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11.ピュアイベントと聖樹とモルモちゃん

 無事に入場手続きは済んだらしい。

 守衛のお兄さんが簡易な柵を開け、通してくれる。

 通り際、ロキさんが守衛のお兄さんに向かってまた何か余計なことを言いそうになった瞬間に「ロキ」とロキさんを呼んだポポさんグッジョブです。

 お兄さんの胃にこれ以上負担をかけてはいけない。

 ロキさんは「何〜?」と呑気だ。

 悪気があるわけではないのだろう。


「聖樹行く?」

 ロキさんがご機嫌でケビンさんへ言う。

「ああ。ただ、先に事務局へ行く」

 ケビンさんが答える。

 聖樹とロキさんが言った時には、ほのかに満更でもないような雰囲気だった。

 眉間のシワは変わっていないのでおそらく、だが。


 + + +


 道の終点にあったのは洞窟だった。

 ポポさんは、中に入ると異空間に飛ばされると言っていたが、どんな風だろうか。

 ドキドキと心の準備もできないうちに、兄ズはさっさと入っていく。


「ね、ねぇ、ザク君、手を繋いで入りませんか?」


 正直、ここに来て、私はビビっていた。

 今入っていった彼らの姿はまばたきの間に音もなく消えてしまった。

 大丈夫なのだろうが、先がどうなっているのか、ちゃんと同じところに飛ばされるのか、心配になる。


「へぇあ!?手!?」


 思いがけないことを言われたからか、ザク君が聞いたこともないような素っ頓狂な声を上げた。


「だだだダメ?やっぱりダメですよね!?」

「いいいイイケド!?ほほほホラっ!掴まれよ!」


 こんな小さな子に頼る自分が情けなくて()()る私の様子にに引っ張られてか、顔を真っ赤にしたザク君も同じようにして答えてくれる。

 ザク君がサッと出してくれた手を命綱のように思い、私はしっかりと握りしめた。情けなくてもはや半泣きだ。

 ザク君がぎゅっと握り返してくれる。


「お、俺がついてるからな。大丈夫だ!」

「ザク君…」


 ザク君が頼もしすぎる。

 「ほら、行くぞ」と手を引かれ洞窟へ入ろうと近づいたところで、


「どないしたん?」


 ポポさんの頭だけが、眼の前にヒョコリと出てきた。


 私とザク君は声にならない悲鳴を上げた。


 + + +


「いやあ、まさかあんなに直前になって怖じ気づくとは自分でも思わず…面目ないです…」

 ポポさんは、「遅いから何かあったんかと思って戻ってきたんやけど、びっくりさせてしもたね」と笑った。

「ボクらも配慮が足らんかったわ。初めて採集地に入るときは誰でも結構怖いもん」

 ポポさんの優しい言葉が沁みる。


 その後ポポさんが、「未知のものは怖いよな」と言って、洞窟に入ると一瞬で採集地に着くことや、わずかに浮遊感を感じることなんかを教えてくれた。

 思いっきりびっくりしたのが良かったのか、ザク君の頼もしさに負けていられないと思ったのか、話を聞いているうちに怖かった気持ちも落ち着いてきた。

 ポポさんは「いけそうやと思ったらでええよ」と言ってくれたが、ザク君と目を合わせて二人で「大丈夫です」と答えた。


 ふと、ザク君には呼び捨てで呼ぶよう言われていたのに、さっきはいっぱいいっぱいでザク君ザク君と連呼してしまったことを思い出した。

 「すみません、ザク君と呼んでしまって」と、隣のザク君に言うと、彼は先程の名残か、赤い頬をして「それでいいよ。ヨウにそう呼ばれるのは嫌じゃない」と言ってくれた。

 なんだか随分仲良くなれたような気がして、とても嬉しい。

 心が浮き立った。

 私達はもう一度手を繋いで、今度はすんなり洞窟へと入れたのだった。


 ほとんど違和感はなかった。

 膜のようなものの反発を感じたと思った瞬間には、私達は平原に立っていた。

 お日さまがぽかぽかとあたたかい。

 少し先の木の根本に、もたれるようにケビンさんとロキさんが立っているのが見える。

 「気分悪いとかはない?」

 後から入ってきたポポさんが声をかけてくれる。

 「大丈夫です」と答えながらも、私は失礼にも目線を周囲へと向けたままだ。

 目が離せない。

 そのままぐるりと周囲を見回してしまう。

 手を繋いだままのザク君も、口を閉め忘れたようにポカンと開けたまま、周りを見ている。

 本当に別世界だ。

 ピクニックをしにここに来れたなら、最高の景観だろう。


「ね、いいところでしょ?」

 いつの間にかこちらまで歩み寄ってきてくれていたロキさんが声をかけてくれた。

 その声にようやく私はハッとして「あ、すみません。お待たせしました」と言う。

 ロキさんは「気にしない気にしない」と笑っていた。

「本当に、外とは全然違って驚きました。とても穏やかで、ぽかぽかと気持ちのいいところですね」

「でっしょ」

 嬉しそうに破顔したロキさんに「なんでロキが嬉しそうなん」とポポさんがつっこむ。


「まずは事務局に行くぞ。それから聖樹だ」

「「聖樹?」」

 私とザク君の疑問の声が重なる。

「聖樹は、円状に広がったヤサイの敷地の中央にある大木だ。そばで見るだけだが、一見の価値はあるぞ。かつてモルモティフ様がご降臨された場所でもあるから、モルモティフ教での聖地にもなっている。下手なことはしないように。」

 なんだかケビンさんが引率の先生のようだ。

 ポケーっと聞いていたのがフード越しでも分かってしまったのだろう、「聞いているのか、ヨウ」といぶかしげな目線を向けられてしまった。「はい!大丈夫です!」と元気よく返事をしておく。

「まあ、最後にモルモティフ様がご降臨されたのはもう二十年は前のことだそうだが」

 ケビンさんが付け足すように言う。

 なるほど、ロキさんが言っていたモルモちゃんに会えるかも、というのはこのことか。

 モルモちゃんもこの世界に顕現することができるんだな、とぼんやり思う。

 セツさんの話だと、この世界はできたてほやほやといった言い方だったが、神様的に二十年が短いのか、それともここと外の世界では時の流れ方が違ったりするのか。

「もしかしたら会えるかも、って思うだけでも楽しいよね」

 ロキさんの言葉に、「そうですね」と笑って答え、歩みを勧めた。


 + + +

 

 私達が最初に向かったのはケビンさんが事務局と言っていた場所だった。

 ヤサイでの仕事をまとめたりする場所らしい。

「すまない。冒険者組合からの指示で新人を案内している。聖樹まで立ち入りたい」

 ケビンさんがカウンター越しに声をかけると、一人の女性が対応に出てきてくれた。

「はい。確かに。付き添いが付きますがよろしいでしょうか」

「ああ、頼む」

「ミレーヌちゃん、お願いできる?」

「はぁい、大丈夫ですよぉ」

 女性は冒険者組合の指示書を確認すると、偶然そこを通りがかった女性に声をかけた。

 ここで働いている方なのだろう。

 ミレーヌと呼ばれた女性は二十代後半に差し掛かったくらいに見える、穏やかそうな美人のお姉さんだ。

 ゆるくパーマのかかった長い栗毛を右耳の下で結んで垂らし、柔和な笑顔でおっとりと了承した。

 トコトコとこちらへやってきた女性は全体にふっくらとした体型で、しかし締まるところは締まっていて、非常に羨ましいスタイルの持ち主だ。

 おっとりとした本人の雰囲気からも包容力がありそうで、なんだか甘えたくなってしまうような雰囲気の女性だ。

 「ミレーヌです。よろしくねぇ」

 にこにこと笑顔で挨拶をくれるミレーヌさんにそれぞれ挨拶をする。

 ロキさんだけは「よ!よ!よろしくお願いしますぅ!」と目がハートだ。

 それに対してミレーヌさんは眉を下げ「あらあら」と片手を頬に当ててウフフと困ったように笑っていた。

 本物だ。

 本物の『あらあらウフフ』のお姉さんだ。

 少年がイチコロにされてしまう、とザク君を見ると、「何?」とキョトンと純粋な瞳で見返されてしまった。

 うぅ、なんだか私の心が汚れているようで申し訳なくなってしまう……。


 それから私達は、ミレーヌさんに時折説明をしてもらいつつ、聖樹に向かって歩いた。

 ヤサイの中は本当に見渡す限りの平野で、遠くには作業しているのであろう人の姿がちらほらと見える。

 時には瑞々しく実った野菜を、時には色とりどりの花畑を見ながら進み、やがて現れた林へと入った。

 さらに進み、林の中、ぽっかりと開けた空間へ出た私は、感嘆に息を呑む。


 「わぁ……」

 言葉が出ない。

 林の中、そこには小さな泉と、途方もなく立派な大樹が存在していた。

 背の高さは今抜けた林の木々と変わらないものの、その存在感が全く違う。

 一体いつからそこにあるのか、たとえ大人十人が腕を広げても一周できないのではないかと思えるような、太い幹。

 何本にも分かれた枝々は、その一本一本もとても太く、青々とした葉が生い茂っている。

 地面を破って隆起する根の一本一本が生命力に溢れ、今にも躍動しそうな勢いを感じる。

 林が開けている分差し込んできた光が、泉の水面に反射しているのか、そこだけ空気に(もや)がかかったようで、この場所自体が非常に幻想的な雰囲気だ。

 空気はひんやりと澄んでいて、浄化されるような心地がした。

 これが聖樹。

 なるほど、聖地だというのも頷ける。

 ここは人では太刀打ちのできない大きな力の源流なのかもしれない。

 そう思えてしまう光景。

 初めて来る私やザク君はもちろん、きっとここに居る全員が圧倒されてしまっていた。


「………やっぱりここはとても良いところだね」

 しばらくの沈黙の後、ロキさんがぽつりと言葉をこぼす。

 普段より格段に控えめな声音だ。

「ああ」

「せやね」

 ケビンさんとポポさんも頷く。

 しきりにヤサイに来たがっていた三人だが、きっとこの場所に来たかったのだなと思った。

「こんな素敵な場所があるなんて…連れてきてくださってありがとうございます」

 そう言う私に同意だと、ザク君もコクンと首肯している。


「それじゃあ、そろそろ戻って少し作業の様子を見学しましょうかぁ」

 しばらくそうして聖樹を眺めた後、にこにこと微笑みそう言ったミレーヌさんに返事をし、私達はこの場所を後にすることにした。

 私達が聖樹へ背を向け歩き始めたときだった。


 「プイ!」


 + + +


 ーーーーなんだか今、幻聴が聞こえた気がする。


 「プイプイ?」


 もう一度聞こえた。

 これは、気のせいではない。

 私はガバリと勢いよく振り返った。


 そこにはやはり見覚えのある毛玉。

 遠くて分かりづらいが、靄がかかった景色の向こう、太くどっしりと構える聖樹のふもと、せり出した根の上に、先ほどまでは存在しなかった小さな動く毛玉が見える。

 その体毛はピンクベージュかピュアホワイトか。

「キュ! プゥ! プイプイプイプイ」

 私が気づいたのに気を良くしたようにはしゃいだ鳴き声がこちらに届く。

「モルモちゃん……」

 呆然と私はつぶやいたのだった。


『…えますか……聞こえますか……今ヨウの心に直接語りかけています……アップデートです……その世界はアップデートされたのです……』


 頭に響くように聞こえてきたのはセツさんの声だ。

 めちゃくちゃ神様らしい語りでよく分からないことを伝えてくる。

 アップデートってなんだ。

『アップデートはアップデートだよ。爆デカアップデートが実行されたんだよ』

 さっきまでの口調はどこへやら。

 いつもの軽い口調のセツさんが、やはりよく分からないことを言う。

『モルモね、ヨウが色々やってるの羨ましくなっちゃったみたい。昨日ご飯食べてからなんかやってるなーと思ってたら、自分もそっちの世界に行けるように世界干渉してたみたいで』

「ほう」

 怒涛の情報量に、思わず声に出して相槌を打ってしまった。

 まずいと思い、こちらの様子に気付かず離れていっていたみなさんの方を見やる。

 声が聞こえたのか、私が着いてきていないことに気づいたのか、ザク君がこちらを振り返った。

 私が立ち止まっているのを不思議そうにしている。

 まずい。

『今日あたり、なんか急に変な世界観増えなかった? モルモがそっちに現れてもおかしくないようなさ』


 あった!!

 セイント・モルモティフ様とか!モルモティフ教とか!!


 私は心の中で慟哭(どうこく)した。

 おかしいと思ったんだよ!

 なんか急にみんなモルモティフ様モルモティフ様言い始めて!

 モルモちゃんが世界干渉したの!?

 昨日!?

 それでこんなことに!??


『びっくりだよね』

 セツさんの声色がめちゃくちゃ面白がっている。

 どうせまた肩を震わせて笑っているんだろう。

『狙ってやったのか、偶然なのかはわからないけど、この干渉で特にモルモの世界に大きな影響はないよ。普通、神の存在なんて世界に入れ込んだりしたら、文明が崩壊したりしかねないのにさ』

 さすが僕のモルモだよね。とセツさんは嬉しそうだ。

 セツさんは、モルモちゃんが、モルモちゃん自身がこちらの世界にいる可能性を世界の記録に付け加えたせいで、モルモティフ教なるものが()()()()()()()()()、というようなことを説明してくれた。


 何やってるのモルモちゃん……

 計算づくなのかは謎だが、モルモちゃんはこの世界への顕現を自力で叶えたようだった。

 どうしようか、と混乱が続く私を見ていたザク君に気付いてケビンさん達も足を止めた。

 その時、


「ヨ、ヨウ!後ろに!」

 焦ったようにザク君が声を上げた。

 私の足元を指差している。


「キュ!」


 待ちきれなかった元気いっぱいのモルモちゃんが、私のすぐそばまでテシテシやって来ていた。


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