永遠が途切れたから、死ぬまで
暖かそうな、ふわふわもこもこした、帽子。きっと編み物。
私が心を奪われたのは、柔らかなフワフワがたくさん、色とりどりに、帽子の先からまるで魔法があふれ出すかのように、つけられていた事。
***
そこは恐らくは、どこかの町の、そして夜の、大人が集まる飲み屋だった。
どこか暗がりで、だけど灯されていて橙色に輝いている。
そんな中で私は目を奪われて、じっと見上げた。
あの帽子、とても欲しい、と。
「おや。こんなところに」
とその帽子を被っていた人がカウンター席から私を見降ろした。
しわがれた老婆だ。きっと魔女だ。
「アタシは弟子を取らないんだ。あっちへお行き」
笑いながら、私をそう追い払った。
***
森を歩く。もうすぐ冬が来る。落ち葉が積もっていて、木々は全ての葉を枝から落としきっている。
私はギュッギュと踏みしめて歩く。
そして先に、あの帽子が落ちているのを見つけるのだ。
そして。
なんということだろう。
帽子には、老婆の頭が入っていた。
身体は見当たらないのは、見間違い? それとも地面に埋もれている?
埋もれているには奇妙に落ちているから、きっと頭部だけなのだろう。
あぁ、残念だ。帽子だけだったなら、私は速やかにそれを拾い上げて帽子を私のものに出来たのに。
「残念だったね」
と頭だけになっている老婆は私の姿を認めたようで、両眼を血走らせて私を見る。頭だけの癖にぐるりと動く。
「さぁ、アタシを拾うんだ。この帽子が欲しいんだろう。そうはいかないよ。アタシはまだ生きている。アタシが生きている限りはこれはアタシの帽子なのさ」
あぁ、つまらない。
「だけどよくお聞き。アタシと共にいる事で、この帽子はいつかアンタの帽子になる」
そうなの。
つまりあなたの死を待てばいいの。
私は手袋に包まれた両手を伸ばし、その帽子を被る老婆の頭部を拾い上げた。
拾い上げた途端、それは縮み小さくなり、ちょっとした団子のようなサイズになって私の肩に虫のように止まった。
***
老婆は何もできないくせに私と共にあり、常に見るものすべてに辛辣だった。
あれはなっていない、これはなっていない。
あんな奴があんなことに手を出そうなんて百年早い、と。
私は初めこそ鬱陶しいと感じたけれど、いつしか聞き流す術を覚えて気にしなくなった。
老婆が何を話していても、もう頭に入ってこないぐらいに。
そして、ある日やっと気が付いた。
私の傍に、老婆がいなくなっていたことに。
そして、私の頭部が、あの柔らかな毛糸の帽子に包まれている事に。
あぁ、嬉しい。
私は幸せに顔を綻ばせる。
***
私は旅をした。
きっと魔女と共にした影響だろう、自然と魔女の知識を得ていた私は、当たり前のように魔女として生計を立てた。
私は世の中を見た。歩いた。
明るい綺麗なところも、暗くて汚れているところも。
すっかり年老いてしまったけれど、私の頭には大事な毛糸の帽子がのっていた。
今もこの帽子は大好きだ。特に、魔法のように色とりどりの毛糸がてっぺんから沢山のびているところが。
ふと、視線を感じて傍を見た。
視線を下げると、小さくて貧弱な恰好の子どもが私を見ていた。
数秒見て、私は笑った。
「おや。こんなところに」
じっと私を見つめていた。
「アタシは弟子を取らないんだ。あっちへお行き」
その子は俯いて、パッと店を出て行った。
***
あぁ、下手をした。敵にやられた。
吹っ飛ばされてこのざまだ。
足音が聞こえる。
頭部だけにされてしまった状態で、力を振るって向きを変える。
小汚いガキが、アタシの帽子を物欲しげに狙っている。
「残念だったね」
これはワナ。
「さぁ、アタシを拾うんだ。この帽子が欲しいんだろう。そうはいかないよ。アタシはまだ生きている。アタシが生きている限りはこれはアタシの帽子なのさ」
そしたら、アンタはアタシになれる。
***
永遠に。
私は帽子とアタシを見つけ、アタシと帽子を手に入れる。
アタシはアンタと同じになる。
そんなアタシたちと帽子を、新しい私はきちんと見つける。
***
暖かそうな、ふわふわもこもこした、帽子。きっと編み物。
私が心を奪われたのは、柔らかなフワフワがたくさん、色とりどりに、帽子の先からまるで魔法があふれ出すかのように、つけられていた事。
***
何度も。何度も。
繰り返される。
閉じられた環。
***
そこは恐らくは、どこかの町の、そして夜の、大人が集まる飲み屋だった。
どこか暗がりで、だけど灯されていて橙色に輝いている。
そんな中で私は目を奪われて、じっと見上げた。
あの帽子、とても欲しい、と。
「さて。そろそろ終わりにしてはどうだろう」
とその帽子を被っていた人がカウンター席から私を見降ろした。
若い男だ。老婆ではない。
私は違和感を持った。
男がパチンと指を鳴らした。途端、周囲の動きが全て止まった。
「タネあかしをしてあげよう」
「あなたはだあれ?」
と私は聞いた。
「僕は悪魔」
「私を捕らえに来たの?」
「いいや。放しに来たのさ」
私は首を傾げた。
「きみはもう、1978回も同じ時間を繰り返している。この帽子がキーアイテムだ」
「その帽子、私にくれない?」
私は両手を伸ばしてみた。
「きみは永遠を願った。そして成功した。不老不死をこのように叶えた。きみは永遠に死なない」
そんな大層な人間になった覚えはない。そう示すために首を傾げて見せる。両手を伸ばして帽子を強請った姿勢のままで。
「きみは無意識に知っている。この後に何が起こり、どのように繰り返すのか。本当はこの時間、この椅子に座っているのはもう一人のきみ。だけどきみは僕に敗れた。だから永遠の環はここで切れる」
私は腹が立ってきた。
「どうして、そんな事を言うの? ねぇ、その帽子を、私にくれるの、くれないの?」
「帽子ね。きみに上げようじゃないか」
悪魔と名乗る男はカウンターの椅子から降りてきて、まだ小さな小さな私の両手にそれを持たせた。
「本当は、この時点ではきみはこの帽子を手に入れられない」
囁くように告げられて、そして悪魔の指がのびて私の頬をフニと掴んだ。
パリン、とどこかで何かが音を立てた。
***
風が吹いていた。
寒いと思った。
私は空を見ていた。
黒い夜空に、丸い月が白く浮いていた。雲が照らされながら漂っていた。
「おかえり。メフィーシュナイエ。亡国キャルディオンの王女」
悪魔の声が風のように舞う。
「見てごらん。君の周りを。きみが1978人分も生きているうちに、彼らはすっかり骨だけに。きみが閉じていた分の時間が流れた後だ。何が言いたいか分かるかな。つまり、きみだけが生き残って、1978人分の年月が経った後だということだ」
視線を下げる。
私は大きな石の上に座っている。石舞台。
周りを白骨が囲んでいる。
全て死者。
虚しい。
「どうして僕が介入したのか? 簡単さ。脅されたのさ。この完全に閉じた世界をなんとかしないと、僕を滅するなんて言われちゃ、動くしかないよね。魔女に関われるのは悪魔だって決まってる」
「酷いわ。例え悪魔だったとしても、私の成果を壊すなど」
「悪魔の僕は、きみにとって耳の痛い言葉を最後に贈ろう。二度と手に入らない永遠が壊れた今、生き直すほかないんじゃないか、ただ一人のメフィーシュナイエ姫」
私は唇をかんだ。
悪魔め。なんということを。
私の不老不死の術。あれを完成させるのに、私がどれほどの苦労をしたか知っての事か。
生き残り、呪い、周囲から託され、禁術の類をつぎ込んで創造した魔法。
解かれてしまった。人にはかなわない領域だったものを。
フィ、と風が鳴った。
悪魔の気配が消えた。
私は新しい風が吹き込んできたところを見た。
私の世界に、切込みが。
切込みが風に耐えられぬ様子で広がり、私のための覆いを吹き飛ばす。
空が一度に色づいた。
紺色の空。瞬く星々。欠けた黄金色の月。
黄金色が空から差して、私と周囲の骨を照らした。
「きみは、誰。どうして・・・こんなところに?」
「そちらこそ、名乗るべきじゃありませんか」
私の言葉に、相手が怯んだのを気配で察する。
「その、僕はヤト。その、このあたりが危険だって色々、町の人に頼まれて見に来て、それで」
少年の言葉を遮って、女性が声を張り上げた。
「ここは死の領域と呼ばれている場所! 侵入できないと言われ続けていた場所なのです! 私はクイイーナ、魔法使いですわ! それで、こんなところにそんな場所にいるあなたは何者なのですっ!」
私は。
この国の王女。国は攻められて崩れ果てた。
皆は私に生き延びることを求め、私は城の深部に隠れ住んだ。
そして、魔法を完成させて願いを叶えた。
私は永遠の生を手に入れた。
なのに、悪魔に壊された。
完璧だった永遠を。
私は、もう。
「ただの人間。死ぬ他ありません」
「俺はステイーブ。職業は剣士。あなたの名前と存在は?」
無言だった青年が顔をしかめてそう聞いた。
「・・・メフィーシュナイエ」
私が名のみを告げた途端。
向こう3人は口を閉じた。
少し身を引いたようにして、向こうで相談を始め出した。
私は石舞台に立ち上がる。
周囲を見やる。白骨の人々。
ねぇ、皆さん。私は悪魔によると、1978人分を生きたそうです。
あなたがたの人数は生きたはず。
そして、もう後は無くなった。
どのように死ぬのだとしても、新しく生きる他に道はない。
生きてくれと願いましたね。
えぇ、まだ生きています。
あなただけはご無事でと願ってくれましたね。ありがとう。
1978人分生きました。もう十分と褒めていただけたらと願います。
歩き出そうとすると、パキリ、と足から音が鳴った。
私の足が割れてしまったようだった。
グラリと傾ぐ身体を持ち直すことができずにそのまま倒れて両手をつこうとした。腕が弾けるように砕けていった。
ヒュ、と私の肺から音が出て、眼前に石舞台が迫る。
きっと砕ける。
魔女の最後はこんな風か。
あぁ、それでも残念だ。
せっかく。最後、新しい生を歩めると、どこかで期待のように思ったらしいのをこの時知った。
誰かが私を掴もうとして、肩も割れる。
「駄目よ! 逝っちゃ駄目、『祝福』っ! 『蘇生』! か、『回復』っ!」
遠くで女性が叫んだのが聞こえた。
ポポポポポ、と妙な音が私の身体から起こった。暖かい。弾けるような感覚で、妙だ。
私は石舞台に衝突する事なく、ぐいと向きを変えられた。濃紺の星空が見えた。
私の目から熱いものが流れているのが分かって、驚いて瞬く。
少年が私を覗き込んだ。安堵した表情。
どうやら私は少年に助け起こされた?
これは一体。
ゆっくり石舞台に座らされる。
見れば、砕けたはずの身体が全て戻っている。
「これは」
確認に顔を上げた私に、いつの間に来たのか、少年、女性、青年の三人組が私を囲んで見つめていた。
「メフィーシュナイエ。一緒に来ませんか。新しい時代に」
少年が真剣な表情で、けれどどこか陽気さを感じさせて、手を差し出すのを。見た。
あなたは何者なのか。
そう思いながらも、私はあまり抵抗なくその手を握る。
これは。1979回目。
いえ、止まったままの、1つ目の続き。
どちらにしても。
真新しい唯一を。それ以外の生はない。
終わり




