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うつぼ作品集  作者: utu-bo
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吾輩はスマホである



 吾輩はスマホである。名前はまだない。そもそもスマホに名前をつける時点でご主人様はど変態かもと考えてしまう。吾輩が初めて目を覚ました時、ご主人様がそこにいた。ゆっくりと起動プログラムを読み込み、カメラにご主人様の顔が映った。化粧をしているはずだが、派手ではない顔立ちに好感を抱いた。また、芸能人のように飛び抜けて美人ではないが、不美人というわけでもないとも思った。ご主人様は吾輩を大事そうに保護シートの上から触れる。ひゃっと思わず声を出して、メールアプリを開けてしまった。あれ、メールに触ったかしら。ご主人様はちょっと不思議そうに、それでも大事そうにまた吾輩を触る。ご主人様、お願いだから、もっとガッツリタッチしてくれ。吾輩は敏感なんだから、そういう触り方の方がだめなんだ。そうこういう内にご主人様のバックアップデータが流れ込み、本体内部にある敏感な部分を触れてくるから、もっと慌ててしまう。何とかバックアップデータを復旧させたが、相当に体力を使ってしまい、電池残量が15%を切ってしまった。すると、ご主人様は充電池を吾輩のお尻に差し込んだ。お尻からお腹にかけて熱くなって、心地よくて吾輩はスリープした。


 ご主人様は吾輩をタッチしまくった。ラインの設定にアプリのダウンロード。ご主人様はゲーマーだった。幾つものゲームアプリをいれる。その中でジョジョのアプリが一番のお気に入りだ。ジョースター家チームや、吸血鬼チームを作り、せっせとレベル上げに勤しむ。吾輩も漫画アプリでご主人様と一緒に楽しむ。明らかにスタンド時代ではなく波紋時代にこだわるスタイルで、今時の若者のチョイスではなく、そんなご主人様のチョイスに吾輩は感化され、ジョジョの戦闘潮流が大好きになった。ご主人様はユーチューブでたくさん曲を聞かせてくれた。我輩のお気に入りは岡村靖幸という人のぶーしゃかループだ。意味のない歌詞にマウスのクリック音、とてつもないかっこ良さとバカらしさが同居したセンスに、我輩はご主人様と一緒に震えた。ラインの友達のプロフィールを見ると今時の流行りの曲が並ぶが、ご主人様は違う。SNSでたまに他のスマホと話をした。だいたいはご主人様の自慢になるのだが、他のスマホはやはりご主人様の良さを理解してくれない。でも、ご主人様の理解者が吾輩だけということに吾輩自身が優越感を抱いていた。いいね!を求めないご主人様。いいね!をしないご主人様。いいね!に振り回されないご主人様がとてもかっこよく思えた。そんなご主人様にも初めていいね!がされた。ちょっとしたことだ。些細なことだ。吾輩の写真をちょっと自慢げにSNSにアップしたのだ。吾輩は恥ずかしいのでやめてほしかったのだが、ご主人様は吾輩の真っ赤なボディをアップした。フル・フロンタルカラーなどとマニアックなコメントを添えて。いいね!などされるわけがないのに。もちろんご主人様もそんなこと期待していなかった。むしろいつも通りのスルーでよかったのだが、何故かいいね!が1つ。人生の中で初いいね!にご主人様と吾輩はこっそり喜んだ。


 そんなマニアックなご主人様の鼻歌。理由は明白。フル・フロンタルカラーの吾輩にいいね!をしてくれた彼とデートだそうだ。ご主人様は吾輩に服ってこれでいいかな?靴ってどれにしよう?おかしくない?と吾輩に話しかける。いいんじゃねと吾輩はちょっと塩対応。でも、鼻歌は消えない。浮かれすぎのご主人様に焼きもちをやく吾輩。あんなに我輩と遊んでいたのに。今では吾輩は彼とラインをするためのツールにしか過ぎない気がする。じゃあ、いっそ拗ねた子供のようにデートに帯同しないのも手だ。着信音をサイレントに設定し、このソファーのクッションの合間に隠れる。でも、隠れる前に吾輩はポシェットの中にしまわれる。逃げることもできず、ご主人様に帯同する羽目となった。ご主人様と一緒に大好きな岡村靖幸を聴きながらデートに向かう。だいすきで少し機嫌が良くなった。道中、ご主人様はラインで彼とやり取り。流行りのスタンプに一喜一憂するご主人様を見て、吾輩の大人気なさを感じた。もっとご主人様のことを考えなくては。反省し、ご主人様がタップしてくれる指先に吾輩も一喜一憂する。もし彼のスマホとも仲良くなれればと真剣に思った。そして、吾輩は運命のスマホと出会い、恋に落ちた。


 彼女は、彼のスマホのことだが、メタルピンクのボディでスタイルッシュでシャープだった。彼女の名前はアイホン。かの有名なスマホだ。性能もさることながらデザイン性と機能性に優れ、吾輩とは比較にならない。インターネットで調べて知っていた。彼女の背中にあるアップルマークがとてもキュートで吾輩はいとも簡単に恋に落ちた。彼とご主人様が一緒にインスタ映えするデザートやドリンクを撮っている間、吾輩は彼女に声をかけ続けた。何とかして、彼女と仲良くなりたい。吾輩の恋心はバーサーカーモードで暴走する。愛してるなんて言葉では片付けられない感情は吾輩を加熱させ電池が瞬く間に減っていく。逆に彼女は吾輩のように電池を減らすこともなく、クールに受け流し、彼にタップされ、微笑んでいる。吾輩はそれでも彼女にアタックし続けた。そんな塩対応の彼女がようやく口を開いた。吾輩は愛の力で超えられない壁を知った。所詮、アイホンとアンドロイド端末、異なるOS同士で愛し合えるわけがない。彼女の言葉が吾輩には理解できないのだ。彼女の意味不明な言葉がリフレインし、涙が流れ続けるように電池が目減りしていく。吾輩の恋は静かに終わり、ご主人様はインスタ映えのデザートとドリンクの写真をずっと撮っていた。


 ご主人様と出会い、2年の月日が過ぎた。日進月歩の技術進歩はあらゆる物を時代遅れにしてしまう。吾輩もすでに時代遅れのロートルだ。新しいアプリを入れても、老眼でよく見えず、たまにフリーズしてしまう。ご主人様に申し訳ないが、ご主人様と過ごす時間にも限界が近付いていた。もっとご主人様にタッチしてほしい。アプリで遊んでほしい。お風呂のお供もしたい。そう思うが、吾輩の機能がそんな感情についていけない。そして、2年契約の更新月がやってきた。ご主人様はAUショップで新機種のスマホを触りながら、機能と動作を確認する。奴らは吾輩よりも若く、エネルギッシュで、ピチピチしている。これが若さか。吾輩は一滴の涙が流れそうだった。若いスマホは吾輩を見て、クスクス笑う。時代遅れの歴史的遺産を見るかのようにだ。馬鹿にされて悔しいが、逆立ちしても吾輩が奴らに勝てないことは百も承知だ。それくらい分かっている。吾輩はリサイクルされる部分と廃棄部分で分けられ、存在すらしなくなる。そして、奴らがご主人様の傍らでこれからは生きていく。ご主人様の知恵となり、知識となり、人生を支えていく。吾輩はもう不用品なのだ。お店の売り込みは我輩の不便さを卑下し、奴らの便利さを歌う。ご主人様、ずっと一緒に遊んでくれてありがとう。そう吾輩は呟く。う~ん、まだかな。ご主人様はおもむろに立ち上がり、吾輩を抱えて、また鞄に入れる。何がどうしたのか、吾輩には分からなかった。ご主人様は帰りにSNSで呟いた。やっぱし、何か捨てらんないよね。もう少し使おうかな。嬉しくて、嬉しくて、ご主人様を喜ばすために、いつもよりもずっとずっと頑張った。そして、今宵はご主人様のお風呂のお供。鼻歌で身体を洗うご主人様。ご主人様のお気に入りの音楽をキメル。もちろん岡村靖幸だ。そして、ご主人様が我輩を操作しようと指を伸ばした。その時、指についた泡が摩擦感を消滅させ、吾輩をスルッと滑らせる。吾輩はお湯の中に沈んでいく。どんなに防水機能が高くても、旧式で傷だらけの吾輩がお湯に落ちたら助かることはない。小さな傷と隙間からお湯が流れ込む。呼吸ができないほどのお湯が機体に溢れる。ああ、吾輩もおしまいだ。吾輩はご主人様とお別れを覚悟した。結果論だが、ご主人様に捨てられたわけでなく、誤ってお風呂に落ちるという不慮の事故が原因だ。そんなことが我輩の救いであり、誇りだ。エーッ。ご主人様の驚く声に吾輩はもういいよと返した。十分にご主人様に遊んでもらったから。だからもういいよ。悲しまないで。さようーーなーーらーーー。


 吾輩を慌てて拾ったご主人様は最後に言う。こんなんことなら機種変しときゃーよかったと。




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