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うつぼ作品集  作者: utu-bo
42/65

奴隷の王

王族に生まれれば、王族として道を歩む。


平民に生まれれば、平民として道を歩む。


奴隷に生まれれば、奴隷として道を歩む。


決して王族は奴隷にならない。


決して奴隷は王族になれない。



奴隷も様々で王族に仕える奴隷から毎日、芋を掘ることしか知らない奴隷もいて。


でも、決して芋を掘る専門の奴隷は王族に仕える奴隷になれない。








その奴隷は芋を掘る専門の奴隷。


右肩に奴隷番号を焼き印された奴隷。


1枚布の奴隷服を頭から被り、今日も芋を掘ります。


昨日、雨が降ったから、土が柔らかくて、冷たくて、気持ち良くて。


泥だらけの手で芋を掘り当てて、芋を籠に入れます。


そして、籠に入れた芋を運ぶ専門の奴隷が運んでいきます。






父も芋を掘る専門の奴隷でした。


母も芋を掘る専門の奴隷でした。


だから、奴隷も芋を掘る専門の奴隷になりました。




芋を掘ることに悩むことはないけれど、毎日、お風呂に入れる王族に仕える奴隷をうらやましく思ったり。


芋の皮のスープよりも少しましな食事にありつける王族に仕える奴隷をうらやましく思ったり。





奴隷に生まれれば、奴隷として道を歩む。


芋を掘る専門の奴隷に生まれれば、決して王族に仕える奴隷になることはない。





そんな当たり前の常識を破ることができなくて。



やりきれない感情を抱いて。



それをぶつけるように土の中から大きな芋を引っこ抜きました。









・・・何これ?









大きな芋と何か?








・・・・いや、妖精だ。





なんと妖精が芋にしがみついていたのです。



妖精は立派な王冠を被っていて。


頼るような視線で奴隷を見つめます。






妖精を漬け込んだ妖精酒というものがあって。


妖精から染み出るエキスが細胞を活性化させるとか。


不老長寿の酒とか。


そして、妖精を捕まえ、王様に献上したものには芋2本の褒美が貰えるとか。



芋を掘る専門の奴隷だけど、芋の皮のスープしか飲んだことがない奴隷。


この妖精を捕まえれば、芋を初めて食べることができるけれども・・・。







でも、妖精は?






妖精は瓶に閉じ込まれて、酒に漬けられ、冷暗所に保管されて、妖精のエキスを吸い取られ続けて。


妖精酒が出来上がり、毎晩、養命酒のように妖精酒が飲まれて。


妖精酒が少なくなれば、また酒が注がれて、半永久的に妖精は瓶の中で酒漬けにされて。






妖精が朽ちるまで。








奴隷は首をブルブル振りました。



芋2本の褒美なんかいらない。


それよりも妖精を隠さなければ。



そう思った奴隷は芋を土の中に戻します。






コラ!何している?





奴隷の動きを不審に思った見張りが走り寄ってきて。




その手をゆっくり出すんだ。




見張りが奴隷に指示をします。


奴隷がゆっくりと手を土から引き抜くと。




大きな芋だな。


早く籠に入れるんだ。




見張りは頭をかいて、去っていきました。




よかったね。


掴まらなくて。




どこまでも続く穴の奥に奴隷は小さく呟きました。












奴隷が妖精を逃がしてから、数日が過ぎました。


毎日、芋を掘って。

毎日、芋を籠に入れて。

毎日、芋の皮のスープを食べて。


いつもと変わらない奴隷生活です。




もし妖精を捕まえて、献上していたら・・・。






この芋を食べることができたかも・・・。







後悔先立たずです。










月の光が粉になって降ってくるような夜でした。


月が逆回転に空を廻っていくような夜でした。


奴隷部屋で奴隷は目を覚まします。



心優しい奴隷様。


心優しい奴隷様。




奴隷がそっと寝返りを打つと。



そこには妖精がいました。


立派な王冠を被った、あの妖精がニコニコして立っていたのです。




これはこれは心優しい奴隷様。


わたしは妖精の王であります。


先日、わたしを助けていただいて、ありがとうございます。


今夜はお礼にあがりました。


どうか心優しい奴隷様。


できることは限られますが。


なんなりと望みをおっしゃってください。









妖精の王がニコニコして、奴隷の返事を待っています。





さあ、どうする?


気まぐれに妖精を助けただけで。


望みを叶えてくれるって。


ラッキー?


ラッキーだよな?


で、どうする?


奴隷は決して王族になれないから。


王族になるなんてのは?


これは欲張りすぎかも?


じゃあ、王族に仕える奴隷では?


同じ奴隷だし。


そんなワガママじゃあないだろう。


よし、決めた。





奴隷は他の奴隷に聞こえないように小さく言います。




王族に仕える奴隷にしてください。







では、3日後のお日様が。

3時の方向になった時。

333歩お日様の方向に歩いてください。


心優しい奴隷様の望みはきっと叶います故に。








妖精の王は月の光に溶けるように消えていきます。




全く無欲な奴隷様だ。


王様にだってなれるのに。


奴隷のままでいいなんて。




妖精は消えましたが、妖精の王の独り言が残りました。









えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ?って、どういうこと?





奴隷は声にならない声をあげました。











3日後のお日様が。

3時の方向になった時。

333歩お日様の方向に歩いてください。



妖精の王がそう言ったので。


頭の上から奴隷服を被って。

顔を隠しながら。

自分の無欲さに悔いながら。

いや、自分の小ささを嘆きながら。

奴隷は足を進めます。




どうせ妖精にからかわれたんだ。


お城の衛兵に見つかって、廃棄されるのがオチだ。


所詮、奴隷なんだから。


妖精のように妖精酒になるわけじゃない。


芋を掘る専門の奴隷など他にもいるから。






こらっ!何をしてる!




衛兵が走ってきます。




驚いて、尻餅をついて。


奴隷服がまくれて。


奴隷の顔がお日様に曝されます。






ああ、もうおしまいだ。





奴隷が目をつぶっていると、無音で時間が過ぎていきます。


それどころか、いつまでたっても衛兵は奴隷を切りつけません。




奴隷がそっと薄目を開けると。


衛兵はじっと奴隷の顔を見ています。



衛兵はただ目を丸くして、驚いています。


そして、奴隷の手を引いて。


引きずって。


引きずって。


お城まで連れていきます。





お城に着くと。


奴隷は放り投げられて。


温かいお湯に放り投げられました。




1ヶ月ぶりのお風呂です。








気持ちよくて。




とてもいい匂いがして。




眠ってしまいそうです。





バシャッ。





思わず眠ってしまった奴隷を引き上げてくれたのはさっきの衛兵です。



泥と垢の落ちた奴隷の顔をじっと見ます。






本当にそっくりだ。


ああ、本当にそっくりだ。







衛兵は何度も頷いて。


何度も繰り返しました。







奴隷は意味も分からないまま、王室に連れていかれました。



お風呂にも入れて。


奴隷服も新しくなって。


王室の絨毯もフカフカで。


とてもいい気持ちです。


でも、ここにいる理由が分かりません。






奴隷を真ん中に置いて。


衛兵が毅然と整列して。


王様がぼんやりと見えました。






奴隷が王室に入るなんて。


王様を見ることができるなんて。


有り得ないことです。



王族に仕える奴隷だって。


王室に入ることは許されません。


王様を見ることだって許されません。









お日様の光が窓から注がれて。


王様の顔がはっきりと見えました。







そっくりだ。


本当にそっくりだ。






あの時、衛兵が言いました。





まるで鏡です。



王様は奴隷と瓜二つの顔をしていたのです。






王冠を被って。


立派な服を着て。


豪華な椅子に座って。


でも、奴隷と同じ顔をしているのです。







確かにそっくりだ。







王様はカツカツと靴を鳴らして。


奴隷の前に膝をついて。


奴隷の顎をつかんで。


よおく奴隷の顔を見ます。




見れば見るほど瓜二つで。


まるで鏡を見ているよう。






はっ、面白い。


この奴隷を貰うとしよう。




王様はそう言って。



笑って王室を出ていきました。












毎日、芋を掘って。

毎日、芋を籠に入れて。

毎日、芋の皮のスープを食べて。




そんな暮らしが一変します。





芋を掘るための奴隷服は汚い1枚布でした。


王様仕えの奴隷服は豪華で美しい1枚布です。


お風呂だって毎日入れます。


というより毎日、入らなくてはいけない規則なのです。


王室を汚してはいけないし。


王様を汚してもいけません。


だから、面倒臭くても、毎日、お風呂に入らなくてはいけないのです。






食事も芋の皮のスープとは比較になりません。


王様の食事とは質もレベルも違いますが。


スープには芋の皮じゃなくて。


芋そのものが入っていて。


芋以外の見たこともない野菜がたくさん入っています。





それはニンジンだよ。


栄養がたくさんあるそうだ。







王様は物知りなので、色々教えてくれます。


野菜の名前。


窓に留まる鳥の名前。


北の国で起きてる戦争のこと。



芋を掘ることしか知らなかった奴隷の知らないことをたくさん教えてくれました。



字の書き方も。


字の読み方も。


王様に教えてもらいました。




いいなあ。君は。




ある日、王様が言います。




ずっと自由で。




王族に生まれれば、王族として道を歩む。


王様に生まれれば、ずっと王様として道を歩む。



王様はお城の外のことを知ってるけれど、見たことはありません。


王様はお城の外に出たことがないのです。




本や家来からお城の外の世界のことをたくさん知りました。


お城の外の世界を知れば知るほど外の世界に行きたくなります。


でも、外の世界に行くことはできません。



だって、王様ですから。



だから、瓜二つの顔を持った奴隷がお城の外に行ったりするのがうらやましくて、うらやましくて。



ああ、ないものねだりなんだ。



奴隷は王様の気持ちがとても分かりました。


芋を掘ることしか知らなかったから、王様の生活には憧れます。


でも、王様は王様でお城の外で芋を掘っている奴隷の生活がうらやましかったりするのです。








月の光が粉になって降ってくるような夜でした。


月が逆回転に空を廻っていくような夜でした。


何故か奴隷はなかなか寝付けなくて。


何故か王様もなかなか寝付けなくて。


そして、妖精の王がまた現れました。




心優しい奴隷様よ。


心優しい王様よ。


またお悩みかな?


王様の望みを叶えてあげたいなんて。


泣かせる話じゃありませんか?


では、妖精の王のワシが一肌脱ぐことにしましょう。


この妖精の魔法で。


心優しい奴隷様と。


心優しい王様の望みを叶えましょう。






妖精の王が王冠の中から白い綿帽子を出します。



これは月の光の粉を集めたもので。


何でも隠せる魔法の綿帽子です。



妖精の王は奴隷の右肩にある奴隷番号の焼き印に綿帽子を押し当てます。


すると、月の光が焼き印を隠してしまいます。


次に妖精の王は王様の右肩に綿帽子を押し当てます。


すると、王様の右肩に奴隷番号の焼き印がコピーされて、貼り付けられます。



奴隷も。


王様も。


目を合わせて。


びっくり。




でも、これで王様は奴隷のようにお城の外に出ることができます。






でも、24時間ですよ。


24時間過ぎると、妖精の魔法は効果が無くなります故にお気をつけを。



フォッフォッフォッフォ・・・。




妖精の王は笑い声だけを残して。


月の光に溶けて消えていきました。





24時間です。



その間、王様は奴隷のように自由にお城の外に出られます。



奴隷が王様の代わりに王室にいることがバレないように。



扉のノブに【開けるべからず】の札を掛けました。





王様が奴隷服を頭から被って。


王室から嬉しそうに走っていく姿を奴隷は思い出して。


嬉しそうに笑って。


王室のフカフカの絨毯に寝転んで。


気持ちよくて眠ってしまいました。









月の光が粉になって降ってくるような夜でした。


月が逆回転に空を廻っていくような夜でした。



奴隷は扉を叩く音で目を覚まします。


王様はまだ帰ってきません。


もう24時間過ぎた頃ですが。


右肩の奴隷番号は現れてきません。


不思議に思いながら。


奴隷はそうっと扉を開けました。


王室の外には衛兵が並んで。


王様を待っていました。





王様、報告があります。


王様仕えの奴隷が街の階段で足を滑らして、死にました。


廃棄処分で処理しました。







そうだ。


僕は奴隷だ。


奴隷は人ではない。


だから、墓などない。


だから、物と変わらない。


だから、廃棄されるんだ。








王様が死んでしまって、奴隷は王室に閉じこもります。




妖精の魔法が解けて。


奴隷の右肩に奴隷番号が浮かび上がり。


王様仕えの奴隷が王様を殺した。


そんなゴシップがリアルに変わって。



とても恐ろしくて。




無知な奴隷に野菜の名を、世の中のことを教えてくれて。


字の書き方を、字の読み方を教えてくれて。



たまたま顔が瓜二つに似ていた奴隷に普通に接してくれて。



心優しい王様は奴隷のように墓もなく、廃棄されてしまって。




とても悲しくて。




奴隷の涙が零れ落ちて。


床に小さな池を作ります。


小さな池には月が浮かんで。


月の光が粉になって降ってきて。


月が逆回転に空を廻ってきて。


そして、妖精の王が現れました。




心優しい奴隷様よ。


もう王様が死んでしまった以上、あなたが王様です。


大丈夫ですよ。


右肩の奴隷番号の焼き印はもう現れませんから。


心優しい奴隷様、あなたの望み通り王族になれましたよ。


しかも、王族の頂点に立つ王様ですよ。


どうか喜んでください。


わたしも嬉しいんですよ。


妖精を妖精酒にしない心優しい奴隷様が王様になって。



妖精の王は白髭をそっと撫でました。


奴隷は妖精の王の言葉にゾッとしました。





奴隷が王様仕えの奴隷になったのも。


王様が階段で足を滑らして、死んでしまったのも。



すべては妖精の王が仕組んだ物語なのです。





奴隷は妖精の王に飛びかかり。


妖精の王の首を掴んで。


憎しみを込めて。


悲しみを込めて。


精一杯の力を込めました。


















月の光が粉になって降ってくる夜に。


月が逆回転に空を廻っていく夜に。


王様は王室の窓から身を投げました。






王様の右肩には奴隷番号の焼き印が押されていたそうです。












【おしまい】

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