雪のふる王国
むかしむかしあるところに、不思議な一族がすむ王国がありました。
その一族は、手から光を出すことができました。夜になると、一族のつくる光で、王国はきらきらとかがやいていました。町じゅうを明るくてらすことで、一族はお金をもらっていたのです。
あるとき、王国のそとから一人の商人がやってきました。そして、町の人びとに小さなガラスのたまを見せて、いいました。
「これは、ガス灯というものだ。一族の光よりも、明るいよ」
ほんとうなのかどうか、さいしょはみな首をかしげていました。でも、夜になって使ってみると、目もくらむほどにまぶしく光るということが分かりました。商人によると、どうやら「かがく」というもので、光っているらしいのです。
「これは、いい。いつもより、明るいぞ」
「うちの家にも、欲しいなあ」
「たくさんあれば、町じゅうがもっと明るくなるわ」
みな口をそろえて、ガス灯をほめています。
それを見て、一族の人たちは気にいらないようすでした。困ったようにためいきをつく人、泣きそうなかおになる人、ぷんぷんと怒っている人もいました。
「なにがガス灯だ。おれなら、もっと明るい光を出すことができるぜ」
ガス灯はどんどん広まっていきました。道ばたも、家のなかも、町じゅうがガス灯の明かりにつつまれていました。いま、王国はガス灯の明かりでぎらぎらとかがやいているのでした。
一族の力は、もういらなくなりました。
「こんなところには、いられない。おれたちは出ていくぜ」
「お金がないと、生活ができないわ」
そう言って、一族の人はつぎつぎに王国を出ていきました。
しかし、ルーファのかぞくだけは、王国にのこりました。ルーファのお母さんが、どうしても王国のそとには行きたがらないのでした。
「ガス灯なんて、いまになくなるわ。だってこんなにくさいんだもの。きっとまた、わたしたちがひつようになる。そのときがくれば、大金もちになれるわ」
一族のみんなはもういないので、お金をひとりじめできるというのです。ルーファのお母さんは、お金もうけのことしか考えていないのでした。
「そうすれば、いまよりもっといいくらしができるのよ」
そう言って、ルーファのあたまをやさしくなでました。
「うん、いまはがまんだね、お母さん」
そう答えて、ルーファはにこっと笑います。ルーファは、お母さんのまえでは、そうやってにこにこ笑っているのでした。
しかし、夜になるといつも、まどのそとをかなしそうに見つめていました。
「さびしいな。おともだちといっしょがいいな」
そう小さくつぶやいて、ルーファはぽろりとなみだをながしました。一族のこどもたちはみんな出ていったので、ルーファとあそんでくれるおともだちは、王国にはもういないのでした。
王国では、めったに雨がふりません。だからいつも、市場で水をかっていたのですが、お金がなくなってからは、町のそとにある井戸まで、水をくみにいくことにしていました。お母さんが言うには「せつやく」だそうです。
バケツを両手にぶらさげて、ルーファは町の門をとおります。お母さんは、家であみものをしていて、いそがしいのです。
門の両はしには、王国の兵士さんが立っています。水をくみにいくようになってから、なんども門をとおっているのですが、いちどもはなしたことはありません。黒いよろいをつけていて、なんだかこわいなあと、ルーファはいつも思います。
王国から井戸までは、いちじかんほどかかります。帰りは、バケツに水が入っていておもたいので、もっとじかんがかかります。
よいしょ、よいしょ、といいながら、ルーファは、おもいバケツをもって歩きます。
王国の明かりが見えたころには、空はオレンジ色にそまっていました。ちへいせんのむこうに、まっ赤なたいようが、しずんでいきます。
もうすぐだからひと休みしようと、ルーファは道ばたの岩にすわりました。
だんだんと、空がオレンジから青に、かわっていきます。ぽつぽつと、お星さまも光りはじめました。
ルーファはなにげなく、手からぽん、ぽん、と、光を出しました。
「わたしの光も、お星さまみたいにきれいなのに」
あたまの上に、光がふわふわとうかんでいます。
「きれいなものは、やくに立たないのね」
そう言ってためいきをついたとき、とつぜん、びゅうっとつめたい風がふきました。あまりのつめたさに、ルーファはおもわず目をとじました。そうしてしばらくのあいだ、目をつむったまま、体を丸めていました。
しばらくすると風がやんできたので、目をあけました。すると、目のまえには、いままでに見たことがないほど、きれいなけしきが広がっていました。なにかが、きらきらと、ルーファの光をはんしゃしているようでした。それを手のひらに取ると、じわりと水にかわりました。
ふしぎに思って、ルーファはあたりをきょろきょろ見わたしました。すると、道のはんたいがわに、ひとりの男の子がいました。岩のかげから、ひょこっとあたまをのぞかせて、ルーファのようすをうかがっています。
「あなたは、だあれ?」
「……」
男の子は、こたえてくれません。じっと、ルーファを見つめています。
へんな男の子、と思いながら、ルーファは道をよこぎって、ちかづこうとしました。すると、男の子は、ひょいっとあたまを引っこめて、岩のうしろにかくれてしまいました。
ルーファは、ぬきあしさしあし、ゆっくりと岩に近づいていきます。そして、岩のうしろを、おそるおそるのぞきました。
そこには、ながいマフラーをつけた男の子が、ひざをかかえてすわっていました。男の子のまわりは、ひんやりとつめたく、なにか白いものが、ふわふわとうかんでいました。
そのすがたを見て、ルーファはすぐにわかりました。
「さっきのきらきらは、あなたのものなのね!」
男の子は、なにも言わず、こくんとうなずきました。
「お名前は、なんていうの?」
「……ノシュク」
それは、とてもとても小さなこえでしたが、ルーファにはちゃんときこえました。
こうして、ルーファとノシュクはであったのでした。
行くあてがないと言ったノシュクを、ルーファは王国へつれていきました。はなしをきくと、北の国からはるばるやってきたということでした。
「みんな、ぼくをいやがるんだ」
ノシュクには、雪をつくる力がありました。ルーファの光をうけて、きらきらしていたのは、雪だったのです。ルーファは、雪を見たことがなかったので、分からなかったのでした。
北の国は、とてもさむいのだと、ルーファはお母さんからきいたことがありました。ノシュクは、そこに生まれたのですが、運わるく雪をつくる力をもってしまったので、国の人びとにきらわれてしまったのです。
「おまえがいると、さむくてかなわん。出ていけ出ていけ」
「ただでさえ雪ばっかりなのに、なんでまた雪をつくるんだい。やめとくれ」
そんなことを言われて、ノシュクは国からおい出されてしまったのでした。
「ぼくは、やっかいものなんだよ」
そうはなすノシュクは、かなしそうに、うつむいています。
ルーファは、ノシュクのことを、かわいそうに思いました。
「わたしの家においでよ」
ノシュクはぱっとかおを上げて、ルーファを見つめました。
「だいじょうぶ。わたしがなんとかするよ」
そう言って、ルーファはノシュクの手をぎゅっとにぎりました。とても、つめたい手でした。
ルーファのお母さんは、ノシュクを見ると、いやそうなかおをしました。
「その子は、お友だち?」
「水くみの帰り道で、会ったの」
ルーファは、すとんと、もっていたバケツをゆかに下ろしました。
それを見て、ノシュクも、もうひとつのバケツをゆかにおきます。
「てつだってくれたのよ」
ノシュクは、ぺこっと小さくおじぎをしました。
「お母さん、ノシュクを、うちに泊めてあげられないかしら」
ルーファのお母さんは、ちらっとノシュクのほうを見て、眉をひそめました。そして、ルーファの目の高さまでしゃがんで、言いました。
「ルーファ、いま、うちにはお金がないのよ」
それをきいたノシュクは、しょんぼりとかたをおとします。
ルーファは、あきらめずに、お母さんにむかって、言いました。
「でも、ノシュクは、とおくの北の国から追いだされて、ここまできたのよ。どこにも行くところがないのよ」
そんなやり取りを、しばらくつづけるうちに、お母さんは、しぶしぶうけ入れてくれました。
「うちに、そんなよゆうなんてないのに……」
「なんで、このたいへんなときに……」
ひとりごとを、ぶつぶつ言いながら、ルーファのお母さんは、またあみものをはじめました。
ノシュクは、ルーファといっしょのへやでくらすことになりました。夜には、小さなベッドで、よりそうようにして、ねなければなりません。
ふたりでぎゅうぎゅうになったベッドの上で、ノシュクは、まどのそとを、ぼんやりと見つめていました。へやには、ガス灯の明かりが、さしこんでいます。
「あしたは、町をあんないしてあげるね」
そう言って、ルーファは、ノシュクにからだをよせました。
「こうすると、あったかいでしょ」
じんわりと、ルーファのあたたかさが、伝わってきます。
「……うん」
ノシュクは、へんじをして、目をとじました。そして、ひさしぶりに、安らかなねむりについたのでした。
次の日、ルーファは、ノシュクといっしょに町じゅうをかけまわりました。ガヤガヤとにぎわう市場や、かれはてた水路、王さまがすんでいるお城、王国のいたるところに、二人で手をつないで、行きました。
ノシュクは、町のけしきを見て、大きく目をみはって、おどろいていました。ノシュクにとっては、なにもかも、はじめて見るものばかりだったのです。
けれども、ルーファは、ノシュクがやっぱりどこかさびしそうなことに、気づいていました。そこで、ノシュクを元気づけるために、ルーファはあることを思いつきました。
「ノシュク、こっちにきて」
ルーファは、ノシュクの手をひいて、広場へむかいました。
「ルーファ、きゅうにどうしたの」
「いいからいいから」
ノシュクは、よくわかりませんでしたが、ルーファについていきました。
広場は、たくさんの人であふれかえっていました。立ちばなしをしているおばさんたちや、犬をさんぽさせているおねえさん、大きな木の下であおむけになってねているおじさんもいます。
もうじき、たいようがしずみます。だいだい色の光が、広場をロマンチックに染めています。
空が、青色にかわりはじめたところで、ルーファはノシュクにいいました。
「また、雪を出せる?」
「どうして?」
「あの、きらきらのけしきを、ここでみんなに見せるの!」
ルーファは、ノシュクと会ったときに見た、きれいなけしきを、おぼえていたのでした。そして、きっと町のみんなも、それを見てよろこんでくれると思ったのでした。
「でも……」
ノシュクは、あまり気がすすまないのでした。力を見せると、むかしみたいに、出ていけといわれそうでこわかったのです。
ぷるぷるとふるえるノシュクの手を、ルーファがぎゅっとにぎりました。
「だいじょうぶだよ。きっと、みんなうけ入れてくれる」
その、ルーファの力づよいことばに、せなかをおされ、ノシュクはぎこちなく、こくんとうなずきました。
ルーファは、ノシュクの力を、だれよりも信じていたのです。
ノシュクは、目を閉じて、せいしんをとぎすまします。ノシュクのまわりに、つめたい風がそよそよとふき、白い雪がふわふわとうかびはじめます。
ルーファも、ぽん、ぽん、と光のたまを出して、宙にうかべました。
雪をのせたつめたい風が、ノシュクからはなれて、ルーファのまわりを取りかこみます。そのタイミングで、ルーファは、光を空たかく放ちました。
たかくたかくのぼっていく光を、ノシュクの雪が追いかけていきます。そして、ぱっと光がまたたいたと思うと、空いちめんに、あのときと同じようなきらきらしたけしきが、広がりました。ルーファの光を、ノシュクの雪が反しゃして、星空のようにかがやいています。
家に帰ろうとしていた人たちも、足をとめて、空を見あげています。あまりのうつくしさに、むちゅうになって、見入っていたのでした。
「まあ、なんてきれいなの」
「こりゃ、すごい。こんなの、はじめて見たよ」
「お星さまみたい」
広場の人たちの、感どうの声が、あちらこちらからきこえてきます。
その様子を見て、ノシュクはこらえきれず、ぽろぽろと涙をながしました。ルーファは、そんなノシュクに、にこっと笑いかけて、言いました。
「みんなよろこんでくれて、よかったね」
ノシュクは、あふれてくる涙を、腕でごしごしぬぐって、こたえました。
「うん!」
そのときのノシュクは、とびきりのえがおでした。そのえがおを見て、ルーファは、心がじんわりあたたかくなりました。そして、じぶんもノシュクに元気づけられていたのだと気づいたのです。
ルーファは、ノシュクをだきよせて、いいました。
「ありがとう、ノシュク」
「おれいを言うのは、ぼくの方だよ。ありがとう、ルーファ」
そうして、舞いおどる光と雪のなかで、しばらくのあいだ、ふたりは抱きあっていたのでした。
ルーファとノシュクのうわさは、あっというまに広がっていきました。いまや、町じゅうで、ふたりの名前がとびかっていました。
ふたりは、いつも夕方になると、広場に行きました。そして、光と雪の星空をつくりだし、町の人びとをたのしませました。たくさんの人がふたりを見に来て、ショーの終わりには、いつも大きな拍手がおこりました。
「ブラボー!」
「とても、うつくしいわ」
「また、見に来るよ」
そうして、いつしか、お金をくれる人も出てきました。その人は、ノシュクの手にお金をにぎらせて、いいました。
「あなたたちのおかげで、いつも元気でいられるわ」
そして、やさしくほほえんで、ノシュクとルーファのあたまをなでました。それを見ていた人たちも、ふたりにお金をわたそうと、列をつくりはじめました。
ルーファは、こまったように、ノシュクにたずねました。
「どうしよう、ノシュク」
ルーファは、お金もうけのことは考えていなかったので、とまどっていたのです。
けれども、ノシュクには、ある考えがありました。
「まかせて」
そういうと、ノシュクは、雪をつくりだして、手にたくわえました。みるみるうちに、水にかわっていきます。そして、それをお金をくれた人に、差し出しました。
「お金をくれたおれいに、これをどうぞ」
その日から、ノシュクは、ショーを見てくれた人に、雪どけ水を分けてあげるようになりました。王国のそとまで、水をくみに行くひつようもなくなり、みなたいへんよろこびました。
ルーファのお母さんも、お金をたくさんもらえてよろこびました。さいしょは、ノシュクにきびしく当たっていたのに、いまでは、とてもやさしくなりました。
ショーにくる人の数は、日ごとに多くなり、やがて広場には入りきらないほどになりました。
そして、ふたりのうわさは、ついに王宮にまで広まったのです。
「フタリノコドモガ、『ショー』ヲカイサイシ、カネヲアツメテイルモヨウ」
そう言って、王兵は、ひざまづきます。
王さまは、白いひげをなでながら、いやそうなかおをしました。
「ふむ、それはいかん。小さな子どもがお金をあつめるなんて、けしからんことだ」
「コドモノナマエハ『ルーファ』ト『ノシュク』。『ルーファ』ハコダイカラコノチニスムヒカリノイチゾクノマツエイ。『ノシュク』ハミチノチカラヲモッテイル」
「どんな力なのだ?」
「『ユキ』ヲツクリダスチカラ」
「なんと!」
王さまは、おどろいて、いすから立ちあがりました。
「それは、ほんとうか?」
「タシカナジョウホウ」
王さまは、いのるように、てんじょうを見上げました。目はらんらんとかがやき、手はわなわなとふるえています。
「ついに、ついに、この王国に水がながれるときが来たのだ。そのノシュクという子どもは、神からのおくりものにちがいない」
そして、王兵に向きなおって、言いました。
「その、ノシュクというこどもを、つれてまいれ」
「ギョイ」
そうこたえると、ぶぅんとぶきみな音を立てて、王兵の目が赤く光りました。
その夜、ごはんを食べていると、コンコンと、とびらをたたく音がしました。だれかが、たずねてきたようです。
ルーファのお母さんは、かぎを外してとびらを開けると、ひゃあ!とひめいを上げました。
おどろいたルーファが、とびらの方を見ると、そこには、いつも門のそばに立っている、黒いよろいをつけた兵士さんがいました。でも、いつもとちがって目が赤く光っていて、おそろしい感じがします。
「なんのごようですか?」
ルーファのお母さんは、びくびくとおびえたように、聞きました。
すると、開いたとびらから、家のなかをのぞくようにして、黒の兵士さんは言いました。
「ココニ『ノシュク』トイウコドモガイルハズダ」
その、ぎこちないカタコトの声は、うすきみわるく、ひびきました。
反しゃてきに、ルーファは、となりに座っている、ノシュクの手をにぎります。
「オウサマガ、ゴショモウダ。オウキュウヘツレテイク」
そう言って、黒の兵士さんが、家の中にむりやり入ろうとしました。
ルーファのお母さんが、両手を広げて、兵士さんの前に、立ちふさがります。
「まってください! あの子がいなくなったら、困ります!」
「ジャマダ、ソコヲドケ」
ルーファのお母さんを押しのけて、ごういんに入ってきます。
なんとか止めようと、お母さんは、兵士さんのわきにしがみつきました。
「ドケトイッテイル」
兵士さんは、うでをふり上げ、ルーファのお母さんをつきとばしました。ガシャンと、すごい音を立てて、お母さんはかべにたたきつけられます。
「ふたりとも、にげて!」
お母さんが、そう叫んだしゅんかん、ルーファはノシュクの手を引いて、うら口へ走りました。けれども、黒の兵士さんは、とてもすばやく、先に回りこまれてしまいます。
ルーファは、ぽん、と光を出して、すぐにはれつさせました。まばゆい閃光が、ぱっと目の前に広がります。
兵士さんが、いっしゅん止まったすきに、ルーファとノシュクはうら口からそとへ出ました。
夜の町なかを、ふたりはいきを切らして、はしります。かれはてた水路にかかる橋をわたり、市場をとおり抜け、広場をよこぎりました。いつもとおっている場しょなのに、なんだか知らないところをかけ回っているようでした。
「あんしんして、ノシュク。わたしは、ずっといっしょにいるよ」
「うん、ぼくも、ルーファといっしょにいたい」
ふたりは、おたがいの手を、ぎゅっと、つよくにぎりしめました。
むちゅうではしっているうちに、門のちかくまで来ました。兵士さんは、追ってきていないようです。ふたりは、止まって、ひといきつきました。
「だいじょうぶみたいね」
「うん、なんとか」
ふたりは、門へ向けて、あるいていきます。その先には、そとのせかいが広がっています。
「王国を、出るの?」
ノシュクがふあんそうに、ききました。
「うん、もうここは、あんぜんじゃないもの」
ルーファは、そんなノシュクを勇気づけるように、明るく笑いかけました。
「わたしたちふたりなら、きっとだいじょうぶよ」
ルーファのことばは、いつもノシュクのせなかを押してくれます。なんだか、心がたかぶってきて、ノシュクもおのずと、えがおになります。
「うん」
そうこたえたとき、ルーファのうしろで、赤い光がふたつ、またたきました。
「ルーファ! うしろ――」
いい終えるまえに、ノシュクはなにかにうでを引かれ、ルーファとつないでいた手は、はなれてしまいました。
「ノシュク!? えっ? きゃあ――!」
とつぜん、黒の兵士さんがふたり、あらわれて、ルーファとノシュクをつかまえたのです。兵士さんは、先まわりして、門のかげでまちぶせしていたのでした。
「モクヒョウカクホ。コレヨリキカンスル」
兵士さんは、ノシュクをわきにかかえて、王宮へつれていこうとしています。
「ルーファ! ルーファ!」
さけび声もむなしく、ノシュクはどんどん、ルーファからはなれていきます。
「ノシュク! まって! 行かないで!」
ルーファは、もうひとりの兵士につかまって、みうごきがとれません。
「はなして! このっ! このっ!」
がんばってぬけだそうとしますが、たたいても、かみついても、びくともしません。兵士さんは、ものすごい力で、ルーファをつかんでいるのです。
どんどん、どんどん、ノシュクはとおざかっていきます。くやしくて、かなしくて、はらが立って、ルーファの目には、涙がうかびました。ノシュクのことを、どれだけ大切に思っていたか、いまになって、いたいほど分かったのでした。
「まって! まってよ! わたしをおいて、行かないで!」
ルーファは、とどかないと分かっていながら、せいいっぱいもがいて、うでをのばします。
ノシュクは、ほっぺたをつたう涙をぬぐって、とおくのルーファにきこえるように、大きくいきをすいこみました。
「だいじょうぶ! ぜったい、また会えるよ!」
とびきりのえがおで、ノシュクはさけびました。
とおくはなれているので、ルーファは、よく見えませんでしたが、ノシュクがまんめんの笑みをうかべていることは、分かりました。
そして、ルーファも、いきを大きくすいこんで、さけびました。
「ぜったいだよ! やくそくだよ!」
なみだ声で、かすれていましたが、ちからをふりしぼって出した声は、夜の町にひびきわたりました。
そのやり取りをさいごに、ノシュクは、見えなくなりました。
ルーファは、兵士さんからかいほうされ、その場に泣きくずれました。
ノシュクがいなくなってから、ルーファは心がからっぽになり、ぼんやりとすごすようになりました。ときどき、ふと光を出して、宙にうかべ、ノシュクとつくった星空を思い出しました。
そんなある日、町をあるいていると、ひとりのおばさんに、声をかけられました。
「ノシュクを、つれもどしたくはないかい?」
ノシュクが、王宮につれていかれたということは、町のだれもが知っていました。そのおばさんも、ふたりのショーを、いつもたのしく見ていたのです。
「あたしたちみんなで、王さまをせっとくするのさ」
町の人びとは、まいにちのたのしみをうばわれ、ノシュクのつくる雪どけ水も手に入らなくなったので、王さまへのふまんがつのっていたのです。そこで、みんなでひとつになって、王宮に押しかけようと考えているのでした。
ルーファは、もういちどノシュクに会えるかもしれないと思うと、とたんにきもちがたかぶってきました。どんなことでもできるという、勇気と自信がわいてきたのです。
「やりましょう、おばさん」
そう言ったルーファの目は、とてもするどく、光っていました。
次の日、広場には、おおぜいの人があつまっていました。みな、ノシュクを町につれもどしたいとのぞんで、ここに来ているのです。
かつて、ノシュクといっしょに星空をつくった場しょに立って、ルーファはみなに、かたりかけました。
「ノシュクは、とてもさびしがりやでした」
あつまった人は、しずかに耳をかたむけて、きいています。
「北の国から追いだされ、ながいあいだひとりぼっちでせかいを歩きまわり、そして、この王国にたどりつきました。はじめはぎこちなかったけど、ここでショーをするようになって、笑うようになって、だんだん明るくなっていきました。そんなノシュクをみて、わたしも元気になりました。一族のなかまたちが、つぎつぎに外に出ていって、さびしくて、じぶんの光は、やくに立たないんだって落ちこんでいました。でも、ノシュクと出会ってから、ちっともさびしくなくなった。ノシュクの雪があれば、わたしの光も、きれいなお星さまのようにかがやく。わたしは、ノシュクにすくわれたのです。いま、ノシュクには、ただ、ありがとうって言いたい」
そして、ひと呼吸おいて、ルーファは力づよく言いました。
「わたしは、ノシュクのことが好き。町のみなさん、どうか、力をかしてください」
さいごに、ルーファがぺこりとあたまを下げると、少しおくれて、われんばかりのかん声が、広場をつつみこみました。
「ルーファちゃん、いいぞー!」
「あたしたちにまかせな!」
「ノシュクを、とりもどせ!」
大きな声えんに、はげまされて、いざ、王宮へ向かおうとしたとき、町がにわかに暗くなりました。空に、大きな雲がかかりはじめたのです。
「雲が出てる」
「まあ、めずらしい」
「こんなの、なん十年ぶりだ?」
雨のふらない王国では、大きな雲はめったに見られず、みなめずらしがって、空を見上げています。ルーファもおなじように、たれこめる暗雲に、目をみはっていました。
すると、空から、白くて、ふわふわしたものが舞いおちてきました。手にのせると、じわりと水にかわります。
「雪だ!」
「雪がふってる」
「なんで雪が……」
町の人びとは、みなおたがいに、おどろきをつたえ合っています。
ルーファは、手のひらにのせたときに、気づきました。
「これは、ノシュクの雪だ」
この、手のひらでじわりととけていく感じ、まちがいありません。
ノシュクは、空になったのだ。空になって、わたしたちをささえてくれるのだ。ルーファは、そう思いました。
ルーファは、はじめてノシュクと会ったときのことを、思い出しました。そして、手から光をぽん、ぽん、と出して、空たかく放ちました。ルーファの光と、ノシュクの雪は、星空のようにきらめきました。
その日から、王国には、雪がふるようになったのです。