が無くて困っていたら、どんなに大変でも俺のできる限りで助けてやりたい。

 きっとこれは”可愛いを愛せ”だ。

 この気持ちは俺が俺であるために、とても大切な気持ちだと思う。

 俺も”可愛い”に活かされているんだと思う。

 モルモティフ様の絵は、その”可愛い”を形にしたようなお姿だ。

 どんな乱暴なやつも聖画を見ているときは黙って、優しい顔になるんだ。


 + + +


 そんなことを考えていたら、採集地前の集落に着いていた。

 ヤサイの集落は『畑』だ。

 初めて来たけれど、なんだか町よりも行き交う人に勢いがあるというか、スピード感がある。

 ヨウは「活気がありますね」と感心したように言っていた。

 畑の奥へ続く道で、警備隊の制服を着た男の人が立っていた。

 警備隊の人たちは、町を見回って、悪いやつが町に入ってこないか見張ってくれているんだ。

 町の警備隊の人はみんな俺たちみたいな子どもにも優しくて、困っていることはないかと話しかけてくれる。

 ビシッと着た制服がかっこいいのだとアリサたちがよく言っている。

 制服の胸元の記章(バッジ)の数が多いと、階級が高くて偉いんだとアリサは言っていた。

 この男の人の胸元には三つも記章(バッジ)が付いている。

 この人は若いけど、町を見回ってくれる人たちは記章(バッジ)が無いか一つ付けているかなので、ずっと偉いらしい。

 なんでそんなに偉い人がこんなところで門番をしているんだろうと少しだけ不思議だった。

 ロキ兄が偉い警備隊の人に馴れ馴れしくして厳しい目で見られたときは、ちゃんと採集地へ入れるのだろうかと気が気でなかったけど、無事通してもらえた。

 兄達の姿が洞窟の中へ消えて、さあ俺も入ろうとした時、それは起きた。



「ね、ねぇ、ザク君、手を繋いで入りませんか?」



 + + +


 俺は何を言われたのか分からなかった。


 今、ヨウが手を繋ごうって言ったのか?

 小さい子みたいに?

 俺とヨウが手を繋ぐのか?


 さっきからヨウの口数が少ないとは思っていた。

 ヨウの手を見る。

 白くて、傷なんかなさそうな、女の人の手だ。

 ヨウと手を繋ぐ………。


「へぇあ!?手!?」


 意味が頭に染み込んだ瞬間に、心臓が爆発するんじゃないかと思うほどの音を立てた。

 いや、爆発したと思う。

 この時俺はとんでもない声を上げたと思う。

 口から心臓が出てくる。

 もう飛び出してどこかで暴れているかもしれない。

 先ほど、アンジェさんが彼氏の人と腕をからめ、手を繋いでいた様子が思い浮かぶ。

 レックスさんが彼氏さんとしていた握手ではない、女の人が男と手を繋ぐということ。

 バクバクと脳みそまで心臓の鼓動が響く。

 俺は大混乱だったが、ヨウが「だだだダメ?やっぱりダメですよね!?」と慌てて出しかけていた手を引っ込めた。

 ヨウのフードがずれる。

 ヨウの顔は情けなく眉が垂れ、目元には涙が溜まっているように見える。

 ヨウが怖がっている。

 俺が守ってやらなければと思った。

「いいいイイケド!?ほほほホラっ!掴まれよ!」

 俺の声は震えていた。

 飛んで行った心臓がまだどこかの地面で暴れまわっているせいだ。

 顔まで熱くなってきた。

 強く手を突き出して体に力を入れ、無理やり震えを止める。

 ヨウが不安にならないように。

 俺が守ってやるって分かるように。


「お、俺がついてるからな。大丈夫だ!」

「ザク君…」

「ほら、行くぞ」


 俺はおずおずと重ねら握られたヨウの手を強く握り返して、その手を引く。

 ヨウも、その顔にいつもの穏やかさが戻って来ていて、俺の手を握り直してきた。

 洞窟に向かって行く。

 どうやら俺の体に帰ってきたらしい心臓が、まだドキドキとうるさい。

 鼓動に合わせて体全体が揺れるようだ。

 少しヒヤリとしたヨウの手がぎゅっと力加減を変えるたびに、ドキドキがでかくなる。

 俺はこの先採集地へ潜るたび、ヨウと手を繋いだことを思い出してドキドキするのかもしれない。

 ドキドキ。

 ドキドキ。

 いざ入るぞという瞬間、


 ポポ兄の顔がニュッと現れた。

 

「ヒュッ」


 心臓が止まった。

 俺がこの先採集地で思い出すのはポポ兄の顔になった。

 さぞドキドキすることだろう───。


 + + +


 ポポ兄と洞窟に入ることになった。

 ずっと頼もしかったヨウが、洞窟に入るのが怖いなんて、意外で、ちょっと可愛いなと思ってしまった。

 この”可愛い”は、アリサを可愛いと思うのとはなんだか違う気がする。

 少し胸がむずっとしたけど、ヨウが俺のことを「ザク君」と呼んでしまったことを謝ってきて、俺は考え始めていたのを止め、ヨウに向き直る。

 「君付けで呼ぶな」というのは最初に俺が言ったことだ。

 でも、ヨウが「ザク君」と俺を呼ぶほうがヨウらしいと思えて、俺もそのほうが特別な気がして、「それでいいよ。ヨウにそう呼ばれるのは嫌じゃない」と答えた。

 また顔が熱くなった気がしたのが不思議だった。


 + + +


 ヤサイの中は全くの別世界だった。

 一面緑だし、なんだか暖かいし、洞窟の中に入ったはずなのに青空だし、広いし。

 そこかしこで人が作業しているのがチラチラと見え隠れする。

 あまりのことに呆然と辺りを見回していると、いつの間にそばに来たのかロキ兄とケビン兄もいて、事務局へ行くことになった。

 それから「聖樹」に行くらしい。

 聖樹のことはなんとなく聞いたことがあったが、聖職者のおじいちゃんが語って聞かせてくれる架空の場所の一つだと思っていた。

 道すがらロキ兄とヨウの距離が近い気がしたので、さりげなく間に入った。

 俺が(ロキ兄から)ヨウを守る。

 

 ミレーヌさんという人に案内してもらって俺たちはヤサイの中を進んだ。

 林の中、そこにあった聖樹の光景は、夢や絵本に出てくるみたいで、まるで現実味がなかった。

 ヒンヤリと流れてくる空気が俺の汚れを落としてくれているような気分になった。

 それくらい、この場所は透き通って、綺麗だった。


 俺が言葉もなく立ち尽くし、どれくらい時間が経っただろうか。


「………やっぱりここはとても良いところだね」


 とても静かな声がした。

 俺の意識も引き戻される。

 声の主はロキ兄だった。

 全然違う人みたいな顔のロキ兄はずっとずっと大人びて見えた。

 俺たちはしばらくそうしていたが、ややあってミレーヌさんに促され、来た道を戻り始めた。


 + + +


 その後のことは驚きすぎてうまく説明できない。

 モルモティフ様が突然現れて、それだけでもめちゃくちゃ驚いたのに、ヨウが道に座ったかと思うとヒョイとモルモティフ様を抱きかかえたんだ。

 モルモティフ様のことを知り合いとか訳の分からないことを言うヨウの目は、ものすごく泳いでいた。


 モルモティフ様はこの世のものとは思えない可愛さで、これが本物の”可愛い”かと思い知った。

 まず小さい。

 優しい白い色をしたモルモティフ様は、思っていたより何倍も小さかった。

 赤ん坊より小さい生き物なんて存在するわけないと思っていた。

 あんな、大人の手の平に乗ってしまうような大きさで、小さな顔も体も手も足もあって、それがピコピコ動いているなんてどうなっているんだ。

 そしてふわふわでコロコロで柔らかそうで───見つめ続けていると頭の中身がとろけてしまいそうだ。

 ああ、神様ってすごい、可愛い。

 とても可愛い。

 それしか考えられなかった。

 そばに来てもいいとヨウが言って、俺はフラフラとそちらへ寄っていった。

 可愛い可愛いモルモティフ様。

 神秘的な体躯で、今は眠ってしまわれたのか、ゆっくりとした呼吸の度にお腹が膨らんで、しぼんでを繰り返している。

 可愛さに身悶えしそうだ。

 そんなモルモティフ様を膝に乗せ、手でくるみこんで抱いているヨウはなんだか特別な存在みたいに見えた。

 屈んだからか、フードの中から一房の黒い艶やかな髪がこぼれている。

 慈愛に満ちた目でモルモティフ様を見つめるヨウは美しくて、清廉で、いつか聖職者のおじいちゃんに聞いた「聖女様」もこんなお姿だろうかと思った。

 ヨウとモルモティフ様、この姿を聖画にして欲しかったけど、俺にもここにいる誰にも描けはしないことがわかっていたので、せめて忘れないようにと今目の前のこの光景を見つめていたら、そのヨウに声をかけられた。

「ザク君?」

 その声音が心配げで、俺は思わず「あ、いや、大丈夫、です」とたどたどしく答えることしかできなかった。

「えっ、ヤダ、敬語」

 そこなのか?と思ったが、今まで生意気な言葉で話していた俺が「です」なんて言ったら驚くのも当たり前だ。

 目の前にいるのは、俺が敬語を使っただけでうろたえてしまうような、俺が知ってるヨウなのだ、と思い直して俺はつい言ってしまっただけだと弁解した。


 俺はそれからというもの、ふとした時に、ヨウがモルモティフ様を抱くその光景を思い出して、じんわり顔に熱が集まるような、そんな不思議な気持ちに悩まされることになる。

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