10.チャラ男の友達?は真面目な守衛さん
晴れて冒険者だ。
とはいえ、採集地へ行ってみて危険そうだったら私はセツさんの脛を齧る気満々だ。
自力で食材をゲットできなくても、売っているものでご飯は作っていけばいい。
それはそれ。これはこれ。
異世界特有の場所があるというのだから、行ってみたい。
ついでに食材がゲットできればいい。私は完全に観光気分だった。
+ + +
「採集地へ行く前に、みなさんお昼は食べましたか?」
「いや、昼は食べないことが多い」
聞けば、採集地へ潜る日にしか昼ごはんは食べず、それ以外は夜の一食だけなのだそうだ。
ちなみに、冒険者が採集地へ行くことを『潜る』、食材を集めることを『採る』と表現するらしい。
プロっぽくて格好いいのですぐ言い方を真似る。
ケビンさん達、貧困層出身の「海」と呼ばれているみなさんは全部で百人ほどいて、海藻の採集地である「カイソウ」前の集落に家を建て、集まって生活しているとのこと。
その中で十人ほどずつで組み分けをしていて、組んだチームごとに採集地へ潜っているという。
百人の中には高齢だったり怪我などが理由で集落での雑事に専任しているものも二十人ほどいるので、採集地へ潜っているのは八チームほどあることになる。
採集地で食材を採るのはかなり体力を使うので、チームごとに数日に一度しか採集地へ行くことはないのだとか。
その採集地へ潜る日しか昼は食べないので、一日に夜一食だけの日のほうが多いとのこと。
「ではみなさんは大切なお休みに私に付き合ってくださる…」
というか、採集地へ行かない日にもすることはあるだろう。
申し訳なくなってきた。
「いや、そもそもこれくらいしか礼のしようがない」
ケビンさんが私の心配を即座に否定する。
それに続けて、ポポさんも「こんなことしかできんで申し訳ないのはボクらのほうやで。ボクらが採集地バッチリ案内するから楽しみにしといて!」と言ってくれる。
「なぁ」とポポさんがロキさんに同意を求めると「そうそう、ヨウちゃんは気にしなくていーの」と軽く返される。
ロキさんはヒラヒラと手を振っている。
「じゃ、じゃあせめて、お昼出させてください。案内とはいえ、採集地へ行くんですから」
そう言って「何が食べたいですか?」とザク君に聞いてみる。
私がせめてご飯をごちそうすることで返したいと思っているのを、空気を読んで汲み取ってくれたらしいザク君が、「じゃああの屋台のスープがいいな…」と遠慮がちながらも、近くに見えている屋台を指差し答えてくれた。
ザク君が言ってくれたことで、兄達もそれ以上強く遠慮することはなく、「気を使わせて悪いな」と受け入れてくれた。
屋台のスープはキャベツを中心に葉野菜をたくさん煮て作ったものだったので、もう少しボリュームを、と昨日のパン屋さんと肉串屋さんでパンと肉串を買って来て一緒に食べてもらった。
一通り揃ったところでモルモちゃん用にもセットし、こっそり送っておいた。今日もリアクションはない。初回はあんなに喜んでくれたのにな、と不思議に思う。
選んだ食事は、どれも薄味ながらも、しっかりお腹が満ちた。
ザク君には量が多かったので、どれも少しずつ食べてもらうと、「こんなに一度に色々食べたの初めてだ。ヨウありがとう!」と嬉しそうにしてくれていた。
ケビンさんロキさんもしきりに感謝の言葉をくれ、ポポさんに至っては真顔になると、流れるような動きで土下座の体制になろうとしたので全力で止めた。
+ + +
お昼ごはんも食べ終わり落ち着いた。
さすがに今日一日ですべての採集地は見て回れないということで、今日のところは野菜の採集地である”ヤサイ”へ行くことになった。
唯一獰猛な動物がいないということだし、初めに行く場所としては妥当なところだと思う。
というか、ケビンさんも、ポポさんも、ロキさんも、
「ヤサイにしよう」
「せやな、ヤサイに行かなあかんな」
「そっか!ヤサイ行けるじゃん!やった!」
と、ウキウキそわそわし始め、ヤサイへ行こう、こっちだと、さっさと向かい始めてしまった。
そんな三人の様子に、「ヤサイには何かあるんですか?」 とザク君に聞くが、彼も採集地には行ったことがなく、分からないと言う。
「いつもは、兄ちゃん達や普通の冒険者は、ヤサイ以外の採集地に潜ってるはず。ヤサイは女が働くところだから」とのことだ。
ふむ。
女性の職場には普段行き辛いから、私の案内にかこつけて女の園にお邪魔するぞ、ということだろうか。
だがそれにしては、(ロキさんはともかく)仮にも女の私の前で、こんなにあからさまに喜色を現すタイプには見えないんだけどな(ロキさんはともかく)。
不思議に思いながらも着いて行っていると、先を行っていたケビンさんが話しかけてくる。
なんとなくいつもより饒舌だ。
端正な顔に刻まれた眉間のシワも、数本は少ないかもしれない。
いや、一、二本は少ない、可能性も、なくはない。
「ヤサイは野菜が採れる採集地だ。四種類ある採集地の中で唯一安全な採集地だ。女達が収穫をしているから、普段、俺達冒険者が潜ることはない。小麦や野菜が広い敷地に種類ごとに実っていて、布の素材になる綿花を始め、様々な種類の花も咲いている。採集地内はとても温かいし、かなり過ごしやすい採集地だ」
ロキさんが「勝手に入ると女の子達からめちゃくちゃ冷たい目で見られるんだ」と言う。
入ったのか、勝手に。
この人もケビンさんに負けず劣らずの整った顔立ちだが、言動で女性からの人気を無くしていそうだ。
せっかくジャ〇ーズみたいな顔立ちなのに。残念なイケメンというやつだ。
それからポポさんが補足して説明してくれる。
「採集地はどれも見た目は洞窟みたいなんや。入口から入ると、異空間に飛ばされるんよ。採集地はそれぞれ特徴があるんやけど、ヤサイはのんびり広い平原が広がってるだけなんや。これが、海藻の採集地の”カイソウ”になると、入口入ってすぐ以外は、砂と見渡す限りの塩辛い水ばっかりの『海』って空間になってる。ほんで、とにかく暑い」
汗だくやで。とポポさんが苦笑いする。
私はヤサイに”春”のイメージを持っていたけど、ポポさんの話だとカイソウは”夏”っぽい。
砂と塩辛い水って、そのまま海だけど、もしかして、この世界には採集地の中にしか海がないのかな。
他の二か所はどうなんですか?と聞くと、ポポさんは快く続けてくれる。
「”ニク”は、ヤサイに雰囲気が近くて平地なんやけど、花なんかほとんどないゴツゴツした岩地で、切り立った崖の上に上がったところには、芝が生い茂ってたりするかな。あちこちに牛やら豚やらがウロウロしてるから、とてもじゃないけどのんびりなんてできんけどな。”シオ”はとにかく寒い!中は入口の見た目そのまんまの洞窟やし、敵も弱くて小さいのしか出えへんけど、と・に・か・く寒いんや!」
「ボクはシオだけは絶対潜りたくないねん」と、ポポさんは顔をしかめて本当に嫌そうだ。
寒いのがよほど嫌いなのだろう。
やはり話を聞く限り、春夏秋冬って感じだ。
ニクは、肉だけに天高く肥ゆっているのかもしれない。
というか、塩は海で採れないのだろうか……。
「ね、ね、ヨウちゃんはさ、きっとヤサイのこと大好きになるよ!」
うきうき前を歩いていたロキさんが、歌うように言ってくる。
まるでミュージカルのヒロインのような浮かれ具合だ。
歩調はもはや、スキップかと見まごう軽やかさだ。
たしかに聞いた中ではヤサイは飛び抜けて過ごしやすそうだ。
「運が良ければ、セイント・モルモティフ様が見れるかもしれないんだよ」
ふふふ、と跳ね歌いながら続けたロキさんの言葉に、私は固まる。
「モルモティ…?」
「セイント・モルモティフ様だよ、ヨウ知らねえのか?」
えっ、と驚いた様子でザク君が聞いてくる。
「まさかヨウちゃんモルモティフ様を知らないの!?」
「そんなことあるのか?」
「ホンマに?」
兄ズが驚愕といった風情で見てくる。
え、なに? 突然……。
というか、モルモティフという名前の響きに何かに気付きそうな私がいる。
モルモティフ様って……モルモちゃんか…?
一応、この世界の創造神だしな……
「その、モルモティフ様はもしや、白くて…?」
「なんや〜、知ってるんやん。びっくりしたわー。あんな可愛い御方を知らんなんて、人生の損失やで」
「知らないなんて言ったら、過激派に何されるかわかんないよね」
ハハハ、とロキさんとポポさんが笑っているが、私は笑えない。
過激派、とは。
「ああ、教会の聖画の前で小一時間教義を説かれるだろうな」
なぜかケビンさんが遠い目をしている。
盛り上がり始めてしまった兄ズに、これ以上つっこめまいと、ザク君に聞く。
「モルモティフ様って小さくて白いふわふわの可愛い御方?ですよね」
「ふわふわかはわかんねえけど、絵の感じだとそうだな」
「教会?っていうのは?」
「セイント・モルモティフ教会のことだろ。俺も何度か行ったことあるぞ。”可愛いを愛せ”、だ」
ザク君が自慢げに胸を張る。
なんだそれは、教義か? 教義なのか?
なんて平和な教えだ。
そういえば、ロキさんがヤサイでモルモちゃんが見れるとか言ってたかもしれない。
どういう意味だろうか。
キャイキャイとモルモティフ様談義に入ってしまった兄ズに着いて歩き、間もなく、ヤサイ前の集落に到着した。
野営地のようなものを想像していたが、もはやちょっとした村だ。
集落の入り口に『畑』と看板が立っているのを見つけた。
この集落の名前だろうか。
なるほど、野菜が手に入るから畑か。
この世界に畑はないだろうに、面白い。
カイソウはやっぱり『海』だろうか。
ニクやシオは何だろう。
楽しみだ。
『畑』は某築地の市場を彷彿とさせる卸売場(扱っているのは野菜だが)が中央にズドンと大きく構えており、男女問わずたくさんの人が集まっていた。
ここで働く人や買い付けに来た商人なんかだろう。
周囲には食事ができるようなお店や、生活雑貨屋もあれば、女性に好まれそうな小物を扱う店まである。
考えてみれば、女性の職場としてかなりの規模なのだ。
ここら一帯の住人の食事事情の要だというのなら、この発展も頷ける。
ケビンさん達によると、他の採集地の大きさはここほどではなく、市場の代わりに冒険者組合の出張所や、冒険者向けの武器や防具のお店があり、あとは簡単な食事処や治療院があるくらいだそうだ。
カイソウだけは、集落の半分ほどがケビンさん達「海」の人たちが住む地域になっているそうだが。
卸売場をまっすぐ抜けて進んでいく。
ここに来るのが初めての私とザク君は、周囲をキョロキョロと見回しながら着いていく。
活気があってなかなか面白い。
「ほら、もう着くで」
ポポさんに言われて前を向く。
道の先に小さな建物があり、制服か軍服っぽい服を着た人が立っている。
そういえば似たような服装の人を町中で見かけた気がする。お巡りさんのような職業があるのかもしれない。
「おう!今日もヤサイの担当?」
ロキさんがその人に向かって手を上げ、声をかけた。
その軽い調子に、友達なのかな、と思ったのも束の間、話しかけられたお相手の顔を見て、違うかも、と思う。
「ロキか……まさか、また……」
話しかけられた相手、生真面目そうなお兄さんは、ロキさんを疑わし気に見ている。
ロキさん一体何をやったんだ。
「違う、違うって!今回はヨウちゃん(とザク)の案内!」
ずいっと、私を前に出すように自分が後ろに下がるロキさん。
見て見て、とロキさんの手の平が、私とザク君を目立たされるように、後ろの空間で動かされている。
疑わし気にロキさんを見つめたままのお兄さんの視線は、まるで犯罪者を見るようなそれだ。
ケビンさんが、小さくため息を吐きながら「いつもロキがすまない」と言う。
本当に、何をやったんだロキさん。
「今回は本当にこいつらの案内役だ。採集地をそれぞれ回ることになっている。これが組合の指示書だ」
「確認する」
ケビンさんが組合から発行された用紙を見せる。
厳めしい顔に眉間のシワのケビンさんに、ロキさんに振り回され険しい顔のお兄さん。
疲れた顔の二人は、そのまま入場の手続きをした。
「ロキ、しょっちゅうヤサイに入りたがってここまで来よるから、守衛の兄ちゃんに目ぇつけられてんねん」
ポポさんが苦笑いしている。
ロキさんあんまり二人に迷惑かけたらだめだよ……。




