神様のふりをするの灰色のシャム猫。
空が灰色だった。
僕の尻尾と同じ色で。
僕の背中と同じ色で。
なんだか空と仲良しになれた気分だ。
でも、僕はもう動けない。
お腹が空いて。
もう動けない。
僕は干からびていく。
艶やかな毛並みもカサカサで。
僕が死んだ時、誰も見ていないと思っていた。
猫なんだから。
誰かのそばで死のうとも思わないから。
別に良かったんだけど。
でも、灰色の空から神様が見ていたみたいだ。
神様は灰色の空と同じ色の僕の背中を撫でて、つまんだ。
つままれた痛みよりも干からびた身体から解放される喜びの方が大きかったことを覚えている。
神様は僕を優しく抱えて、灰色も空にかかる灰色の雲の階段を上る。
僕は神様に抱かれるままに灰色の空を上っていく。
どうして僕を拾い上げてくれたのか?
僕は神様に聞いた。
でも、神様は寂しそうに笑っているだけだった。
何はともあれ、僕は灰色の空の上で神様と2人で暮らしている。
神様は僕にごはんをくれるし。
神様は僕にシャンプーしてくれるし。
神様と2人で1枚の毛布にくるまって、眠る。
何の文句もない生活。
何の不満もない生活。
それでも、きっと人間は満足せずにもっと上質の生活を望むのだろう。
あれ?
なんか変だ?
僕の頭に浮かんだ言葉はなんだかどす黒かった。
灰色のシャム猫さん、ごはんだよ。
タイミングよく神様が僕を呼んだから、そんなどす黒い言葉など完全に忘れてしまった。
神様が猫じゃらしを植えてくれたから、僕は暇つぶしに猫じゃらしに絡みつき、七転八倒していた。
だって、猫だから、仕方がない。
灰色の空の上で猫じゃらしの隙間から僕は神様を見た。
灰色の空の隙間から下に広がる町をずっと見ている。
僕のいた町だ。
僕が干からびていた町だ。
あれ、僕はどうして干からびていたんだろう?
こんなに猫じゃらしで遊べるくらい元気だし、何でも食べれるし。
灰色の空の上で神様暮らしていると、いろんなことを思い出せない。
別に神様がごはんをくれるし。
神様がシャンプーしてくれるし。
神様と2人で1枚の毛布にくるまって、眠れるし。
昔のことを思い出す必要はない。
でも、思い出せないで気になることもある。
例えば、神様が作ったピアノの大好きなロボットが気になったり。
おもちゃのピアノの音に合わせて、尻尾を振ったり。
きっと干からびる前の僕の暮らしを思い出しているからかもしれない。
僕が忘れてしまったこと。
いや、僕が思い出せないこと。
神様に聞いても教えてくれない。
でも、神様は言った。
おもちゃのピアノに合わせて、尻尾を振っていた時に。
やっぱり覚えているんだねと。
何をだろう?
僕は干からびる前、どんな暮らしをしていたのいたのだろう?
やっぱし神様は何も教えてくれない。
神様は人間が住む世界を作った。
神様はロボットの街を作った。
神様は音楽好きな動物達の小さな森を作った。
神様はハシジロキツツキが安心して暮らせる森を作った。
神様は灰色の空の上で灰色の空の下に広がる世界を作っている。
そっと灰色の空の下に広がる世界を見守っている。
きっと人間の住む世界で僕は飼い主に捨てられたんだ。
そして、干からびていく僕を神様が拾い上げてくれたんだ。
想像だけど。
きっと当たっている。
僕が干からびていたのは飼い主に捨てられたから。
とても悲しくなった。
僕が悲しむから。
だから、神様は何も教えてくれないんだ。
きっと神様は優しいから。
音楽が、おもちゃのピアノが気になるのは何故だろう?
僕が昔のことばかり考えていた頃、神様は少し元気がなくなった。
灰色の空の下の世界を見守っているが、新しい街や国を作ろうとしていない。
万能なはず。
世界だって作れるのだから。
神様が病気になるはずない。
僕が勝手に思い込んでいた。
本当は神様にも寿命があって。
本当は神様だって泣きたい時もあって。
いつの間にか神様は灰色の空の下の世界を見守ることもできなくなって。
1日中、ベッドに眠り続ける。
神様が死ぬわけない。
僕は猫じゃらしに戯れながら。
本当の神様から目をそらす。
そして、神様が冷たくくなって、僕はまた1人になった。
灰色の空の上には猫じゃらしが自然に繁殖して。
猫じゃらしだらけで。
僕は毎日、猫じゃらしと遊ぶ。
たまに灰色の空の下の世界を神様みたいに観察して、また猫じゃらしに戯れる。
ある日のことだ。
僕は四角い箱の中で。
幾重にも重なる猫の死骸を見る。
捨てられた猫達だ。
殺された猫達だ。
全く人間って奴はどうしようもない。
僕がそう思うと、人間の世界が音を立てて、崩れていった。
僕が思ったから。
僕が神様になったから。
そういえば、この灰色の空の上に広がる猫じゃらしも僕が望んだから。
それから僕は神様のように振る舞った。
人間の世界が消滅して。
捨てられた猫達の復讐を果たして。
僕が捨てられた復讐を果たして。
灰色の空の上の世界には灰色のシャム猫の僕と辺り一面に生い茂る猫じゃらしだけ。
もう神様はいない。
僕にごはんをくれる神様はいない。
僕をシャンプーしてくれる神様はいない。
僕を毛布にくるんでくれる神様はいない。
僕は寂しくなったから、猫じゃらしの中をかき分けて、鳴きながら、誰かを探した。
でも、灰色の空の上の世界には僕1人だった。
そして、僕は冷たくなった神様を見つけた。
灰色の雲のベッドで動かない神様。
僕は神様の襟元で丸くなって。
目をつむり、喉を鳴らして。
夢を見た。
僕を撫でるのは小さい手と大きな手。
小さい手は僕のことが大好きで、温かくて。
大きい手も僕のことが大好きで、優しかった。
毎日が過ぎていく。
茶色とオレンジ色の屋根。
2階にはベランダがあって、お日様がこぼれている。
1階には3本足のピアノがいつも歌っていた。
小さな手はユウちゃん。
大きい手はママさん。
いつも帰りの遅いパパさん。
ピアノの下には籐の籠。
籠の中には毛布があって。
お気に入りのおもちゃがあって。
でも。
パパさんがリストラにあって。
ママさんが株にはまって。
ユウちゃんと2人で家にいることが多くなった。
僕はユウちゃんといられれば嬉しくて。
ユウちゃんがピアノを弾いてくれて。
僕は尻尾でダンスをする。
やりなおします。
いつもと同じ場所で。
3本足のピアノの下で。
僕が眠っていると。
耳まで真っ赤になったパパさんがつぶやいていた。
やりなおします。
何度も繰り返して、パパさんはようやく眠る。
そして、僕は捨てられた。
ユウちゃんとママさんとパパさんが住む新しい家ではペットが飼えないらしい。
ユウちゃんが最後に抱っこしてくれた。
ユウちゃんも泣きながら。
僕も鳴きながら。
ユウちゃんの真っ赤なランドセルがトラックの中に消えて。
ユウちゃん達を乗せたトラックが走り去っていく。
僕を残して。
お腹が空いて。
喉が渇いて。
歩けなくなって。
雨に撃たれて。
アスファルトにへばりついて。
干からびていく。
僕はユウちゃんに捨てられた。
でも、ユウちゃんが泣いてくれた。
パパさんのリストラとか。
ママさんの株とか。
よく分からないけれど。
ユウちゃんの3本足のピアノがとても大好きだった。
だから、神様が覚えているんだねと云って。
だから、ピアノの大好きなロボットが気になって。
でも、僕はユウちゃんのいる人間の世界を消してしまった。
僕は神様じゃないから。
もう人間の世界を元に戻すことはできない。
ユウちゃん、ごめんなさい。
みんな忘れていて。
あんなに大好きだったのに。
ごめんなさい。
僕が目を覚ました時、神様はもういなくなっていた。
灰色の空のベッドには僕1人が眠っていた。
僕にできること。
電池の切れたピアノの大好きなロボットにコンセントの2つ穴を作ってあげることぐらい。
神様が僕を拾い上げた理由は分からない。
神様は寿命を知っていて、次の神様を探していたのかも?
それとも、1人で寂しかったから。
でも、今は灰色の空の上には僕しかいない。
灰色のシャム猫の僕しかいない。
だから、僕はここで神様のふりをしようと思う。
神様のように人間の世界を作り出したりできないけれど。
作り出せるのは2つ穴のコンセントぐらいだけど。
僕は神様と同じように灰色の空の上から灰色の空の下の世界を見ている。
僕は猫じゃらしにじゃれながら、灰色の下に広がる世界を見ている。
たまに小さな森にピアノの大好きなロボットのおもちゃのピアノのコンサートを聴きにいく。
たまに僕を神様だと勘違いされることもある。
まあ、それも仕方がないか。
でも、僕は神様のふりをしている灰色のシャム猫だから。
3本足のピアノが大好きなシャム猫だから。
ユウちゃんのピアノが大好きなシャム猫だから。
ただの灰色のシャム猫だから。
【おしまい】