0.プロローグ 〜ヤンチャ系ショタとの邂逅〜
ここがモルモちゃんの世界……
異世界に来たという実感はない。今いる林も、周囲は明るく、決して鬱蒼とはしていない。
背の高い木々の合い間から日差しが差し込んでいて、日本の少し田舎の学校の裏にありそうな林といったそれだ。
時間は、日本にいた時と変わらず昼前くらいなのだろうか。時計を見ようと左腕を見たところで、腕時計が無く、服も変わっていることに気付く。
「そっか。転生したんだ」
セツさんは体を作ると言っていた。
赤ちゃんから生まれ直すというわけではなく、私は新しい体を手に入れここにいるということだろう。着ているのは簡素なシャツとズボン、その上にフード付きの長いローブ。それに麻のようなものでできた袋を持っている。
「なるほど。女の一人旅は物騒だもんね。このローブだったら、フードかぶっちゃえば体型も隠れるし、女ってわからないか」
セツさんに感謝だ。
袋のほうは、口に紐が通して絞ってあり、そのまま紐が持ち手になっている。
袋の口を開いて中を覗くと、ずしっと重い革袋と、こちらも革をなめして作ったような簡易な小物入れのようなものが入っている。
重い方の革袋の中身は液体で、無色透明で無臭だ。飲料水だろう。小物入れのほうは開けると見覚えのない硬貨が何種類か入っている。財布ということだろうか。
さて、とりあえず歩き出そうか、と動こうとして、少しだけ違和感がある。
体が軽い。
手や髪など見える範囲の自分の体を見る限り、元の自分の姿かと思っていたが、能力は違うのかもしれない。
色々試したいな。と思った。
不安な気持ちは不思議と無い。なんとかなる。そんな気持ちで歩き出した。
+ + +
歩き始めてからさほど時間もかからず、前方から人の気配を感じた。
気配なんて解るものなんだ、と自分で感心してしまった。前の体より感覚も随分鋭いらしい。
とりあえず見えるところまで近づこうとそっと様子を見に行く。
そこに居たのは、大きめの革袋を半ば引きずるように担いで運ぶ少年だった。
小学生低学年くらいの年に見える。
ずいぶん痩せている。
ボロボロの汚れた服を着て、革袋を持たない手には木の枝を持って、それを杖のようにしながら歩いている。
疲れ果てているのか、その足取りは重い。
ふむ。と思い、彼に着いていってみることにした。下手にここで声をかけては怯えさせてしまうだけだろう。
あの袋は彼には重そうだし、そう長い距離を歩いていくつもりではないだろう。彼の目的地が町や村である可能性は高い。
そういえば魔法が使えるんだったと思い至り、お手伝いしようと「少年の荷物よ軽くなぁれ」と念じてみたところ、前につんのめった少年が挙動不審に袋の中身を改め始めた。
首を傾げながら先程よりも幾分かは軽い歩調で進み始めたので、おそらく成功したのだと思う。
急にやってごめんね、少年。
すぐに踏み慣らされた道へ出て、そこからそう時間のかからないうちに町へ着いた。
思ったよりも人で賑わっている。
行き交う人は背の高い人が多く、彫りが深いわけではないが西洋風の顔立ちで、異世界に来たんだな、とすとんと胸に落ちた。
旅人も多いのか、普通の格好をした人に混じってローブやマントを纏った人も見かけるので、私の格好でも目立つことはないだろう。
素朴な造りの家々が並んでおり、道は石で舗装されている。
窓にガラスがはまった家はなく、格子になっているか、木板がつけられている。ガラスが無いのか、高価なのかもしれない。
道の脇には様々なお店があり、店の軒先には布の屋根が張られ、台の上に並べられている商品と硬貨とがやり取りされているのが見えた。
店の横には車輪がついた箱状の荷車が置かれていて、あれに馬か何かを繋いで、馬車として荷運びや移動に使うのだろうと想像がついた。
聞こえてくる言葉の意味は解る。看板の文字も読める。この辺りはセツさんが気を回してくれたのだろう。有り難い。
キョロキョロと見回しているうちに、先程の少年は少し先まで行ってしまっていた。
少年を追う必要もないが、町の人と比べても随分ボロボロの彼が気になって、目的地まで着いていくことにした。
少年が人を避けるように進みたどり着いたのは、町の中でも外縁部に当たるであろう、大きな道からは外れた路地の先にある場所だった。
家はいくつかあるがそのどれもが手入れされていないようで傷んでおり、雑草が玄関先まで生えた跡がある。
水はけが悪いのか、地面は少しぬかるんでおり、舗装もされていない。
人の気配はするが、ここら一帯が静まり返っているように感じる。
路地を覗いていると、先程の少年が、見える中では一番大きな家に入っていった。
この家も相当傷んでいる。まるでお化け屋敷のようだ。
少し待ってみると、少年が革袋を持たず出てきて、ふと顔を上げ、こちらに気づいた。
驚きビクリとした少年は、それでも声を出さず、家のほうを少し振り返ってから一瞬グッと体に力を入れると、私とは目線を合わせないまま、家より手前の道へ来て壁にもたれてうつむき座り込んだ。
うーん。この子はもしかしてストリートチルドレンというやつだろうか。
日本で暮らしている時は見かけたことはなかった。
この世界では、家や家族のない子どもが、住民のいなくなった家で寝泊まりしているのかもしれない。
心の中で唸る。
見ないふりは、できなかった。
そうだ、これは実験だ。
まだこちらの世界に来たばかりだし、自分にどんなことができるのか、どんな魔法が使えるのか、色々と試さねばならないだろう。
この子には我が実験体となってもらおう。フハハハハ。
それに、この世界のことも教えてもらいたい。
一般日本人である私には、いきなり現地民(大人)とのコミュニケーションはハードルが高い。現地民(子ども)で練習だ!
私は脳内で色々な理由をでっち上げ、誰にとも解らない言い訳を並べてから目の前の少年の手助けをするべく、声をかけてみるのだった。