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雪のふる王国

作者: 塩生

 むかしむかしあるところに、不思議な一族がすむ王国がありました。

 その一族は、手から光を出すことができました。夜になると、一族のつくる光で、王国はきらきらとかがやいていました。町じゅうを明るくてらすことで、一族はお金をもらっていたのです。

 あるとき、王国のそとから一人の商人がやってきました。そして、町の人びとに小さなガラスのたまを見せて、いいました。

「これは、ガス灯というものだ。一族の光よりも、明るいよ」

 ほんとうなのかどうか、さいしょはみな首をかしげていました。でも、夜になって使ってみると、目もくらむほどにまぶしく光るということが分かりました。商人によると、どうやら「かがく」というもので、光っているらしいのです。

「これは、いい。いつもより、明るいぞ」

「うちの家にも、欲しいなあ」

「たくさんあれば、町じゅうがもっと明るくなるわ」

 みな口をそろえて、ガス灯をほめています。

 それを見て、一族の人たちは気にいらないようすでした。困ったようにためいきをつく人、泣きそうなかおになる人、ぷんぷんと怒っている人もいました。

「なにがガス灯だ。おれなら、もっと明るい光を出すことができるぜ」

 

 

 ガス灯はどんどん広まっていきました。道ばたも、家のなかも、町じゅうがガス灯の明かりにつつまれていました。いま、王国はガス灯の明かりでぎらぎらとかがやいているのでした。

 一族の力は、もういらなくなりました。

「こんなところには、いられない。おれたちは出ていくぜ」

「お金がないと、生活ができないわ」

 そう言って、一族の人はつぎつぎに王国を出ていきました。

 しかし、ルーファのかぞくだけは、王国にのこりました。ルーファのお母さんが、どうしても王国のそとには行きたがらないのでした。

「ガス灯なんて、いまになくなるわ。だってこんなにくさいんだもの。きっとまた、わたしたちがひつようになる。そのときがくれば、大金もちになれるわ」

 一族のみんなはもういないので、お金をひとりじめできるというのです。ルーファのお母さんは、お金もうけのことしか考えていないのでした。

「そうすれば、いまよりもっといいくらしができるのよ」

 そう言って、ルーファのあたまをやさしくなでました。

「うん、いまはがまんだね、お母さん」

 そう答えて、ルーファはにこっと笑います。ルーファは、お母さんのまえでは、そうやってにこにこ笑っているのでした。

 しかし、夜になるといつも、まどのそとをかなしそうに見つめていました。

「さびしいな。おともだちといっしょがいいな」

 そう小さくつぶやいて、ルーファはぽろりとなみだをながしました。一族のこどもたちはみんな出ていったので、ルーファとあそんでくれるおともだちは、王国にはもういないのでした。



 王国では、めったに雨がふりません。だからいつも、市場で水をかっていたのですが、お金がなくなってからは、町のそとにある井戸まで、水をくみにいくことにしていました。お母さんが言うには「せつやく」だそうです。

 バケツを両手にぶらさげて、ルーファは町の門をとおります。お母さんは、家であみものをしていて、いそがしいのです。

 門の両はしには、王国の兵士さんが立っています。水をくみにいくようになってから、なんども門をとおっているのですが、いちどもはなしたことはありません。黒いよろいをつけていて、なんだかこわいなあと、ルーファはいつも思います。

 王国から井戸までは、いちじかんほどかかります。帰りは、バケツに水が入っていておもたいので、もっとじかんがかかります。

 よいしょ、よいしょ、といいながら、ルーファは、おもいバケツをもって歩きます。

 王国の明かりが見えたころには、空はオレンジ色にそまっていました。ちへいせんのむこうに、まっ赤なたいようが、しずんでいきます。

 もうすぐだからひと休みしようと、ルーファは道ばたの岩にすわりました。

 だんだんと、空がオレンジから青に、かわっていきます。ぽつぽつと、お星さまも光りはじめました。

 ルーファはなにげなく、手からぽん、ぽん、と、光を出しました。

「わたしの光も、お星さまみたいにきれいなのに」

 あたまの上に、光がふわふわとうかんでいます。

「きれいなものは、やくに立たないのね」

 そう言ってためいきをついたとき、とつぜん、びゅうっとつめたい風がふきました。あまりのつめたさに、ルーファはおもわず目をとじました。そうしてしばらくのあいだ、目をつむったまま、体を丸めていました。

 しばらくすると風がやんできたので、目をあけました。すると、目のまえには、いままでに見たことがないほど、きれいなけしきが広がっていました。なにかが、きらきらと、ルーファの光をはんしゃしているようでした。それを手のひらに取ると、じわりと水にかわりました。

 ふしぎに思って、ルーファはあたりをきょろきょろ見わたしました。すると、道のはんたいがわに、ひとりの男の子がいました。岩のかげから、ひょこっとあたまをのぞかせて、ルーファのようすをうかがっています。

「あなたは、だあれ?」

「……」

 男の子は、こたえてくれません。じっと、ルーファを見つめています。

 へんな男の子、と思いながら、ルーファは道をよこぎって、ちかづこうとしました。すると、男の子は、ひょいっとあたまを引っこめて、岩のうしろにかくれてしまいました。

 ルーファは、ぬきあしさしあし、ゆっくりと岩に近づいていきます。そして、岩のうしろを、おそるおそるのぞきました。

 そこには、ながいマフラーをつけた男の子が、ひざをかかえてすわっていました。男の子のまわりは、ひんやりとつめたく、なにか白いものが、ふわふわとうかんでいました。

 そのすがたを見て、ルーファはすぐにわかりました。

「さっきのきらきらは、あなたのものなのね!」

 男の子は、なにも言わず、こくんとうなずきました。

「お名前は、なんていうの?」

「……ノシュク」

 それは、とてもとても小さなこえでしたが、ルーファにはちゃんときこえました。

 こうして、ルーファとノシュクはであったのでした。



 行くあてがないと言ったノシュクを、ルーファは王国へつれていきました。はなしをきくと、北の国からはるばるやってきたということでした。

「みんな、ぼくをいやがるんだ」

 ノシュクには、雪をつくる力がありました。ルーファの光をうけて、きらきらしていたのは、雪だったのです。ルーファは、雪を見たことがなかったので、分からなかったのでした。

 北の国は、とてもさむいのだと、ルーファはお母さんからきいたことがありました。ノシュクは、そこに生まれたのですが、運わるく雪をつくる力をもってしまったので、国の人びとにきらわれてしまったのです。

「おまえがいると、さむくてかなわん。出ていけ出ていけ」

「ただでさえ雪ばっかりなのに、なんでまた雪をつくるんだい。やめとくれ」

 そんなことを言われて、ノシュクは国からおい出されてしまったのでした。

「ぼくは、やっかいものなんだよ」

 そうはなすノシュクは、かなしそうに、うつむいています。

 ルーファは、ノシュクのことを、かわいそうに思いました。

「わたしの家においでよ」

 ノシュクはぱっとかおを上げて、ルーファを見つめました。

「だいじょうぶ。わたしがなんとかするよ」

 そう言って、ルーファはノシュクの手をぎゅっとにぎりました。とても、つめたい手でした。



 ルーファのお母さんは、ノシュクを見ると、いやそうなかおをしました。

「その子は、お友だち?」

「水くみの帰り道で、会ったの」

 ルーファは、すとんと、もっていたバケツをゆかに下ろしました。

 それを見て、ノシュクも、もうひとつのバケツをゆかにおきます。

「てつだってくれたのよ」

 ノシュクは、ぺこっと小さくおじぎをしました。

「お母さん、ノシュクを、うちに泊めてあげられないかしら」

 ルーファのお母さんは、ちらっとノシュクのほうを見て、眉をひそめました。そして、ルーファの目の高さまでしゃがんで、言いました。

「ルーファ、いま、うちにはお金がないのよ」

 それをきいたノシュクは、しょんぼりとかたをおとします。

 ルーファは、あきらめずに、お母さんにむかって、言いました。

「でも、ノシュクは、とおくの北の国から追いだされて、ここまできたのよ。どこにも行くところがないのよ」

 そんなやり取りを、しばらくつづけるうちに、お母さんは、しぶしぶうけ入れてくれました。

「うちに、そんなよゆうなんてないのに……」

「なんで、このたいへんなときに……」

 ひとりごとを、ぶつぶつ言いながら、ルーファのお母さんは、またあみものをはじめました。

 ノシュクは、ルーファといっしょのへやでくらすことになりました。夜には、小さなベッドで、よりそうようにして、ねなければなりません。

 ふたりでぎゅうぎゅうになったベッドの上で、ノシュクは、まどのそとを、ぼんやりと見つめていました。へやには、ガス灯の明かりが、さしこんでいます。

「あしたは、町をあんないしてあげるね」

 そう言って、ルーファは、ノシュクにからだをよせました。

「こうすると、あったかいでしょ」

 じんわりと、ルーファのあたたかさが、伝わってきます。

「……うん」

 ノシュクは、へんじをして、目をとじました。そして、ひさしぶりに、安らかなねむりについたのでした。



 次の日、ルーファは、ノシュクといっしょに町じゅうをかけまわりました。ガヤガヤとにぎわう市場や、かれはてた水路、王さまがすんでいるお城、王国のいたるところに、二人で手をつないで、行きました。

 ノシュクは、町のけしきを見て、大きく目をみはって、おどろいていました。ノシュクにとっては、なにもかも、はじめて見るものばかりだったのです。

 けれども、ルーファは、ノシュクがやっぱりどこかさびしそうなことに、気づいていました。そこで、ノシュクを元気づけるために、ルーファはあることを思いつきました。

「ノシュク、こっちにきて」

 ルーファは、ノシュクの手をひいて、広場へむかいました。

「ルーファ、きゅうにどうしたの」

「いいからいいから」

 ノシュクは、よくわかりませんでしたが、ルーファについていきました。

 広場は、たくさんの人であふれかえっていました。立ちばなしをしているおばさんたちや、犬をさんぽさせているおねえさん、大きな木の下であおむけになってねているおじさんもいます。

 もうじき、たいようがしずみます。だいだい色の光が、広場をロマンチックに染めています。

 空が、青色にかわりはじめたところで、ルーファはノシュクにいいました。

「また、雪を出せる?」

「どうして?」

「あの、きらきらのけしきを、ここでみんなに見せるの!」

 ルーファは、ノシュクと会ったときに見た、きれいなけしきを、おぼえていたのでした。そして、きっと町のみんなも、それを見てよろこんでくれると思ったのでした。

「でも……」

 ノシュクは、あまり気がすすまないのでした。力を見せると、むかしみたいに、出ていけといわれそうでこわかったのです。

 ぷるぷるとふるえるノシュクの手を、ルーファがぎゅっとにぎりました。

「だいじょうぶだよ。きっと、みんなうけ入れてくれる」

 その、ルーファの力づよいことばに、せなかをおされ、ノシュクはぎこちなく、こくんとうなずきました。

 ルーファは、ノシュクの力を、だれよりも信じていたのです。

 ノシュクは、目を閉じて、せいしんをとぎすまします。ノシュクのまわりに、つめたい風がそよそよとふき、白い雪がふわふわとうかびはじめます。

 ルーファも、ぽん、ぽん、と光のたまを出して、宙にうかべました。

 雪をのせたつめたい風が、ノシュクからはなれて、ルーファのまわりを取りかこみます。そのタイミングで、ルーファは、光を空たかく放ちました。

 たかくたかくのぼっていく光を、ノシュクの雪が追いかけていきます。そして、ぱっと光がまたたいたと思うと、空いちめんに、あのときと同じようなきらきらしたけしきが、広がりました。ルーファの光を、ノシュクの雪が反しゃして、星空のようにかがやいています。

 家に帰ろうとしていた人たちも、足をとめて、空を見あげています。あまりのうつくしさに、むちゅうになって、見入っていたのでした。

「まあ、なんてきれいなの」

「こりゃ、すごい。こんなの、はじめて見たよ」

「お星さまみたい」

 広場の人たちの、感どうの声が、あちらこちらからきこえてきます。

 その様子を見て、ノシュクはこらえきれず、ぽろぽろと涙をながしました。ルーファは、そんなノシュクに、にこっと笑いかけて、言いました。

「みんなよろこんでくれて、よかったね」

 ノシュクは、あふれてくる涙を、腕でごしごしぬぐって、こたえました。

「うん!」

 そのときのノシュクは、とびきりのえがおでした。そのえがおを見て、ルーファは、心がじんわりあたたかくなりました。そして、じぶんもノシュクに元気づけられていたのだと気づいたのです。

 ルーファは、ノシュクをだきよせて、いいました。

「ありがとう、ノシュク」

「おれいを言うのは、ぼくの方だよ。ありがとう、ルーファ」

 そうして、舞いおどる光と雪のなかで、しばらくのあいだ、ふたりは抱きあっていたのでした。



 ルーファとノシュクのうわさは、あっというまに広がっていきました。いまや、町じゅうで、ふたりの名前がとびかっていました。

 ふたりは、いつも夕方になると、広場に行きました。そして、光と雪の星空をつくりだし、町の人びとをたのしませました。たくさんの人がふたりを見に来て、ショーの終わりには、いつも大きな拍手がおこりました。

「ブラボー!」

「とても、うつくしいわ」

「また、見に来るよ」

 そうして、いつしか、お金をくれる人も出てきました。その人は、ノシュクの手にお金をにぎらせて、いいました。

「あなたたちのおかげで、いつも元気でいられるわ」

 そして、やさしくほほえんで、ノシュクとルーファのあたまをなでました。それを見ていた人たちも、ふたりにお金をわたそうと、列をつくりはじめました。

 ルーファは、こまったように、ノシュクにたずねました。

「どうしよう、ノシュク」

 ルーファは、お金もうけのことは考えていなかったので、とまどっていたのです。

 けれども、ノシュクには、ある考えがありました。

「まかせて」

 そういうと、ノシュクは、雪をつくりだして、手にたくわえました。みるみるうちに、水にかわっていきます。そして、それをお金をくれた人に、差し出しました。

「お金をくれたおれいに、これをどうぞ」

 その日から、ノシュクは、ショーを見てくれた人に、雪どけ水を分けてあげるようになりました。王国のそとまで、水をくみに行くひつようもなくなり、みなたいへんよろこびました。

 ルーファのお母さんも、お金をたくさんもらえてよろこびました。さいしょは、ノシュクにきびしく当たっていたのに、いまでは、とてもやさしくなりました。

 ショーにくる人の数は、日ごとに多くなり、やがて広場には入りきらないほどになりました。

 そして、ふたりのうわさは、ついに王宮にまで広まったのです。



「フタリノコドモガ、『ショー』ヲカイサイシ、カネヲアツメテイルモヨウ」

 そう言って、王兵は、ひざまづきます。

 王さまは、白いひげをなでながら、いやそうなかおをしました。

「ふむ、それはいかん。小さな子どもがお金をあつめるなんて、けしからんことだ」

「コドモノナマエハ『ルーファ』ト『ノシュク』。『ルーファ』ハコダイカラコノチニスムヒカリノイチゾクノマツエイ。『ノシュク』ハミチノチカラヲモッテイル」

「どんな力なのだ?」

「『ユキ』ヲツクリダスチカラ」

「なんと!」

 王さまは、おどろいて、いすから立ちあがりました。

「それは、ほんとうか?」

「タシカナジョウホウ」

 王さまは、いのるように、てんじょうを見上げました。目はらんらんとかがやき、手はわなわなとふるえています。

「ついに、ついに、この王国に水がながれるときが来たのだ。そのノシュクという子どもは、神からのおくりものにちがいない」

 そして、王兵に向きなおって、言いました。

「その、ノシュクというこどもを、つれてまいれ」

「ギョイ」

 そうこたえると、ぶぅんとぶきみな音を立てて、王兵の目が赤く光りました。



 その夜、ごはんを食べていると、コンコンと、とびらをたたく音がしました。だれかが、たずねてきたようです。

 ルーファのお母さんは、かぎを外してとびらを開けると、ひゃあ!とひめいを上げました。

 おどろいたルーファが、とびらの方を見ると、そこには、いつも門のそばに立っている、黒いよろいをつけた兵士さんがいました。でも、いつもとちがって目が赤く光っていて、おそろしい感じがします。

「なんのごようですか?」

 ルーファのお母さんは、びくびくとおびえたように、聞きました。

 すると、開いたとびらから、家のなかをのぞくようにして、黒の兵士さんは言いました。

「ココニ『ノシュク』トイウコドモガイルハズダ」

 その、ぎこちないカタコトの声は、うすきみわるく、ひびきました。

 反しゃてきに、ルーファは、となりに座っている、ノシュクの手をにぎります。

「オウサマガ、ゴショモウダ。オウキュウヘツレテイク」

 そう言って、黒の兵士さんが、家の中にむりやり入ろうとしました。

 ルーファのお母さんが、両手を広げて、兵士さんの前に、立ちふさがります。

「まってください! あの子がいなくなったら、困ります!」

「ジャマダ、ソコヲドケ」

 ルーファのお母さんを押しのけて、ごういんに入ってきます。

 なんとか止めようと、お母さんは、兵士さんのわきにしがみつきました。

「ドケトイッテイル」

 兵士さんは、うでをふり上げ、ルーファのお母さんをつきとばしました。ガシャンと、すごい音を立てて、お母さんはかべにたたきつけられます。

「ふたりとも、にげて!」

 お母さんが、そう叫んだしゅんかん、ルーファはノシュクの手を引いて、うら口へ走りました。けれども、黒の兵士さんは、とてもすばやく、先に回りこまれてしまいます。

 ルーファは、ぽん、と光を出して、すぐにはれつさせました。まばゆい閃光が、ぱっと目の前に広がります。

 兵士さんが、いっしゅん止まったすきに、ルーファとノシュクはうら口からそとへ出ました。

 夜の町なかを、ふたりはいきを切らして、はしります。かれはてた水路にかかる橋をわたり、市場をとおり抜け、広場をよこぎりました。いつもとおっている場しょなのに、なんだか知らないところをかけ回っているようでした。

「あんしんして、ノシュク。わたしは、ずっといっしょにいるよ」

「うん、ぼくも、ルーファといっしょにいたい」

 ふたりは、おたがいの手を、ぎゅっと、つよくにぎりしめました。

 むちゅうではしっているうちに、門のちかくまで来ました。兵士さんは、追ってきていないようです。ふたりは、止まって、ひといきつきました。

「だいじょうぶみたいね」

「うん、なんとか」

 ふたりは、門へ向けて、あるいていきます。その先には、そとのせかいが広がっています。

「王国を、出るの?」

 ノシュクがふあんそうに、ききました。

「うん、もうここは、あんぜんじゃないもの」

 ルーファは、そんなノシュクを勇気づけるように、明るく笑いかけました。

「わたしたちふたりなら、きっとだいじょうぶよ」

 ルーファのことばは、いつもノシュクのせなかを押してくれます。なんだか、心がたかぶってきて、ノシュクもおのずと、えがおになります。

「うん」

 そうこたえたとき、ルーファのうしろで、赤い光がふたつ、またたきました。

「ルーファ! うしろ――」

 いい終えるまえに、ノシュクはなにかにうでを引かれ、ルーファとつないでいた手は、はなれてしまいました。

「ノシュク!? えっ? きゃあ――!」

 とつぜん、黒の兵士さんがふたり、あらわれて、ルーファとノシュクをつかまえたのです。兵士さんは、先まわりして、門のかげでまちぶせしていたのでした。

「モクヒョウカクホ。コレヨリキカンスル」

 兵士さんは、ノシュクをわきにかかえて、王宮へつれていこうとしています。

「ルーファ! ルーファ!」

 さけび声もむなしく、ノシュクはどんどん、ルーファからはなれていきます。

「ノシュク! まって! 行かないで!」

 ルーファは、もうひとりの兵士につかまって、みうごきがとれません。

「はなして! このっ! このっ!」

 がんばってぬけだそうとしますが、たたいても、かみついても、びくともしません。兵士さんは、ものすごい力で、ルーファをつかんでいるのです。

 どんどん、どんどん、ノシュクはとおざかっていきます。くやしくて、かなしくて、はらが立って、ルーファの目には、涙がうかびました。ノシュクのことを、どれだけ大切に思っていたか、いまになって、いたいほど分かったのでした。

「まって! まってよ! わたしをおいて、行かないで!」

 ルーファは、とどかないと分かっていながら、せいいっぱいもがいて、うでをのばします。

 ノシュクは、ほっぺたをつたう涙をぬぐって、とおくのルーファにきこえるように、大きくいきをすいこみました。

「だいじょうぶ! ぜったい、また会えるよ!」

 とびきりのえがおで、ノシュクはさけびました。

 とおくはなれているので、ルーファは、よく見えませんでしたが、ノシュクがまんめんの笑みをうかべていることは、分かりました。

 そして、ルーファも、いきを大きくすいこんで、さけびました。

「ぜったいだよ! やくそくだよ!」

 なみだ声で、かすれていましたが、ちからをふりしぼって出した声は、夜の町にひびきわたりました。

 そのやり取りをさいごに、ノシュクは、見えなくなりました。

 ルーファは、兵士さんからかいほうされ、その場に泣きくずれました。



 ノシュクがいなくなってから、ルーファは心がからっぽになり、ぼんやりとすごすようになりました。ときどき、ふと光を出して、宙にうかべ、ノシュクとつくった星空を思い出しました。

 そんなある日、町をあるいていると、ひとりのおばさんに、声をかけられました。

「ノシュクを、つれもどしたくはないかい?」

 ノシュクが、王宮につれていかれたということは、町のだれもが知っていました。そのおばさんも、ふたりのショーを、いつもたのしく見ていたのです。

「あたしたちみんなで、王さまをせっとくするのさ」

 町の人びとは、まいにちのたのしみをうばわれ、ノシュクのつくる雪どけ水も手に入らなくなったので、王さまへのふまんがつのっていたのです。そこで、みんなでひとつになって、王宮に押しかけようと考えているのでした。

 ルーファは、もういちどノシュクに会えるかもしれないと思うと、とたんにきもちがたかぶってきました。どんなことでもできるという、勇気と自信がわいてきたのです。

「やりましょう、おばさん」

 そう言ったルーファの目は、とてもするどく、光っていました。



 次の日、広場には、おおぜいの人があつまっていました。みな、ノシュクを町につれもどしたいとのぞんで、ここに来ているのです。

 かつて、ノシュクといっしょに星空をつくった場しょに立って、ルーファはみなに、かたりかけました。

「ノシュクは、とてもさびしがりやでした」

 あつまった人は、しずかに耳をかたむけて、きいています。

「北の国から追いだされ、ながいあいだひとりぼっちでせかいを歩きまわり、そして、この王国にたどりつきました。はじめはぎこちなかったけど、ここでショーをするようになって、笑うようになって、だんだん明るくなっていきました。そんなノシュクをみて、わたしも元気になりました。一族のなかまたちが、つぎつぎに外に出ていって、さびしくて、じぶんの光は、やくに立たないんだって落ちこんでいました。でも、ノシュクと出会ってから、ちっともさびしくなくなった。ノシュクの雪があれば、わたしの光も、きれいなお星さまのようにかがやく。わたしは、ノシュクにすくわれたのです。いま、ノシュクには、ただ、ありがとうって言いたい」

 そして、ひと呼吸おいて、ルーファは力づよく言いました。

「わたしは、ノシュクのことが好き。町のみなさん、どうか、力をかしてください」

 さいごに、ルーファがぺこりとあたまを下げると、少しおくれて、われんばかりのかん声が、広場をつつみこみました。

「ルーファちゃん、いいぞー!」

「あたしたちにまかせな!」

「ノシュクを、とりもどせ!」

 大きな声えんに、はげまされて、いざ、王宮へ向かおうとしたとき、町がにわかに暗くなりました。空に、大きな雲がかかりはじめたのです。

「雲が出てる」

「まあ、めずらしい」

「こんなの、なん十年ぶりだ?」

 雨のふらない王国では、大きな雲はめったに見られず、みなめずらしがって、空を見上げています。ルーファもおなじように、たれこめる暗雲に、目をみはっていました。

 すると、空から、白くて、ふわふわしたものが舞いおちてきました。手にのせると、じわりと水にかわります。

「雪だ!」

「雪がふってる」

「なんで雪が……」

 町の人びとは、みなおたがいに、おどろきをつたえ合っています。

 ルーファは、手のひらにのせたときに、気づきました。

「これは、ノシュクの雪だ」

 この、手のひらでじわりととけていく感じ、まちがいありません。

 ノシュクは、空になったのだ。空になって、わたしたちをささえてくれるのだ。ルーファは、そう思いました。

 ルーファは、はじめてノシュクと会ったときのことを、思い出しました。そして、手から光をぽん、ぽん、と出して、空たかく放ちました。ルーファの光と、ノシュクの雪は、星空のようにきらめきました。

 


 その日から、王国には、雪がふるようになったのです。


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― 新着の感想 ―
[一言] 最後が切ない感じでしたね。 王様も兵士もちょっと怖かったです。 2人がまた会えたら良いのですけど。
2024/01/02 18:14 退会済み
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[一言] ガス灯が光を生み出す一族を追い出した冒頭。 そして雪を生み出すノシュクをもとに王国が雪を生み出す結末。物語の終わりそのものはどこか優しい語りですが、王国には不穏の影を感じます。 それは人間…
[一言] 物語最後、王国の空に大きな雪雲がかかりましたね。 そんな大規模な魔法を使ってノシュクは大丈夫だったのでしょうか。 雪を溶かして水を手に入れようという王様の魂胆だったと思うのですけど、国を潤す…
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