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13.ヤンチャ系ショタは母性に弱い/前(ザク視点)

 ヨウの買い物の勢いはすごいものだった。

 俺に色々な店の場所を聞いては、道具を買い野菜を買い肉を買い、目の前でやり取りされる商品と金に目が回る思いだった。

 その買い物のどれもが俺と仲間のためだというのだから、夢か何かなんじゃないだろうかと思ってしまう。


 ヨウは俺に店を聞いたり、どれを買おうかと相談するたびに、「ありがとうございます、ザク」と言う。

 礼を言わなければいけないのは俺なのに。

 ヨウは変なのだ。

 実はヨウはいじわるなやつなんじゃないかとか、こうやって色々と買い物をして期待させておいて、実は俺たちの分はないと言われるのではないかとか、別のものを要求してくるのではないかとか。

 そんな可能性をわざと考えて気持ちを強く保っていた俺だったが、ヨウが「ありがとう」と言ってくれるたびに、明るい声を向けてくれるたびに、疑うのが馬鹿らしくなってきていた。

 ヨウは買い物をするたびに、最初の道具屋で買った収納袋にしまっていった。

 信じられない量が吸い込まれていく。

 それを持つヨウの腕力にも驚きだ。

 あれだけの物を入れた袋を、ヨウは片手でヒョイと持っている。ヨウに逆らってはいけないと思う。

 収納袋については、俺も町の人が使っているのを見かける程度の知識しかないが、収納魔法のついた袋は、普通の袋よりも値が張って、袋のサイズよりも大きいものも入ってしまう不思議な袋だ。

 大きいといっても、大人の手の平くらいのサイズにフライパンが入るとか、そんな程度だ。

 手の平サイズの袋にバカスカと何もかもが吸い込まれていくのは絶対に違う。


 考えるのも悩むのも面倒になった俺は、世の中にはまだまだ俺の知らない不思議なことがあるんだな、と諦めの境地に達した。

 ヨウは悪いやつには思えないし、こいつがこれでいいのならいいのだろう。


 俺たちの住処に着いたヨウは、荷物を置くのもそこそこに、「体調の悪い子のところに案内してもらえますか?」と心配げに聞いてきた。

 体調が悪いやつや一人で動くのが難しいやつらは、少しでも雨風をしのげる一番の家に集めて、年長のやつらが様子を見てやることになっている。

 俺くらいの年になれば別だが、正直、今寝てるような小さいやつらはここから回復するやつのほうが少ない。

 苦い味が口の中に広がる。

 よだれや鼻水で汚れてしまっているあいつらを見て、ヨウが嫌な顔をするんじゃないかと、暗い気持ちになった。


 しかし、俺の心配は杞憂だった。

 場所を伝えたら、ヨウはさっさと一番の家へ入ったかと思うと、ぐるっと寝ているやつらを見回し、咳き込み苦しそうだった一人に駆け寄った。

 駆け出したときにヨウのフードが肩へ落ちた。

 黒い髪がサラリとこぼれる。

 光が反射し光ったように見えた。

 綺麗だ、と思った。本当に髪なのだろうか。

 どれほど上等な布でもこんなにサラサラと艶やかな物は無いのではないだろうか。

 自分が知るはずのない物と比べてしまうほど、美しいものに見えた。

 露わになったヨウの顔は、町の人とも違う見慣れない顔立ちで、そういえば遠くから来たと言っていたな、と思い出す。

 兄達と変わらない年だろうとずっと思っていたが、表情は兄達よりも落ち着いて大人びて見える。

 ずっと穏やかそうに笑んでいた口元は、今は心配そうにキュッと結ばれていた。


 ヨウが嫌な顔をするんじゃないか、なんて、そんな俺の心配は無用の長物だったようだ。

 ヨウはフードが落ちたことにも気づかない様子で、駆け寄ったそいつを見やりそばに膝をつくと、腹のあたりに優しく手を当てて何か感じ取っているように目をつむった。

 そうやってから目を開けると、今見知ったばかりのそいつのことを心底心配だという顔をして、汗をかいているそいつの髪や頬に、汚れもなにも気にせずゆっくりと手を滑らせた。

 なぜか俺はヨウのその仕草にドキリとした。

 ヨウがそうやって一人ずつ手を当て撫でてやると、咳き込んでいたやつや、ヒュウヒュウと浅い呼吸をしていたやつらもみんなスゥスゥと寝ているだけのような呼吸になった。

 目を覚ましたやつもいる。


「もう少し寝てていいですよ」


 ヨウは微笑んで、ひどく優しい声音でそう言った。

 不思議な声だった。

 甘くて優しくて温かくて。

 聞いたこともない声だった。

 その声を聞いたそいつは、まるで魔法がかかったみたいにウトリと目を閉じ、やがて寝息を立てて寝てしまった。

 その時の俺には、ヨウがとても崇高で、触れがたい何かに思えた。


 「後でみんなの家もやりましょうね」

 その後ヨウは、そう言いながら部屋の中を縁取るようにぐるりと一周歩いた。

 それだけでなんだか家の中全部がキレイになったような気がした。

 いや、本当にキレイになっている。

 あったはずの穴がふさがっている。

 そんな馬鹿なことがあるのか。

 元から穴なんてなかったように、そこには汚れのなくなった白い壁だけがあった。

 穴がなくなればすきま風も入ってこない。

 家の中が幾分か温かく感じ始めたくらいだ。

 

 信じられないことばかりが起き、混乱して呆然としていた俺だったが、ヨウが外へ出るので着いていくと、ヨウは俺にも心配げな顔を向けてきた。

 「ザク」と微笑んで、優しい声で囁きかけてくる。魔法のかかったあの声だ。


「家で寝ていてください。できたら起こしますから」


 優しい表情。

 優しい声。

 綺麗な黒い髪がサラリとヨウの肩を滑り落ちた。

 俺も魔法にかかってしまったんだ。

 俺はぼんやりした頭で頷く。

 ヨウが落ちていたフードに気付いて、また被りなおした。

 黒い髪は隠れてしまった。

 「ああ、勿体ない」となんとなく思う間にも、意識はトロリと溶けて、眠たくてたまらなくなってくる。


「今日は水汲みに行ったんだ。それで、疲れてて。朝早くて。重かったけど。頑張ったんだ。みんなの水。無いとあいつらが、困るから」


 俺はそんな言い訳のようなことを半分夢見心地で言いながら、フラフラと吸い込まれるように俺の住む家へと入った。

 後ろでヨウが「偉いです。ザク君はとっても偉いです」と言ってくれていた気がした。

 一緒の家に住んでいる年長組のゴンと、その妹のアリサが寝ていた。

 俺もその隣に横になると瞼が勝手に落ちてくる。

 昨日食べるものがなかったのだ、隣から寝ている二人の腹の虫が鳴っているのが聞こえてくる。


 もう意識を保つことはできなかった。


 + + + 


「ザク、ご飯できましたよ」


 控えめな声で目が覚めた。

 誰の声? あれ、俺、何してたんだっけ。

 ゴンやアリサの寝ているはずの場所はもぬけの殻だ。

 入口を見やり、ヨウの姿を見て、そちらから漂ってくる美味しそうな匂いに意識が覚醒する。

 そうだ、ヨウが炊き出しを作ってくれたんだ。

 外へ出ると他のやつらも外へ出てきているようだった。

 隠れているやつらへ大丈夫だと分かるように、ヨウのそばを歩き、ヨウの入れてくれた炊き出しを食べてみせる。

 匂いで想像した何倍もおいしい温かい炊き出しに感動してヨウをじっと見てしまった。

 そうしているうちにゴンたちがアリサたちを連れて、全員が出てきていた。

 ゴンとアリサは俺と同じ家に住んでいる本当の兄妹で、ゴンは体が大きくて俺と同じ年長組のまとめ役だ。

 アリサは誰のマネをしてるんだか、クールぶった言動をするけど、今みたいな場面になると途端に気弱になる。

 全員いることを確認して、ゴンたちのほうへ行き、アリサへ炊き出しを食べさせてやる。

 アリサは普段のクールぶった様子とはかけ離れた素直なリアクションで喜んだ。

 一人が食べればもう我慢はできないだろう。

 そんな俺の予想通り、ヨウの炊き出しにみんなが集ったのだった。


 ヨウの炊き出しはうまい。

 生きてきた中で一番うまい食べ物は今日食べた肉串だと思ったが、炊き出しがすぐにその記録を塗り替えてきた。

 たくさん野菜が入っている。

 じゃがいもや緑の葉っぱだけじゃない。

 何かわからない茶色い木の棒みたいなのも入っていたけど、それも噛むとじんわり味が染み出てきてうまかった。

 柔らかい肉も入っているのに気付いた俺は、器の中の肉ばっかり探して食べてしまった。

 

 みんなが腹いっぱいになると、食器を回収したヨウは小さい鍋を持って一番の家へと行った。

 あいつら用に別に用意してくれたらしい。

 俺と、他にもアリサたち何人かが続いて一番の家へ行く。

 中のやつらは朝よりずっと調子が良さそうに見える。

 今にも死にそうに見えるやつは一人もいなくて、一緒に入ったアリサたちは「へやがあったかい」「せきとまった?」とかヒソヒソ声で言っては驚いている。

 俺もほっと息を吐く。

 ヨウは一人ずつ様子を見て起きそうなやつへ声をかけると、膝のほうへ起こし上げて、自分の体を背もたれにしてもたれさせながら、少しずつ、少しずつ小鍋の汁を飲ませている。

 その様子にまた胸がぎゅっとした。

 アリサたちも手伝い始め、二、三人で一人を世話し始めた。

 アリサたちも小さいが、寝てるやつらも小さいので大丈夫そうだ。

 俺もその間を行き来して手の足りないところを手伝ったり、小鍋から汁をよそって運んだりした。


 + + +


 作業に夢中になっていると外から声が聞こえた。

 ヨウもいつの間にかいなくなっている。

 慌てて外へ出ると、ヨウがいる

 ヨウの視線を辿ると、ケビン兄たちが来ていた。

 兄達の姿に自分でも意外なほど随分ほっとした。

 兄達がもう来なくなったらどうやって生きていこうか、と昨日の夜不安になったのを思い出した。

 大通りへ行って紹介すれば、誤解は解けた。

 ロキ兄は最初かなり警戒していたので、ちゃんと話を聞いてくれるケビン兄とポポ兄が一緒にいてくれて良かった。

 二人は時々厳しいけど、普段からとっても頼りになって、兄達のまとめ役でもある。

 ロキ兄は普段はいつも笑っていて、たまに子どもに見せちゃいけないんじゃないかと思うような姿絵を持ってきたり、他の兄に怒られていたりして適当で、でも俺たちを心配したときはあんなに怖い顔と声になるんだ、と内心驚いていた。

 普段のロキ兄なら、俺たちの肉串がロキ兄の手に渡ったら不満な気持ちも出たかもしれないが、今日はロキ兄にも肉串を食べてほしいな、と思えた。


 その後、家の様子を見てきた兄達がすごいすごいとヨウを褒めるので、なぜか俺が誇らしい気持ちになった。

 そうだ、ヨウはすごいんだ。


 + + +

 

 それから兄達とヨウは打ち解け始めて、俺のことなんか置いてきぼりで、あんなに俺にあれこれ聞いてきていたヨウが兄達を頼り始めたようなのが面白くなかった。

 ロキ兄がヨウが女だとわかった途端に態度を変えて、”ヨウちゃん”なんて呼び出したときは、よくわからないけど胸がもやもやして、ロキ兄を睨んでしまった。

 わかんないけど、面白くない。

 すごく、面白くない。


 気付くと、俺はこれまで言ったこともないような我儘を言っていた。


「俺も行く」


 採集地へ行くと言うヨウと兄達に置いて行かれたくなかった。

 何を言ったかはよく覚えていないけど、必死で色々ケビン兄に言って、そしたらポポ兄もいいんじゃないかって。

 ケビン兄も許してくれて、めちゃくちゃ嬉しかった。

 こんな風に、兄達にしたいことをお願いしたことなんてない。

 許してもらえるなんて思ってもいなかった。

 なんだかその後も、普段からよく頑張っている、すごい、えらいと口々に言われて、気持ちがふわふわして、自分を取り巻く世界が変わったみたいに感じた。

 ヨウだ。

 ヨウがいると、俺の世界は明るくて温かくなる。


 ヨウは布屋へ行くと言うので、俺はついて行くことにした。

 ヨウはまたあの何もかもが詰まった袋を片手でひょいと持って歩く。

 べらぼうに重いはずなのにだ。

 なんとなく、いつも訓練をつけてくれる兄にもっと鍛えてもらおうと思った。

 ヨウのそばにいるとまた楽しいことが起きる気がする。ヨウのそばにいるにはもっとヨウに近い人間にならなければいけない気がした。

 そう、なりたかった。


 ヨウはまた俺に金のことや布のことをあれこれ聞いてくる。

 俺は少しでも役に立つことを知ってほしくて、ヨウの質問に次々と答えた。

 俺が分かることばかりでよかった。

 でも次に聞かれたときのために、海の家のオン爺が教えてくれることは次からもっと真面目に聞こうと思った。

 俺が答えるたび、やはりヨウは「教えてくれてありがとうございます」と言って笑ってくれる。


 ヨウが選んだ布の中にはかなりイカす縞模様の布があった。

 黄色と黒のコントラストは炎が燃えるようであり、なんだか強そうだ。

 また我儘を言ったらヨウならその布を俺にくれるかもしれない、とも思ったが、ヨウに甘えるようなことはなるべく言いたくなかった。

 なんとなく、言って子ども扱いされるのが嫌な気がしたのだ。

 偶然俺の家の番でその縞模様の布が敷かれたときは、俺はかなりはしゃいでしまったと思う。

 寝る前にもゴンやアリサにも布の良さを語った。

 二人も「柄はともかく」とか言いながら新しい布をとても気に入ったようだった。

 

 一日何度も飯を食べた日の夜は、いつもよりずっとずっとよく眠れた。


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