強迫性障害の彼と彼の中で生まれた僕
また病気が始まったと彼は溜息をついた。10分前の行動に自信が持てない。USBを引き出しにしまった。パソコンの電源を落とし、エアコンを切り、ドアの鍵をしめた。確かにそうした記憶も手応えもある。だが、曖昧なのだ。その記憶にも手応えにも確信が持てない。この目で現場を確認しないと気が済まない。これは病気だ。
強迫性障害。世間ではそう言う。
そんなの気にすることはない。
大丈夫だよ。
気休めに慰められても誰も責任を取ってくれない。
いっそ無責任に生きられれば。
自分勝手な責任転嫁ができれば。
そんなことができるのであれば、こんなに苦しむことはない。胸がわさわさする。肉体的症状ではない。心の問題だ。
仕方がなく彼は元来た道を戻り、会社へと向かった。
これは彼が残した記憶。
壊れてしまっている彼の記憶の断片。
今日も同じだ。病気が発症した。
周りから見れば何故にそんなことで悩むのかと馬鹿にされるだろう。昨日まで持っていた書類がどこにあるのか。分からない。
探さなくては。
見つけなくては。
さもないと自分を維持できない。
あの時の記憶。書類を扱った時の記憶。
ああ、そうだ。自分ではない。
あの人に預けたはず。
預けたはずなのだ。
壊れている彼を何とか救えないだろうか。
病気と考えてしまえば対応可能だ。
まず戸締りの確認。何度鍵を掛けて、ドアノブを引いて、鍵が掛かっていることを目の前で確認しても安心できない。胸がわさわさする。
どうすればいい。
そう第3者の視点だ。
自分以外の視点で強制的に物理的証拠を作る。
仕事でいえばwチェックと同じ。それを毎日家を出る時にする。独り身だから、スマホを使う。スマホでドアノブを引いて鍵が掛かっていることを確認できる映像を残す。
これはいい方法だ。
こうすればいい。
こうすれば生きていける。
壊れている彼がこれ以上壊れないために見つけた対応方法。病気でいえば、ただの対処療法といったところか。それでも、彼はこの対処療法で少しだけ楽になった。
スマホで取ったはずの画像が消えた。どうして。朝、鍵を掛けて、ドアノブを引いて、スマホで撮影したはずだ。おかしい。どうして。スマホで物理的証拠がないと生きていけない。どうすればいい。どうすれば、自分の行為に責任が取れる。どうすれば。
この日から彼は家から出ることができなくなった。自分が行った行動に責任が取れない。誰かと肩が触れただけで怯え、訴えられる気がした。自動車を運転していて少しでも違和感あれば、事故を起こしたかと思った。全てが怖い。人と関わるのが怖い。生きるのが怖い。彼の中には生きることに不安と恐怖しかなかった。
幼い頃、家族の中で1人浮いていた。昭和から続く家族という生態系。絶対的な権力を持つ父とそれに追従する家族。普通に生きることは必然。優秀であることは当然。彼は運動も苦手。勉強も苦手。
厳格な父親に間違ったことを叱責されるたび、間違えることに対する恐怖が植え付けられる。その恐怖は父だけに対する恐怖ではなく、人への恐怖と伝染する。人の目が気になって何もできなくなっていく。
兄も姉も器用に父をやり過ごした。彼にはできなかった。人への恐怖でうまくしゃべることもできず、学校でいじめられた。父に怒られないために学校で起きたことは話さない。宿題のことも。成績のことも。いじめられたことも。
これは恐怖の種だ。
毒々しい色の種。
恐怖が栄養。
芽が出て 、子葉を形成し、より大きくなる。
恐怖がなくならない限り、大きく育ち続ける。
そして、華が咲く。
毒々しい色の華。
恐怖が絶えない限り枯れることはない。
彼は今も生きている。
父に対する恐怖は消えない。
人に対する恐怖は消えない。
常に不安でたまらない。
この社会で生きていくには仕事が必要で、人と関わらず生きていけない。だから、彼は生きる手段を見つけた。人に対する恐怖を軽減するために。
これも対処療法だ。
人と必要以上に関わらない。
ビジネスフレンドであり、フレンドにはならない。
飲みにも行かない。
BBQにも行かない。
仕事の時間だけ関わる。
仕事で頼られれば対応する。
仕事ではできることは全てする。
だけど、仕事の時間だけだ。
そうすればいい。
誰に傷つけられることも、誰かを傷つけることもない。
強迫性障害が発症しないように、人には頼らず、スマホで擬似的に作った第3者で対応する。
強迫性障害が発症したら、格好悪くても、無駄な時間を消費して自分で解決する。
そうやって死ぬまで生きていく。
これは不器用な生き方だ。誰にも頼らず、自分だけの世界で生きている。楽しみや悲しみを誰かと共感することもない。人としての生き方として間違っている。誰もがそう思うだろう。
しかし、すでに壊れてしまって、人と関われない人間もいるということを理解してほしい。
僕は彼の中に生まれた第3者だ。
スマホが作り出した擬似的第3者ではない。彼が恐怖に震える日に彼の心に生まれた。彼をずっと見てきた。
USBをしまった。鍵を掛けた。彼は確実に行なっている。強迫性障害など感じる必要もないのに。強迫性障害が発症して、無駄な時間と労力を費やしている。
愚かしいと思うことが毎日だ。
全ては恐怖から始まっている。
きっと彼は僕のことを知っている。
でも、自分の心に生まれた第3者など認めるわけがない。それを認めてしまうと自分が頭のおかしい欠陥品だと考えてしまうだろう。だから、僕も彼の中で彼を見てるだけ。
苦しみながらも死ぬまで頑張って生きていく彼を見てるだけ。
いつかどうしようもなくなった時、彼に伝えようと思う。
誰も君を傷つけないと。
誰もが君と関わりたがっていると。
だから、人を頼ればいいと。
了




