満月の夜に誰もいなくなった
月が満ちてしまう前に。
君は吠えた。
狼少年みたいな狼男。
いつも嘘ばかりで。
狼男のくせに。
狼少年の振りをして。
月が満ちてしまう前に。
君は吠えた。
君は突然、現れた。
東の山から降りてきたと言う。
栗色の髪の毛が綺麗にカールして、風に揺れる。
蒼色の瞳が硝子玉みたく光を反射させる。
君はかわいかった。
男の子なのに、かわいかった。
町の鼻たれ坊主よりかわいかった。
だから、すぐに町の人気者になった。
でも、君は嘘つきだった。
まるで狼少年のように嘘をついて。
毎日、町のみんなを驚かせた。
君の嘘に町のみんなが飽いた頃。
君は1人の女の子と出会う。
病弱なお母さんがいて。
健気な女の子の2人暮らし。
貧乏くさい家に住んでいるが。
よく笑う女の子だった。
きっと辛いことばかりだから。
よけいに笑いたかったのかもしれない。
君は女の子を笑わすため。
たくさんの嘘をついた。
町のみんなはもう飽いて。
驚くこともなく。
君の嘘をハイハイと受け流す。
正直、寂しかったけれど。
女の子だけは飽きることなく。
君の嘘に驚き、笑ってくれる。
だから、君も喜んで。
嘘を重ねる。
ある日、女の子が泣いていた。
君は心配して。
女の子の話を聞く。
お母さんが・・・。
女の子のお母さんが倒れたらしい。
元々、病弱だったから。
でも、女の子は泣き止まない。
満月の夜に。
高い木のてっぺんから。
満月の雫を。
水の張ったお椀にすくうと。
どんな病気も治る薬になるんだ。
君が言うと。
女の子はまん丸な目で。
君の蒼色の瞳を覗き込み。
ほんと?
うん。
君は頷いて。
女の子は泣き止んで。
2人で笑った。
次の満月の夜。
女の子は高い山の。
高い木のてっぺんで。
水の張ったお椀を満月に構えた。
満月の雫がお椀の中で揺れて。
女の子は嬉しくて笑う。
これでお母さんの病気が治る。
その時、山が揺れて。
その時、木が揺れて。
ガチャンとお椀が割れて。
ドサッと女の子が落ちて。
満月の雫が零れ落ちた。
君は家にいた。
満月の夜には必ず家にいる。
それはママとの約束だった。
満月が沈み。
太陽が昇る頃。
君の家の扉が激しく叩かれて。
鍵を開けると。
町のみんなが君を押さえ込み。
この狼少年が。
呻くように呟いて。
堅い棒で君を殴りつける。
女の子が死んだって。
君がついた嘘を信じて。
そう罵られて。
君は丘の上の太い老木に縛り付けられて。
身動きひとつできない。
女の子に嘘をつかなければ。
いや、でも、嘘じゃない。
満月の雫の話は君がママから聞いた話。
嘘じゃないんだ。
本当なんだ。
君はそう言うけれど。
君は狼少年だから。
ずっと嘘ばかり吐いてきた。
だから、誰も君を信じない。
丘の上の老木に君は縛られたまま。
欠けていく月が。
君の上を横切る。
そして、いずれ月が満ちる。
駄目よ。
満月の夜に。
お外に出ては駄目よ。
ママがそう言ったから。
僕はずっと満月の夜は家に閉じこもっていた。
でも、もうすぐ月が満ちる。
ママとの約束を守りたいのに。
どうか月よ。
どうか満ちないで。
どうか、月よ。
お願いだから。
君は祈るように吠えた。
でも、満月は必ずやってくる。
君は身体に異変を感じていた
何も食べてないから。
空腹感があるのは当然だった。
でも、空腹感だけじゃない。
堅い棒で殴りつけられた傷痕も。
何故だが痛くなくなっていく。
満月の光が粒子となって。
空から降ってきて。
君の身体に吸着していく。
満月の夜は。
お外に出ては駄目よ。
ママがそう言った。
どうか月よ。
どうか満ちないで。
君は牙を剥いて、吠えた。
満月の力の干渉を受けて。
君の牙が。
君の爪が。
君の腕が。
君の脚が。
変身していく。
君は嘘つきな狼少年じゃない。
君は寂しがり屋な狼少年じゃない。
満月の夜に。
満月の力の干渉を受けて。
変身する狼男。
もう遅いんだ。
君が吠える。
君の身体は3倍に膨張して。
君を縛る縄が千切れた。
君を支える老木が砕けた。
君は狼男。
君は狼男のくせに。
君は狼少年の振りをして。
町のみんなが笑う顔が見たくて。
町のみんなが笑う声が聞きたくて。
女の子の涙を見たくなくて。
もう狼少年いない。
満月の夜。
狼男が牙を剥いて、吠えた。
満月の夜。
狼男が町を襲った。
満月の夜。
女子供関係なく。
狼男は町のみんなを喰らった。
満月の夜。
最後に町の保安官を襲いかかる。
この町にはもう保安官しかいない。
保安官はライフルを構える。
伝承に在る銀の弾丸を詰めて。
狼男に引き金を引く。
狼男の鋭い爪が保安官の身体を引き裂いて。
保安官の銀の弾丸が狼男の眉間にめり込んで。
静寂が町を包んだ。
今宵は満月。
満月の雫が水溜まりに映る。
ママが教えてくれた。
どんな病気も治るって。
君は銀の弾丸で撃たれて。
動けない身体で。
水溜まりに顔を突っ込んだ。
口元から。
舌先から。
満月の雫がほんのり甘かった。
ママは嘘つきじゃなかった。
でも、女の子は死んでしまった。
この町のみんなも死んでしまった。
君は山から降りてきちゃいけなかったんだ。
君が流した涙の雫で。
満月の雫が揺れる。
もうすぐ夜が明ける。
満月の夜に。
この町から誰もいなくなった。