201話 うさぎさんの妹と少女の機巧な家
【人から貸し借りする際は責任を持って丁重に扱おう】
悪い柄の悪い人達を追い払った。
怪我しない程度の力量で飛ばしたが、まさかいとも簡単にあれほどまでの跳躍を見せるとは存外。
ボール投げでもあんなに飛んだことないのに、やはりパーカーといえども侮れないみたいね。
小さな少女が活気を取り戻すと、軽く自己紹介をしてくれる。
「私はシャイナ。手芸一家の娘で、いつも家でお父さんのお手伝いをしてるの」
手芸の一家か。
学校で少しかじった程度しか知らないけど、どんな物を作っているんだろう。
小物、大型? 多岐に渡るなどかしら。
「私は卯乃葉。こっちはぴょん吉(ぴょん!)。シャイナちゃんね。家で営んでいるんだ、ということは家はお店なのかな?」
サロペットスカートを着た、私より背の低い少女。
まじまじとこちらが持つ物をひたすら不安そうに見つめてくる。
疑われてないよね? そもそも人を騙すような性根が腐ったクズではないのだが、お願い信じて。
大事そうに抱えるぬいぐるみを先ほど貸してもらい縫い直し。
「それでどうするの? 私のくまさん」
「大丈夫、見てて……。お姉ちゃんこう見えても裁縫うまいほうなんだよ」
私は能力を使って待針を1本作った。
糸も知識を頼りに生成し、裁縫の準備を整えると針に糸を通して準備完了。
糸通しという品物も中にはあるが私には不要。
細かい針の溝も感覚ですぐわかる。
意外かもしれないけど一応裁縫には自信ある。
小学生の時、先生に褒められたくらいだし……大丈夫よね。
糸を裁縫針に通して、くまのぬいぐるみを慎重に縫っていく。
感覚は……ふぅ鈍っていない。裏表と交互に手慣れた手法でちぎれた部分を補修。
幸い、亀裂が浅かったため、補修シートはいらなかった。
本当ならミシンを使ってと言いたいところだけど我慢することにする。
機械の精密さより手動の正確さのほうが重要ってね。それにムード台無しだと、どう説明すればいいのか悩ましい話。
数分後。
「す、すごい、あっという間に私のぬいぐるみが元通りになった」
「はい、大事な物なんでしょ?」
ミスもなく修正完了。
最初は心に焦りを感じさせたが、冷静かつ丁寧に縫い進めていくと自ずとその恐怖は消化された。
一概にもうまいとは言い切れないと思うけど、だいたいは直せたからこれで問題ないはず。
慎重に直し終わったぬいぐるみを手渡す。
すると大事そうに再び、くまのぬいぐるみを身に埋めてぎゅっとする。
本当にこのぬいぐるみ大事にしているのね。先ほどお父さんから買ってもらった物と言っていたが。
誕生日プレゼント? うーんわからないな。
「その、よかったかな、お姉さんあまりやってないからさ、ちょっと自信ないけど」
「ううん、大丈夫だよ。というか縫い方とてもうまかったよ。本当にありがとうね!」
気が沈むどころか、感謝の言葉を言ってくれる。
年下から感謝されたことって何年振りだろう。数えきれないほどに久々な気がするなぁ。あれ人に感謝されるのってこんなに嬉しくなるものだっけ。
元気そうな素振りを見て私は安堵し。
「いや、大したことないよ。たまたま私が知っていただけだしさ」
「そうなんだ。そ、その卯乃葉お姉ちゃん、よかったらさ」
「? なになに、どんなことでも私聞いてあげるよ」
言ってはならぬお約束の禁句を口にしてしまったが、私は気にしない。
そっぽを向いてまたこちらを見上げてくる。
二の足を踏む様子は初対面な私にたいして、それはへつらいをも感じさせてくるが。
大丈夫、お金を巻き上げたりしないから。
なにか言いたそうな様子。
お礼としてなにかくれたりと。
私が微かな想像を膨らませていると、少女は口を開いた。
なんだろう。
「ねえお姉さん。ウチによって行かない?」
「え」
「こっちこっち!」
「え、ちょちょ……」
お礼どころか、少女の家に誘われたではないか。
当然、快活としながら私の手を引くシャイナちゃんの誘いを、私は断れるわけもなく。
催促されるようにぐいぐいと引っ張られて、私はシャイナちゃんに家へと招かれるのだった。
☾ ☾ ☾
【赤字回避するのって非常に大変じゃない? でもやりたいと思ったらやったほうがいいかもね】
路地の裏をひたすら歩く。
あまりこの道は歩いたことないけど、一般的な民家が建ち並んでいる感じ。
連綿とした家屋は、日陰を浴びながら前に佇む高い建物を見上げている。
本通りよりも、少し離れている路地裏のほうを歩いているので、少し人気は少なく穏やかで静寂だ。
何人か子どもの集まりも見かけた。
徒競走だろうか、巨大な路地を我が物顔のごとく走っているが非常に楽しそうだった。
こういう所に限って、その場独自での遊びもあったりするけどそれはまた今度。
歩かされていると。
機巧な小さな建物が目の前に映った。
中サイズくらいの大きさをした歯車が、互いに回り擦り合う。
窓越しの巨大ショーケースには、小型の機械が綺麗に置かれ丁寧に説明付き。
どうやらここが、シャイナちゃんの家みたい。
手芸意外にも複雑な機械でも作っているのかな。
「えぇとここ?」
「うん。……ただいま!」
私の意見をまるで聞こうともせず、目の前に立つ扉を開け家の中へと入った。
中はまるで興味深い内装だった。
さまざまな機械、ぬいぐるみ、おもちゃなど数多におよぶ物があちらこちらに置かれている。
部屋は狭くはあるものの、興味のそそられる商品に目がいく。
そして店番をする1人の男性が、カウンターの前で小物の部品を丁寧に磨きながら手入れをしていた。
するとその店主は顔を見上げて。
「おかえりシャイナ。…………とそちらの方はお客さんかな?」
「こんにちは。卯乃葉って言います」
「お父さん、聞いてこのお姉ちゃんね、ちぎれてしまった私のぬいぐるみを縫って直してくれたの。そのお礼に連れてきたんだけど」
店主である、父親だろうか。
短髪とした中年くらいの男性だが、とても穏やかそうに感じられる。
警戒とした視線をこちらに見せず挨拶して。
あれ、怪しまれるどころか、むしろ歓迎されているの?
「どうも卯乃葉さん。私はこの子の父親のグランツだ。娘と2人でこの手芸店を営んでいるよ」
「はじめまして。あはは」
会話を持ち込むことができず、おざなりと笑いでごまかす。
あたかも嘘を言っているようなわざとらしい笑いをしているが……私、もうちょっとうまい笑い方あったでしょ。
「娘のぬいぐるみを直してあげたんだって? それはどうもありがとう」
この家族はなぜこうもご丁寧なのだろうか。
ウチの姉さんもこれを。
以下略。
「いえ、たいしたことないですよ。たまたま通りかかったらいじめられていたので助けたまでです」
「そ、そうか」
「でも、卯乃葉お姉ちゃん、偶然だったとしてもとってもかっこよかったよ! だってあの人達を一瞬で蹴散らしちゃうんだから!」
軽くお菓子などを頂きながら、少々のひとときを過ごす。
たわいない話も挟むと内容は大盛り上がりした。
お約束な変わった服だなだと言われもしたが……。もうさすがに慣れましたわ。
「そのグランツさん、手芸とシャイナちゃんから聞きましたけど、手芸以外もやっているんですか?」
「あぁ。周りにある機械がそうだな。時計などの修理。手芸に関わらず幅広い『物』ならばなんでもやる……兼修理屋と言った感じかな」
手芸に修理屋もするとは融通効きすぎなのでは。
さすが武器が盛んな街ね。武器の技術があるのなら機械をも完璧に扱ってみせると言わんばかりの鋼メンタルを感じさせる。なんて立派なの。
じゃあどんなことでもします、みたいな建前がこのお店グランツさんにはあるのかしら。
とてもいい心構えを持っている人ね。
「ならわりと売り上げがいいんでしょう?」
だがグランツさんは軽く、首を横に振り。
「それもそう、うまくいってないんだよ」
「? それはいったいどういう」
「話せば長くなるんだが」
☾ ☾ ☾
グランツさんの話によれば。
この家は奥さんと一緒に建てた家らしい。
元々その奥さんは、手芸がとても得意だったので2人はそれを主とさせる家を建てようとしていた。
クエストなどで少しずつ、その資金を集めようやくの思いで建てたのがこの家らしい。
勢いで自営をしようと経営を始めたらしいが、訪れる人はなかなかおらず知る人みぞ知る店と一部から言われている。
(せっかく建てたのに、あまり人が来てないだなんてもったいなさすぎる)
店は路地の深部へと建っている。
他の建物に比べたらやや小さめで、どちらかというとごく普通の民家になにかと近い。
「それで、奥さんは今どちらに?」
「えぇと、買い出しに行くとか言ってなかったっけ」
「だな。妻は今、買い物に行ってる。昼までには帰ると言っていたが……」
深々と母親を心配するシャイナちゃん。
父親のそばから私の方へとすがり、小さな手でぎゅっと服を握ってくる。
「どうしたの?」
「ううん。ちょっと心配だなって」
私は彼女の頭に優しく手を乗せて撫でてあげる。
「卯乃葉おねえちゃん……」
「大丈夫、すぐ帰ってくるって。もし怖かったら私の手を握っていいからね」
「ほんとう? じゃあそうさせてもらうね」
シャイナちゃんは怖ず怖ずと私の手を握ってくる。
あぁ勢いで言っちゃったけど、何言ってるの私は。
非力な力で握ってきているけれど……だめだとても声をかけづらい!
揺動する動きをみせながら私が握りに応じてあげると、彼女の震えがだいぶ弱まってくる。
落ち着いてきた感じなのかな。
そして数分少し、お店の物を彼女と見ていると。
入り口前の扉が開いた。
「ただいま、おや変わったお客人がいるわね」
「おかえりちょうど、シャイナがお友達を連れてきているんだ」
髪長の婦人服を着た女性が姿を現す。
うさぎの服を着るこちらを凝視して、軽く首を傾げて。
「ふうん、あなたが……見慣れない服装ね。名前聞いても?」
「すみません、お邪魔しています。名前は仲宮卯乃葉って言います、肩に乗っているのはうさぎのぴょん吉です」
「卯乃葉ちゃんにぴょん吉ちゃん? ……あわわ。おもてなしできるようなお菓子はあったかしら」
なにか出そうと奥の部屋へと駆け込もうとする。
「いえいいですって!」
「そ、そう? ……あぁ自己紹介が遅れたわね。私はブローシャ、一家で手芸を営んでいるわ」
「先のことは俺がもう説明したから大丈夫だぞ?」
「あなたって気前いいのね」
ブローシャさんか。
グランツさんは慌てる彼女を指摘したが、隠微ながらも一般人とは少し違う異彩を感じる。
ただ者とは言いがたいなにか。
美形の整った見た目をした人だけど、なんだろう……雰囲気がどことなくマギシア先生に似ているような。
……気のせいか。
「お母さんおかえり」
「あらシャイナ、ただいま。外に行くって言ってたけど大丈夫だった?」
「……むむ。怪しい人にたくさん絡まれたんだけど、このお姉さんが助けてくれたの。……このお姉さんすごく強いんだよ!」
はきはきと丁寧に私を大いに褒めてくれる。
そこまでに褒められると少し照れてくるなって。
「い、いえそんな大したことやってませんよ。単に見過ごせないなぁと思い助けただけで」
だがブローシャさんは首を横に振って、私の方へと近づき。
堂々と言ってくれる。
「ううん、娘を助けてくれたんでしょ? 大したことあるわよ」
「お前、卯乃葉さんが困ってるだろ。もう少し頭を冷やしたらどうだ?」
「あ……う、うん」
しばらく落ち着いたあと。
たくさんの物を見ながら、もてなされたお菓子と紅茶を頂いた。
紅茶の種類はあまりよくわからないけど、茶葉から漂う芳醇な香りが非常に良い。
「そのグランツさんから聞きましたけど、経営があまり良くないと聞きましたが」
「ええ。この街だと、武器や防具それと器具のほうが人気なのよ。機械が得意な夫と修理のサービスも初めてみたんだけど結果は変わらずって感じで」
自営業って難しいものよね。
やったことのない私が言うのも、少しおかしいけれど大変だと聞く。
言い方悪いかもしれないけど、この調子でテナント募集とかされたり……数分で丁寧に話しているうちに優しい一家だと感じたから、できれば潰れないでほしいけど。
「なにかいい手はないかと困っているところなんだ。ここから街の通りまでわりと距離あるし……宣伝するにしても効率が悪い。引っ越すにしても金がなぁ」
「あなた……そんなに落ち込まないで。」
陶酔しきった様子でうなだれるグランツさん。
気にかけ寄り添う我が娘を見て、ふとため息を1つ吐いて少女の頭を優しく撫でた。
口では言えない、これは俗にいう“大人の事情”っていうやつなのでは。
なんとかしてあげたいと思う私。
「できれば、私も力になれば……と思い」
「ううん、いいのよ。自分のことは自分でって言うしね。卯乃葉さんに迷惑はかけられないものの」
「おじいちゃ……私の祖父母に似たようなこと言われた記憶がありますよ。あはは。……なにかないかな……うーん」
……。
……。
……。
……あ、そうだ。
思いに悩み、思慮深くなっていると。
あることが頭からもたげてきた。
「ポン」と胸を叩き自ら踏ん切って一家に向かって言う。
「私が宣伝してましょうか? 隠れた名店が路地にあると」
「うん? きみは一体何者なんだ。どうしてそんな顔を利くようなことを。でも娘を救ってくれたきみになら任せられる気もしなくはない」
「そうよ、見た感じ若いしそんな格好だと、誰が見ても変な旅芸人だと思うに違いないけどかわいい見慣れない服装だしこれはきっといけるわ!」
「あの~私はマスコットキャラかなにかでしょうか?」
なんでそんなレッテルつけるのぉ⁉
決めつけはよくないって! これだから事故偏見社……か……ごほんごほん。
あとで博士になに言われてもいいと思った私は名を口に出して踏ん切る。
「旅芸人って……! その私はとある大物の家に泊まっています。名をサーセン博士って言うんですけど」
少々の沈黙が流れ。
目の前の3人はあんぐりとした顔で呆然とする。
……あ、これ言った先でディスられる公算が……!
と思いきや。
「あ、あのサーセン博士か? 卯乃葉さんそんなすごい人の所で……? なぁブローシャ、ここはひとつ、彼女に頼んでみないか?」
「私は全く問題ないわ。まさかねぇあの人と一緒に……。うん、わかったわ。あなたに私たちの宣伝をしてもらえないかしら。確証はないけどこれでお客さんが増えるのなら」
え、これガチ?
あっさりと受け入れてくれたんだけど、なにこの後光が差すような神家族は! 神でしょ! 神じゃない⁉ そうは思わなくとも思っていることにしていてくださいお願いします!
とかくサーセン博士の名を出しただけで、一家からの信頼が増したわけなのですが。
あの博士、単なる頭の切れる人じゃなかったのね。
博士がどう思うかは別として。
自分の言葉にはちゃんと責任を取るわよ。
「そのもし生活が安定してきたらまたこちらにお邪魔しても?」
「大丈夫に決まっているよ。その都度、互いに近況報告をしようじゃないか」
「むしろいつでも来て! 家族一同あなたを快く待っているわ!」
「か、顔が近すぎますよぉ」
急遽、フラグが立った私。
時間もよくなってきたのでお暇し、博士の家へと帰ると。
「なん……だと!? 卯乃葉隊員!」
「私は軍人ではありませーん(棒)」
迫るように私と肩を掴んできて自ら望むように。
なになになになに⁉ 親に叱られる覚悟で言ったんだけど、いいから早く言って!
「これは一大事だ! そういう逸材は直ぐさま……こういうのを狂政さんはなんと言ってたか。そのカクザン?」
「きょーせーさん? ……『拡散』」
「そうそうそれだ! 拡散! 今すぐこの私がチラシ作りをしようじゃないか」
異世界に来て拡散という言葉を使うことになるとはね。
……その狂政さんが何者かは知らないけど……絶対生まれ故郷日本でしょ。
少しシャイナちゃん達家族のことを帰ってから持ち込んだが。
博士は拒否するどころか、とても積極的でぜひともといった感じで今すぐにでもやろうと話を進めてきた。
こっちも単純で直ぐさま事が進んだなぁ。
ある程度、チラシの内容は博士が機器で仕上げてくれた。
印刷機になる物はどうやれば……いいのだろう。
「その卯乃葉くんマギシア先生からもらった、アレがあるだろう。あれはデータをインプットして自動的にそれを素材消費なし生成してくれる」
「なにその3Dプリンターの上位互換みたいなものはぁ⁉ ごほん、ええと」
また頭の情報量が増えたような。
疑る気持ちになりながらも、いつ知ったと言わんばかりな先日先生からもらった可変式の合成台を取り出す。
そして博士はある物をどこにあるのかと見回しはじめる。
博士は近くにあった箱の中を掻きあさり。何かを取り出す。
「あったこれだ」
ちょうど、細長のハブ……いやこれ明らかにUSB。
なんでお前この世界にいるのよ。
「これですか?」
「あぁそれだ! ここにこれを差してコピー開始!っと」
ケーブルらしき物を博士の機械と合成台にあったハブ(なぜある)を中継する形で差すと。
画面に表示された転写というボタンを押す。
かまびすしい音がこだまし。
合成台から、大量の用紙が出現。
「えぇと……」
それを見ると、博士が作ったそのものが写っていた。
「か、科学の……ブレイブ・タウンの技術ってすごい」
「では卯乃葉くん! 善は急げだ、死に物狂いで配るぞ!」
「ちょ博士!」
博士に催促され外へと連れ出されると、私と博士はひたぶるなにチラシ配りを始めるのだった。
ば、バイトでこれやっている人いたわよね。……軽んじて受けちゃったけど、まあいい。あの家族のためだし頑張ろう。
配り終わってから数日後、私たちの努力が報われたのか。
シャイナちゃんの家は、以前よりも大勢の客が押し寄せ、大幅に人が増えたという話はまた別の話。
聞くところによると、街からは評判のいい、手芸店【スティーマ】という隠れた名店がとある路地裏に建っている、そんな話を人々は言っていた。