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12.強い! 強いぞモルモちゃん

 ザク君の上げた声に揃ってこちらを向いたケビンんさん達の目が見開かれていく。

「………はぁ?」

 辛うじてこぼすように声を出したのはケビンさんだ。

 その見開かれた目が見ているのは私の後方、足元のあたりだ。

 ザク君も声を上げたときのまま、私の足元を指差し固まっている。


「も、モルモティフ様ぁ……」


 甘い、とろけるような声が聞こえた。

 ミレーヌさんだ。

 距離は離れているものの、しっかりモルモちゃんの姿が視認できたらしい。

 口元を震わせ、目を潤ませている。

「モルモティフ様、ああ、モルモティフ様、なんて、なんてお可愛らしい……」

 そんな様子に構わず、モルモちゃんは私の足に寄ると、こちらを向いてキュキュキュとごきげんに話しかけている。

 私は観念してしゃがみ込むと、「モルモちゃん、お久しぶりです」と力なく話しかけた。

 実際は別れてからそう日は経っていないのだが。


「モルモティフ様、あのぅ、私、小さい時に拝見して以来、その、大好きで……お慕い申し上げておりますぅ……ああ、お可愛らしい……こんなおそばでお会いできるなんてぇ……夢のようですぅ……」

 ミレーヌさんは近づいて来る様子はないものの、頬を上気させ、豊かな胸の前で両手を柔らかく結んで、うっとりと潤んだ瞳でモルモちゃんを見て言葉をこぼしている。

 おっと、彼女はモルモティフ教の敬虔な信者さんなのかもしれない。

 モルモちゃんを見る目が陶酔しきっている。

 向けている感情は「可愛い」「尊い」に尽きるようだから特に怖さはないのだが。

 小さい時に見たということは、彼女は前にモルモちゃんが顕現したという時に居合わせたのかもしれない。


「ヨウ?」

 固まってしまっていた男性陣の中、こわごわといった様子でザク君が名前を呼んできた。

 モルモちゃんに釘付けの他のみなさんと違い、ザク君は私を気遣うように見ている。

「あ、大丈夫、えっと、モルモちゃんとはちょっと、知り合いで」

 なんと言って良いものか分からないまま、答えなければという思いだけで嘘ではないことを口走る。

「知り合い?」

 ザク君は混乱しているようだ。

 私とモルモちゃんを交互に見ている。

 

 そんな中でもモルモちゃんはお構いなしだ。

 私のつま先にちょこんと両方のお手てを乗せてくるとつぶらな可愛いお目々がこちらを見つめてくる。

 直感的に抱っこだなと思った私は、立ち上がることをあきらめ、足元のモルモちゃんに気をつけながら足を崩すように座りこむ。

 両手でくるむようにモルモちゃんを持ち上げると、そのままお腹の前で安定するように両手で抱え込むよう抱いた。

 モルモちゃんはふわふわで、あったかくて、やわらかい。

 ああ可愛い。

 私もモルモティフ教、入信まっしぐらだ。

 ごきげんなモルモちゃんは、手の中でくるりくるりと体勢を変えて、最後に丸くすっぽりとおさまった。

 ぷいぷいとお鼻が上機嫌に鳴っている。


 神様であるモルモティフ様を突然抱き上げた目の前の知り合いに、ミレーヌさんも含め、みんなが絶句といった様子で固まる。

 さて、どう説明したらいいものか。

 どう説明しても質問攻めに合いそうだと私は頭を抱えたくなった。

 手の中のモルモちゃんは一眠りしそうな様子だった。


 + + +


「それにしてもお可愛らしいわ〜」

「本物のモルモティフ様可愛すぎるでしょ……」

「モルモティフ様ぁ…」

「可憐だ……」

 あいかわらず離れた距離のままのみなさんは、やっと落ち着いてくれたようだった。

 今は各々(おのおの)しゃがみ込んで私の手の中のモルモちゃんに目線を合わせるようにすると、小声で口々にモルモちゃんを褒め称えている。

 そんな離れたところからで、小さいモルモちゃんがちゃんと見えているのか疑問だ。

 ケビンさんだけは立ったままだが、なんとあのケビンさんの眉間のシワが無くなっている!

 しばらくは衝撃に身を固まらせていた彼らも、少しずつ状況を飲み込んでくれたのか、ぽつぽつと動き話し始めた。

 軽く問いかけられはしたが、まあ、この状況以上の説明はないので、偶然現れたモルモちゃんがちょっとした知り合いの私のところに来てくれたと答えた。

 なんにせよ今はモルモちゃんの姿を見ていたいと思ったのか、寝息を立て始めたモルモちゃんを気遣ったのか。

 驚かれはしたものの、幸いにも細かいことには何もつっこまれず、みなさんは私の手の中で寝息を立てるモルモちゃんを眺めている。


「もう少しそばにいらしてはどうですか?」

 聞いてみるが、ロキさんとポポさんはブンブンと首を横に振った。

 ミレーヌさんは先ほどから真っ赤な顔のままで、ちぎれるほど首と手を振っているので少し心配になる。

 ケビンさんは聞こえているのか、聞こえていないのかも定かではない。

 (いか)めしい顔をしていない無反応のケビンさん、怖い。

 ちなみにケビンさんはまだ最初の立ち位置のまま微動だにしていない。

 両手のこぶしを握りしめ、仁王立ちだ。


 ザク君だけは近くまでやってきてくれた。

 それでも数歩分は離れた場所だが。

 ポウっと惚けたような顔でモルモちゃんを覗き込むと、「はわぁ」と感嘆の息を吐き、そのまま私の方を見る。

 ぼんやりした目のまま私と目が合うが、惚けた顔のままで、目の焦点が合っていない気がする。

 ほっぺたがりんごのように赤くなって、やけに熱そうな吐息を「ふはぁ」と吐いた。

「ザク君?」

 熱でもあるんじゃないかと思わせる雰囲気に、心配になって声をかける。

「あ、いや、大丈夫、です」

「えっ、ヤダ、敬語」

 なぜか敬語を使うザク君にガーンとショックを受ける。

 思わず焦って言ってから子どもが駄々をこねるような言い方になってしまったと恥ずかしくなる。

「あ、いや、モルモティフ様といるヨウが別の人みたいで。つい」

 ハタと正気になったザク君が、敬語に大した意味はないと弁明してくれる。

 良かった、普段どおりのザク君だ。


 しばらく私達は「ぷひー。ぷひー」と寝息を立てるモルモちゃんを眺めて過ごした。


 + + +

 

 もぞ、もぞもぞ、とモルモちゃんが起き出してきた。

 くしくしとマイペースに身だしなみを整えると、寝ちゃった〜とでも言うように私に向かって大きく「くぁっ」とあくびして見せてくれた。

 そして、周囲で見ていた人にそれぞれ視線を向ける。

 手の中から伸びるようにザク君のほうへ鼻先を向けるモルモちゃん。

 私もそれを手伝うように、モルモちゃんを抱えたままそうっと立ち上がると、ザク君へ歩み寄った。

 しゃがんでいたザク君はぎくっとした様子で固まる。

 すぐ近くにしゃがむと、モルモちゃんはザク君の匂いを熱心に嗅ぎ始めた。

「モルモちゃん、彼はザク君です。町で色々なことを教えてもらいました。彼のおかげで他のみなさんとも知り合えました」

 そう言う私の話を、ふむふむと思っているのかは知らないがモルモちゃんは聞いている。

 はい次、という風にさらに離れた位置にいる大人たちの方へ顔を向けた。

 しゃがんでいた大人たちは、ギクリとした様子でその場に立ち上がった。


 まずは、比較的、正気を保っていそうなロキさんとポポさんのところへ行く。

 自分たちのほうへ向かってくると分かるやいなや、慌てふためきキョロキョロと逃げ道を探すようにし始めたロキさんとポポさんだったが、すぐにたどり着く。

「こちらの方がロキさんです。こちらはポポさん。いつも細かく気を配ってくださって助けられています」

 ロキさんが「その説明俺も入ってるんだよね?」と横やりを入れてからモルモちゃんに頭を下げ「ロキと言います!」と挨拶した。

 余裕がありそうで良かった。

 ポポさんは「はじめまして、ポポです」と頭をガバっと低く下げた。

 標準語だ。緊張している。

 モルモちゃんが匂いチェックを終えたので、隣のミレーヌさんのほうへ行く。

 彼女はもう、柔和な笑顔のまま茹で上がったような顔で正面を向き固まっている。

 順番に近付いてくるモルモちゃんに耐えられなかったようだ。

「ミレーヌさん、息してくださいね」

 やたら静かで呼吸が怪しかったので、そう声をかけると「そそそそうね、そうよねぇ」とスクラッチの効いたフレーズが返ってきた。

 ダメそうだ。

「モルモちゃん、彼女はミレーヌさんです。モルモちゃんを前に見かけたことがあるそうですよ。ずっと大好きだったとか」

 モルモちゃんがキョトンとこちらを見たが、熱心にミレーヌさんを見て、匂いを嗅ぎ始めた。

「ああああの、私、ここで働き始めた頃、あの、まだ、12歳くらいだったんですけど、モルモティフ様をお見かけすることがあってぇ」

 必死にモルモちゃんに伝えたい言葉を繋げるミレーヌさんは段々と声が小さくなっていったかと思うと、最後にぎゅっと目を閉じ「だいすきですぅ」と言って止まった。

 ひときわ熱心にミレーヌさんの匂いを嗅いでいたモルモちゃんが、右のお手てを差し出したので、ミレーヌさんのほうへ体ごと寄せてやると、モルモちゃんはその小さなお手てでミレーヌさんのほっぺにペシペシとソフトタッチした。

「はぁう!」

 ミレーヌさんは膝から崩れ落ちた。

 モルモちゃんのファンサが手厚い。


 崩れ落ちたミレーヌさんのことはロキさんとポポさんに任せ、ケビンさんのほうを見やる。

 わ、びっくりした。

 ガン見だ。

 最初の立ち位置から真顔のまま微動だにしていなかったケビンさんは、顔だけをこちらに向け、まばたきもしない強い視線をモルモちゃんに向けている。

 眉間のシワは取れ、整った男らしい顔立ちの彼は、真顔で黙っているとこれはこれで怖い。

 モルモちゃんも次はこいつかとケビンさんの顔を見て、少しビクッとした。

 あれだけ表情のなかったケビンさんの表情が変わった。

 怯えられたことが分かったのだろう。普段とは違う顔のしかめ方で『絶望』と顔に書いてある。

 悲愴感がすごい。

 ケビンさんのそんな顔は見ていられなくて、フォローに走る。

「モルモちゃん、彼はケビンさんです。今は普段の彼に比べてとても優しい顔をしていますよ。」

 後半は小声で言ったつもりだったのだが、ロキさんが「普段はこーんな顔です」とわざと眉を寄せて口をへの字に曲げて見せてくる。

 モルモちゃんはそれを、ふむ。と興味深げに見た。

「ケビンさんは面倒見が良くて、しっかりテキパキしていて、みんなが頼りにしているんですよ」

 ケビンさんはレックスさんにも頼られていたし、まだ若いのに子どもたちや海の人たちにとってもリーダー役だ。

 モルモちゃんが怯えるような相手ではないと伝えたかったが、モルモちゃんはそれが伝わったのかどうなのか、少し思案げにした後、突然目をうるうるとさせじーっとケビンさんを見つめ始めた。


 うるうる、キュルキュルと、めちゃくちゃ可愛らしい表情でケビンさんを見つめるモルモちゃん。

 プイプイと可愛らしい声で鳴きながら、掴まっていた私の指をカジカジっと数度優しく噛んで見せ、その間も視線は逸らさない。

 くしくしと顔周りの毛づくろいをし、またケビンさんに視線を送る。

 みんなが固唾を飲んでモルモちゃんとケビンさんの様子を見守る中、ケビンさんの太ももの横でこぶしになっていた両手がブルブルと震え始めた。

 ケビンさんの表情は苦しげだ。

 モルモちゃんはその後も、ケビンさんに向かって可愛い仕草を畳み掛ける。

 しばらく謎の攻防を続けていた二人だったが、その緊張も頂点に達しようかというとき、ケビンさんの全身からスッと力が抜けた。

 彼はミレーヌさんの隣にガクリと膝をつくと、燃え尽きたように項垂れたのだった。


「可憐すぎる……たまらん………」


 その口からうわ言のように言葉が漏れると、モルモちゃんが、勝った! とでもいうように右のお手てを空へと突き出した。

 まさに悩殺である。

 なぜケビンさんを倒したんだ、モルモちゃん。


 ケビンさんって可愛いもの好きなんだな、と青く晴れ渡る空を見上げてぼんやり思ったのだった。

ファンサ=ファンサービス


モルモちゃんは、相手方のリーダーは丹念に屈服させておくタイプ。

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