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うつぼ作品集  作者: utu-bo
1/65

0,6gの優しさ

僕はピカピカ新品の車椅子。




僕はこの世界に生まれた。




フレームに(株)岸工業 寄贈 って書かれて。




この病院にやってきた。






僕はピカピカ新品の車椅子。




誰よりも速く走れるし。




誰よりも鋭く曲がれるし。




キキーッとかっこよく止まれるんだ。






病院の職員さんも大喜び。




格好いい車椅子だねえってほめてくれる。




体のえらいおばあちゃんも。




足の悪いおじいちゃんも。




みんなみんな大喜び。




僕の座り心地がとても優しいって喜んでくれる。










でも、古い車椅子が云うんだ。




あんまり速く走っちゃ駄目だとか。




曲がる時はゆっくりでとか。




急ブレーキは危ないよとか。




きっと古い車椅子だから。




僕みたいに速く走れないから。




僕みたいに鋭く曲がれないから。




僕みたいにかっこよく止まれないから。




ピカピカ新品の車椅子じゃないから、妬いているだけさ。


















さわ田 たかし くん。




小学3年生の男の子。




足を骨折して入院してるんだ。




ピカピカ新品の僕を一目で気に入って。




毎日、僕と検査回りして。




毎日、僕と散歩をするんだ。




サッカー部に入ってて。




早くケガを治して。




サッカーの練習がしたいって。




退院したら、試合に見にきてねって。




僕に云うんだ。






(株)岸工業 寄贈 の隣に。




3年3組 さわ田 たかし って。




名前を書いてくれて。




僕をこんなに気に入ってくれて。




だから、誰よりも速く走って。




だから、誰よりも鋭く曲がって。




だから、誰よりもかっこよく止まって。




たかしくんが喜んでくれて。




僕も嬉しかったんだ。




とても嬉しかったんだ。




















キキーッ。




ガチャン。




カラカラカラ。










タイヤがねじ曲がって。




とても痛かった。




いつもみたいに鋭く曲がれるはずが。




曲がり角でタイヤが浮いて。




僕のバランスが崩れて。




壁にぶつかって。




たかしくんが僕から転げ落ちて。












たかしくんは?








たかしくんは?














先生!




先生!




誰か!




ストレッチャー!早く!




痛いよ!先生!




痛いよ!足が!












たかしくんが足を押さえていた。




僕はねじ曲がったタイヤで。




無理やりに体を起こす。




たかしくんがストレッチャーで。




処置室に運ばれる。














だから、云ったんだ。




こうなると思ってたよ。




たかしくん、入院が長引いちゃうね。




きっと学校に行きたいよね。






古い車椅子の声が聞こえた。




















僕のせいだ。








僕が調子に乗って。








ピカピカ新品だからって。








僕がたかしくんを。
















ねじ曲がったタイヤで。




僕は病院を逃げ出したんだ。


















壁にぶつかって。




床を滑って。




体中が痛かった。




でも、たかしくんはもっと痛いんだ。




僕よりもずっと。




もし入院が長引いて。




もしサッカーができなくなったら。




僕はどうすればいいんだろう?












病院から逃げ出した僕はバスに乗っていた。




行き先も知らないバス。




座席がみんな埋まって。




みんな疲れた背中をしている。








バスが駅で止まって。




プシューッて音がして。




扉が開く。








腰の曲がったおばあさんが1人乗ってきた。








周りを見渡すけれど。




座席はみんな埋まってる。






そして、僕と目が合ったんだ。






ちょうど良かった。よっこらしょ。






腰の曲がったおばあさんが僕に腰掛ける。




ねじ曲がったタイヤで。




必死でおばあさんを支えた。






とても優しい座り心地だねえ。






おばあさんが云う。




病院でもみんなそう云ってくれた。




でも、たかしくんが。




たかしくんのことを考えると。




涙が止まらなくなる。




僕は声をあげて泣いた。




大きな、大きな声で泣いた。




おばあさんも。




他のお客さんもびっくりして。




僕の周りに集まってくる。






どこか痛いの?




あら、タイヤが曲がっているやない?




どこかにぶつけたの?






みんな心配して。




僕を撫でてくれる。




腰の曲がったおばあさんも。




立ち上がって。






大丈夫かい?






と心配してくれる。




僕は悲しくて。




病院であったことを。




全部、全部話をした。






僕が、調子に乗ったから、いけないんだ。




僕が。僕が。












次で降ります。












大きな声だった。




僕の泣き声よりもずっと大きな声。




運転手さんもびっくりして。




はいって声を裏返して、返事をした。




大きな声のおじさんが。




僕のそばまで来て。






君も一緒に降りるんだ。






そう云って、僕のフレームを優しく握ってくれた。








プシューッ。ガコン。




バスの扉が閉じる。




バスが遠く離れていく。




僕の隣には大きな声のおじさんがいる。




携帯電話で誰かと話している。












僕はどうなるのだろう。




迷い車椅子なんて聞いたことがない。




もし、迷い車椅子がいたら。




全く別のものにリサイクルされるのかな?




僕もリサイクルされて。




全く別のものになってしまうのかな?




そうしたら、たかしくんのサッカーの試合に行けなくなってしまう。




でも、僕のせいで入院が伸びたり。




サッカーができなくなったりしたら。




試合を見に行くことなんてできないよ。




やっぱし、もうたかしくんに会えないんだ。




ごめんなさい。たかしくん。














おじさんは電話を切って。




僕の前に膝をつく。




ポケットに手を入れて。




ビニール袋を取り出した。




ビニール袋が。




ううん、ビニール袋の中の。




たくさんのプルトップが。




太陽の光でキラキラ反射する。












君は0,6gの優しさを持ち寄って。




生まれてきたんだよ。








おじさんは(株)岸工業 の営業の人だった。








暑い夏も。




凍える冬も。




外回りをしてると大変で。




でも、缶ジュースを飲んで。




一息ついて、また外回りするんだ。




1日何件もね。




毎日、缶ジュースとか飲んでて。




ふと思いついたんだ。




うちの会社のみんなが。




少しずつ優しさを持ち寄って。




例えば、缶ジュースのプルトップを。




面倒でも集めたりしたら。




もっと優しい気持ちで仕事ができるんじゃないかってね。








おじさんは笑う。








君はそんな小さな優しさを持ち寄って。




生まれてきたんだよ。










でも、僕のせいでたかしくんは怪我を。








今、病院に電話したら、レントゲンも撮ったけれど。




たいしたことないって。




またサッカーできるって。




君を待ってるって。










おじさんの言葉にまた涙が流れてしまう。




そして、僕はおじさんと一緒に病院に帰っていった。




















澄んだ空。








太陽が高い。








歓声が雲を突き抜けていく。








たった1つのサッカーボールを追って。




たかしくんが一生懸命走っていた。










僕は車椅子。




もうピカピカ新品の車椅子じゃない。




フレームには(株)岸工業 寄贈 って書いてある。




3年3組 さわ田 たかし って書いてある。




2の3 こんどう なお。




5年2組 加藤 伸吾。




たかしくんの真似をして。




たくさんの子供が僕のフレームに。




名前を書いてくれた。






病院の職員さんがねじ曲がったタイヤを直してくれて。




なんとかまっすぐ歩けるようになった。




もうそろそろタイヤを取り替えようかって。




病院の職員さんが云ってくれるけど。




僕は首を横に振る。




だって、早く走れなくてもいい。




鋭く曲がれなくてもいい。




かっこよく止まれなくてもいい。




ちゃんとまっすぐ歩ければいいんだ。




僕は車椅子だから。




病院の職員さんのおかげで。




まっすぐ歩けれるようになった。




ゆっくり曲がれるようになった。




急ブレーキなんか必要なくなった。










あれからたかしくんは退院して。




元気にサッカーを練習して。




こんなに大きな試合に出れるようになった。




僕はピカピカ新品の車椅子じゃないけれど。




こうして、たかしくんの試合を見にくることができる。












おじさんが云った。






0,6gの優しさを持ち寄って。




生まれてきたんだよって。






おじさん。






僕はみんなの優しさを返すことができたかな?














【おしまい】















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