14 椿原一葉①
楠陸は他者からみたらどこにでもいるいち高校生である。それが事実であることは疑いようがない。これまで学校を歩いていても、何ら気にされることはなかったし、ましてや俺を見ながら噂話らしきことをされることもなかった。
無論クラスでも目立つことはあまりないが、陰キャというわけでもなく、クラスのほぼ全員と日常会話出来る程度の社交性だってある。
でもこれは……まあ昨日のことであると察せられるのだが。
「よう、陸」
竜はそういうと他人の席にどかっと座る。俺が顔を上げると竜のステータスがあらわになるが、なぜか今日はHPが半分減っている。
「おう、竜。弱ってるけどなんかあったか?」
「そうなんだヨヨヨォ」
竜は俺を見つめるのを辞め、天を仰ぐ。そして神に祈るかのように手を組んだ。
「なんかさ、最近都が冷たいんだよ……」
「多分俺が都ちゃんの立場だったら同じ事してると思う」
「おいおい、話も聞かずにそんなことを言うなよ?」
「聞くまでもなくね?」
普段の行動から容易に察せられるのだが。
「それでさ、言うんだぜ、お兄ちゃんって無神経だよね。ちょっと話しかけないでくれる? って」
「聞くまでもなかったじゃねえか……」
分かりきった事ではないか。三角形の内角の合計が百八十度になるくらい浸透している事実だ。つうかそれでHP結構減らしたのか、お前どんだけメンタル弱いんだよ。
「なんかもういいや……それよりも陸だよ陸。あの噂ってマジなの?」
「噂ってなんだよ」
「あの生徒会長を奴隷のように扱ってる、裏の生徒会長って」
浅間さん達はどうやって吹聴したのか気になる伝わりかただ。
「んなわけねえだろう……お前信じられるか?」
「正直信じられねぇ、けどお前はたまに俺たちに出来ないことを平然とやってのけるからな。痺れたりあこがれたりはしないが……不思議ではないような、いやしかし、あの生徒会長だし……」
「いや、うわさの断片たりとも信じるなよ」
実態はツッコミが追いつかないくらいにはやられっぱなしだ。俺が先輩に口で勝てる日は来るだろうか。
「まあとりあえずだ。お前、すげえ噂になってんぞ?」
「分かった。だからやけにみんながよそよそしいんだな、でも話は聞きたいと」
現に俺たちの会話に耳を傾けている女子がいるくらいだ。そんなに壬生先輩の事が気になるのか。あるいは俺の裏の顔が気になるのか。はたまた別の理由か。実は相談室に持ち込みたい悩み相談とかがあったりとか? いや、それだけはないか。
「そういや竜って悩みは有る?」
「ずいぶん話が飛んだぞ、おい」
「なんか壬生先輩が最近悩み相談始めたんだけど、全然人来ねえって嘆いてたから」
「悩み、ねえ? どうすれば都と結婚出来るか、とか?」
「無理。それ都ちゃんに絶対話さないでね」
ずいぶんと深刻な業を保持しているようで、俺には手に負えそうもない。それに関しては二度と相談しないで欲しい。
「っつってもな、都以外じゃほぼないからな。強いて言えば金が欲しいくらいか?」
どんだけ都ちゃんで悩んでるんだよ。多分都ちゃんに関してお前が悩めば悩む程、比例して都ちゃんの心労が増加していく気がするのは気のせいだろうか。そしてその様子を見て竜もまた気分が落ちていく。なんというデフレスパイラル。
「まあ、そんなもんだよな。もしあったら四階の相談室に来てくれ、別にお前でなくとも構わないから」
陸は驚いたように座っていた机から降りる。
「え、何お前。相談室の管理でも任せられてるわけ?」
「いつの間にかなってたんだよ……」
本当に急だった。芥川先生に相談室の鍵を渡されたときは『はっ?(威圧)』で返事してしまったぐらいだ。仰け反る芥川先生なんて始めてみたよ。まぁ今回先生は全く悪くなくてすべて先輩のせいではあるが。
「マジか。最近放課後何してんのか気になってたが、疑問は瓦解したぜ」
「疑問は瓦解しないで氷解してくれ、そろそろ行くわ」
俺が鞄を持つと陸は頷く。
「おう、じゃあながんばれよ」
「閑古鳥だけどな」
そう言って教室を出る。周りの視線は無視しながら、四階への階段を上っていった。
相談室には珍しく先輩はいなかった。生徒会室からは話し声は聞こえていたので、生徒会の用事だろうか。いてもいなくても、することはあまりかわらないのだが。
先輩がいつも座る席の隣に椅子を持ってくると、備え付けてあるノートパソコンを起動する。共有フォルダからエクセルを起動し、横に摘まれていた古い相談内容を黙々とパソコンに入力していく。
もし先輩がいれば、会話しながらデータ入力していただろう。それぐらいの違いしか無い。
一ヶ月分の入力を終えたところだろうか。ドアがノックされたのは。
「はい、どうぞ」
壬生先輩かと思ったらそれは違った。
ドアを開けて入ってきたのは、髪を茶色に染めた一学年上の女性だった。ナチュラルメイクではなく、明らかに塗ってますというのが分かる彼女は、辺りを見渡すと口を開いた。
「智花は?」
名前 椿原一葉
性別 女
属性 ギャル、お嬢様、ドジ
戦闘力 420
学力 100
魔力 280
包容力 820
慈愛力 420
……etc
どうやら相談者ではないらしい。とはいえ、相談者が来てもどう対応して良いか詳しく聞いていないから困るんだが。
「壬生先輩は多分生徒会だと思いますよ。すぐ来るとは思いますが……もしここで待たれるなら、どうぞ」
そう言って相談者向けの椅子に目線を送る。
「あー」
椿原先輩は髪をいじりながら至極面倒そうな顔をするも、結局彼女はその椅子に座った。俺とあまり近寄りたくないのか、椅子は少し離された。てっきり帰るんじゃないかと思っていたが、そんなことはないらしい。
一応もてなすかと、立ち上がり紙コップに紅茶を煎れる。そして椿原先輩の前にだすと小さな声で「あんがと」とお礼を言われた。
話すこともない……というより何を話して良いのか分からないし、続きをやろうと文字を打ち込んでいると、椿原先輩は話しかけてきた。
「ねえ、アンタでしょ? 智花を罵った一年って」
思わず手が止まる。どうやら二年にもしっかりその情報は伝わっているらしい。
「まあ……罵るような言葉を使用したのは否定しませんね」
そう言った瞬間、彼女はほんの少し目を細めた。
彼女になぜそうなったかを話そうかとも思ったけれど、言ったのは本当だし説明が面倒だしでやめておいた。
「あっそ」
彼女はそう言うと俺から視線を外しスマホを触る。俺が仕事を初めてから話しかけられることはなかった。
それから五分ぐらいして、先輩はやってきた。
「楠君、入るぞ」
そして俺たちを視界に入れると、先輩はこりゃ驚いたとばかりに大げさに仰け反る。
「逢い引きは構わないがもう少しムードという物をだな、こう肩を組んだり、乳繰り合ったりとか」
「先輩は訪ねてきた人に対する配慮を学習すべきですね」
「なに、私の親友だからこそ大丈夫さ。ほぼ裸で抱き合った仲だ」
え、マジ?
思わず引きながら椿原先輩を見つめると彼女は慌てたように口を開いた。
「小学生の頃にプールでの話しだっ! てめえも変な勘ぐりしてんじゃねぇぞ!」
「そ、そんなことだと思いましたよ」
落ち着け、落ち着け。いつもの先輩の軽口だ。え、ちょっとまて。プールでも抱き合うことがあり得るだろうか?
「ふむ、楠君はずいぶん動揺してるな。ちょっと期待したんじゃないか?」
人の心を読まないでくれ。確かにほんの少し、小指の先ほどくらいは期待した。実は今も少し期待している。
「か、可能性は残ってないんですか!?」
「あるわけねえだろバカ。ったくなんなんだコイツは……」
真っ先に反応したのは椿原先輩だった。彼女はスマホを手に取り椅子に寄りかかる。俺は多少動揺しながらも壬生先輩の分の紅茶を煎れると自分の席に戻った。
「うん、ありがとう。それで君たちの自己紹介はもちろん済んでいるよな?」
思わず椿原先輩を見つめると、椿原先輩もこちらを見た。心底嫌そうな絶対零度の視線だったが。
「その様子だとしていないな。僭越ながら私がしようではないか」
ああ、先輩が紹介してくれるのか……先輩がか。うん。嫌な予感しかしない。
「いえ自分でするので結構です」
「何、遠慮するな。彼はな、一つ年下の男子生徒で楠陸君という。イケメンぽく見えるけれど雰囲気だけだ。また彼は人を見ると欲情してしまう、とても良い子だ」
「先輩は俺を紹介したいんですか? 貶したいんですか? ケンカを売ってるんですか?」
しかも総評おかしいよな。人を見ると欲情してしまう、とてもよい子ってどんなだよ。ちょっと見てみたい気がするわ。ああ、鏡を見ればいいのか。
「そして彼女についてだが……」
そう言って俺を見つめる。壬生先輩の目をみれば、何も言わなくても分かるだろう? と言っている。
ただ当事者はスマホをいじっておりこちらに振り返る様子はない。
「……一応紹介していただきたいんですけど」
「うむ、では。彼女は柳原双葉」
「え、誰ですか。ぜんぜん違うじゃないですか……」
おもわずそんなツッコミを入れて、すぐに失敗したと後悔した。
「あん?」
首をこちらに向け、眉根に皺を寄せるとこちらを見る。いや、普通に怖いんですけど。
「ふむ、やはり不要ではないか」
「……もう勘弁してください」
「ふふ、どうしようかな」
と壬生先輩がいうとはぁ、と大きなため息が聞こえた。ため息の主は椿原先輩だった。そしてギロりと睨む。俺ではなく、壬生先輩を。
壬生先輩はどこ吹く風だった。俺の隣にある一番上等な椅子に座ると、自身のパソコンを起動する。そして俺の持っていた資料の下から半分を、自分のパソコンの横に持っていく。
「つばきはら、かずは」
驚きながら椿原先輩の方を振り向く。彼女はスマホを操作しながらちらりとこちらを見た。
メインキャラ全員登場した! これでかつる!