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うつぼ作品集  作者: utu-bo
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予言の書

【予言の書を拾った男】





俺は悩んでいた。


目の前には人生の選択肢があって、2つに1つを選択しなくては前に進めない。

そんなシチュエーションを目の前に燃えるような男ではない。

はっきり言って、俺はおじけついていた。


秋空の下。

秋風の中。

古びた公園のベンチ。


こんな光景が似合う男は俺ぐらいだろう。


「佐久間、話があるんだ。」


会社の上司が俺を呼んだ。

声のデカい奴が偉いわけではないが、この上司はやたら声がデカい。


「いい話だ。」


こんなフレーズから上司の話は始まった。



取引先の会社役員の娘との見合い話。

簡単に説明するが、明らかに魅力的な話だった。

三十路過ぎで出世もできない俺にはよだれが出るほど魅力的すぎる。

だが、俺にはナオミという6年来の相方がいた。


「来年の春にナオミの親に挨拶をしにいく。」


そんな約束をした秋空と秋風が俺をせめる。


だが、ナオミと結婚すれば、出世などありえなくなるわけだ。

今の会社にだっていられなくなる。



要は見合い話を受けて、出世を目指すのか。

それとも、ナオミとの6年来の恋愛結婚を成就させるのか。


仕事と愛を天秤にかけているわけだ。

その選択肢を悩み、悩み、悩み尽くして、選択しなくてはならない。


秋空は答えてくれない。

秋風は答えてくれない。


俺はベンチの上で背を伸ばした。

公園には俺と見知らぬじいさんがいた。

俺の座るベンチの斜め向かいのベンチにじいさんは座り、杖をつく。

時折、小刻みに震えるのはじいさん特有の生理反応だろう。

いや、俺はじいさんの生理反応など気にしている場合でない。




決めなくちゃいかんな。




煮え切らない態度を正すように背筋を伸ばす。


秋空の下。

秋風の中。


俺はじいさんがいないことに気付いた。


ほんの一瞬の出来事で、Mr.マリックの超魔術のようだ。

いや、いや、じいさんが立ち上がり、杖をついて、歩いていったことに気付かなかっただけだろう。

超魔術などありえない。

俺は首を回し、パノラマチックに公園を眺め、じいさんを探した。


杖をついている割には早い足取りで小さくなっていくじいさんが公園の出口あたりに見えた。




ほらやっぱり。




そして、じいさんは杖を起点に回転するように器用なコーナリングを見せて、消えていった。




まじ、じいさんかよ。




じいさんのコーナリングにびびったが、俺の未来には関係はない。




まあ、どうでもいいことだ。




再び頭を切り替えて、パノラマチックに周りを見回した。


じいさんの座っていたベンチに何か茶色い本が忘れてあるじゃないか。




しゃあないな。




俺は立ち上がり、茶色い本を手に取り、じいさんを追い掛けた。

ついさっき公園の出口を曲がったばかりで追い付くのも造作ないことだ。




所詮、じいさんはじいさんだ。




そんな俺の安易な判断は簡単に否定された。

じいさんはすでに消えていた。

じいさんらしくないコーナリングを見せたとはいえ、俺の若さという変数を方程式に入れ込めば、追い付けないはずがない。




ガリレオだって解けない謎だぜ。




意味のわからないコメントを思い浮かべ、即効諦めて、また元のベンチに戻る。




さてどうするべいか?




俺は自分の悩みではなく、じいさんの忘れ物の処理を考える。

軽い現実逃避だ。


じいさんの本は革製のカバーでコーティングされていて、なんとなく高価そうに見える。

じいさんの本ではあるが、拾い主の特権で本を開いていく。




忘れたのはじいさんだから。




そんな言葉で俺を正当化する。


本の1ページ目には題名も何もなく、ただ【佐久間】とだけ印刷されていた。




なんだ?こりゃ?




俺の名前の印刷されてある。




次のページをめくると俺は血圧が下がる音が聞こえた。

目に映る印刷された文字、文、段落、俺はその内容に動けなくなった。


1ページ目に印刷された【佐久間】の意味は俺だった。


俺は立ち上がり、じいさんを捜し回る。公園から周りの道路まで走り回る。

だが、じいさんはすでにいなかった。




どういうことだ?




再びベンチに戻る俺はありえないリアルを分析する。

見知らぬじいさんが忘れていった本には明らかに俺の昔話が印刷された。



小1の頃、交通事故で左足を骨折したこと。

中2で火遊びで補導されたこと。

中3の夏、非常階段を上り切った先の空を求めていたこと。

高3に自分のキャパを認識したこと。



普通にありきたりな思い出が活字化されていた。

忘れていた思い出までもが頭によぎる。




この本は何なんだ?




秋空の下。

秋空の中。


本のページをめくる音。

俺の息を飲む音。


頭の中で活字化された思い出を読み込み、事実確認を行った。

活字化された思い出と俺の記憶データとの差異を探す。

結構、小さいことは見つかるが、それは大体俺の記憶データが間違っていると簡単に気付くものだった。




俺の記録?




言葉を必死で探す。

この本には俺の過去が書いてある。

そして、ページをめくる手を止めた。




過去はいい。未来は?




俺は本に問い掛けた。

過去だけでなく、未来の記録はどうなっているのか。




未来は?見合いは?ナオミは?




俺の悩んでいた答えがこの本に記録されているかも。


秋空の下。

秋空の中。


呼吸音と鼓動のリズム。

瞬きで空気を刻む。


秋雨が落ちてきた。


俺は本を持って、本を大事に抱えて、走りだした。



秋空の下。

秋風の中。


秋雨が降り止まなかった。









これは5年前の俺の記憶だ。

あの日のじいさんは俺の未来で。

あの日の本は俺の個人的な予言の書で。

俺は予言の書通り現在を刻んでいる。



一階で朝食を作るナオミ。

予言の書で俺はナオミと結婚していた。

だから、予言の書通りにナオミとの恋愛結婚を選択した。


見合い結婚→出世コースか?

6年来の恋愛結婚の成就か?


そんな悩ましい2つに1つの選択肢を選びきれなかった俺の前に現れた奇跡の出来事。


歳老いた俺が現れて、予言の書を置いていった。



ナオミとの結婚。

見合い結婚を断ったから出世コースから外れた。

そんな会社から逃げるように転職をした。

転職もナオミの親のコネだった。


これも予言の書に書いてあった。


俺は新しい仕事にやりがいを感じて。

35年の住宅ローンを組んで。

ナオミは仕事を辞めて。

専業主婦になって。


これも予言の書通りだ。


ナオミのお腹には俺の子供がいて。

もうすぐうまれる。

主治医いわく女の子だそうだ。


もちろんこれも予言の書通りだ。


娘の名前は香織にしよう。


全てが予言の書通りに未来を刻んでいた。

俺は予言の書に書かれている通りに人生を歩む。


秋空の下。

秋風の中。


俺は答えを見つけたのだ。


再び本を閉じる俺。

渇いた音が空気に溶ける。

本棚の奥に予言の書を差し込み、本棚に鍵をかける。

俺だけが知っている俺だけの未来。


俺は予言の書通りに未来を刻んでいく。









【予言の書を作った女】





「いってらっしゃい。」


あたしは佐久間進に手を振った。

右手にはゴミ袋を持っている。

今日は燃えるゴミの収集日だ。

明日はリサイクルできるペットボトルの収集日。

明後日は燃えないゴミの収集日。

これはきっと変わらない。


根本的に市政が変わらない限り、ゴミの収集日など変わることはない。


あたしは佐久間ナオミ。

佐久間進の妻だ。



これも変わることない未来なのだ。



進は今日もあたしの親のコネ絡みの会社に出勤した。

土日休みの社員に優しい会社であることは間違いない。

そのために進に再就職してもらったのだから。



あたし達の結婚には1つの障害があった。

いや、あったという言い方は少し違う。

6年間の恋愛期間にたいした障害もなく、あたし達は恋愛結婚の手前まで来ていた。

だが、あたし達の未来に突然、障害がふってわいたのだ。




進の見合い話。




進の上司からのおいしい話にかなり進も揺らいだと思う。

でも、あたしにだって6年間、進と過ごした意地もある。

だから、あたしは考えた。

深く。

深く。

進を失わない方法を考えた。


そして、あたしは確実に進と恋愛結婚を成就するための計画を思いついたのだ。




あたしの恋愛結婚成就計画




まず計画の下地としてあたしが特殊スキルを得る必要があった。


市民講座の特殊メイク講座にまずあたしは申し込んだ。

週二で六週間の12回短期コースであたしは特殊メイクを学ぶ。

男を女に、女を男に、若者を老人に、人間を怪物に、それぞれの講義と実技があり、あたしが最も力を入れたのが若者を老人に特殊メイクする講義だ。

特殊メイク講座と同時進行で通ったのが某俳優養成センターだ。

そこでは他人の演じ方を学んだ。特にお年寄りの行動パターン、生理反応、歩き方がとても役に立った。


あたしは見事に老人に化けることに成功した。


老人の特殊メイクと行動パターンで電車に乗れば、気のいい若者が席を譲ってくれるぐらいにリアルじいさんにあたしは化けられる。


これで6年来の恋愛結婚成就短期計画の下地が完成した。


次は第2段階に突入する。


予言の書の作成だ。


自費出版で2冊の予言の書を出版する。


極めて個人的なあたし達の記録。

出版社には2人の結婚記念にと言えば、『おめでとうございます。』と祝福される。

なくした時のスペアに2冊分と言えば、『しっかりしてますね。こんなしっかりした奥様、ご主人も安心ですね』なんてうらやましがられる。



あたしと進むが結婚するための計画は着実に進んでいる。


重要なトピックは進本人との会話から。

ありふれたトピックはインターネット検索で最もポピュラーでありがちなものを。


あたしは過去を活字化し、記録していく。


進はこんな生き方をしてきたんだ。

普通すぎる進の人間性を改めて理解した。


そして、次に活字にするのはあたし達の未来だ。


仕事のこと。

もちろん見合いを断る以上、転職は止む得ない。

だから、パパのコネを利用しよう。

そして、一戸建てじゃないといやだから、住宅ローンを組もう。

子供が出来てからの方がいいかしら。

そうね。

いや、一戸建てからやっぱり先にしましょう。

子供は女の子が絶対いい。

一緒に買い物だっていけるし。

名前は香織としよう。

そして。

そして。


あたしが老後にかわいい娘と孫に囲まれて、逝くラストにしましょう。

進には定年したら、退職金が入ったら、1、2年で逝ってもらう。

あたしもすぐ追い付くからね。



あたしは一気に書き上げた後、出版社に原稿を持っていく。

担当の人に原稿を読んでもらうと、一瞬、眉間にシワを寄せた。


『これを本にするんですか?』

『はい。』


あたしは会心の一撃に近い完成度の高さに眉間にしわが寄ったのだと思った。



数日後、2冊の本がかわいらしい包装紙でラッピングされて、あたしの家に郵送されてきた。


ラッピングがやぶけぬように丁寧に包装紙を剥いでいく。


そこには2冊の本があった。


ラバーコーティングされた茶色と青色の本。


それにはあたし達の未来が記録されている。






秋空の下。

秋風の中。


あたしは老人を演じ切った。

進はあたしの思い通りに予言の書を手に取った。



全てが計画通りで【あたしの恋愛結婚成就計画】が完成する。



そして、あたし達は結婚した。



あたしが描いた予言の書通りに話が進む。


進の転職。

一戸建ての購入。

あたしの懐妊。


未来はあたしが描いた予言の書通り刻まれていた。



あたしはゴミ袋を収集場所において、家に戻る。

まだ小さな香織が【おかあさんといっしょ】を見て、踊っていた。


まず何が苦労したかというと、香織を生むことだった。


お産がえらいのは当然だが、予言の書通り女の子を生まなくてはならない。

どうしたら女の子を生めるだろう。

男と女の生み分けは単純に二分の一ではない。

あたしが代々、女系家系だからといって、必ず女が生まれるわけではない。

進の家系だってからんでくるし。

確率論だけで香織を生むことを考えるのはリスクが高い。


あたしが香織を生むためにしたことは毎日のセルフマインドコントロール、略して、SMC、要は思い込みだった。




あたしは香織を生む。




毎日、毎日、あたしはそう唱え、懐妊してからも、お腹に【香織、香織】と小さく声をかけた。




間違っても、太郎を生まないために。




セルフマインドコントロール、略してSMC、要は思い込みのおかげか。


あたしは無事、香織を生んだ。


香織はすくすく育っている。

あたしは【おかあさんといっしょ】で踊る香織を抱き締めた。

あたしの温もりに反応して、香織はギュッとまるまって、目を閉じる。


毎日の日課だ。





あなたは私立○○幼稚園に入園するのよ。そこからエスカレーター式にずっとずっとのぼっていくの。





あたしは香織の耳元で小さく、何度もつぶやいた。


あたしが書いた予言の書の通りに未来を刻むために。




あたしは予言の書通りに未来を刻んでいく。





【おしまい】


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