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9.アニキはこの後、行きつけの店で呑む

 アンジェリーナさんはすぐに見つかった。

 レックスさんがいつも持ち歩いているという姿絵を見せてもらったところ、朝の散歩のときに花に水をやっていた女性によく似ており、まさに彼女がアンジェリーナさんだったのだ。

 ちなみに、姿絵は家族写真のようなものではなく、アイドルのポラロイド写真のようなポーズをつけたアンジェリーナさんお一人のものだった。

 妹への愛がすごい。

 三十代半ばに見えるレックスさんだが、妹のアンジェリーナさんは二十歳になるかどうかといった若い女の子で、レックスさんが親代わりのように面倒を見てきた年の離れた妹さんなんだそうだ。

 それは可愛がっても仕方がないかもしれない。


 アンジェリーナさんはやってきた私達に気付くと、「お兄ちゃん!」と駆け寄ってきて、「どうしたの?」とキョトンとした顔をした。

 聞けば、独立し、一人暮らしの家に住み始めた彼氏の家で、新婚さんごっこよろしくお泊りをしていたらしい。

 この人と結婚したいわ、と彼氏を紹介されたレックスさんは、顔を真っ赤にして拳を握りブルブルと震わせた。

「お前!どういうつもりだ!アンジェから手を離せ!」

 レックスさんの怒りの矛先は彼氏さんへ向かった。

 ちなみに、アンジェさんが彼氏さんの腕に手を回しているのであって、彼氏さんは棒立ちになっているだけだ。

 鍛え上げられた体のレックスさんが、吊り目を更に吊り上げて彼氏を睨む。

 事務が得意ですといった見た目の、眼鏡に細身の穏やかそうな彼氏さんは、哀れにも、恐ろしさに固まってしまったようだった。

 と、思ったのも束の間、彼氏さんは顔を赤らめて唇を震わせ、「レ、レックスさん……?」と声を漏らした。

 名前を呼ばれたレックスさんは、思ったのとは違う反応に、吊り上がった目のまま眉をしかめる。


「あああの、レックスさんですよね、フ、ファンです」


 真っ赤な顔のままガバリと頭を下げ両手を突き出した彼氏さんに、今度はレックスさんがびっくりしてしまったようで、思わずといった風に手を出し返し、「お、おう」と握手していた。


 + + +


 彼氏さんはロワンさんというらしい。

 ひとまず中へどうぞ、と私達も一緒に家の中へ案内してくれ、お茶を出してくれた。

 美味しいお茶だ。

 ロワンさんは有名な商家の跡取りらしい。

 現在修業中の身であり、この町の支店で住み込みで働いていたそうだが、支店長を任されるまでになったらしく、一軒家へ移ったそうだ。

 アンジェさんとは一年ほどのお付き合いだそうだ。

「お兄さんには伝えてあると聞いたので、てっきり了承されてのことかと……まさかレックスさんだったなんて……」

 ロワンさんは恐縮しきりだ。

 元々、この町に来たばかりの頃に採集地に行き、そこでレックスさんが他の仲間を守りながら果敢に戦っているところに遭遇して以来、密かに憧れていたのだとか。

 店ではロワンさんのレックスさん好きは知られており、店員仲間やお客さんがわざわざ見かけたレックスさんの情報を教えてくれたりしていたほどだとか。

 アンジェさんは、レックスさんのことが兄だと解ると構ってもらえなくなるのではと思ってロワンさんには黙っていたのだそうだ。

 うーん、それほどのファンであれば、賢明な判断かもしれない。


 レックスさんは「説明しなさい」とアンジェリーナさんに言う。

「だって、彼氏の家に泊まるなんてお兄ちゃんに言ったら、絶対反対されると思ったんだもん。ロワンの家に泊まってみたくて、良いって言われたって言ってお邪魔したの!書き置きも残したし、大丈夫だと思ったんだけど……」

 話を聞いていると、どうやらアンジェリーナさんが夜にいきなり家を訪ねたらしい。

 アンジェリーナさんは「今日の朝食はアンジェが作ったのよ」と立派な胸を張っている。

 お兄ちゃんは口元は笑顔で返しているけど青筋を立てているよ、気付いて!

 レックスさんも、ロワンさんが悪いのではなく、アンジェリーナさんが軽率に行動に移したことが解ってくると、その怒気を収めていった。

 しかし、むしろ、彼氏の存在を知らされていなかったことがショックだったのか、元気がなくなってきた。

 ロワンさんが意を決したように言う。

「ずっとご挨拶ができず、申し訳ありませんでした。僕はまだ修行中の身ですが、いずれこの身を立ててアンジェリーナさんを幸せにするつもりです。こんな形でレックスさんに心配をかけてしまう僕では不安かもしれませんが……アンジェリーナさんはいつも前向きで、明るくて、一生懸命で。つらい時僕に元気をくれて励ましてきてくれたアンジェリーナさんのことを、今度は僕が」

「待ってくれ、頼むから待ってくれ……」

 妹さんを僕にくださいを言われそうになったレックスさんはもう虫の息だった。

「解った。解ったから。君はしっかりしていそうだし、アンジェが選んだ相手をとやかく言うつもりはない。ただ、急なことで混乱してるんだ、時間をくれ」

 なんだか可愛そうになってきた。

「あ、ありがとうございます!!レックスさんに、妹さんを安心して任せてもらえる男になれるように頑張ります!!」

 憧れの人に認めてもらえて嬉しいのか、好意丸出しで見つめてくるロワンさんに、レックスさんは「ハハハ…」と乾いた笑い声を返している。

 アンジェさんははしゃぐロワンさんのことを少しスネたように見て、「お兄ちゃん、ロワン取っちゃやだからね」と言った。

 レックスさんは苦労をしそうである。


 + + +


 一息ついたところで、家の外に出る。

 アンジェリーナさんは、今日もお泊りすると言ってレックスさんにとどめを指した。

 

「悪かったな、巻き込んで。情けないところを見せた。ヨウがアンジェを見つけてくれたおかげで助かったよ」

 随分やつれたような気がするレックスさんが私達に言う。

「そんな、偶然見かけただけですから。事件なんかじゃなくて良かったです」

「あの子はお転婆なところがあるんだ。悪気はないから許してやってくれな」

「本当に気にしていません、真っ直ぐで魅力的な妹さんで、お兄さんは困ってしまいますね」

 茶化して言うと、レックスさんはキョトンとしたあと、口を大きく開けてハハハと笑うと「そうなんだよ」と言って目尻を下げ、大層優しい顔で笑った。


 冒険者組合へ登録に行くと言うと、組合まで同行すると言ってくれた。

 ケビンさんから、「レックスの知り合いだと周知しておくだけでも、ちょっとした牽制になるからそうさせてもらえ」と聞いて、どうやら心強い味方を得たらしい、と思う。

 組合まで来て、周囲の冒険者に目配せしながら窓口で私とザク君の背中をポンと押しやり、「新人だ、頼むぞ」と一言言い添えると、レックスさんは「組合や採集地で困ったことがあったらいつでも言ってくれ」と言って、後ろ手にヒラリと手を振りながら去っていく。

 出口に向かって外の光の中に消えていく頼りになる男の背中に、ザク君は「ふぉお」と、ヒーローでも見るような目で見つめて感嘆の息を漏らしていた。


 その後、レックスさん効果か、登録手続きは滞りなく終わった。

 登録料を払うくらいのことかなと思っていた私だったが、冒険者への登録は色々な情報を登録し、組合から身分証明を受けるような手続きだった。

 私は身元不明で外国人風の風貌だし、ザク君は貧困層の子どもでも例外的な時期にやって来ている。

 これは、レックスさんの紹介が無ければ怪しまれ、面倒なことになっていたかもしれない。

 不明瞭な部分も、レックスさんの紹介であれば大丈夫でしょうとスルーされた。

 レックスさんに感謝だ。

 レックスさんに迷惑をかけることにならないよう、冒険者活動では問題を起こさないよう気をつけようと思った。


 初めのうちは同行者をつけることをオススメします、と窓口の方が付き添ってくれていたケビンさん達を見やる。

 ケビンさんが「俺達が案内をするつもりだ」と言うと、窓口の人は了承した。

 簡単な組合や採集地の利用の仕方や注意などを聞き、免許証のような、冒険者登録証のカードを渡されて、晴れて私とザク君は採集地への立ち入りを許可されたのだった。


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