表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うつぼ作品集  作者: utu-bo
47/65

テンとばばのひまわり畑

パン!


乾いた銃声。


ガササ。

ガササ。


草を掻き分ける音。


こっちだ!

こっちだ!


太った男の怒声。


パン!


再び乾いた銃声。


当たったぞ。

当たったぞ。


痩せこけた男の怒声。


ガササ。

ガササ。


草を掻き分ける音。


ガササ。


ガササ。


ガササ。









ばあばの家は山のふもとにあります。


じいじも死んでしまって。


娘も嫁にいってしまって。


孫も遊びに来なくなって。


ばあばは山のふもとの家で1人で暮らしています。




ばあさん、山から白いテンが下りて来なかったか?



ばあばが庭に水をまいていると、太った男が庭に勝手に入ってきます。



テンかね。懐かしいのう。


ずっと昔の子供の頃に見たきりじゃきに。


もう、あの山にはテンはおらんよ。


まあ、お茶でも入れるから、座ってきなさい。



ばあばはお茶の用意をしに、家に入っていきます。



おかしいな。絶対、脚に当たったはずだから、山の近くに隠れているはずだ。



痩せこけた男が太った男に耳打ちします。



まあ、野生のテンが民家に隠れるのもありえないか。



太った男と痩せこけた男はばあばのお茶も飲まずに山に戻っていきます。


ばあばがお茶とナスの漬け物を用意できた時にはもう庭には誰もいません。



ああ、行ってしもうたか。


せっかく久しぶりの客人だったのに。


ばあばは寂しそうにお茶をすすります。



ポリポリ。



ナスの漬け物がどんなに美味しくても、1人で食べていてはつまらないものです。


コロン。


コロン。


あらら、ナスの漬け物が縁側の下に転がってしまいます。


ばあばが腰を下ろして、ゆっくりナスの漬け物を探します。


うっすらと差し込む光が白くおぼろげな姿が見えます。



真っ白な毛並みが艶々していて。


テンがばあばをじっと見ていました。



おやまあ。



ばあばは何十年ぶりにテンを見ました。


ばあばの子供の頃、山にはたくさんのテンが住んでいました。


でも、テンは毛皮目当てに乱獲されて。


山にはテンがもういないと思われていました。


ばあばも子供の頃以来、テンを見たことがなかったので、そう思っていました。



でも、縁側の下に。


でも、ナスの漬け物の横に。


白くて、美しいテンが横たわっているのです。




テンをよく見ると。


脚に怪我をして。


血が赤く滲んで。


動けないで、ただ横たわっています。



ああ、そうかい?


さっきの男達に撃たれたのかい?


大丈夫だよ。


もう行ってしまったから。



ばあばは手を伸ばして、そっとテンを抱き上げました。






テンは必死で山を駆け下りました。


ガササ。

ガササ。


草を掻き分けて。


パン!


乾いた銃声がして。


脚が熱くなります。


痛い!


もう走れない。


ガササ。


ガササ。


テンは転がって、山から飛び出しました。






そこには1軒の古い家がありました。









2人の男に追われて。


山から転げ落ちて。


古い家の縁側の下に潜り込んで。


テンは動けなくなりました。


真っ白な脚が真っ赤に染まって。


とても熱くて。


舌で幾ら舐めても、おさまりません。




目の前に転がるナスの漬け物。


覗き込むばあばの顔。


そっと伸びてくるばあばの手。




テンは脚が熱くて、逃げられません。



ばあばの手はゴツゴツしていたけれど。


なんだか暖かくて、ホッとします。






ふわりと優しく浮いたテン。



おやおや、脚をケガしているね。



ばあばがテンを縁側に置いて。


薬を塗ってくれて。


包帯をまいてくれます。



そして、ばあばは鶏肉をくれました。


テンは鶏肉にかじりつきます。


山から下りてきて。


何も食べてなかったから。




ずっと昔。


子供の頃に。


山からテンが下りてきたの。


あんたと同じ真っ白い綺麗なテンよ。


庭にひまわりがいっぱい咲いていて。


ひまわり畑みたいで。


テンとあたしで追いかけっこをして。


走り回っていたのよ。



ばあばは嬉しそうに。


テンの頭から背中を撫でます。


ばあばの手はゴツゴツしているけれど


とても暖かくて。


とても優しくて。


テンは眠ってしまいました。







テンはばあばの家にいました。


脚が熱くて。


脚が痛くて。


動けなかったから。



毎日、薬を塗り直して。


毎日、包帯を巻き直して。


毎日、鶏肉を用意してくれて。



ばあばはお話をしてくれます。



死んでしまったじいじのこと。


嫁に行った娘のこと。


遊びに来なくなった孫のこと。


そして、決まって、最後は子供の頃のテンとひまわり畑の思い出話です。







しばらくすると、テンの脚は綺麗に治りました。



テンは嬉しくて。


庭で跳んだり。


木の上から飛び下りたり。


はしゃいでいます。




ばあばはちょっと寂しそうにテンを見ていました。


テンもばあばの気持ちに気づきます。


でも、ずっとばあばとはいれません。


だって、テンの家は山の上なんですから。





また遊びに来るから。




テンは何度もばあばを振り返って。


何度もばあばの家を振り返って。


山へと帰っていきました。









山に帰ると、いつもと変わらない生活が待っています。


ばあばの鶏肉ではなく。


リスを食べて。


山を走り回って。


月の下、木のうろで眠ります。



ふとばあばを思い出すと、高い木の上から。


山のふもとのばあばの家を探して。


明かりがついているのを見て、安心します。




そして、1ヶ月に1回ぐらいばあばの家に遊びにいきます。


ばあばが鶏肉を用意してくれて。


ばあばの膝で横たわりながら。


死んでしまったじいじのこと。


嫁に行った娘のこと。


遊びに来なくなった孫のこと。


そして、子供の頃のテンとひまわり畑の思い出話を聞いて。


穏やかな時間が過ぎていきます。









テンはいつもと同じで、山を駆け下りて。


山のふもとのばあばの家まで走っていきます。




そっと庭から入って。


縁側のばあばの姿を探します。





あれれ?





いつもなら。


この時間には縁側にいるはずです。


でも、ばあばの姿はありません。



不思議に思って。


そっと縁側から家に入ると。


倒れているばあばを見つけました。



テンは驚いて。


ばあばのそばに駆け寄ります。




ばあば。


ばあば。




テンが声をかけても。


テンが頬を噛んでも。


ばあばは動きません。



テンは周りを見渡して。


誰か探します。




縁側から顔を出して。



誰か!


ばあばが倒れて!


誰か助けて!



大きな声で鳴きました。





テンの鳴き声に気づいた郵便屋さんが近寄ってきたので。


テンは縁側の下に隠れます。




おばあちゃん、どうした?




あっ、おばあちゃん!



おばあちゃん!



救急車?



病院?





郵便屋さんは電話を鳴らして。


助けを呼びます。




縁側の下でテンはじっと隠れていました。



そのうち、サイレンを鳴らして。


救急車がやってきて。


ばあばを連れていきます。





テンは心配でずっとずっと縁側の下で待っています。


ばあばが帰ってくるまで。










数日後、ガタガタと響く足音でテンは目を覚まします。



ばあばが帰ってきた?



テンがそっと頭を出すと。


ばあばではない人がいます。



顔が似ているから、嫁に行った娘でしょうか。


テンはそっと頭を引っ込めて。


縁側の下に身を潜めます。




そうなのよ。


入院しちゃって。


今、荷物まとめてるの。


でも、なんかボケちゃってねえ。


退院できたら、どうなるか?




誰もいないと思って。


大きな声で電話で話しています。




どうやらばあばは病院に入院したみたいです。


テンはばあばが帰ってきたら。


喜んでもらえるようなことを考えます。




そうだ!



庭にひまわり畑が咲いていたら。



きっとばあばは喜ぶはず。




テンは飛び跳ねて。


山へ帰っていきます。








ガササ。

ガササ。



テンが草を掻き分けて。


リスを探します。



見つけた!



リスが木の実を拾っています。



ガササ。

ガササ。



テンは飛び出して。


リスの前に現れます。


いつもなら逃げられないように。


押さえつけて。


首もとをかじりつくのですが。


今日は違います。



お願いがあるんだ。


ひまわりの種を分けてくれ。



テンはリスに頭を下げました。



ひまわりの種?



リスはテンにビビりながら。


少しずつテンから離れて。


ダッシュします。



ガササ。


ガササ。


ガササ。



リスがどんなに頑張っても。


テンから逃げられるわけありません。


だって、食う側と食われる側の関係なのですから。


リスは諦めて、草の上に仰向けになって。



さあ、ひと思いに一口で食ってみろ!



そう言って、ブルブル震えています。


いつまでたっても、リスは食べられません。


そうっと薄目で見ると。


テンがまた頭を下げています。



お願いだから。


ひまわりの種を分けてくれ。



テンはもう一度言いました。










リスはテンからばあばのことを聞きます。



なんで人間のために?



そう思いましたが、テンの顔を見てると言えませんでした。



だって、ばあばの話をとても嬉しそうに話すから。



もうリスを食べないのなら、という約束つきで。


リスはひまわりの種を分けることにします。


テンはひまわりの種を分けてもらえるならと約束を喜んで受けます。





ほら、ひまわりの種。


約束だよ。


もうリスを食べないでくれよ。



落ち葉と木の弦でできた袋にひまわりの種がいっぱい入っています。


冬に備えて。


去年からリスが貯蔵しておいたものです。



リス。ありがとう。


約束は守るよ。



テンはもう一度深く頭を下げて。


山を下りていきました。








ばあばの庭の土に穴を空けて。


ひまわりの種を穴に入れて。


お水をまいて。


お日様さんさん。


早く芽が出て。


早く葉が出て。


花よ。咲け。咲け。




テンは歌いながら。


ばあばの家の庭にひまわりの種を埋めていきます。




きっとばあばが退院して。


家に帰ってきたら。


ひまわり畑が風に揺れて。


縁側に座って。


お茶をすすって。


ばあばの膝の上で。


一緒にひまわり畑を見るんだ。




毎日、尻尾を水に浸して。


ひまわり畑の上で絞って、歩いて。


毎日、歌を歌って。


土の中からひまわりが芽を出すのを待って。





ようやく芽が出ました。





テンは喜んで、芽の上飛び跳ねて。





ようやく葉が出ました。




テンは喜んで、葉の間をすり抜けて。






順調にひまわりが大きくなっていきます。







テンにひまわりの種をあげたリスが気になって。


ばあばの家を覗きました。



ひまわりはまだ蕾でした。


でも、花が咲いたら。


きっと素敵なひまわり畑になることでしょう。




リスはテンの姿を探します。



ひまわりの葉の影にも。


ひまわりの茎の間にも。


テンの姿は見えません。




そして、リスは縁側の下でぐったりしているテンを見つけます。




やあ、リス。


立派なひまわりが育ったろ。




テンは小さな声で言います。


約束を守って。


リスを食べないで。


毎日、水だけを飲んで。


ひまわりに水をまいて。


ひまわりに歌を歌って。


ひまわりの世話をしていました。



何も食べてないから。


水しか飲んでないから。


真っ白で艶々だった毛並みはガサガサで。


痩せこけて、あばらも浮いて。


真っ黒な目には光が在りません。




リス。


頼みが在るんだ。


僕をひまわり畑に連れてってくれないか。




リスはテンをゆっくりゆっくり引っ張って。


ひまわり畑の真ん中に連れていきます。




ありがとう。リス。


ここからはよく空が見える。


ひまわりが咲いたら、きっと・・・。


ああ、ひまわりがよく見えるよ。


ばあば。





そして、テンはもう動かなくなりました。












もうすぐお家に着きますからね。




お母さんがばあばの耳元で。


大きな声で言います。


田舎道で車が揺れて。


お父さんがハンドルを器用に回して。


ばあばの家に向かっています。




ばあばは退院して。


ばあばの家に帰ってきます。




お母さんもお父さんも心配しています。


だって、お医者さんから10種類もの薬を毎日飲まなくちゃいけないし。


だって、あの古い家でまた1人で暮らすなんて言い出すから。


ちょっぴりボケてしまっているのに。


お母さんとお父さんは顔を見合わせて。


ため息をつきます。






揺れる田舎道。


窓に映る山々。


木々の緑の匂い。


ばあばは懐かしい景色に少し笑います。




お父さんがブレーキをかけて。


ばあばの家に着きました。





お父さんがばあばをおぶって。


お母さんがばあばの布団を引いて。


ばあばをそっと横にします。




ガラガラ。


ガラガラ。




お父さんが古い雨戸を開けて。


縁側から光が差し込みます。




わあ~。



お父さんは目をパチパチします。


お母さんも目をパチパチします。




庭には満面のひまわり畑が広がってたのです。




ひまわりが風に揺れて。


夏の薫りが部屋に流れ込んできます。




お父さんとお母さんの後ろに。


いつの間にかばあばが立っています。





ばあばの子供の頃。


山からテンが下りてきて。


庭のひまわり畑で走り回って。


追いかけっこをしました。




真っ白いテンと一緒に。




ばあばは涙を流して。


じっとひまわり畑を見ていました。






お母さんとお父さんは心配で。


毎週、ばあばの家に様子を見にきます。



いつもばあばは縁側に座っています。


お茶を2人分用意して。


ナスの漬け物と鶏肉を用意して。


ひまわり畑を嬉しそうに眺めています。




そして、夏の終わり。


ひまわりが萎れる頃。


ばあばも静かに目を閉じました。





【おしまい】











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ