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うつぼ作品集  作者: utu-bo
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召喚されざる者


 これは夢なのか。目の前にいるのは紛れもなくドラゴン。藍色に光る鱗。爬虫類特有の眼。トカゲというよりも恐竜にフォルムが近い。足元には漫画でよく見る魔法陣。魔法陣が地面から一センチ浮いている。それに乗る俺も浮いている。超電導磁石システムなのか。いやいや、目の前のドラゴンというファンタジー設定から推測すれば、これは科学の力というより人知を超えた魔法の力だろう。魔法陣だし。

「さあ、召喚したぞ。ドラゴンを攻撃せよ」

後ろから聞こえるのは屈強な鎧で身を守る勇者の声。えっ、戦うの。俺は魔法を使えるわけではない。無論、特異な剣術や体術を持っているわけではない。ただの人間。しかも寝間着姿。なのに、ドラゴンと戦えと命令される。どういうことだ。こんな異世界に召喚されるなんて。俺の叫びなどドラゴンにも勇者にも届くわけがない。それに俺の叫びよりも早くドラゴンはその巨大な顎で俺を簡単に噛み潰した。


 これは夢じゃない。額に大粒の汗が流れ落ちる。Tシャツの首元が生温い。首元を引っ張り、風を通すと体温が一度下がった。

「全く、またか」

頭から噛み潰された痛みが消えず、ロキソニンをラムネのようにかじる。ティッシュで額を拭い、繰り返される召喚に歯軋りをする。ただの夢ならばいい。これは夢じゃない。何度も殺され繰り返されている。

 この世界にはRPGというゲームがある。ゲームの中、美しく頑強な城があり、酒場からダンジョンまである。聞いたことのない国の名前が並び、兵隊が国境を守る。平和に満ち足りた現実の世界とは異なる異世界RPG。この現実の世界は異世界転生ブームだ。小説も漫画も転生して、異世界で天下を取る物語から異世界で平凡に暮らす様まで溢れている。そんな世界にいる俺が異世界に召喚されるなんて思いもよらなかった。

 職業は公務員。役職のない窓際族。嫁も子供もいない。独身貴族と言えば聞こえがいいが、要はもてないだけ。現実のたいしたことない人生からすれば、この繰り返される召喚はチャンスだ。異世界転生物語のように天下を取れれば。

 召喚を繰り返し、殺され続ける日々の中、選択した答えは強くなることだ。ドラゴンを倒せるくらい強くなればどうだ。異世界でも天下を取れる。レベルアップすれば、何かジョブをもらえるかもしれない。

 まず俺は身体を鍛えた。ライザップに行き、高い投資の結果、屈強な肉体を手に入れる。剣術は剣道道場へ、体術は極真空手へ、身体を痛めつけ、鍛え上げる。さあ、準備ができた。ドラゴンと戦う準備がだ。

 今夜も召喚されそうな気配だ。ベッドの脇に短剣と盾、寝間着の代わりに鎧を身に纏い、ベッドに潜り込む。さあ、ドラゴン、いざ勝負だ。出でよ、俺。




 風に揺れる森の中、たき火の前で眉間にしわを寄せる勇者は召喚獣のステータスを確認した。ヒューマン小木曽ひろしと書かれた召喚獣はレベル3だ。魔力も腕力もない。ドラゴンミッションをクリアするためにこの小木曽ひろしを召喚し、戦い続けた。レベルが上がれば、強くなるのでは。弱い召喚獣を育てるのはいい。レベルを上げれば上げるほど強くなり、育てる充実度が違う。だからこそ、最弱と呼ばれるヒューマン小木曽ひろしを選択した。しかし、何だ。これは。この弱さは。他のパーティーにヒューマンのことを聞いた。レベルが上がれば強くなるのかと。その回答に愕然とする。

「ヒューマンか。あれは駄目だよ。レベル上がり具合も遅い、魔力も上がらないし、腕力もね。上がるのは知恵かな。レベルが上がれば、ジョブチェンジできるけど政治家だしね。ああ、でもゴールドは集まるよ。戦いには不向きだけど(笑)」

政治家って。ゴールドって。勇者の目的はドラゴン退治。ミッションクリアして、お姫様を救う。不必要だな。小木曽ひろし。何回も召喚し、ドラゴンと対峙させレベル3までようやくあげたが、これ以上は無理。他の召喚獣にしよう。勇者は召喚獣リストから小木曽ひろしを簡単に削除した。その代わり、節足生物ゴキブリをリストに入れる。うん、こいつはいい。環境適性が高い。毒耐性もいい。未知の毒に対しても戦いを繰り返すことで耐性を作ることが可能だ。卓越した運動機能性もある。スピードはドラゴンよりも速い。空も飛べる。攻撃力はというとそこそこか。だが、ヒューマンよりはいい。レベルアップするとゴキブリキングとなり、ゴキブリショックウェーブという大技使えるようになる。ゴキブリショックウェーブとはゴキブリキングが生んだ卵からミニゴキブリを排出し、ゴキブリによる総攻撃を行う。肉体的ダメージだけでなく、精神的ダメージも高い。しかし、フォルムはきしょいな。生理的に受け入れがたいデザインだ。注意書きか。なになに。ゴキブリショックウェーブの後、身の回りを綺麗にしておかないと自然繁殖が起こり、野良ゴキブリが生まれ、その世界の生態系に影響を及ぼすこととなる。なんのこっちゃ。まあ、ヒューマンよりいいだろう。よし、次の戦いはゴキブリを召喚しよう。たき火で木が爆ぜる音を子守唄とし、明日のミッション備えて眠った。



 この日より召喚されなくなった小木曽ひろし。ライザップで鍛え上げた逞しい肉体により彼女ができ、結婚し、今や二児のパパとなった。

 勇者は召喚獣として育てた節足生物ゴキブリのゴキブリショックウェーブによりドラゴンを退治し、お姫様をゲットした。

 異世界にはゴキブリショックウェーブにより生まれたゴキブリが自然繁殖し、その生態系を破壊している。

 そんな物語は次の機会で。






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