キミならダイジョウブだよ。
2歳の妹が大声をあげる。
飴玉を飲み込んで、喉に詰まらせたのだ。
パパとママは大騒ぎで、掃除機を妹の口に当てて。
なんとか飴玉を吸い出すことに成功したけれど。
どうして飴玉なんか!
パパとママの喧嘩始まる。
パパのせい?
ママのせい?
責任を押しつけあうパパとママ。
僕は妹とずっと泣いていた。
ずっと。
ずっと。
【キミならダイジョウブだよ。】
声が聞こえた。
優しい声。
僕が後ろを向くと。
黒い煤がかった影がいる。
目も口もない。
手も足もない。
でも、影は笑っていた。
だから、僕は泣きやむことができた。
僕が泣いていたのは。
妹に飴玉をあげたのは僕だから。
なんでって?
理由は分からない。
でも、怖かった。
パパが僕に気づいて。
ママが僕に気づいて。
どうして飴玉を!と。
パパとママに怒られるのが怖かった。
けど、もう怖くない。
だって、声を聞いたから。
だから、僕はきっと怒られない。
【キミならダイジョウブだよ。】
黒い煤がかった影がそう言うから。
駄菓子屋で万引きをした時も。
本屋で万引きをした時も。
【キミならダイジョウブだよ。】
黒い煤がかった影が言うから、怖くなかった。
ママの財布からお金を盗んだ時も。
友達の財布からお金を盗んだ時も。
【キミならダイジョウブだよ。】
黒い煤がかった影が言うから、怖くなかった。
友達の宿題を丸写しにした時も。
携帯でカンニングした時も。
【キミならダイジョウブだよ。】
黒い煤がかった影が言うから、怖くなかった。
A君の机に花瓶をたてた時も。
A君の教科書に汚い言葉を落書きした時も。
A君のお金で風俗やカラオケに行った時も。
A君の給食にダンゴ虫や錆びた鉄クズを入れた時も。
A君が泣きじゃくっても、蹴り続けていた時も。
A君の恥ずかしい画像をネットで流した時も。
【キミならダイジョウブだよ。】
黒い煤がかった影が言うから、怖くなかった。
そして、A君が学校の屋上から飛び降りたんだ。
遺書も何もない。
携帯電話の記録も残っていない。
A君をいじめていたという証拠は何もない。
学校の先生も。
いじめに加担していた奴も。
いじめを傍観していた奴も。
何事もなかったように口を閉ざす。
だって、いじめがあったなんて世に知れたら。
あの学校の先生とか。
あの学校の生徒とか。
あの学校の卒業生とか。
そんな風評被害でみんなの人生が狂ってしまうから。
誰も真実など知られたくないんだ。
真実の追求よりも毎日の生活が大事なんだ。
学校の先生も。
いじめに加担していた奴も。
いじめを傍観していた奴も。
【キミならダイジョウブだよ。】
黒い煤がかった影が言う言葉をきっと聞いたのだろう。
黒い煤がかった影はどこにでもいるのだから。
そして、いじめという面倒くさい真実を闇に葬ったんだ。
もちろんいじめていた僕もだけど。
大人になった僕は政治家をしている。
国会の合間に。
若い秘書の身体を触って。
イチャイチャして。
不倫している。
国会の答弁では。
経済問題とか。
税金問題とか。
エネルギー問題とか。
難しい言葉で飾って。
分かった風な顔で答弁している。
【キミならダイジョウブだよ】
黒い煤がかった影が言うよ。
だから、僕は悪くないんだ。
何が起きても、僕のせいじゃないんだ。
国会で僕が答弁している時も。
議員さんの達の後ろにも見えるんだよ。
黒い煤がかった影が。
目も口もない。
手も足もない。
でも、笑っている。
【キミならダイジョウブだよ。】
って、議員さん達に話しかけているんだ。
この国が消滅しても、決して僕達のせいじゃないんだ。
【おしまい】