稲妻と呼ばれた男
「駄目か!」
その事故はユーロ海岸沖を飛行中に不意に起こった。
ユーロ海軍特殊部隊所属、稲妻の異名をとる天才パイロットであるフランク・モリスは特殊部隊の長であるマクニガン提督と国際犯罪組織テンペストとの汚職を暴く為に彼の直属の上司であるカーヴァー総督からの密命を受けて汚職の証拠を調べていた。
そして、今日ついにその証拠である書類を手に入れ沖合いにあるカーヴァー総督の別荘へ飛行を続けていたところだった。
ところがもう少しでカーヴァーの別荘へ着くところまで来て不意にエンジンから煙が上がり機体は瞬く間にきりもみ状態に陥った。
「クソ!こんなところで死んでたまるか!」
傍らに置いてある証拠の入ったアタッシュケースを横目にフランクは何とか海上着陸に持ち込めないかと模索した。
しかし、そんな考えも追い付かぬまま機体はどんどん海面へ向かって墜落を続けていく。
証拠を諦めなければ死ぬ!
そう感じた瞬間、フランクは脱出ボタンを叩いていた。
しかし、ボタンは破壊されており効かなかった。
海面まであと十メートルと迫った瞬間、フランクは隠し設置しておいた第二脱出ボタンを拳で思いきり叩いた。
ボンッ!と大きな音が鳴り脱出装置が発動した時、同時に機体は海面に激突して炎上した。
激しい衝撃と共にフランクの体は海面に叩きつけられ一度大きく海中に引きずり込まれたかと思うと救命胴衣が作動してフランクは海上に浮き上がった。
ドーン!!
激しく爆発炎上を続ける機体を尻目にフランクはやっとの思いで海岸まで泳ぎつくことができた。
だが、意識があるのはそこまでだった。
目覚めると真っ先に目に飛び込んできたのは心配気に自分を覗き込んでいるジョージ・マクレガーの顔だった。
「フランク、気がついたか?」
耳慣れたその声にフランクは自分が助かった事がわかった。
ジョージ・マクレガーはマクレガー財団の御曹子でILO(国際労働機関)の工作員をしている男である。
今回のカーヴァー総督への汚職摘発の案も彼が提案したとフランクは聞いていた。
「あの事故は完全に仕組まれたものだ。どうやら俺達の行動はマクニガンに筒抜けだったようだな。それにしてもよく助かってくれた。お前の腕でなければ確実に命を失っていたよ」
「ジョージさん……。あ!そうだ!ジョンは!?マックは無事ですか!」
ベッドから顔を苦痛に歪めながら起き上がろうとしたフランクをそっと横にしてやると。
「安心しろ、フランク。二人はセントジーニアスのマクレガー屋敷にかくまっている。あそこなら管理人以外誰も来る事はないからな。大丈夫だ」
「そうですか……。それは良かった……。ありがとうございます!」
安堵した明るいブルーの瞳でフランクは笑った。
「お前も良くなり次第セントジーニアスへ向かうといい。ほとぼりがさめるまであそこで暮らすといいよ。それから、これはこれからのお前の行くさきについての提案なんだが、公にはお前は事故で行方不明となり消息を断つ事にしてある。そのかわりこれからは俺の元で働いてくれないか?勿論、ジョンとマックも一緒にだ。どうだ?考えてみてくれるか?」
「考えるも何も勿論承知です!命の恩人であるあなたの元で働けるなら俺は何でもしますよ!」
「俺専用の大型ジェットのパイロットになって欲しいんだ。テンペスト撲滅の為にこのジェットは必要不可欠だ。機内には大型ジェット戦闘ヘリも装備されているからな。好きに使えばいい」
ジョーは静かに微笑んだ。
「やりますよ!ジョージさん!俺の全てを賭けて俺はあなたと共に戦います!」
決意に満ちたフランクのブルーの瞳が笑った。
そして、暫くするとフランクの主治医であるマリー・ヒューイットが病室に入ってきた。
「じゃあな、フランク。詳しい話はまたにしよう」
フランクやジョーとも顔馴染みであるマリーに遠慮するようにジョーは病室から出ていった。
「マリー、助けてくれてありがとう。お前がいなかったら俺は……」
近寄ってきたマリーのポニーテールがふわりと揺れた心地好さにフランクが微笑むと、マリーは輝くような笑顔を見せてフランクの側の椅子に腰かけた。
「あんな大事故で助かるなんて奇跡的よ。全身打撲だけですんで本当に良かったわ」
マリーは寝乱れていたフランクの前髪をそっと撫で付けてやるとまた笑った。
「俺は今度ジョージさんの元で働く事になったんだ。ジョンやマックも一緒に働けるんだ!」
フランクの明るいブルーの瞳が笑うとそれに応えるようにマリーは頷いた。
「ジョージさんの元なら大丈夫ね。私はあなたを信じているわ。これからは危ない事もあるかもしれないけど、あなたなら絶対に大丈夫だもの。あなたは私の唯一無二の飛行士さんだものね!」
「マリー……」
二人は暫く見つめあっていたが、やがてどちらともなく唇を合わせた。
「愛しているよ、マリー……」
「私もよ……、フランク」
開け放たれた窓から五月の爽やかな風が吹き込むと二人はまたくちづけた。
「いつか……。いつになるかは判らないけれど全ての戦いが終わったら俺と結婚してくれないか?」
「ええ、勿論よ!あなたは私だけの飛行士さんだもの!」
二人はベッドの上で抱き合い更にくちづけた。
そうして、稲妻と呼ばれた男フランク・モリスはその日を限りに消息を断った。
世界中のテンペストを相手にフランクがジョーと共に戦う日はもう少し後の話となる。
「完」