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7 秘密




「まさか相手が弟だったとはな」


 子供のように尖らせた唇は、幾らかトキを幼く見せる。


 不機嫌な事を隠しもせずに態度に表して、歩幅の差で後ろを着いて歩くダンを見下ろした。


 小走り気味で息の乱れたダンは、寝不足のせいもあってか足元がおぼつかない。

 それが自分のせいだとわかったトキは、大人気ない自分の行動が恥ずかしくなり、気取られないように服を直すフリをして歩く速度を緩めた。


「知っていたなら話してくれてもよかっただろ」


 そうすれば、あんな衝撃的な現場を見ることもなかった。


 ダンは隣でブツブツと文句を言い続けるトキを窺う。

 言ったところでダンの話を信じていただろうか、トキは少なからず夫の目的が女であると思っていた。


 そもそもこれは夫の目的を探ることが任務だった筈だ。妻が知りたいのはなぜ夫が橋に通っていたかで、どの店の女に入れ込んでるかではない。


 任務であるならば夫の身辺調査や家族構成は当然調べていた筈、弟が門兵だと言うのも知っていただろう。なのにその可能性が最初から無かった。


 都の男が橋に入るのは、川下にある街に行く為、ひと時の享楽を楽しむ為。


 大方、トキ自身がそれなのだろう。だから夫も同じだと考えた。

 先入観からくる思い込み。そう言う類のものは、言葉より実際に見たほうが早い時もある。


 それに。


「確認もしないで、友人の話を他人にしません」


 以前から仲の良いあの門兵は、よくダンに好きな人や家族の話を聞かせていた。

 どれだけその人の事を好きなのか恥ずかし気も無く語り、その人に向けた詩まで見せては感想を求める。


 裕福ではないが仲の良い家族の話の中でよく出てきたのが兄だった。

 優しく出来の良い兄は数年前に結婚して家を出ている。それが寂しかったのだろうか、兄との思い出話を何度も聞かされた。

 今では実際に見てきたかのように、当時の二人のことが語れるだろう。


 ただ最近はその兄に対する不満を漏らすことが多く、ダンに話す事でその鬱憤を晴らしていた。


「今までも時々会いに来てたみたいですよ」


 兵の交代の時間は日に四回。日付けが変わる深夜、日出の一の鐘、正午を告げる二の鐘、日没の三の鐘。弟が仕事を終えるのは三の鐘だ。

 その時間、兄は仕事終わりの弟を訪ねていた。


「だが、ここ一ヶ月はほぼ毎日だ」


 あの兄弟はそれほど歳も離れておらず、弟が兵になったのは随分と前のはずだ。

 最近になって毎日弟を訪ねる理由は何なのか、どれだけ考えたところで想像の域を出ないのが落ち。だがそれを知る人物がここにいる。


 トキの視線に気付いているダンは、何を求められているのかはわかっていた。

 ただそれを話すべきかを悩んでいる。


「過保護だからじゃないですか? 本人もそう愚痴ってました」


「過保護な兄か」


 ダンがトキに話した内容は、間違っていないが事実でもない。ただ全てを話していないだけ。


 弟には以前から思い合っている娘がいる。

 その娘の家は商家で当然両親は反対していたが、それでも二人は愛し合った。だがそれも長くは続かない、娘に縁談が持ち込まれたそうだ。

 相手は貴族の長男、当然両親は娘を嫁に出す事を了承しする。決まってしまった事はどうにもできない、相手が貴族ということもあり二人の関係は終わった。


 それが半年前の出来事。

 なぜそれだけ時間がかかっているのか。縁談話が進まない理由はその頃にわかった娘の懐妊、相手はもちろん弟だ。


 両親は子持ちの娘を嫁がせるわけにもいかず、今は体の不調と言って先延ばしにいている。子供が生まれればその子を後継として引き取り、そのまま娘を嫁がせようとしたそうだ。

 しかし娘はそれを強く拒み、子供を置いて行くくらいなら縁談を破談にすると両親に訴えた。


 そして二ヶ月前、娘が弟に子供を引き取って欲しいと頼んだ。

 娘がどういう理由でそれを望んだにしろ、商家の跡取りとして暮らす方が幸せである事は明白。

 弟は一度その申し出を断っている。


 それでも子供を弟に託すと決め、弟も子供を自分で育てる事を望んだ。


 その話をどこかで聞いたのか、様子がおかしい事で気付いたのか。兄は弟を問い詰め経緯を知ると、子供を自分が引き取ると持ちかけたそうだ。

 兄はいいとこの娘と結婚している。だから不自由な暮らしはさせないと言って弟を説得した。

 だがそれは娘との約束を破る事になると弟は言った。

 なら金銭的な援助だけでもと兄は引かず、それすらも弟は拒んでいる。


 その説得のために兄が弟のところに通うようになって一ヶ月。


 この事をトキに話すつもりはない。

 過保護な兄が可愛い弟に会いに来ていた、その事実だけで十分なはずだ。


「人前で抱き締めるくらい、可愛いのでしょうね」


 そう付け加え、トキの視線から逃げるように脇に並んだ露店を眺めた。


「あれ、食べませんか?」 


 ダンの指差した店からはほのかに甘い匂いが漂っている。

 柔らかい生地に甘い餡が入っており、表面を香ばしく焼いた都では定番のお菓子。


 正直トキは甘味を好まない。


 昨夜食べた焼き菓子が思いの外甘かったのと、それをダンがいくつも食べていた事を思い出した。


 なるほど、食べたいのか。


 強請ねだられていると思ったトキは金を出そうと懐を漁る。


 もう少し可愛げが欲しいところだが、ダンにそれを望んでも意味が無いのだとわかっている。

 無表情では無いようだがあまり感情が顔に出ず、出ても嫌そうな顔をするだけだ。

 そこそこ綺麗な顔をしているのに、愛嬌が全く無いのはなんとも勿体無い。


 それでも可愛いところがあるじゃないかと一人頷く。

 しかし次見た時には、ダンが店員から菓子を一つ買っていた。

 強請られていたわけではなかったようだ。


 買ってやったのに、とトキは小さく不満を漏らす。


 日が沈んでも西の空はまだ明るく、橋の灯りはそれに紛れていた。


「何日もかかってこれかよ」


 どこか崩れた口調になったトキを見上げるダンの視線には、明らかに軽蔑の色が混じっている。


「華女と遊ぶのがそんなに疲れますか?」


「なっ、そんな事はしていない、ただ話を聞いただけだ」


 この反応を見るに、それなりに楽しんでいたのだろう。


 日が暮れた後の街は昼間より賑わうのだ。

 街の入り口に立つ兵がダンを見つけると、いつものように手を振る。

 夜番の兵は手を振り返すダンの横にいるトキに気付き、観察するように見るが、昨日物盗りに間違われていたトキはその視線に冷や冷やした。


 裏口から店に入ろうとするダンの後を、トキは当たり前のように着いてくる。

 振り返って見上げれば、少し驚いたようにダンを見下ろした。


「ここは裏口です、中官様は表からどうぞ」


 表の通りを指して訴えるが、それがなんだと言わんばかりにトキは動かない。

 これだけはっきりと言っても、理解していないのか不思議そうに首を傾げている。


「ならお前はどうして裏口から入るんだ? お前も表から入ればいいじゃないか」


 トキは華店の決まりを知らないらしく、当然のことのように思っているようだ。

 説明すら面倒になったダンは、構うものかと睨み付け、トキを残して店に入った。


 いっそ、そのまま帰れ。


 今更だがトキが店まで付いてくる必要がどこにも無い、仕事が終わったのなら帰れば良いはずだ。

 もっと早く気付いていればよかったと、ダンは少し後悔した。







トキは女たらし

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