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うつぼ作品集  作者: utu-bo
52/65

あたしの世界から野良猫が消えた理由とあたしが世界から旅立つ理由。


どの国の町にも野良猫がいて。


どの国の町にも猫のおばさんがいた。




猫のおばさんの噂話。


悪い男に騙されて。

もう誰も信じられないと追い詰められた時。

町の野良猫達に救われて。

猫しか愛せなくて。

猫にしか愛されなくて。

夕刻頃、町の野良猫達にご飯を配り。

今日1日の出来事を井戸端会議する。

猫のおばさんは猫の言葉が分かるらしい。

猫のおばさんの言葉は野良猫達に通じるらしい。

だから。

100匹以上の野良猫達に名前をつけて。

100匹以上の野良猫達の個体差を識別して。

町の野良猫達と一緒に生きる。



極めつけは猫のおばさんは魔法使いだとか。



トイレの花子さん。


理科室の走る人体模型。


音楽室の笑うモーツァルト。


プールに浮かぶ長くて、黒い髪の毛。


そして、猫のおばさんの噂話。





あたしの小学校で流行った噂話。


でも、トイレの花子さんに会ったことないし。

理科室の人体模型は走らないし。

音楽室のモーツァルトは決して笑わない。

プールにだって黒い髪の毛が浮いてたこともない。



みんなただの噂話で。


みんなただの都市伝説で。


みんな嘘っぱちなはずなのに。


猫のおばさんだけは普通に通学路で見ることができた。


ずっと昔の話だ。


あたしの町に猫のおばさんが普通にいた。


あたしがまだ小学生で。


あたしがまだ反抗期で。


あたしが一人ぼっちに気付いた頃。


猫のおばさんはたくさんの野良猫達をたずさえていた。




家に住むから家猫。

山に住むから山猫。


でも、野良猫は住む家がないから、野良猫じゃない。


町に住むから、野良猫なんだよ。


捨て猫だって名前があれば、立派な野良猫になれるのよ。



猫のおばさんは大人のくせにこんな屁理屈を口にする。


毎夕、通学路で野良猫に話しかけて。

毎夕、通学路で野良猫にご飯をあげる。


あたしもみんなと同じだった。


通学路に猫のおばさんがいると。


何も見えないかのように通り過ぎていく。




昨日、猫のおばさんいたよね~。


野良猫しか相手にしてくんないなんて。


生きてる価値ないよね~。





あたしは一人ぼっちだったおかげで。


そんな噂話につきあわなくてすんだわけだけど。


だからといって、猫のおばさんが普通の大人とは思えなかった。


だって、猫の為だけに生きるなんて。


ボタンの掛け違いにも程度がある。


そんな色メガネで猫のおばさんを見ていた。


猫のおばさんから見れば、きっと他のみんなと大差なかったと思う。



違うのはあたしが一人ぼっちだったってこと。


そして、あたしが捨て猫を見つけたってこと。







あたしは一人ぼっちで通学路を帰る。


家にまっすぐ帰っても、つまらないから。


あたしは小さな神社に寄り道をする。



そこで綺麗な葉っぱや花や虫を見つけて、喜んだり。


暇つぶしに宿題をやったり。


ちょっとおかしな子だったかもしれない。



でも、あたしはそこで一人ぼっちじゃなくなった。




にゃーにゃー。




小さな声がしたから。


境内の下を覗く。




カサカサ。ガサガサ。




にゃーにゃー。




そこには小さな捨て猫がいた。


色は白っぽい。


でも、汚れがひどくて。


灰色に見える。


痩せっぽちで。


尻尾がツンと立っていた。




捨て猫はあたしにすり寄ってくる。




そんな警戒心ゼロじゃあどっかの人間に意地悪されるよ。




あたしは捨て猫を撫でる。




あんたも一人ぼっちなんだね。


あたしもおんなじ一人ぼっちなんだよ。




あたしは声に出して。


捨て猫に話しかけていた。


まるで猫のおばさんみたいで。




にゃーにゃー。ゴロゴロ。




捨て猫は返事をするように。


喉を鳴らして、足元に絡みつく。




でも、あんたのことを家には連れていけないんだ。


だって、パパが駄目だって、きっと言うよ。


ごめんね。




あたしはちゃんと説明したんだけど。


捨て猫は構わずに足元にすり寄って。




にゃーにゃー。ゴロゴロ。




喉を鳴らす。



昔、パパが絶対に動物は駄目だと言った。


ペットショップでパパにせがんだ時。

地団駄を踏むあたしをパパは無理矢理抱えて。


泣きやまないあたしをママが眠るまで添い寝してくれて。


あたしはペットを飼えないことを理解した。




あたしは猫のおばさんじゃないよ。




にゃーにゃー。ゴロゴロ。




きっと猫のおばさんが来てくれるよ。



にゃーにゃー。ゴロゴロ。





噛み合わせの悪い会話の歯車。


やっぱし猫は猫で。


あたしはあたしで。


一人ぼっちなんだ。


あたしは捨て猫を置き去りにして。


小さな神社を走り去った。






次の日、雨が降っていた。


大粒の雨が傘を撃ち抜こうと。


空から落ちてくる。


通学路はたくさんの水溜まりができて。


水溜まりに周りの景色が映る。




きっと猫のおばさんが気付いたよ。




傘を差して。


長靴を履いて。


ランドセルに給食の残りのパンを隠して。


小さな神社に足を進める。




猫のおばさんがいたら、黙って帰ろう。


あたしにあんたは飼えないから。




小さな神社の境内で。




チッチッチッ。




あたしは捨て猫を呼ぶ。




ああ、きっと猫のおばさんが見つけくれたんだ。




返事がなくて、安心したけれど。




チッチッチッ。




念のため、もう一度呼んでみる。




にゃーにゃー。




境内の下から。


あの捨て猫が待ちかねていて。


飛びついてくる。


あたしは驚いて、尻餅をつく。






一人ぼっちのあたしと。


一人ぼっちの捨て猫はもう一人ぼっちでなくなった。







あっという間に7日間が過ぎた。




あたしの日課は学校帰りに。


小さな神社に寄ること。


小さな神社には灰色に汚れた白い捨て猫がいて。


あたしを待っている。


毎日、給食の残りをナフキンに包んで。


捨て猫が嬉しそうに喉を鳴らす。




まだ待ってなさい。




あたしは母親気取りで。


食パンを千切って。


三角牛乳に浸して。


捨て猫が嬉しそうに食べて。


次の食パンを千切って待って。






まるで猫のおばさんだ。


あたしはそう思った。







そして、8日目の帰り道。


あたしは一番会いたくない猫のおばさんに会ってしまう。


小さな神社にはたくさんの野良猫の鳴き声がして。


猫のおばさんを中心に。


野良猫の井戸端会議が行われている。



あたしは部外者。



あたしは侵略者。




たくさんの野良猫達があたしを一斉に見る。



そして、猫のおばさんがゆっくりと顔をあげる。




ああ、猫のおばさんの世界だ。




後退りする足。




にゃーにゃー。ゴロゴロ。




絡みつくのは灰色の捨て猫。





あなたの猫?




いや、捨て猫だ。


あたしの家では飼えない。


なんて、返事も出来ず固まって。


猫のおばさんは意外に普通の声で。


トイレの花子さんとは違うわけで。




名前は?




あたしの名前?


それとも、捨て猫の名前?


どっちの名前?


答えに困るあたしは固まったまま。





めんどくさい子ね。




猫のおばさんはため息をつく。


やっぱし、いやだ。


なんだか情けなくて。


あたしの足は家へと向きかけていた。



にゃーにゃー。ゴロゴロ。




灰色の捨て猫はあたしの足元から離れない。


だから、あたしも動けない。




ほら、あなたの猫じゃない。




猫のおばさんは自然に足元にいる野良猫を1匹抱き上げて。




この子はマイケル。




木の上にいる野良猫を指差して。




あの子はジャッキー。



ハル。


マリー。


せん。


リリー。


ルイス。


だい。



たくさんの野良猫達を1匹1匹丁寧に指差して。


名前を呼ばれた野良猫がにゃーにゃーと返事をする。




野良猫だって名前で呼ばれたいのよ。




猫のおばさんの笑顔が優しく見えた。




あたしは菅沢ましろ。


この子はネコ。





あたしが言って。


ネコがにゃーにゃーと返事をする。




安易な名前ね。




猫のおばさんが呆れて笑った。






あたしは猫のおばさんの噂話を話す。


馬鹿げた噂話だけど。


猫のおばさんは笑って。



100匹の野良猫の名前をつけて。


100匹の野良猫の個体差を識別して。


のあたりは当たってるわ。



噂話を一部認めて。



ただの猫好きのおばさんよ。



噂話のほとんどを否定した。


あたしとネコは野良猫達と一緒に。


猫のおばさんと小さな神社で時間を過ごす。




一人ぼっちだったあたしにとって。


その時間は待ち遠しい時間となっていて。


学校が終わって。


走って、飛び出して。


小さな神社に向かう。


毎日。


毎日。


ネコがすり寄ってきて。


あたしは一人ぼっちじゃなくなった。






でも、その時間も長くは続かなかった。



ある日、あたしは救急車で運ばれることになる。





体全体に赤い発疹ができて。


呼吸が出来なくなって。





病名はアナフィラキシーショック。





血液検査の結果は猫アレルギーの項目がレッドゾーンだったらしい。



ママは動物も飼っていないのに。


と不思議がって。


パパは黙って、あたしのそばから離れなかった。


パパの隣には秘書って呼ばれる人がいて。


コソコソパパと話している。







ネコのこと。






猫のおばさんのこと。






あたしはパパには内緒にしていた。






あたしの症状が落ち着くと。


ようやくパパは仕事に行った。




パパの仕事はこの国の総理大臣だ。


つまりはこの国で一番えらい人で。


あたしが学校で一人ぼっちなのもパパの仕事の影響もある。


もちろん、それだけが原因とはいわないが。


でも、大きな原因であることは変わりない。




症状が落ち着いてくると。


ネコと猫のおばさんに会いにいきたくなったが。


ママの監視が厳しくて。


家と学校の行き来しかできなかった。




そして、あたしはテレビのパパの演説ですべてを知った。




公衆衛生法の成立。




国の衛生を保つため、野良猫の駆除の強化というわけだ。



あたしが猫アレルギーだから。



この国から野良猫を追い出すんだ。





ネコのこと。


たくさんの野良猫達。


そして、猫のおばさん。






あたしの頭の中にはその3つしかなかった。





でも、同時に体に痒みを感じた。





だめだ。



ネコのことを考えただけで痒くなる。


猫アレルギー真っ盛りだ。


だけど、このことを猫のおばさんに伝えなくちゃ。











あたしはママに嘘をついた。



隣町のコンビニで限定品のトロケルカラメルプリンが欲しいなんて。



ママは愛車で隣町までトロケルカラメルプリンを探しにいく。


トロケルカラメルプリンなんて商品、ありもしないのに。


きっとバレたら、怒られる。


それも覚悟の上だ。







だてメガネに。


使い捨てマスク。


手袋に長袖長ズボン。


猫アレルギー対策でえらくみっともない恰好をしている。


体は病み上がりで。


走ると重い。


でも、軽く傾斜した坂道をゆっくりと。


一歩一歩走っていく。




小さな神社が見えてくる。


懐かしい匂いがする。


風に混じった野良猫の匂い。




ちっとも痒くない。




ちっとも苦しくない。




猫アレルギーなんて嘘じゃないの。





あたしはあたしに言い聞かせて。


小さな神社に足を踏み入れた。





町中の野良猫が集まっていた。


木の枝も野良猫達も重みで悲鳴をあげている。


これほどの数の野良猫を見たことはない。


そして、その中心にはあたしのネコと猫のおばさんが立っていた。




正直、喉の奥が疼いている。


いくら症状が落ち着いても、あたしの猫アレルギーは治らない。





でも、伝えなくちゃ。


もうすぐ公衆衛生法が施行されて。


野良猫の駆除が始まる。


あたしのパパが総理大臣で。


あたしが猫アレルギーだから。


野良猫達は悪くないのに。


この国から追い出される。


悪いのはあたしなのに。


ごめんなさい。


ごめんなさい。




あたしは泣きじゃくり。


座り込んだ。






猫アレルギー?



猫のおばさんは鼻で笑い。



大丈夫よ。


時間がたてば、きっと猫なんてへっちゃらになるよ。





猫のおばさんの声は優しかった。




でも、野良猫の駆除が始まっちゃうよ。



町に住んでるから、野良猫って言ったじゃない。


みんな、どこの国だって、どこの町だって生きていけるから。


心配しないで。


猫のおばさんには魔法が使えるって噂でしょ。


保健所のおじさんなんかに誰も捕まらないわ。




猫のおばさんがとても優しくて。


にゃーにゃー。ゴロゴロ。


ネコがあたしを心配して。


あたしに触れないように。


あたしの周りをウロウロする。



いい、ましろ。


パパもあなたが大好きだから。


猫のおばさんも。


あなたのネコも。


みんなあなたが大好きだから。




猫のおばさんがあたしをくるりと回転させて。


ネコがずっとあたしの背中を見ている。



にゃーにゃー。ゴロゴロ。



ネコの声が聞こえて。


振り返ると。


猫のおばさんも。


あたしのネコも。


みんな消えてしまっていた。



風に残る野良猫の匂いに涙が頬を伝う。



猫のおばさんは魔法使いだとか。


くだらない噂話だ。


みんな否定したじゃん。



猫アレルギーのあたしが。


この国で。


この町で。


野良猫を見たのは最後となった。







テレビがニュースを流す。



パパがあたしのために作った公衆衛生法が施行されて。



国から野良猫が駆除される。


町から野良猫が駆除される。



野良猫の定義は?


首輪のない猫です。


だから、飼い猫には首輪をつけましょう。


そんなテロップがテレビに流れて。




町に住んでるから野良猫なんだよ。




あたしは猫のおばさんの言葉を思い出していた。



首輪なんて必要ないよ。


名前があれば、それでいい。



あたしは一人つぶやく。





国を上げての野良猫の駆除作業の結果は?


数え切れない野良犬が保健所に駆除されたが。


野良猫は1匹も捕まらなかったそうだ。


だって、猫のおばさんの魔法で。


きっと。


どこかの国の。


どこかの町に暮らしているはずだから。



これがあたしの世界から野良猫がいなくなった理由だ。










猫のおばさんの噂話。



悪い男に騙されて。

もう誰も信じられないと追い詰められた時。

町の野良猫達に救われて。

猫しか愛せなくて。

猫にしか愛されなくて。

夕刻頃、町の野良猫達にご飯を配り。

今日1日の出来事を井戸端会議する。

猫のおばさんは猫の言葉が分かるらしい。

猫のおばさんの言葉は野良猫達に通じるらしい。

だから。

100匹以上の野良猫達に名前をつけて。

100匹以上の野良猫達の個体差を識別して。

町の野良猫達と一緒に生きる。




猫のおばさんのいなくなった世界では。


野良猫のいなくなった世界では。


もはや朽ち果てた都市伝説で。



パパも総理大臣を引退して。


公衆衛生法はパパがあたしを愛するが故と知って。


一人ぼっちを感じなくなって。


猫アレルギーの欠片すら見えなくなって。


あの日から7年たった今もあたしは猫のおばさんが魔法使いだと信じている。



そして、外の世界では。


海を越えた世界では。


まだ野良猫がいる町があると聞いた。



だから、きっと猫のおばさんもそこにいる。



あたしはそう信じて。


パスポートを確認して。


鞄にしまった。




猫のおばさんに会いに行こう。





これがあたしが世界から旅立つ理由だ。









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