時には社長や副社長を助けます
「姉ちゃん、勉強教えてくれない?」
康樹が姉である香耶にそう聞くと、香耶は手をひらひらさせる。
「パス。あたしも今日ちょっと忙しくて。代わりの社員呼んであげるからその子に聞いてくれる?」
「代わりの社員ってまさか……」
康樹の顔が青ざめる。
「ま、たまにはいいでしょ。九尾の狐、ヨウコのスパルタ塾」
一方、香耶は康樹の顔など見ようともせず、適当な調子で返すのだった。
「久しぶりじゃのう康樹よ」
「は、はい……」
康樹は固まる。
(苦手なんだよなあこの人……いや、狐か)
「妾で悪かったのう」
「うわっ、突然人の心読まないでくださいよ!」
「おびえた人間の心は読みやすいのう。くはは。やはり苦手と思っておったか」
(くそ、してやられた。この狐に人の心を読む力はないんだった)
このヨウコの怖いところは、決して勉強の教え方が厳しいわけではなく、単に相手の精神を蝕んでいくようないじり方をしてくることである。終わった後には普段の数倍も疲れることで有名だ。あくまでも康樹視点での話だが。ちなみに社長視点だと香耶は油揚げ1枚で給料が済むのでとても重宝しているらしい。
「さて、そろそろ真面目にやるかのう。今日の宿題は何じゃ?」
「今日は数学と国語です」
とはいえ、宿題が面倒な以上、ここは嫌でもこのヨウコに頼るしかない。
「よかろう、それでは、まず国語から見てやるとするか」
ようやく重い腰を上げたヨウコは、そんなことを言った。
「いやあ、あんな問題で手こずるとは。人間とはよく分からんもんじゃのう」
「ぐぬぬ……」
数十分後、宿題が終わるとヨウコは馬鹿にしたような顔で康樹のことを見て笑っていた。
「苦虫を噛み潰したような顔とはよく言ったもんじゃ。のう康樹」
「やめてくださいよ……」
さっき分からなかった問題の答えをヨウコにいじられる康樹。
(ちくしょう、絶対こいつに頼らなくていいくらい勉強できるようになってやる)
「叶わぬことを考えてもへそで茶を沸かすだけじゃぞ康樹よ」
「うるさいですってば! 茶化さないでください!」
このことわざもさっき出てきた問題だ。このヨウコ、人のプライドを逆なですることにかけては名人級と言っても過言ではない。
「それに、あんまり先のことを言っても鬼が笑うだけじゃ。素直に妾に教わっておけばよかろうて」
「……そうですね」
そこだけは事実なのが本当に腹立たしい。数学の宿題も含めてこのスピードで終わらせることができるのはこのヨウコだけだ。
「さて、思ったよりも早く終わったし、少し遊んで帰るかのう」
が、その言葉を聞いた瞬間、それまで歪んだ顔をしていた康樹の顔に途端に生気が戻る。
「だったら、テレビゲームで勝負しませんか? ちょうど最近買ったゲームがあるんです」
確かにヨウコは昔のことや勉強については他の追随を許さないほどの有能さを持つ。だが、最近できたテレビゲームなら、自分にも勝ち目はあるかもしれない、と康樹は踏んだのである。
「ほう、せっかくじゃ。相手をしてやるとするかの」
(よし、乗ってきた。これで今までの屈辱、晴らしてやる)
康樹はにやりとほくそ笑んだ。
「また妾の勝ちじゃのう」
「何でゲームまでそんなに強いんですか!」
格闘ゲームを始めた2人だったが、はめ技をかけようとした康樹を逆にはめ技にかけてしまうという上級者御用達テクで、ヨウコの圧勝だった。
「雪辱は果たせなかったのう。まだまだ妾の方が様々な点において上ということじゃ」
「もうやだこの狐! 勉強のことまでいじってくる!」
コントローラーを投げて康樹は布団に背中からダイブする。
「さあて、康樹いじりも一通り済んだことじゃしそろそろ帰るかのう」
「あんたやっぱり狙ってやってたでしょ!」
「そりゃ、これほど興味深い人間もおらぬからな。またくるぞ」
「帰って二度と来ないでください!」
ヨウコは勝ち誇ったようにドアを開けて出ていった。
「今日はまた一段と喚き散らしてたね」
入れ替わりに香耶が入ってくる。用事が済んだらしい。
「なあ、姉ちゃん何であいつを社員になんかしたんだよ。あいつだけ俺が知らないところで雇われてたんだぞ」
「あれ、言ってなかったっけ? あの子、社員になる前はあんたに助けられたんだってよ。それで、恩を感じてほぼ無償で今あたしたちの手助けをしてくれてるんだって」
「覚えがねーんだけど……」
確かにいつも油揚げ1枚しかもらっていかないのは不思議だと思っていたが、まさかその理由が自分にあったとは。
「いつの話なんだよそれ」
「うーん、ヨウコもそこは詳しく教えてくれないんだよね。自分だけの秘密にしておきたいんじゃないかな。知りたかったら自力で思い出すしかないね」
「こんなところでまであいつに時間取られてんの腹立つ……」
結局のところ、自分は手のひらの上で踊らされるしかないことを悟る康樹だった。
「ああ、ところでなんだけど、わらしちゃんが用事があるっていうから、今週末空けといてくれる? 何か重要な報告があるみたい。ついでだから会議もそこでやっちゃおうかなって思ってるんだけど」
「用事? また珍しいな。分かった、空けとくよ」
この会社には5人の社員がいるが、一番古株のさっちゃんと同じくらい重要なウェイトを占めているのがこのわらしちゃんだ。
「それじゃ、そうと決まればお買い物行かなきゃ。康樹、買い出し手伝って」
「……普段なら断るんだけど、わらしちゃんなら仕方ねーな」
康樹も何かに感謝するかのように香耶についていく。これほどまでに大切にされるわらしちゃんの正体とは?




