表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うつぼ作品集  作者: utu-bo
43/65

この世界には鬼が一匹いました。

空に突き刺さる角。

大地を鋭く抉る爪。

燃える真っ赤な肌。


この世界に一匹の鬼がいました。


鬼は毎日、人間を食べます。

そうやって、何百年も生きていました。


人間は鬼に怯え、鬼に見つからぬように、ひっそりと生きていました。


ある日のこと。

鬼は人間を一人捕まえました。

大きな口に人間をつまんで、持っていきます。

その時です。

人間は暴れて、暴れて、足に履いていた草履が抜けてしまいました。

草履は真っ直ぐ飛んでいき、鬼の鼻の穴に入っていきます。

ふがふが、はっくしょん。

鬼がくしゃみをし、人間は飛ばされて、見えなくなりました。


鬼は考えてます。

人間がこんな仕返しをしてくるなんて。

これは人間のことをもっと知らなくてはいかん。

何百年も生きてきた鬼は初めて人間に興味を持ちました。


鬼は呪文を唱えます。

低く、重い声が空気を震わせます。

みるみるうちに鬼の体は小さくなり、人間の子供がそこにいました。

鬼は人間の子供に化けたのです。

人間をもっと食べるに。

人間をもっと知るために。



サヨは歌います。

母に教えてもらった歌です。


大きく育てよ。

おいしく育てよ。

きれいな花を咲かせよ。

立派な実をならせよ。

そしたら、食べて。

また種を埋めて。

また芽が出るよ。


おかしな歌だけど、大好きな歌です。

鬼に食べられた母が残してくれたのは畑とおかしな歌。

村で、一人でサヨは暮らしています。

がさがさ。

畑の裏の林で物音がします。

もしかして鬼?

サヨは身構えます。

でも、そこに現れたのは、一人の男の子でした。

男の子は何も言わずに立っています。

じっとサヨを見ていました。


あんた、誰じゃ?


男の子は何も言いません。


あんた、一人か?


男の子は首を縦に振りました。


じゃあ、うちと一緒じゃ。


サヨは男の子の手を握りました。


一人じゃ鬼に食われてしまうといかんで、うちにおいで。


サヨは男の子の手を引いて、村へ連れていきました。




男の子には名前がありませんでした。

だって、鬼が化けた男の子ですから。

鬼が人間を食べるために、もっと知るために人間の村にやってきたのです。

サヨは男の子にりょうへいと名前をつけました。

サヨは何も知らないりょうへいに普通のことを教えます。

畑の耕し方。

洗濯のやり方。

味噌汁の作り方。

お米の研ぎ方。

子供の遊び。

そして、母が教えてくれた、あのおかしな歌も。


りょうへいは人間のことを吸収していきます。

何百年も一人で人間を食べて、生きてきた鬼。

自分で作った野菜を食べて。

お味噌汁とご飯を食べて。

毎日、布団で眠ります。

その晩、りょうへいは夢を見ました。


空に突き刺さる角。

大地を抉る爪。

真っ赤に燃える肌。

そんな鬼がサヨを見て。

よだれを流していました。


村では年に一度の祭りが始まりました。

祭りにはサヨも、りょうへいも行きます。

二人は手をつないでいます。

金魚すくいに。

綿菓子に。

風船釣り。

初めて見るものにりょうへいはワクワクしました。

ワクワクしているりょうへいを見て、サヨは笑いました。


村人達はりょうへいを不思議に思いました。

村に来てから、何年もたつのに、サヨはもう大人になったのに、ずっと子供のままだったからです。


大人にならないなんて、りょうへいはおかしいじゃないか。


サヨに詰め寄ります。


もしかして、鬼じゃないか。


村人達は鬼に怯えていました。

何人もの村人が鬼に食べられました。

人間は鬼の餌。

鬼は人間を食べる。

この世界には一匹の鬼がいて。

そんな不変のルールが消えることはありません。

りょうへいは何も言いませんでした。

いつでも、その角を、その爪を、その肌をあらわにすることができました。

でも、サヨが怒鳴りました。


りょうへいは人間じゃ。

大人にならんのは病気なんじゃ。


その怒気に村人達はびっくりし、去っていきます。

それから、りょうへいのことを誰も何も言わなくなりました。


サヨが言います。


あんな。みんな鬼が怖いんじゃ。悪いんはみんなじゃなくて、鬼なんじゃ。鬼が人間ばかり食うから。鬼も野菜とか、味噌汁とか食べれば、人間を食わんくなるかもしれんのにな。


サヨの言葉がりょうへいに突き刺さります。

もう、そろそろ鬼に戻った方がいいのかな。

でも、毎朝の味噌汁とご飯や温かい布団、そして、サヨをの笑顔をもう少し見ていたい。

そう思い、まだりょうへいのままでいることにしました。




最近、鬼が出ないね。

人間が言います。

鬼が人間を食べないから、人間は増えていきます。

村が町になります。

町が街になります。

街が都市になります。

都市が国になります。

人間に格差が生まれます。

地域に格差が生まれます。

金持ちと貧乏人が生まれます。

世界に一つのルールが生まれました。


お金で買えないものはないって。



村の丘の上に四つの墓があります。

サヨの墓。

サヨの旦那の墓。

サヨの子供のカヨの墓。

カヨの旦那の墓。

カヨの子供のミヨの墓。

ミヨの旦那の墓。

りょうへいはミヨの子供のチヨと墓に花を飾ります。

サヨが教えてくれたことをりょうへいはチヨに教えました。

あのサヨのおかしな歌も。

そして、チヨももう90歳になります。

でも、りょうへいは子供のままです。

りょうへいがチヨの手を引いて、ゆっくりと丘を降りていきます。



毎晩、りょうへいは夢を見ました。

空に突き刺さる角。

大地を鋭く抉る爪。

燃える真っ赤な肌。

そんな鬼がいました。

りょうへいは鬼を見ています。

鬼はりょうへいを見ています。

りょうへいの後ろにはサヨとカヨとミヨがいました。

りょうへいの背中をぎゅっと掴んで、離しません。

ぎゅっと掴まれた背中がなんだか痛くて。

ぎゅっと掴まれた背中がなんだか温かくて。

りょうへいの心の奥が痛くなります。

それでも、鬼は消えません。

ずっとりょうへいを見ています。

ずっと。

ずっと。



世界には人間が溢れていました。

幾つもの国が生まれて、消えていきます。

国が消えた理由は戦争です。

人間は資源を奪い合うために殺し合います。

その結果、強い国が生まれて、弱い国が消えていきます。

それでも、人間の数は増え続けます。

人間を食べる鬼がいないのですから。



その夜、りょうへいは夢を見ました。

空に突き刺さる角。

大地を抉る爪。

真っ赤な肌。

そんな鬼がりょうへいに吠えていました。

怒っているのか。

悲しんでいるのか。

よく分かりません。

でも、りょうへいの背中をサヨとカヨがぎゅっと掴んで、離しません。

掴まれた痛さと。

掴まれた温かさで。

目が覚めました。




空が燃えていました。

鬼の真っ赤な肌のように。

銃声が聞こえます。

鬼の咆哮のように。

世界は人間に溢れています。

人間の欲望はいつまでも満たされません。

人間の憎しみは渇れることはありません。

国と国が資源を奪い合い。

人間と人間が殺し合います。

チヨとりょうへいの小さな村にまで戦争がやってきました。

村人はみんな殺されました。

銃を抱えた兵隊が闊歩します。

りょうへいはチヨを抱えて。

丘へと走ります。

サヨとカヨとミヨが眠る丘まで。

子供のままのりょうへい。

チヨを抱えているから、早く走れません。

鬼に戻れば。

でも、鬼に戻ったら、チヨは。

りょうへいは首を横に振って。

子供のまま、丘を目指します。


丘に着くと、兵隊が待っていました。

みんな無表情でした。

無表情で銃口をりょうへいとチヨに向けます。


りょうへい、ありがとう。


チヨが言いました。


きったねえガキとババアか。


兵隊が言いました。


りょうへいの頬を熱いものが伝います。

それは涙です。

溢れて、止まりません。

りょうへいは、鬼は初めて泣きました。


りょうへいはチヨを守るように抱えます。

兵隊が引き金を引いて。

銃声が響きます。

りょうへいとチヨの体に幾つも穴が開いて。

血が流れます。

そして、兵隊は止めをさすため。

りょうへいとチヨの頭に銃弾を撃ち込みました。




この世界には鬼が一匹いました。


何百年も人間を食べて、生きていました。


もう、この世界には鬼がいません。


人間は減ることはありません。


人間は増え続けています。


そして、増え続けた人間は。

奪い合い。

殺し合い。

戦争が溢れています。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ