191話 うさぎさんの妹、魔法の都市へ その3
【魔法の年長者ってすごい】
最強の魔法使いこと――マギシアさんの家へと訪れた私とぴょん吉。
訳ありで不老の薬を作り、今でも現世に留まっている的なことを平然とぶっ飛んだ内容を言っているけど実力は本当だった。
一部ではあるが、狭間を出現させて組み立て用の一式を取り出すとある物を作り始める。
キット……というより小型の調剤の数々が彼女の前に並べられている。……私もよく知らない物がたくさん。
「それで私はしばらく間、現世に留まろうと薬を作った訳だけど……わかってくれたかな?」
「大方の内容は飲み込めました。……早い話、後世が気になりもう少し見学するとだいたいの趣旨は」
完全に含有しきったとは言いがたいけど、あらまし程度には把握できたと思う。
少しまた彼女の会話を交えたのだが。
どうやら彼女が、一番最初に魔法の文化を発展させた張本人だそう。
それまでは軽微な魔力頼りで、錬金術が主流だったらしい。
能動的に魔法を使う、なんてことは空想での話。ここに関してはなにかしら私のいた世界に少々似ている抽象的な部分に思えてくる。
「え、初めからあったわけじゃないの」と首を傾げる私だったがこれが冗談抜きという真実。
かつての大規模な戦いの後、マギシア先生は自分の才能と知性を活かし現国グリモアを建国し、誰もが使える強力な魔法をいくつか作ったみたいだ。
だが原則として、強力すぎる魔法はNGとし、それらはのちにグリモア三大魔法として名をはせていったらしい。
これがだいたい100年くらい前の話。
悠々と朗らかにそれを説明する彼女は、ちょっとという感じで手招きしながら冗談っぽく話す。世間話を言うおばさんかって。
「大変だったのよ? 誰でも使えるよう魔力を調整したり、法をいくつか作ったりと……まあ自分の石像が作られたのには驚きだったけど」
ある意味これは公開処刑……いや彼女にとっては“後悔処刑”なのかもしれない。
もはやあけすけと彼女は大の有名人。隠し通せる顔ぶれではないのだ。
建前上、彼女はグリモアの人々にはグリモア様の親族と言っているみたいだけど……そういう口実で通っちゃうんだ、フリかなにかだと思ったけれど後先見えない設定ねそれ。
「それであまり顔は知られないよう、ここに家を建てたんですね。でもよく作家なんてできましたね」
「さ、作家をなめちゃだめよ卯乃葉ちゃん! これでも多くの読者層から好かれているんだから。……時々、あの主人公を闇落ちになぜさせたのか、みたいなことは言われるけどこれぽっちも……」
言い淀みながらも平明に淡々と説明してくれた。
どんな小説書いているかわからないけど、多くの読者層から好かれているのはとても喜ばしいかぎりね。
今度、お店出見かけたら買おうかしら。
「それで先生、いったいなんなんですかそれは」
「ようやく仕込みが終わった。せーのそれ」
軽くマギシア先生が魔法を唱えると、箱の中にある破片がいくつも付着し1つの物を作る。
重厚感ある脚立の台が、地面に着地した直後に黄色い鉄の音がこだまする。
\カーンッ!/
高い反響音。
見るからにその重そうな物体に先生は近づいて、品質を確かめるべく腕で何回か鳴らす。
劣等がないことを悟ると、軽く吐息を吐く。
「ふぅ質は良好ね、時々きゃしゃな物が中にあるけど」
円状の小さな台がついた物、それは一言で表現すれば“錬金台”
ファンタジーでよく見るような、円盤に魔法陣が描かれているが、ここに素材あたりを設置して錬成でもするのだろうか。
「はい、私特製の錬金台。2代目なんだけど、これは本来サーセン博士と作る予定の物だったの。でも素材集めに手間がかかって……結局学会までには間に合わなかったの」
「締め切りが守れなかったというわけですか。……それでこれでなにをしようと」
そういえば大まかな内容を聞いていなかった。先生の話に聞き入ったせいで目的がズレそうになったけど。
まさかこれからなにかしらお使いしろと? 嫌なんだけど。
「これから、ある実験をしに遠出しようかと。……いやそんな苦い顔しないでよ、ちゃんと報酬は弾むからさ。だって私作家だし、100万なんて簡単に出せるわよ?」
「へーそうなん…………って今なんと?」
聞き間違えだったかな。返済額のことを既に知っているような口ぶりで、かつそれを返せる額も支払えると言ってきたではないか。
はったり……とも考えたかったが先生は顔の利く存在。一言一句の言葉には真実味がある。
誤魔化しているようには見えない。知ったかぶりではなく事実を告げるよう目を見開いている。
あの博士聞いてませんよそんなこと。
私のことといい直面している暗礁に関してまず言えること、あの人リーク漏らしすぎよ。
「だから返済額。聞いたよ博士の実験で賠償金を払うことになったって? ……だから予め用意しておいたんだ、本当は送るつもりだったけどあなたが来たから予定変更して報酬として支払う……この方針にしたの」
「でも、私冒険者になったばかりですよ? 高額な出費なんて払える気がさらさらないんですが」
「あぁー大丈夫大丈夫、卯乃葉ちゃんたちが自己負担する必要はないわ。たとえそれが10大金貨分の費用が発生しようが、私からすれば余裕よ、全額私が請け負うから安心して」
規模が大きすぎて、返せる言葉が見つからないのだが。
先生、あなたいくら持っているんですか。
「もうなにも驚かないですよ……はぁ。わかりました先生お願いしますね」
虫がいいのはさておき、遠出にまた遠出を重ねる羽目となった。
だいたい、3日はそこに野宿するらしいので簡単には帰られなさそう。3日って旅行じゃない。
「そうと決まれば……さぁ卯乃葉ちゃん、ぴょん吉ちゃん行くわよ」
「! ……ぴょん?」
野菜を食べていたぴょん吉が、耳を逆立て反応すると私の足元へ寄ってくる。
そして荷物もなしの、手ぶらな先生に向かって聞いた。
「え、もう行くのですか? 支度などはせずに?」
「なに言ってるの? 有言実行よ、準備ならとうの前からできているから」
「それってどういう……」
詰問しようとしたが合間をおかずに先生は、近くに置いてあった本人の杖とみられる杖を片手に軽く振る動作をとる。
“待つ”という言葉をこの人知らなさそうだ。いや眼中にもなくないか?
すると異空間が現れ、先生は私をそこに入ってくるよう誘導してくる。
謎の渦巻く空間。吸い込まれたとたんに体が分解されたり……しないわよね?
「こっちこっち。……なぁに心配いらないわ、死んだりはしないから」
「わ、わかりました。では入りますね。いこ、ぴょん吉」
「ぴょん!」
肩に乗るぴょん吉を乗せながら、私とぴょん吉……及びマギシア先生を含む一行はその異空間を潜り違う場所へと移動するのだった。
☾ ☾ ☾
「な、なんなのここは」
「うーん、私が設置しておいた異空間と異空間を繋ぐゲートみたいな?」
「……ゲートふむ」
着いた場所は見知らぬ森林地帯。
生き物のさえずりが、かまびすしく聞こえてくるが辺りは相当深そうだ。
空間と空間……ゲームでよくあるワープポイントのようなものだろうか。抽象的な部分を比較してみると合点がいく。
むしろそのままではと、想像を豊かに巡らす私。
「あっちに拠点があるわ。まずはそこを目指しましょ」
前方を指差し道を示してくる。
出てくるモンスターなんぞ、恐るに足らずといった感じで悠々とこちらに顔を向け。
私とぴょん吉は、騙されたと思いつつも彼女に着いて行く。
やろうとしたことはとことん実行する主義の人だ、このマギシア先生は。
「それで先生の拠点はどちらに?」
見慣れない場所。
山岳地帯にいることをマップで確認すると、辺りを見渡した。
森林山岳地帯かぁ。聞くからに暑そう。
寒暖差がだいぶ暑く感じてきた……けど大丈夫。
熱帯雨林のようなジャングルが周りに広がっている。
そしてなんだろう、この妙に暑く感じる気温は。汗まみれとか私嫌なんだけど。
「あそこよ、あの陳腐な拠点。強力な魔法陣を貼っているから安全なはずよ」
この人、自分の拠点を古くさいとさりげなくディスってるぅぅぅぅぅぅぅ⁉
斜面を道のりに進んでいると、一角のテント──先生の拠点らしき場所へと行き着いた。
拠点内部に入ると、調合の素材に使っているであろう瓶が点々とあり周りは散乱としている。
「キャンプ系の漫画でよく見るやつ。見慣れぬ魔道具? があるけどこれはいったい」
外には実験などで使われているであろう道具が整備されていた。
テント内は散らかってはいるものの、さまざまな用品がある。フラスコ(よくわからない着色の液体が多数)、瓶に詰められた粉末など。
ガッチガチの錬金術……魔法使いの家じゃない!
机上は均等に配列されており、手際よく整備されている感じが伝わってくるがはたして誰がここに?
「おや、マギシア様来られたのですね」
「えぇ。ちょうどサーセン博士がこの間出し損なった錬金台を彼女が調達してくれたわ。とかく話を交えて完成させてこっちに来たわけだけど問題はない?」
メイド服を着た断髪女性の人がこちらに近寄ってきた。
尊敬の意を込めた呼び方だけど、この人は何者か。
生真面目そうな顔つきをさせ、こちらを見ているが……そんな訝しむような視線送ってこないでくれません?
「はい、問題ありません。私がマギシア様がご不在の間はこちらで概ねの対処はしておきました。魔物からの拠点防衛、調合素材の整理、器具等の整備その他諸々です」
「問題なしって感じね。あ、卯乃葉ちゃん紹介するね、この子は私が作った人工生命体──ホムンクルス……グレミーよ。こっちで私がいない間は家事全般をやってもらっているわ」
「……へぇそうなんd……って今なんて言いました⁉︎ ワンモア!」
あれ、聞き間違いかな。
よく著作で聞く言葉が、そんなありえるわけない人工生命体なん……て。
「知らない? ホムンクルス。人工的に作られた人間のことよ」
「いえそういうのは知ってますけど」
そんなの言われなくとも知っていますとも。
マンガやアニメで度々登場していましたよ、そうホムンクルスの存在を。
「な、なに鳩が豆鉄砲を食ったような顔してるの? ……そんなに珍しいこと? ごめんね、最近の俗世にはなにかしらうとくて」
合掌して詫びる先生。
一瞬体が降着しそうになったけれど、持ち直せてよかったがなんなのこれ。
よくあるわよね、人間の命を生贄とし作り出すみたいな。
この世界にそんな醜悪な要素があるかはわからないけど、グロすぎはNGだからそれだけは勘弁してくださいね?
「ホムンクルス……実在したんだ」
「? どうかされましたか?」
「あ、いえ初めてなんで人以外の人と話すのは。あはは」
「な、なにを仰っているのかは存じませんが謙遜する必要はないですよ」
自分でもなにを言っているのかわかりません。
人さながら感情豊かだし、動作も人と変わらない。というかかわいい。
また先生が作った、というパワーワードに驚嘆したが彼女の一言一句にはとてつもない説得力を染み染み感じる。
というか、メイドの美人ホムンクルスかぁ。新ブーム到来の予感。
初めてホムンクルスを見るけど……これが実物なんだ。
現実ではフラスコの中でないと生きられない、という話をどこかのページで見たことがあるけれどまんま人間じゃない。誰がどう見ても人間だ。
「そのグレミーさん? ですっけ私はブレイブ・タウンから来た卯乃葉です」
話を脱線させないように彼女にあいさつする。
でも少々、違和感するな。人っぽいけど人ではない……だなんて。ほんとこのマギシア先生ってただ者じゃない、凄味ゴリラよ。
「はい、卯乃葉様ですね。グレミーと申します、人間ではありませんが人同様に扱ってもらい構いません」
精進するけれど、おそらく慣れるまで卯乃葉さん時間が必要だと思いますはい。
「彼女は、私の血や生命の源となる人工素材を使い作った……人間に近い存在ね。……ちなみに子も作れるから(小声)」
「マギシア様? あなたというお方がお客様の前で卑猥なことを言うのはどうかと」
しかめ面で先生をにらむグレミーさん。
え、先生って意外とスケベな面あったりする?
慌てたように彼女の前で膝をつき、慌てるように彼女をなだめさせる。
「ご、ごめんって。今の帳消し! だからそんなに怒らないでよ」
ところどころ稚拙な部分もあるな。玉にきずってやつかしら。
初代魔法使いといえども、中身は少し幼いのかな。
「ご、ごほんそれでは改めて」
少し間をおいて、いろいろと聞かせてもらった。
この拠点は、マギシア先生が今住んでいる家とは違う用途で通う場所で、普段は従者であるグレミーさんが身の周りを管理しているみたい。
なんでも作れるわねこの人。と改めて彼女の偉大さを実感する私。
その用途の大半が、錬金や魔法の実験。ネタの採取に打ってつけの場所なんだとか。
本来、高い名分があるのに何しているんだとつくづく思うが。
「それじゃ、グレミーこれを」
「これがサーセン様と一緒にお作りなられた……。では頼まれていた素材をお持ちいたしますね」
奥の方からいくつかの錬金素材を持ってくる。
1本ごと、よくわからない記号、数字、が書かれている。なにあの『光:1 鉄:7……』と書かれた瓶は。
なにかに使うということはたしかだけど。
「いい卯乃葉ちゃん、今から私と一緒にダンジョンに行くわよ。理由は今から作る武器がどれぐらいの力を発揮できるかのテストよ。この下にあるダンジョンは奥が深くて強力なモンスターがたくさんいるから最適なの」
「なるほど……というか剣も扱えたのですね」
「え、グリモアの人たちってもしかして剣は使えないの? 私はこうして錬成──」
先生は自分が持っていた杖と、手1杯分の金色の粉を置くと唱える。
錬金台は瞬く光とともに発光すると、違う形の物へと形を変えた。
「今回はこの剣にしようかな。魔力も高そうだし」
「いいんですか、杖じゃなくなるのに」
「いやいやそんなことないわよ? 剣かつ杖の役割を担う……言わば両立できる武器に変わっただけよ。これにより物理・魔法それぞれ相互し合いどちらの方面でも戦いを有利にできる。でもあとから戻すこともできるから仮に『これ、やーだやめよ』ってなっても大丈夫よ」
つまり剣にも杖にもなると。
それ強すぎるんじゃないの。じゃあどちらの面でも対処可能ってこと? 錬金ってすごいわね。
この下にあるダンジョンでどれぐらいの結果を出せるか、テストしに行くみたいだけど……報酬のためよ頑張らなくちゃ。
「それじゃ卯乃葉ちゃん、早速行ってみようか」
「え、ちょ⁉︎」
時間は待ってくれず。
マギシア先生は私の手を牽引していき、下へまた下へと誘導していく。
「それじゃグレミーお留守番任せたわね〜!」
「はい、お任せを。お気をつけて行ってきてくださいませ」
見送りながら一礼をするグレミーさんをよそに、剣を振りながら前を歩くマギシア先生の横を隣で歩き再び進路を歩むのだった。
そのダンジョンははたして。先生の実験というものを模索する私は少々の不安を頭で過らせた。
(面倒なことにならないならいいけど)