177話 うさぎさん巨大な強敵を討つ その6
【テスト前の勉強はちゃんと予習しておきましょう】
――ステシア視点――
「……ここは?」
ふと、意識が戻ってくる。
朝に目が覚めるように周りの視界も目にはいっていき。
そこは灰色の世界でした。
……確か愛理さんがバイタスの攻撃を受けそれから。
だいぶ思い出してきました。
そう、必死に彼女を助けようと大声で叫び、それからの記憶は一切ありません。
ピンチに陥っていたので思わず、みなさんで手を伸ばそうとしたはずですけど。
して、愛理さんは?
周囲を見回すと後ろに大勢の冒険者さん達、私の両隣には駆け出す姿勢のシホさんとミヤリーさんの姿がありました。
なぜか止まっています。
固定されたかのように動きひとつすらさせません。
「……どうしたんですかお二人とも、そこで立ち止まったりなんかして……ふざけていないで動いてくださいよ」
しかし、私の返事に対して一切返事が返ってきません。
そればかりか私の声はおろか、声そのものすら認識できていないようでした。
まるで私1人、違う世界に迷い込んだみたいに虚無感を味わっている気分です。
一体なにが起きているんだろうと。
向こうを見ると、服1枚着た愛理さんがバイタスに攻撃される寸前で背もたれしています。
おや、これは。
いけない、早く彼女を助けにいかなくては。こうしているうちにも、愛理さんがやられてしまうかもしれないのに。
私はそれを見て体を動かそうとしましたしかし――。
「あ、愛理さんッ! …………ッか、体が動かない?」
びくともしません。まるで体が何十倍にも重くなったかのように些かも。
抵抗してみましたが、やはり体が重いです。非常に重すぎるくらい重量が異常です。
お願いです動いてください……私の大切な仲間がピンチなんですから。
心底そのように思いつつ、力を振り絞り前進しようとしますが結果は変わらず。
そんな私が行き詰まっていると、どこからともなくか細い声が聞こえてきました。
――てください。
? もう一度、今度は慎重に耳を傾けてその声をしっかりと聞いてみます。
――全身に魔力を流してみてください。
魔力を?
言われた通りに魔力を全身に流してみます。
すると私の身に宿る魔力が身を巡り、体中から溢れ出るくらいの力を感じてきます。
――少しずつ、体を動かしてみてください。固まっていた体が動くはずです。
これで本当に動くのかと少し訝しむ私。
ですが、なんでしょうか。この声にどこか聞き覚えがあるような。
頭に靄がかかっているように全く思い出せないのですが、それは遠い過去の記憶のように感じられます。
なのでこの“声”に自ずと安心感を覚えてきました。
今はこの声を信じて前に進もうと。
言われた通りに、体を捻らせるように指を動かそうとしました。
「…………ッ! う、動いた」
なんと指が軽く動いたではありませんか。
それから全身に動作の指示を送ると、体の自由が徐々に戻ってきて数分足らずでいつもどおり。
右左も未だわからない私でしたが私は視線を彼女――愛理さんの方へ向けました。
私は考えを無にして疾走し、彼女の元へ駆けだしていきました。
また、その声が聞こえると。
『あとは大丈夫。あなたは覚えていないでしょうが、あなたの体は“あの日”のことをよく覚えているはずです。そのグリモアの三大魔法――テンプスがきっとあなたを導いて』
「! ……そういうことでしたか。誰かは存じあげませんがありがとうございます。……確かあれは」
微かに宿る記憶を頼りに、テンプスの知恵を頭で漁ります。
どうやら私は知らないうちに、グリモア三大魔法のひとつである、テンプスが無意識のうちに発現していたみたいです。
でもいつ? あとどこで?
疑問を募らせるも私はふと知恵の塊が頭から降ってきます。
テンプスは水中呼吸同様、息が続くかぎりこの世界に留まることができる。
自分以外の物は全て停止物となり時間が止まる。
この空間だとあらゆる耐性・能力は無力と化し、本来食らわないはずの攻撃もテンプス内だと通用する。
いつどこで知った記憶なのかはわかりませんが、なぜか頭から浮かびあがってきました。
まだ、呼吸は余裕です。息を乱すことなく私は愛理さんのところまで近づいて。
「……着いた。愛理さん助けにきましたよ」
「……………………(ぐい)」
「? 気のせいですかね、今一瞬動いたような」
錯覚、でしょうか。彼女の体を担ごうとしたら彼女の瞳孔が動いた気がしました。
まさか、私以外にもこの世界を認識していたり……これは微かな私の予感にすぎませんが。
目の前に立ち塞がるバイタスを前に私は、大きな魔法を放ち。
「……今なら【マグナノヴァ】!」
一声、目の前で停止しているバイタスに一発、魔法を打ち込みその場から退散。
シホさん達のいる場所へと場所を移します。
走る最中、私の放った爆発の魔法は爆発せず、巨大な物体がその場で停止していました。
「……なるほど、自分の撃った魔法も停止するというわけですか」
どうやらこの空間で使った魔法も、停止物になるみたいです。
つまり、物理的な攻撃以外だと、そのままの攻撃は反映されないと。
ですがテンプスが解除された瞬間に、広大なダメージを与えられるはずです。
なににせよ、この世界だと全ての耐性は無になるらしいですから。
シホさん達のところまで避難すると、愛理さんをそこへおろしました。
いつもは見せない斬新な格好ですが、腰に巻いているのは服でしょうか? 長袖の服がベルトのように巻いてありますけど見たことありませんねこれ。
「変わった文化があるんですね……愛理さんの国って。おっといけない今のうちに回復魔法を……【レイヒール】 これで全ての傷は治療できました。……おっとそろそろ限界です」
息がそろそろ限界です。
持続する時間が長くなったことを加味して、魔力を大量に消費してしまったからでしょうか。
でも十分、愛理さんの役には立てたはずです。
「さて、そろそろ時間の停止を解除させなくては……えぇと一言の命令で指示通りになる。……つまり動けみたいなこと言えば動くってことですかね……それじゃ」
どうも動かすときは、言う必要がでてくるみたいです。
唱えは魔法名でいいらしいですけど……独占状態とはいえ少々恥ずかしい感じがしますね。
そして私は時を動かす合図をだし――。
「3、2、1、0……時は再び刻み始めます」
広大な爆音が発生し、世界の時間が再び動き始めるのでした。
☾ ☾ ☾
体の自由が利き始めようやく動けるようになる。
あの止まった時の中、意識はありはしたものの目を動かすだけで精一杯だった。
まさか、実際に停止した時間を体験するとはなぁ。これも主人公補正ってやつか?
走っていたシホさんとミヤリーが立ち止まると、すぐ後ろの私とスーちゃん側を見て。
「あれ、愛理さん? いつの間に……無事だったんですか?」
「瞬間移動でも使ったの? ……でもいつもの服じゃないわよね」
「さすがの私でも素であんな力はだせねえよ。……というかスーちゃん? 今時止めたよね?」
「……え、見えてたんですか。まあ今はそれは一旦おいといて」
再び時間が動き出すと、バイタスは広大な爆発に飲まれ姿をくらました。
煙が巻き上がりまた姿をみせたが……あれ再生していない。
なんと再生するどころか、半壊した姿になり私達の前に姿を現した。
「ぐ、ぐごおおおおおおおおおッ!」
「み、みろ奴の体を……なんだかよくわからないが、一瞬爆発が発生しなかったか?」
「あぁ、まるで爆発でも起きたかのような爆音だったぞ。仕留めるまではいかなかったがさっきより余裕がないぞ。再生も遅い」
冒険者達は、再生が遅くなっているバイタスをみて補足をいれた。
後ろにすがって依然として、そこから動かないままだが……今ならあいつを仕留められそうだな。
「なら……いっちょ仕留めてき……ラビット・パーカー……………………あれ?」
「? どうしたんですか愛理さん、いつもの姿にならないんですか?」
「な、なんでだよ。……全然反応しない」
パーカーチェンジを念じたものの、姿が変わらない。
この世界に来る前の、惨めな自分の姿が映っている。
どうしてだろうと思い悩んでいると、ウインドウがひとつ現れた。
AIさんだ。
遅いよ、なにやってたのさ。家出するなら書き置きでもしておいてよ。
【AI:すみません、少々厄介な事がおきまして】
厄介な事?
【AI:はい、パーカーに必要なエネルギーが全部なくなってしまい、現状変身不可能になってしまいました】
ふーん。
他に手はないぞ。的な?
【AI:ですのでもしバイタスを倒す場合、作り出す能力を使えば対処できます。力を数百倍なんかにして】
なるほど、既存の固有能力はまだ機能しているわけか。
このまま、他の異世界主人公みたいに無双して「やっほーいやっつけてやったぜ!」と言ってもいいのだが私は思考を少し変えた。
AIさん、悪いけどその必要はないよ。
と心の中で会話しつつ、私はバイタスの方へ歩きだした。
「愛理さん? ……危険ですその格好では! いくら愛理さんといえども非常に危険すぎます」
「……そうです! 治療は一応施しましたけど、痛みはまだ不完全です……ここは私に任せて……」
「ねえ愛理聞いてる? 私達はあんたのこと心配して言ってるのに無視って何様のつもり」
心配してくれている仲間達は、痛みに耐える私を心配し声をかけてくれている。
無茶するなと。
現に、だいぶ体力は回復したものの疲労が溜まってきている。
すぐにでも倒れそうなくらいに少し疲れ気味で。
仲間達が勘違いしているようなので、私はいちど立ち止まり3人の方を向いて返答する。
「あぁわりぃ……でも私なら大丈夫。ちょっと頑張ってくるだけだからさ。だからここは少し私のわがままを聞いてくれない? そして信じて待っていてほしんだ……私がみんなのところに帰ってくるのを」
呆然と口を濁す3人。
目を互いに見合わせながら熟考。
まあ変なことを言っていることは百も承知だけど。……おっと口が開いた。
3人は、沈んだ顔から朗らかな顔になっていき私へ近づいて。
「なんのつもりか知りませんけど、絶対ですよ破ったらだめです」
「あぁ」
「……愛理さんは私の大切な仲間ですからこのままお別れなんて絶対嫌です約束です」
「まかせておk」
「ほんと、無茶ばっかり……しょーーがないわね! 本当はあの大技で仕留めようと思ったけど今回はあんたに譲るわ。だからいってきなさいそして帰ってくるのよ絶対に」
親指をつきあげてサインを送ると私は再び前を見て歩きだす。
パーカーなしの私が果たしてどれぐらい通用するか……正直、私自身確証がもてない。
でも、もしかしたら“面白い事”起きるかもしれないよ。
そんな些細な希望を胸に、バイタスの前に立った。
「………………」
「よう。さっきぶり。え? なんでこんな格好かって? ……そんなこと今はどうでもいい、この拳に……この拳に覚悟しろ」
拳に力を目一杯力を込め、ふらつきながらもやつの方へ着実に距離を詰めていく。
そして――ゼロ距離にさしかかった瞬間。
「たあああああああああああああああッッ!」
助走をつけ、腕をバイタスの方に向けて快走。
運動音痴なせいか、肺活がやばいけど……ここは愛理さん自身の意地っていうものをみせようと思う。なんだろうこの湧き上がってくる自信は。
でもチートばかり頼らなくても、私は十分強いってことを……見せつけてやるこの場で。
私は、渾身の力をその一撃に込め飛び込むようにして、バイタスに向かって拳をいれた。
いつものセリフ一言吐いて。
「うさぎ、舐めん……なよッ! ラビット・パンチ!」
すると――。
「ぐごおおおおおおおおおおおお⁉」
私の強い闘志が届いたのか、あるいは奇跡が起こったのか。そんなことが起きていいのだろうと不思議なことが起きた。
私の体をなにかが包みこんだ。
それは私がよく知っている服。
遠くから見ている仲間は。
「みみみみみみ、見てください! 愛理さんの服が……愛理さんの服が……!」
「……戻っていきます……いえこれまでとはちょっと違う服です!」
放った拳の威力によってバイタスは向こうの方へと飛ばされた。
……私は着ていた。あの服を。
クソダサいけど、非常に強くて反則的な力を持つ私の服。
なんと、新調された服となって再び私の体へ着装。そうこれは紛れもなくラビット・パーカーだ!
あれ、でも少し違う。手の平の部分が黒く、長靴な感じのブーツが編み上げ式に変わっていた。
今までのとはひと味違う、何かただならぬ強さを感じる。
「願いが届いたようだぜ……へへ」
私が攻撃態勢をとろうとしたその時だった。
1本の回線が入ってくる。……これはサーセン博士?
「なんだよ、今いいところなのに……はーいしもしも~」
「…………」
「しもしも~どなたぁ?」
「…………」
声が聞こえない。ただ砂嵐のような音が耳から聞こえるだけ。
間違い電話なのか?
そんなことを考えていると、生声ではない加工ボイス(ノイズ)が私の耳に入ってきた。
『相変わらずね、元気そうで何よりだわ』
「誰だてめぇ。詐欺なら承知しねぇぞ。今いいところなんだからさ!」
『『誰が詐欺よ! こっちは今戦っているバイタスっていうモンスターの弱点を教えてあげようと思ったのに! まあいいわ……騙されたと思って聞いて。これはそのモンスターを倒す唯一の方法なんだから』』
「方法ねぇ……んじゃ手短に頼む」
私を知っているような口ぶりをする、謎の女性らしき人物。
少々その人の方へ耳を傾け、バイタスの対抗策を聞くのであった。
どうして私のことを知っているのだろうか。