192話 うさぎさんの妹、大魔法使いさんの助手(仮)になる その1
【本気の定義っていうものを知りたい】
錬金で作った武器の試用運転にダンジョンへと向かう。
先生の作り上げた鋭利な剣は、見た目はよく整っておりどんな物でもたちまち簡単に斬れそうにみえる。
少し逸れるが、先ほどから歩く道中気になることを聞いてみる。
「あのさっきから歩いていますけれど、ほうき使わないんですか?」
グリモアの人達使っていたわよね。なのにこのお方は拠点から出て一切使っていないどうして。
「えぇと、気分かな」
「へ?」
なんですかその淡泊な返答は。
「だってつまんないじゃない。たしかに私は使えるけれど、周りに気を遣いたい主義でね。ほら卯乃葉ちゃんほうきで飛べないでしょ。私は……皮肉かもしれないけれどその人に合わせているつもりでいるの」
「なるほど、私に合わせてくれているんですね」
「無論、卯乃葉ちゃんが飛びたいって言うならやるけれど」
気前のいい社会人っかってーの。
謙虚にしなくてもいいのに。乗って楽に行こうかと考えもしたけれど、そこまで拘泥しているわけではないのであえて言わないことにする。
なにかしら、姉さんの“いざという時に使う”みたいな考え方しているけれど似ているわね。
ゲームでよく貴重なアイテムを拾ったら、いつもそんなこと口走っていた。
結局そう言いつつも、使わなかった作品も多々合ったが属性がそれに酷似している?
「それで先生、先生はどのような魔法を扱えるのですか? 攻撃、補助、それとも回復?」
「なに言ってるの卯乃葉ちゃん、私は他の凡庸な魔法使いとは比べものにならないわ。全ての魔法が扱えるからどの分野でもいけるわよ。……ちなみにこの剣は魔法の属性をこの剣に貯蔵させて、通常攻撃として反映させることができるの」
つまり、状況に応じて属性変えられるってこと? 規模の大きい魔法だったらいったいどうなるんだろう。
今先生が持っている剣は、黄色い配色になっている。
えぇと属性は。
パーカーの機能を使って確認する。
【属性:光。予測ダメージ量 800万】
へ?
これ素なの。
バフもなにもなしで……正気?
光属性だってことはわかったけど、800万?
なにかのバグ? しかもこれが通常攻撃の一撃がこの量である。
私の推測だが、おそらく先生は私でも予想をはるかに上回る魔力を有しているんじゃないかしら。
まだ戦闘1回も見ていないけど、どうしたらその量になるのかこの目で実際に確かめたいわね。
「とりあえず、弱いモンスターから試しに……あそこに3匹のスライムがいるわね」
飛び跳ねるスライムが前方に3匹。
近くの茂みに隠れることなく、先生は手に持つ剣を構えて体制をとる。
「さあて、よく見てるのよ卯乃葉ちゃん」
「あの先生、スライム、こっち来てますけど」
ぴょこぴょこ。
こちらを向きながら語る先生は前に注意をせず、気づかない。
「私がどれくらいすごい魔法使いなのかをね」
「ですから来てますよ、ほらもうゼロ距離! 飲み込まれちゃいますって」
「…………スライムごときにやられる私じゃ……ないわよ」
すると先生は残像のごとく姿を消し攻撃をかわすと、スライムを取り巻くように瞬間移動し様子を窺い始めた。
その素早さは1つひとつが風のように素早く、肉眼ではなかなか見切れないほど俊敏であった。
(は、速いッ!)
「どれ、まずは1匹……いや、やっぱ丸ごとにしよっかな」
先生は手に持つ剣を軽く投げて、宙に浮かせ固定させた。すると交錯させるようにスライムを3匹まるごと切り刻んで。
ズサズサズサ……ズサッ!
手中にはめられたスライム達は剣に宿る光の刃によって、また一片、一片と素早く切断されていく。
剣を再び手招きで片手に寄せると、先生は剣を宙のスライムに目がけ刺すようにして魔法を唱え始める。
それも媒体が段違いのものをだ。
「さて、再生される前に蹴散らしておかないとね。スライムは高い炎魔法には弱かったはず。……フレイイグニスト!」
広大な炎の渦が出現し魔物を飲み込んでいく。
うだるような高熱を周囲へとまき散らし、やがてその渦は巨大な滝ぐらいの火柱を生成する。
ボオォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッ‼
間断なく続きそうなくらいの火柱が収まると、焼き崩れたであろう灰が宙に散乱した。
なにあれ。
表情を変えずあの威力。しかも詠唱もなしに剣を杖代わりにし遠距離から魔法を放ったのだ。
常人が扱えるような威力には到底思えないこの火力お化け。これが、初代魔法使いの腕というところか。
「ね、あっさりだったでしょ?」
「はい、先生はあまり動いておられませんでしたよね」
それはおろか、汗1つすらこぼしていない余裕っぷり。
「そんなに動く必要なんてなかったから。私の魔力に限りなんてないから風のように一瞬でスライム達は跡形もなく消え去ったわ。おぉ哀れ哀れ」
理不尽にも瞬殺されたスライム。
ほくそ笑む先生は、満足したげに朗らかな顔を浮かべた。
先生が言うようには、大した魔力は使っていないとのことだけど。これは次元が違いすぎてなんとも言えないわ。
先生には悪いけど、やられたスライムがかわいそうに思えてくる。
☾ ☾ ☾
「あ、あれでどれくらいですか?」
顔にブレがないけど、やせ我慢しているわけではないんだよね。
私に対して綻ぶ表情をしているが、少々気がかりだったので心配しながら聞いてみた。
すると『えっ』と瞠目した表情で指を1本立てて言う。
「えぇと、1割も力出していないわよ。普段あれぐらいでやっているけど……どうしたのそんな顔して」
い、今なんと?
耳を疑うような答えが返ってきましたけど! ……1割も出してない⁉
ど、どういうことなの。裏で乱数をいじって(人のこと言えない)高倍率出るようにしているとか。……いやそれはないか。
「正直あなたの強さを疑っていましたけど、あの圧巻な強さを見せられて嘘偽りのない言葉だと確信できましたよ。す、すごいです」
ほんと、この人はすごい魔法使いだと思う。
度量を遙かに超越した、魔法を直で見て私は言葉を失った。……なんだろうこれ、試しにガチャ引いたら星3どころか最レアの星5が偶然当たったような感覚は。
小説でよくいる系の『俺TUEEEEE!』みたいな転生・転移物よりはるかに超越しており、この人が一番異世界……否、異次元の強さを誇っているそんな気がしてままならない。
SSRマギシアナ先生おそるべし。
「さっすが卯乃葉ちゃん! 異世界から来た子は頭が切れるわねぇ」
「……」
褒めるように駆け寄り頭を擦ってくる。
私はいったい誰と一緒に今行動しているのだろうか。あまりにも凄すぎる人物と行動しているのでこの人は自分にはそぐわない者だと体が悲鳴をあげている。
こ、これで1割も出してないって? 嘘でしょ……やせ我慢などではなく。
「おや、あそこに小さい女の子がいるわよ」
「本当だ、周りをキョロキョロと、なにかを……誰かを探しているみたいですけど」
しばらく歩いていると、浮かない顔をする小さな少女を見つけた。
眉をひそめる様子から相当焦りが見えるがはたして。
「ねぇ」
「は……はい」
少女の方へ近づき声をかけると、媚びるように応対してくる。
姉さんならともかく私ってそんなに怖い? ……でも今聞くことは。
「どうしたの? ちょっと焦っている感じだけど。もしよかったらお姉さん達に聞かせてくれないかな?」
「……うさぎさんのおねえさんたちは悪い人達じゃない?」
「うん、悪い人じゃないよ。もしあなたが困っているならうさぎさん達が解決してあげようか? 本当に困ってたら……だけど」
言い淀んで数秒、少女はなかなか口を開いてくれなかった。
間をおいて数分後。
意を決したのか、ようやく私達に助けを求めるように打ち明けてくれた。
「その助けてくださいうさぎのおねえさん、それと青髪の魔法使いさん」
「卯乃葉ちゃん、聞いてあげましょう。この子相当、困っている顔しているわよ」
「言われるまでもないですよ。……もちろんだよゆっくり私達に教えて」
少々心配気味な少女に出くわした私達。
趣向がずれているようにも感じたが、人助けならばと決意を固め。
私とマギシア先生は、その子が言う話に耳を傾けるのであった。
☾ ☾ ☾
道ばたで会ったある少女。
窮する視線を送りながらこちらを見る。
俯いてはまた眼前を見て、再び俯いたらまた前を見る。そんな一辺倒な仕草で。
マギシア先生の勧めもあり、私は彼女の手助けをしようと高さを合わせるようにとかがむ。
子ども相手なのでこわばった顔を崩し、明朗とした顔で優しく声をかける。
保育実習とかあまり経験ないけど、大丈夫なはず。
「その、なんで困っていたのかな?」
「えぇと……近くに村があるの。お父さんと暮らしているんだけど、昨日から帰ってきてなくて……それで今日あまりにも遅すぎるから迎えに来ようと外を歩いてたの」
話す感じ核家族かな。
今いる場所は、少々傾斜がかかった坂道となっている。
Y字のような分かれ道にいるが、村ってどこにあるんだろう。近くに村……村。
ダメだ、森が深すぎて向こうまで見えないよ。
ここはひとつ、博識なマギシア先生に聞いてみよう。
そうだ、他の人の前だと本名で呼ぶなって言われているんだった。……注意しないと。
「マギ……グリミア先生、この近くに村ってありましたっけ?」
「ここをひたすら下った場所にあるわよ。……でも距離がだいぶあるし、子どもがこの道に来るにはだいぶ時間がかかるはずだけど……」
少女はマギシア先生に話す。
「……早朝から来たの。お母さんに昨日止められはしたんだけど……」
マギシア先生は少し浮かない顔をしながら、軽く息を漏らした。
心底彼女を懸念するような顔つきで、それは偽りのない真面目な様子に見える。
「…………いい?」
「え、あはい」
「親に黙って家に出ることはそれはちょっといけないんじゃないかしら? ……気持ちはとてもわかるけど、逆に考えてみて……あなたを心配するお母さんの姿を」
「……!」
マギシア先生の言葉に感化された少女は目を見開いた。
すると、視線を落とし自分の過ちに気づくと感傷的になり思いが揺らぐ。
遠巻きな言い方ではあるけれど、これは、長年生きてきたマギシア先生だからこそ言える彼女の経験談。
魔法だけの一辺倒な考えをしているわけではない、マギシア先生の姿には違う魔法の言葉が込められているんだと私は理解した。
単に魔法使えばいい。
そういうのは本当の魔法ではないのだ。
と。
「で、でも……今さら帰っても遅いし……どうすればいいか……そうだ、青い魔法使いさん魔法でなにかやってみせて」
先生は首を。
「…………」
「どうして?」
縦には振らずゆっくりと横に振り拒否した。
そうすると、マギシア先生は彼女に近づいて手を少女の頭に乗せると、朗らかな顔をしながら小さな声で言った。
「これだけは覚えておいて、世の中都合のいいようにうまくはいかない。魔法はなんでもできるような品物じゃないの。ものには必ず“限り”がある。甘えさせすぎたら自分のためにも……相手のためにもならない、そうでしょ? ……自分自身の力でやり遂げたいなら、その意志は自分で成すべきよ……それをあなたにわかってほしいから」
「で、でも……叱られるのが怖いし」
不安がなくなりそうにない少女。
それでも、子どもとはいえ容赦せず1歩も譲らない先生。
少し、厳しくも聞こえるけれどこれは先生の思いやりだ。……いつになく真剣な彼女は高貴な存在に見える。
だが、徒労に終わらせまいと少女に。
「…………魔法じゃなくても……違う魔法――つまり人を元気づける魔法のこもった言葉ならあなたにあげられるわ」
先生はこう言った。
――魔法は勇気、『勇気』という魔法の言葉があなたに力を与えてくれる――。
それは普通の魔法では表現できないであろう、言語的な彼女の説得であった。
人は誰しも恐怖というものを持っているけど、それは他人が果たすべきことではない……他の誰でもない自分自身だ。
つまり先生は、どんなことがあっても逃げてはだめということを少女に教えたのだ。大切な家族の元へと戻り今は謝りに行くべきだと。
これはマギシア様だからこそ成せる彼女の優しさなのだろう。
ふと、恐怖で体が震えていた少女の手のひらには、2個の飴が乗せられていた。それはもうおいしそうな包み紙に梱包されたカラフルな物だった。
その飴を手渡された少女はなにかを悟ると、村方向の帰路を向き肩越しにこちらを見て言う。
「あ、ありがとう……魔法使いのお姉さん。…………私頑張ってお母さんに謝ってみるよ」
「それでいいのよ。お父さんのことは私たちに任せて。必ず助けてくるから」
少女は私たちに居場所を簡潔的に教えると、帰路を進み村の方向へと歩きだした。
必ず父親を救い出すという約束をその少女と交わして。
場所は、私たちが向かおうとしている洞窟。
最近村を脅かしている巨大なモンスターがいるらしく、それを討伐しに行くと言ったきり、帰ってきていないみたいだ。
「先生、いいこと言いますね」
「当然よ、子どもに無理をさせてはいけない。……家族が一番の宝だからね」
「その、先生の家族もあんな感じだったんですか?」
「………………それは、そ……その」
言い淀む先生。
一拍置いたのち、1歩前に出て私の方に帽子を目深に被りながらこちらに少し顔を向ける。
言えない先生なりの事情があるようだ。
でも彼女に悪いし酷く詮索しないほうが今は賢明か。
「そ、そんなことよりも早くいくわよ。……あの子も父親を待っているだろうし」
「ふ……そうですね、では行きましょうかマギシア先生」
私たちは実験も兼ねて、少女の父を救うべく目標である洞窟に向かうのだった。