表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/59

39 三人の男



「おっと、あの位置じゃよく見えないな」


 客足が落ち着いてきたこの時間でも、当然のことながら人は多い。

 まだ部屋を持っていない華女が客と茶を飲む場所が広間に設けられており、そのせいで広間の賑わいが消えることはないのだ。


 従者はそこにいる客の誰かのことを見ているようだが、その相手のことを知らないダンは、ぼうっと人混みを眺めるだけだった。


 そもそも仕事だと言われても、詳しい内容を聞かされていないので、仕事のしようがない。


 やっぱり、表に出るだけじゃないのか。


 薄々勘づいていたことだが、いざそうなってもやる気が出てこない。

 欄干の上で腕を重ねて頭を乗せる。


「そんなにこの仕事が嫌か?」


「労働に見合った対価をいただけるなら、なんだってしますよ」


 『嫌だ』とも『違う』とも言わないダンの答えは、紛れもない本心だった。

 女の恰好をさせられようと、どんなに理不尽に扱われようと、貰うものさえ貰えるならやるだけの価値がある。

 賊の根城を見つける「協力」をした時に比べたら、最近の「仕事」なんて可愛いもんだ。

 それに、嫌だと駄々をこねるような子供でもないのだから、一番高給のこの仕事を蹴るなんて勿体ない。


「お前ってさ、そう言うわりにうち以外ではよく無賃労働してるだろ」


 心当たりはいくつかある。しかし、なんの見返りもなしにやっているわけではないのだ。


「借りや恩を労働で返しているだけです」


 平然と言い切ったダンの頭上から大きなため息が落とされる。


「あの人が聞いたら本気で泣くぞ」


 従者が余計なことを言ってくるので、つい想像してしまい、その悍ましさに身震いする。


 従者は腕に込める力を強くし、ダンの身体を起こすと、密着度を上げた。そして顔を近付けてくる。

 決して震えたダンの身体を温めようとか、安心させようとかではないそれに、不快感による鳥肌が全身に広がった。


「今華女を呼び止めた男だ、わかるか?」


 そう言われて、広間全体を捉えていたダンの視線が、一人の男に集中する。


 それもそのはず。その男は周りに比べると、少しだけ目立つのだ。

 身に纏っている見慣れない服装と、浅黒い肌は一目で地方の者であることが窺える。


 こんな街で見知らぬ風体の者がいても、なんら不思議はない。

 それだけだと仕事か観光目当ての御人が、花街より手頃なこの店で一夜の花を買いに来ただけなのようにも思えるが、他と違う点がもう一つある。


 あの男は、異様に姿勢がいい。


 これは先程一瞬でトキを見つけた時と同じで、良いお家柄の生まれや、それなりの役職にあると、その立ち位置に合った振る舞いを教育され、またはそうあるべきと心がけているからなのか姿勢がいい。

 それだけ見ればなんのこともないのだが、こうして庶民の中に紛れると、真っ直ぐな立ち姿はよく目立つ。


 ダンは階段を上がる男の仕草を、じっくりと観察する。


 あそこまで自然と背筋が伸びるのは、幼い頃から指導されていたからだろうと、経験のあるダンはなんとなく察しがついた。

 つまり、あの男はそれなりの地位と権力を持っているということ。

 ダンの知る限り、そんなお偉方の場合は変人か物好きでないならば、普通は花街の方に行くものだ。


「お前はに砂漠に近い街で、どんな商売が主流か知っているか?」


 唐突な質問に眉を寄せつつも、少し考えて答える。


「人々の娯楽となり得るもの、主に賭博場や花街などでしょうか」


 農耕にあまり向いていない土地での商売は限られてくる。砂漠に近い地域にあるこの国の街には、主に娯楽施設が多い傾向がある。


「ああ、国の認可が降りた店ではある程度の賭け事が許容されている。そういう店と繋がってるのが、その土地の有力者だってことも知ってるな?」


 当たり前のことすぎて、少々呆れがちに頷く。


 自分の治める土地の財が、そのまま自分達の財になると本気で思っているような連中だ。

 その見返りとして土地を害悪から保護するのが務めとされているが、果たしてどれだけの民が救われているのか。

 全員が全員そうだとは言わないが、彼らとて金儲けをしている。搾取できるところから、できるだけ搾取しているにすぎない。


「特にあの坊ちゃん、なかでも栄えてる街を治めてるお家の御子息様で賭場をいくつか持ってる。そんな坊ちゃんがなんでこんな所までおいでになるとは、どういうことだろな」


 従者は背を向けたダンの体勢を反転させ、窓の外に顔が向くように抱き変えた。


「そこであの二人」


 下品な笑い声をあげている強面の大男、落ち着きのない軟弱男、地方から来たであろう有力者のお坊ちゃん。よくわからないこの組み合わせに、なんの関係性があるのだろうか。


「あの強面の男な、金貸しだ」


 お坊ちゃんと強面の男の関係はなんとなく察しがつくが、あの軟弱男はなんなのか。

 それについては従者は何も言わず、そうこうしているうちに向かいの部屋には、三人の男が一対二の形で向かい合っていた。


「奴らが何を話してるのか、見てくれないか?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ