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53 勝ちと負け




 女はおしゃべりな方ではないのか、準備をさせている間もどこかはすを向いて、こちらが言葉をかければ一言返すだけだった。


「あなた一人をお呼びしてしまって、お連れさまが気分を害していなければいいのですが」


「そのようなことを気にされる方ではありませんわ」


 表情もさることながら、伏せぎみな瞼のせいで読めない女だ。

 なるほど、表情を読み合う勝負には強いことだろう。

 視線の動き、ちょっとした表情の変化、息遣い、それらは相手の考えを知るための一つの情報であり、賭けにおいて変化がないことは有利だ。

 逆に大袈裟に振る舞って相手を混乱させる手もあるが、そのやり方は下品で個人的にも好みではない。


「はは、では存分にやりましょうか」


 自分と女の間に置かれた双六台にちらりと目を落とし、手を前に出して開始を促した。


「実はこの遊戯、あまり得意ではないもので、あなたの相手には不十分かもしれませんが」


「勝敗は時の運ですわ」


 女は右手を伸ばし、指先しか見えないほど長い袖を反対の手で手首まで引っ張り上げた。

 二つのサイコロを器用に指先で掴み取ると、勝負を誘うように差し出してくる。

 それを受け取りながら、吐息のような渇いた笑い声が漏れた。


 案の定、勝負は呆気なく終わった。

 見たところ、細工をしているようではなく、その確認のための勝負に、大した額は賭けていない。

 相手にしてみればあまりの手応えのなさに不満もあるだろう。

 今までの相手なら、口には出さずとも態度に出ているものだが、不思議と目の前の女にはそれを感じない。

 負けと言ってもそこまで大差がついたわけでもなく、早く終わったのもお互い良い出目がよく出たからだった。

 はっきりしない負け方に、自分は弱くないのかもしれない、と考えてしまう。


 もう一度。

 そう提案しそうになる自分を抑え、本来の目的のために駒を戻して準備を始める女の手に触れる。

 すると女は弾くように手を引っ込めた。

 理由はわからないが、初めてはっきりと動揺を見せた女に、笑いそうになるのを必死に堪える。


「すいません、勝手に触れてしまって」


「いえ……、あの方は?」


 顔を逸らした女は今まで存在を消していた絵師に気付き、話題を変えるように聞いてきた。

 自分でも忘れかけていた、今最も煩わしく思っている存在を思い出したせいで気分が下がり、口調が崩れる。


「私の元で世話をしている絵師ですよ、期待していたのにどうにも芽が出なくって」


「そうですか」


 女もただ話を変えたかっただけのようで、それ以上は聞いてこなかった。

 そんなことより今は勝負だ。

 なんとしてでもこの女に勝って、金を取り返さないといけない。


「やはりあなたの相手にはなりませんでしたね、申し訳ない」


 心にもない謝罪を女は澄ました顔をで受け止める。


「気になさらないでください、最初から私の得意な遊戯でしたし、次はあなたの得意な遊戯にしましょう」


 待っていた言葉がこうも簡単に聞けるとは。


「そうですね。得意なもの、紙牌遊戯カードゲームは昔から好きなのでよくやっていました」


 たっだら、と女は辺りを見回し、台の端に避けていた絵札の束を手に取った。


「絵合わせなんてどうでしょう」


 妓女らしく、相手の気分を良くさせるような笑みを見せる女を前にして、合わせるように微笑んだ。

 本心では、なんとも言えない高揚感に声を上げて笑いたい気分だった。


 部屋の入り口で待機している男を見る。

 元々は父の部下であり、所有している賭博の管理を自分が任されるのと一緒に、なぜか側に引っ付いてくるようになった。

 いくつかの店の管理を任せているだけなのに何かと口煩く、こうして客の相手をすることも今まで何度も止められていた。

 この時ばかりは、細工を覚えられなかった男に感謝する。

 そうでなければこうして自分の実力を確かめることもできなかったのだから。


 男の顔は床を向いていながら、僅かな動きも見逃さないような鋭い視線は静かにこちらを捉えている。

 女を警戒しているのだろうが、無駄なことだ。


「いいですね、やりましょう」


 最初は何もせず、普通に勝負をして女は負けた。

 女の実力に合わせるためだったが、話にならない勝負に興醒めする。

 この程度なら、不審がられないように相手の反応を気にしなくて済むだろう。


 すると、女の方から次の勝負を持ちかけてきた。

 今度は裏面の模様を確認して、獲りたい札を思う存分獲っていた。

 この絵札を使った勝負で一度も負けたことはない、負けるはずがないのだ。

 しかし、その結果に思わず黙り込む。


 負けたのだ。

 確実に勝てる組ばかりを取っていたはずなのに、どういうわけか僅差で女が勝っていた。

 女の持ち札を確認するが、どの組も高い点ではないはずなのに、敵の札が明らかに少なくて減点がない。

 それなら自分の方が勝ちそうなものだが、所々明らかな高得点の組もあった。

 もしかしたら見落としがあったのかと疑問が消化できないでいると、首の後ろがぞわりとした。

 振り返ると、絵師が俯きがちに視線を向けてきている。

 負けた姿を見られた不快さに表情が険しくなったのか、絵師は慌てて頭を低く下げた。


 向き直ると女が絵札を集めて準備を始めていた。

 一通り混ぜ合わせた札が台の中央に置かれ、それを受け取り同じように混ぜ合わせながら負けた理由を考えた。

 目に付いた札から獲っていたせいで、良い札を逃していたのは間違いなかった。

 負けた、しかし、その差は大したものじゃない。

 少し計算すれば埋められる差だ。


 大丈夫、今度は失敗しない。


 

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