193話 うさぎさんの妹、大魔法使いさんの助手(仮)になる その2
【敵の観察はじっくりと】
先生に案内されながら、道を進んでいくと大きな穴蔵があった。
洞窟の奥は険しく続きそうな奥深さで、こちらの方に軽微な隙間風が吹いてくる。
「ここよ。……まったく魔物が村の人に迷惑かけているなんてね」
「どれぐらい深いんですか? 見る感じとても先が長そうですけど」
「そうね、私も完全には探索しきっているわけではないの。……そうねだいたい5割程度かな、ここから先強いモンスターが何匹か湧くはずだから慎重にね」
先生の指示通りに洞窟の中へと入っていく。
あの子のお父さんを救うこともそうだけど、これを両立することは可能か。
試用運転ならびに人助けとは、たんかを切ったものの凡庸にはとても苦労する面々をあるが。
先生のことだからなにかしら案の1つや2つはありそうだけど。
「あの子の父親はここのモンスターに襲われたんだと思う。……今回倒しに行くのは毒性はまったくないけど侮れない中型のモンスターよ」
「中型のモンスター? となると私たちとたいして身長差はないということですか?」
種類にもよるけど、人と同じぐらいの大きさだろうか。
毒性はないけど……それっていったいどんなモンスター?
「えぇそうよ。ファントム・スコピオっていうサソリのモンスターよ。群れで行動するんだけどこいつが割と厄介で1人で倒そうとすると囲まれてヤツらの餌食にされてしまう……少々厄介な虫モンスターね」
マジレスするとサソリは虫ではないのだが。
今それは重要ではない。
群衆で動くってことは1人だと息苦しそうにも思えるし。
「でも、あの子のお父さんがそれだと危ないのでは……? というかこんな位置から生存状況わかるんですか?」
「大丈夫、もう魔法かけて探っているところだから」
「え?」
気がつくと先生はなにかしらの魔法を唱えていた。
杖が光り、なにかを示しているらしいが……だめだ私にはわからない。
探知器みたいな働きなのかな。
「今、生命を探知する魔法をかけているわこれで明確な位置を察知できる。…………わかったわこっちついてきて」
「あ、ちょ……先生!」
少々早足で先を急ぐマギシア先生。
せっせと動くものだから大変。とても引きこもっている人には思えないんだけどね。
さきほどまで悠々と動いていた人と同一人物かと、疑ってしまいたいぐらいに動きが積極的。
走りながら先生は話す。
「この洞窟は暗くはないから安心してちょうだい。どうやらあの子の父親は最深部に捕らわれているみたいよ。ファントム・スコピオに注意しなさい、あぁ大丈夫私がちゃんとサポートしてあげるから」
「な、なら安心ですけど……ってあれかな」
「シャー!」
人間と同じぐらいの大きさをした、サソリのモンスターが3匹飛び出してきた。
現実にいたサソリとは比べものにならない大きさで、鋭い爪が2つの両腕に付いていた。
ちなみにサソリはクモもそうだけど、小さいほど強い毒性を持っているという話を聞いたことがある。逆に大きい物だと毒性が弱いとかなんとかって。
念入りAIさんに確認してもらおうっと。
【ファントム・スコピオ 解説:太々しい甲羅を持ったサソリで強力な挟み攻撃を主力とする。常に群れで行動するため、1人行動だと非常に危険。多くは無毒だが有毒種も存在する。有毒はカリ100倍相当】
毒種いるんだ。
しかも現実のタブーはどうやら通用しないみたいです。
下でぴょん吉が武者震いをしているが、私は後ろに下がるよう指示を出した。
「さっそくお出ましってこと……。いいわ戦いましょう卯乃葉ちゃん」
「言われなくとも!」
戦闘態勢になり、少し相手との間合いをとった。
「⁉ 隠れた?」
むやみに突っ込んでくると思いきや、その逆で物音立てずに違う場所へと隠れてみせた。
辺りを見渡してもそれらしき影は見当たらない。
くっそいったいどこにいるのよ。
「ヤツらは戦闘のエキスパートよ。何度も戦ったことあるからわかるけど影のある場所がとても好きでね隙を見計らっては斬りかかってくる魔物だから」
「ヒット・アンド・ウェイ……さぁどうしたものか」
洞窟内はあまり暗くない。
視野の情報が入ってくる程度で肉眼で判断できるくらいに鮮明だ。
所々、岩が数か所見える。
上には僅かな光――光芒が差し込む。
「物をしっかりと観察するには、“それ”がどのような動き方をするか、特徴的な部分はどこかよ」
「?」
「自分を知り、相手を知るって言うでしょ? まずはじっくりと観察して相手の隙を見いだすのよ」
少々試されている気持ちになる。
だが先生に言われた、じっくり観察するということに神経を集中させた。
肩に乗るぴょん吉が少し心配だけど。
「ぴょん?」
「……大丈夫よ私がついてるから。あの動き……場所にはなにかしら法則性があるはず」
再度見渡してみる。
「あなたならこれがどういう意味かわかるはず。そう今、いい線言ってるわよその調子」
「……」
すると見ていて少し気がかりな部分を見つけた。
岩の部分には光が通っていないこと。そして敵の足跡が岩の方へ隠れるように続いている。
「ぴょん」
ぴょん吉が耳を逆立てる。
何か見つけたのだろうか。……うさぎは聴覚がいいから物音には敏感。
指す方向はやはり岩。……もしかして。
少し物音が聞こえる岩に近づいた。
「そこにいるんでしょ……ラビット・パンチ!」
ドゴォォン!
拳をひとつ、その岩に軽く叩き込むと岩……それだけでなく。
「……ッ!」
先ほど隠れた1匹である、ファントム・スコピオの体をとらえていた。
見事に命中……これは。
「わずかながらの時間で、こうもあっさりと見切るとはさすが卯乃葉ちゃんね」
ファントム・スコピオは光の通らない、岩へと身を潜めていた。
やはりそうかこいつらは。
☾ ☾ ☾
「あの魔物が持つ性質――それはずばり影でしょう?」
敵の癖に気づく。
どういうことなのかと思慮深くなっていたが、先生の言われたとおりに観察していると敵の本質が浮彫りに。
私が先生に答え合わせをしようと聞いてみると。
「えぇ。ヤツらは光をとても嫌う。だから日の差す場所に慣れていないからあのように光のない岩陰に隠れていたってわけね」
あと2匹。
どこに隠れているかこれではわからない。
「さぁて卯乃葉ちゃん、残りの2匹はどうやって仕留めるつもりかしら?」
「高を括らないでください。私にはちょっとした秘策があります……これで」
私はカリキュレーターを取り出した。
手に持つような動作をとると、光とともに出現。
慣れたように起動させて手動で打ち込もうとする。
「それは? 見慣れない魔導具ね、卯乃葉ちゃん特製?」
「そんな……ところですかね。厳密には違いますけどだいたい合っていますよ」
なんて説明したらいいのかわからなかったので、自分で作った物にしておく。
私が作った物ではないけれど、能力=私力でなりたっているようなものなので道理にかなってはいるはずだ。多分。
「えぇと対象物の岩の硬度は最小限まで下げ、そして溶けてしまうぐらいの熱量を加えさせて…………っと」
岩の成分を土ぐらいまでの柔らかさに下げる計算式を算出した。
そこに軽微な熱を加えさせてあげる……こうすることで岩は熱の温度に耐えきれず、溶解が始まるはずだ。
プシュー。
「? 岩がなんだか変よ。土みたいに柔らかく……溶け始めてる?」
2か所にある岩は次第に熱を浴びていく。
すると、蒸気が上がっていき溶解が始まる。……原型を留められなくなった岩はあっという間に土……そして粘度のある泥へと変わった。
「見つけた。逃がさないわよ」
溶けた岩からは、ファントム・スコピオが姿を現す。
闇雲にこちらへと奇襲を仕掛けようとするがそれも既に織り込み済み。
「……!」
「物ってね一旦温度が下がっていくと今度は固まっていくの。時間式に極度の零度が発生するように氷の粒も何個か生成しておいたわ。残念だったわね」
念には念をと時限式の氷を発生させるように仕込んでおいた。土は急激に固まりだし、やがて再び身動きのとれない岩の塊へと変容する。
敵の体はその巻き添えとなり身動きするための足を固定させ、動けない状態にさせた。
「パーカーチェンジ……フレアっと。燃やし尽くせ! ラビット・ファイアー!」
フレアラビットへと変身し、手から放つ高熱の火炎を2匹に吹きかけた。
その温度は生物が一瞬で溶けてしまうぐらいに達する。敵の部位が徐々に溶けかけている間にも私はしぶることなく、攻撃を続けさまに出す。
「烈火のごとく……フレア・ラビット・パンチ! 10乗」
「……ッ!」
必勝といえる重い高熱を含む拳は、ファントム・スコピオを一掃し、壁際へと叩きつけた。
先生と私は、そちらの方に近づき。
「さて、まずは素材を抽出して……プロアクター起動。この成分を採取して」
もう体はドロドロになっているけれど、うまく機能し素材を採取してくれた。
【ファントム・スコピオから硬い鱗を入手しました 10】
なにに使うんだろう。
無意識に使ったんだけど用途が見つからない。あぁどうしよう。
「へぇとても興味深い物を持っているのね」
「……あ、はい。これは……いわば抽出器で差すとその物・生物が持っている成分や物質を採取してくれるんですよ」
「それはとっても画期的ねぇ。ねぇねぇ小説のネタのためにも1週間でもいいから貸して!」
大の魔法使い様がなに稚拙じみたことをいいだすか。
いい年こいて、袖なんかを引っ張ってきて……ちょ先生、やめてくださいよまずいですって‼
「だ、だだだだだだだだだめですって! これは私の大切なものなんですから……というかきつ……ほらぴょん吉も嫌がってるでしょう⁉」
「……ぴょん↓」
「あ……ごめんなさい。私、ネタになりそうな物が目の前にあると、我を忘れて」
「……あーはいはい、厨二病的なあれですね! 私もよく知ってますからそんなに気にする必要はないですはい」
この人、先ほど袖を引っ張っている時、目を光らせていたわよ? ……大魔法使いの眼光……あぁいやなんでもないわ。
「でも興味深い物としては確かよ。……さて話が脱線する前に……えぇとここをまっすぐ行って」
「正当ルートなんですよね?」
ちゃんとその魔法が機能しているのか、心配なところではあるが先生本当に大丈夫なんですよね?
憮然とした顔を浮かべながら頬を指で掻いているけれど……大丈夫なのかしらこれ。
「さぁていくわよぉ……って卯乃葉ちゃん危ない!」
「え」
急な呼びかけに私は後ろを振り返ってしまう。
そこには巨大なモンスターの顔が私の目の前にあり……。
考えもなしに抵抗する間もなく私は体が膠着し身動きがとれず。
そんな中。
先生は瞬間的に剣を杖へと戻し、モンスターの方に向かって高々と魔法を唱えた。
「光の裁きを受けなさい! アストラルド!」
けたたましく天井よりなにかが遮る音が聞こえた。
星のように光る小さな光弾はそのモンスターに命中すると、モンスターを空高くまで飛ばした後、巨大な爆風が発生。
ドゴォォォォォォォォォォン!
それは聖なる光が放ったような神々しい魔法であり、巨大なモンスターを苦戦なく瞬殺した。
先生はその光を眺めながら私の方を振り返った。
「気づいてよかったわ。もうちょっとでぱっくり……いかさせるところだったわね」
「……」
「どうしたの? そんなに驚いたの? あのモンスターが?」
「……いえ、モンスターよりマギシア先生の魔法に驚かされましたよ……規格外すぎません? その魔法」
「……これくらい大したことないわよ、ふつーのふつー。さあ卯乃葉ちゃん先を進むわよ、目的があるから……ね」
「ま、待ってくださいよ」
「ぴょん……」
広大な光の魔法を放った、先生の魔法。
過ぎ去りながらも、その音はいつまでもこちらに響いてきた。
本当にグリモアを作った魔法使い? かと先ほどまで疑っていたけれど、あの魔法を見て私は彼女が他の魔法使いとはひと味違うなにかをもっているだろうと確信まで至った。
そして率先して前を歩く、マギシア先生の顔を見ながら私は心の中で呟く。
(この人は本当に何者なのだろう……)
と。