天国にしか咲かない花
白くて。
小さくて。
フワフワで。
綿帽子みたいで。
天国にしか咲かない花。
天使が天国にしか咲かない花の種を一つ握り締めて、僕達の世界に飛んでいきます。
でも、天国から僕達の世界は意外に近くて、遠かったのです。
いつもであれば・・・。
僕達が命を失った時に天使砲と呼ばれる大砲から天使は発射されて、僕達の世界に飛んできます。
そして、僕達の身体から飛び出した魂を浮き袋にして、天使は天国へと浮かんでいきます。
でも、今日は自分の力で飛んでいかなくてはいけません。
天使は背中に生えた小さな羽を必死に羽ばたかせて、僕達の世界へと飛んでいきます。
天使砲で飛んでいく時も、僕達の魂で浮かんでいく時も自分で飛んでないので、気付きませんでした。
こんなにも風が強いなんて。
こんなにも雨が強いなんて。
嵐とハリケーンを足して、5倍にしたような激しい空がずっと広がっています。
天使の羽は風と雨に削られて、ボロボロになってしまいます。
それでも、天使は天国にしか咲かない花の種を一つ握り締めて、天使の羽を羽ばたかせて、飛んでいきます。
どうして?
約束したから。
誰と?
小さな魂と。
小さな魂は泣いてます。
ママが。
ママがまだ。
あの中に。
小さな魂は燃えさかる炎の中にいました。
天使砲で飛んできた天使は炎の中にいた小さな魂を抱きかかえて、空へと浮かんでいきます。
ママが。
ママがまだ。
天使は炎の中にもう一つの魂を見ました。
小さな魂のママの魂です。
でも、ママの魂はまだ身体にくっついていて、天国に連れていきたくても、一緒には行けません。
だって、天使には命を奪う力はないのですから。
小さな魂は泣き止みません。
ママが。
ママがまだ。
天使は答えました。
また後で会えるよ。
先に天国で待っていよう。
小さな魂はすすり泣きながら、約束だよと言って、眠ってしまいます。
天使は炎の中のママの魂を見て、思いました。
あの魂の状態からすれば、きっとすぐに迎えに行けるだろう。
そして、天国に着いてから、ずっとママの魂を見ていました。
でも、ママの魂が天国に来ることはありません。
家に火をつけたのはママ。
大好きなツトムくんとなら。
ママはそう想い。
ママは子供と無理心中したのです。
だから、ママの魂は僕達の世界に漂ったまま、決して天国に来ることはありません。
ツトムくんの魂はそんなことも知らず、天国でママを探します。
ママ?
ママ?どこにいるの?
でも、ママは天国にはいません。
天使は神様に相談します。
ツトムくんの魂をママに会わせてあげたい。
天国にしか咲かない花の種と天使の小さな羽があれば、罪を犯した魂も天国に来れるけれど。
その代わり、天使が自分の力で空を飛んでいかなくてはいけないこと。
天国にしか咲かない花を咲かすために天使が地上に残らなくてはならないこと。
罪を犯した魂が天使の羽と自分の力で天国にしか咲かない花を登って、天国に来なくてはいけないこと。
神様がそう教えてくれました。
天使は分かりましたと返事をします。
えっ、天国に戻れなくなっちゃうんだよ?
うん、分かってる。
本当にいいの?
うん、いいんだよ。
そして、天使は天国にしか咲かない花の種を握り締めて、天使の羽を羽ばたかせて、飛んでいきます。
どうして?
天使だから。
ツトムくんが喜ぶから。
ママの魂の在る場所に着いた頃には天使の羽はボロボロになっていました。
天使はママの魂を探します。
焼け跡はどんよりしていています。
ツトムくんのママ?
どこにいますか?
天使が声をかけると、焼け跡が崩れて、真っ黒なママの魂が浮かんできました。
ツトム?
ツトムはどこ?
ママの魂もツトムくんを探していたので、天使は嬉しく思います。
ツトム?
ツトム?
大丈夫ですよ。
ツトムくんは天国にいますから。
天使が答えると、ママの魂が震えだします。
ツトム?
死んじゃったの?
ママが。
ツトムを。
殺しちゃったの?
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ・・・・。
ママの魂が叫びます。
焼け跡が震えて、ママの魂にひびが入ります。
いけない。
ママの魂。
この天国にしか咲かない花につかまって。
天使は天国にしか咲かない花の種をギュッと握ります。
すると、天使の手から天国へと天国にしか咲かない花が育っていきます。
ほら、天使の羽を。
天使はママの魂に天使の羽をくっつけました。
もうボロボロになっちゃったけれど。
天国までは飛べるよ。
ママの魂は叫ぶのをやめました。
ツトムくんは?
ツトムくんは?
ママがツトムくんを殺しちゃったの。
もうツトムくんには会えないわ。
ママの魂はうずくまって、泣き始めます。
ツトムくんが天国で待ってるんだよ。
ママは来るのを待ってるんだよ。
大丈夫だから。
ツトムくんを。
抱きしめてあげて。
天使は天国にしか咲かない花に体が飲み込まれていきます。
早く行かないと、間に合わなくなっちゃう。
天使がママの魂の背中を押して。
ママの魂の天使の羽が羽ばたいて。
ママの魂がゆっくりと浮かんで。
天国にしか咲かない花を登っていきます。
ツトム?
ツトム?
ツト・・・
ママの魂の声が小さくなっていきます。
天使は安心して、天国にしか咲かない花に体を預けました。
神様の言うとおり、もう天使は天国には戻れません。
このまま。
ずっと。
白くて。
小さくて。
フワフワで。
綿帽子みたいな。
天国にしか咲かない花と僕達の世界に。
ずっと。
ずっと。
ツトムくん、どうしたの?
ママ、この花、かわいいね。
そうね。
白くて。
小さくて。
フワフワで。
綿帽子みたいで。
なんて名前のお花かな?
お家に帰ってから、お花の図鑑で調べようか。
うん。
ツトムくんはママの手をしっかり握ります。
そして、またお花を振り向いて。
お花にバイバイと手を振りました。
ママ、今日のごはんは?
ツトムくんの大好きなカレーとハンバーグよ。
やった!
ママ、大好き。
ママもツトムくんが大好きよ・・・。
白くて。
小さくて。
フワフワで。
綿帽子みたいで。
天国にしか咲かない花が。
僕達の世界で風に揺れていました。
まるでツトムくんに手を振り返すみたいに。
【おしまい】