11 須藤 都②
まだ本編なんだ、すまない。
都ちゃんの友人は何かに遠慮したのか、すぐに帰っていった。
俺達は都ちゃんの友人と別れた後、カフェに向う。ただ何を買いに来たのかを都ちゃんに聞かれると、竜が困った顔をしたため、いぶかしげな様子でこちらを見ている。
「ねえ、なにか変な物でも買いに来たの?」
「ああ、いや、そのなんだ?」
と困ったように竜はこちらを見る。
適当に暇つぶしに店回ってるとか、ノートとか買いに来たとでも言えば良いのに、彼は妹に嘘がつけない。俺には息をするように嘘をつく癖に。
しどろもどろな言葉を繰り返す竜に、都ちゃんのストレスが蓄積していくのがわかる。仕方ないので話しをそらそう。
「そうそう、すげえ可愛いネコのペンを見つけたんだよ、これ」
そう言ってペンを取り出すと、竜と都ちゃんはじっとペンを見つめる。
「おいなんだこれ。それネコじゃなくてタヌキじゃねぇか。ぶっさいくなタヌキだな。その部分へし折ってやろうか?」
竜はタヌキ似の猫に謝れ。全世界のタヌキ似なネコ好きに謝れ。なによりドラ○もんに謝れ。そもそもタヌキはイヌ科タヌキ族だ。犬の仲間なんだよ!
そんなキレ気味の竜の隣からひょっこり顔を出した都ちゃんは、俺からペンを受け取ると、
「わぁ、陸お兄さん、これすっっっっごくかわいい猫ですね!」
と、満面の笑みで答えた。相当気に入ったようで、うっとりとペンを眺めている。
「はっ、陸のセンスには呆れ…………る程素晴らしいな! 都の言うとおりだよ、超カワイイよな! 俺も陸が持っているのを見て欲しくなったんだよな!」
なんだこの圧倒的な手のひら返し、海外のスポーツ評論家もびっくりだ。思わずのけぞってしまった。さすが妹萌属性持ちの妹力一万超え。その数値は伊達ではない。ちなみにだが、お前にそのペンを見せたのは今が初めてだぞ。
「そ、そうだろう」
竜は俺の側に来ると、耳打ちする。
「おい陸、そのペン俺によこせよ、ああん、分かってんのかオラ」
お前はヤンキーか。
「いや、普通に都ちゃんにあげようと思って買ったペンなんだけど……」
都ちゃんと竜の反応は対照的だった。ぱあっと笑顔を咲かせ、ぎゅっとペンを握る彼女。そして……うん、アレは視線だけで人を殺せるのではないか? 実を言えばもう一つプレゼントがあるのだが、竜が居ないときにしよう。
「ほ、本当ですか!? わぁぁぁぁあ嬉しいっ!」
「イヤヴァァァァアへあっぁぁはヴァうじゃおクソガ、あア、持ツべキ物は心ノ友だヨナぁあああ!」
お前はお礼を言ってるつもりかもしれないけれど、憎しみがあふれ出てるぞ。いやむしろほとばしってる。まるで地球外生命体にとりつかれた人間みたいなしゃべり方しやがって。
「ちょっと早いけれど、誕生日おめでとう。ってことで」
「うわああ、毎年ありがとうございます!」
「陸。屋上へ行こうぜ、久しぶりにキレ……」
「兄さんうるさい!」
すごい、鶴の一声……いや、神の一声だ。あれだけやかましかった竜が、この世の終わりみたいな顔で沈黙しているぞ。
「まあ俺だって都ちゃんから毎年もらってるし、そのお返しだよ」
「有難うございます! 陸兄さんの次の誕生日は必ずお返しします!」
「お、おい。陸?」
「兄さん、さっきからうるさいんだけど。邪魔だからトイレにでも行ってて」
都ちゃんの一言で竜は顔面を引きつらせる。そして「お、俺トイレ行きたかったんだよなぁ」と立ち上がって背を向けた。
肩を落としてすごすごトイレに行く竜の背中は、ただならない悲壮感が漂っていた。
「陸兄さん、陸兄さん」
「はっ!」
「どうしたんですか?」
「い、いや別に何でもないよ」
あまりにむごい背中だから絶句していただけだよ。もちろん言えるわけがない。
「兄が居ないうちに、聞いても良いですか?」
「何を?」
都ちゃんは苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべると、ぽつぽつと話し始める。
「今日って買い物に来たんですよね。それも私の誕生日プレゼント用に。それでですね、その、兄さんって、初め何買おうとしてました?」
「え、なんでプレゼント買いに来たことがわかったの?」
「兄さんが私のプレゼントで画策してたのを見たんです。そしたら今日ここにいるじゃないですか。コレは陸兄さんが何か言ってくれたのかなって」
「確かに色々言ったけど、よくわかったね」
「……でなければ兄さんがこんな場所に来るわけないじゃないですか」
「来ないかな?」
「来ません。去年なんか本気で自作の歌をプレゼントしようとしてたんですよ?」
「え、キモ。どん引きだわ……」
思わず素の声が出てしまった。
「普通そうですよね。でも兄は違ったんです。隣の部屋から私の賛美歌が聞こえた時は、新たな拷問かと思いました」
都ちゃんはよく竜と会話してあげてるよ。絶縁状たたきつけてもいい位の所業だよそれ。
「ですから、あの兄がまともな物が買える店に来るとは思えません。なら陸兄さんが何か言ってくれたのかなって」
まるでその場に居合わせたかのようだ。俺が止めなかったらマジでアイツはダイエットグッズを買ってたよ。すごいしぶとかった(小並感)。
「都ちゃんはすごい。まるで見てきたかのようだ。アイツはまともじゃなかったよ」
都ちゃんは小さい胸を張ると、ふふん、と小さく鼻を鳴らす。
「でしょ、それで気になったんですけど、兄は何を買おうとしてたんですか?」
答えられるわけがない。勢いよく首を横に振る。
「ああ、気になるかも知れないけど、聞かない方が良い、ゼッタイ」
俺が言いにくいし、なにより都ちゃん自身にもダメージがあるかも知れないし。
「お願いします、是非教えてください」
「え、言わなきゃダメ?」
「陸兄さん……ダメですか?」
どこでそんな技を覚えたのだろうか。ブレザーのタイをぎゅっと握り上目遣いでこちらを見つめる破壊力は、並じゃない。三千世界でも通用するよ。
真剣な彼女の目に押され、小さく頷く。
「あー分かった。怒らないで聞いて欲しいんだけど…………その、アレだ…………ダイエットグッズ」
ずっと見ていていたことも有るけれど、都ちゃんの顔が真っ赤になるのが分かった。恥ずかしがっているのか、怒りなのかはわからない。大なり小なり有るかも知れないが、多分どちらもだろう。
「えっと、ご、ゴメン。で、でもさ都ちゃんにダイエットなんて必要ないよ! 全然やせてるように見えるし」
「陸兄さんが謝らなくて良いですよ。それに太っているのは事実なんです。陸兄さんが今見ている私は幻覚です。かりそめの姿なんです」
「かりそめの姿だったの!?」
「そうです……体中につまめるくらいのお肉が、お、お腹が、二の腕が、二の腕がぁぁ……」
「ちょ、落ち着いて!」
両腕を押さえて悲痛な声を出す彼女をたしなめるも、目立った効果は見られない。
誰か特効薬を、ペニシリン並の特効薬を!
「それなのにどうして兄は居間でごろごろしながら、リスのようにお菓子を頬ばるのでしょう。挙げ句の果てにダイエット器具?」
なんでアイツは妹がダイエットしてるのを察してるはずなのに、目の前でお菓子食っちゃうかな。せめて部屋で食え。
つか都ちゃんのダークネス化がヤバイ。トラブルには発展しないし、させてはならない。ある意味一般では放送禁止レベル。
「あ、そ、そうだ。話が変わるけどさ実は都ちゃんへのプレゼントもう一つ用意してたんだ」
ここは話をそらすしかない。
「え、もう一つですか?」
「そうそう、あのペンはおまけで本当はこっちがメインだったんだ。竜がいるときに渡すとうるさいから、さっさとしまって」
俺は鞄をあさると、包装された包みを取り出す。そして都ちゃんに手渡した。
「え、うそ……さっきのペンは?」
「あれもあげようと持ってたけど、あっちは誕生日用じゃないよ。都ちゃん好きそうだな、と思って買っただけだし。それに色々お世話になってる都ちゃんに、あれだけなわけないじゃないか」
「えへへ……」
呆けた顔で包みを見ていた都ちゃんであったが、やがて氷解し、ゆっくり笑顔に変わる。そして満開の桜のような笑顔を浮かべると、プレゼントを抱きしめた。
なぜだろう。心から嬉しそうに包みを抱きしめる都ちゃんを見ていると、なんだかこっちが照れくさくなってくる。
「ほ、ほら竜が来るから、しまってしまって」
「はい、ありがとうございます!」
彼女は鞄を開けると、割れ物を扱うかのように優しく中にしまう。
都ちゃんを見ているといつも思うが、竜がシスコンをこじらせるのは必然だったのだろう。
次の話で先輩との掛け合いだぜ!