俺の彼女は体育会系な部活仲間です
「…………普通に悔しいんですけど……私が先に好きですって言うつもりだったのに……」
俺は陸上部に所属する高校2年生竹内敬。彼女はバスケ部に所属する高校1年生栄村悠里。
通常であれば全く接点のない俺と彼女の出会いは、俺がたまたま電車を2本早く乗ったことがはじまりだった。
「ふぁぁ~」
基本的には目覚ましと共に起きる俺だが、今日は偶然早く目が覚めてしまった。しかも二度寝すると絶対に朝練習に遅刻するやつ。月曜日から難儀なことだ。
しかし早起きは3文の得とも言う。この偶然起きたことには何か意味があるのではないか。
完全に寝ぼけていて、思考がしっかりしていなかった。
そんな感じで、寝ぼけ眼で通学用の電車に乗った。
「人少ないな……」
いつも乗っている電車より2本早くしただけなのに、座席がちらほら開いているほどの空き具合。ここまで違うものか。普通に座れそうだし座ろう。混んで来たら譲ればいいし。しかし、座れるメリットは早起きのデメリットに勝っているともいいがたい。まだ3文得しているとは言えないな。
この時間だと、学生姿の同世代よりもスーツ姿の大人が目立つ。朝からご苦労様です。
次の駅になると、ようやく俺と同じ学校の制服を着た女子生徒が電車に乗ってくる。
きょろきょろ。
空き席を探しているのか。それにしても可愛い子だな。
あまり日焼けはしていないが、綺麗に切りそろえられたセミロングヘアーと締まった手足は運動部を感じさせる。
スッ。
あ、俺の隣に座ってきた。すげーいい香りするな。
エナメルの大きめのカバンを持っているということは、彼女もおそらく部活動をやっているはずなのだが、全然泥臭くない。むしろフローラルだ。どういう理屈なのだろう。
うん、これは得だな。可愛い女の子が横に座るなんてな。このまままだ20分は電車に乗る。至福の時間だ。
「くー、くー」
こてっ。
おおう!?
女子生徒が俺にもたれかかってきた。こんなことって実際にあるんだな。
2文目きたー!。いい香りが更に強くなったし、女の子の柔らかい頬が俺の肩に当たって気持ちいい。
「むにゃ~」
しかも妙に寝心地よさそうなのがなぜか嬉しい。俺の肩ならいくらでも貸しまーす。可愛い子限定ですけど。
そのままいい時間を過ごしていると、そろそろ降りる駅が近づいてきた。
名残惜しいが女の子を起こさねばな。妙に眠りが深いようで全く目覚める気配がない。
ポトン……、ポトン……、ポトン。
ん? 何の音だ? それに妙に右手が冷たいような? 雨漏りか?
俺は何気に座席に置いていた手を見た。
「うふふー、むにゃむにゃー」
その違和感の正体は女の子の口元からこぼれたお汁でした。
「…………」
比喩ではなく、普通に絶句した。
「ううーん」
そして頭が動いて、それが俺の制服にかかりそうになった。
「うぉあ!?
手までは絶句だったが、制服だとさすがに声が出た。手は洗えばいいが、制服はちょっと今日1日を過ごす上で問題がある。
「うん?」
さすがに真横で俺が叫べば、その少女も目を覚ます。立ち上がらずに女の子を倒さなかっただけ俺はえらいと思うが。
大きな瞳が開いて俺と目が合う。可愛い。しかし、女子はきょとんとした顔をしている。
「おはようございます。お疲れですか?」
俺としては最大限に気を使ったが、これがまずかった。
「らいじょうぶべず」
ボタボタ!
おそらく大丈夫ですといいたかったんだと思う。おそらく目覚めた彼女は俺にもたれていたことに対してのリアクションだと思っていたのだろう。
しかし、あれが溜まっていたのか、垂れかけも含めて数滴さらに俺に向かってきた。
そして、普通にズボンにかかった。
「はっ!?」
それでおそらく状況を理解したのだろう。思いっきり口元を塞いで顔を真っ赤にしてしまった。
「あ、あのす、す、すいま、すいば」
めちゃくちゃ動揺している。まぁ同じ学校の制服を着ているとはいえ、他人によだれをかけて冷静だったらその方が嫌だが。
うーむ、しかし周りは事態にそこまで気づいていない。皆スマートホンとか見てて全然こっちを見ていない。これは幸いではある。
「あー。俺ちょっと朝用事あって、次の駅で1回降りるんで」
もちろんそのような用事などない。早く起きたのが無駄になりかねんが、ここは彼女に気を使おう。
ここで彼女に1番いいのは、俺がいなくなること。それで冷静になれるだろう。俺は基本的にこの電車に派乗らないし、学校でも会わないから接点もないだろうし。
「あ、ありがとうございます……」
駅から降りる瞬間、小さな声が聞こえてきた。それに俺は軽く手を振って返す。
さて、次の電車を待つか。しかし可愛い子だった。あんな可愛い子の寝ぼけ顔を見るというのは割とレアな気がする。あの子を彼女にできてもあんな顔は見れないのでは? と考えると三文の徳ともいえなくも無い。とは言え、もう少しうまく立ち回れば、あのこと接点を持てた気もする。しかし、この接点では絶対に次会うとききまずいし、この件については忘れよう。
「あ、あのときの……」
と思っていたら、その週末の部活動で出会ってしまった。
「え…………?」
彼女の服装はバスケ部。確かに陸上部とバスケ部のランニングコースは同じ。おそらくこれまでもお互い認識していないだけで出会ってはいたのだろう。だが、あのイベントの後では認識しないほうに無理がある。
「うぁぁぁぁーーーーーーーーー!」
「ちょっと! 悠里どこに行くの!」
ゆったりランニングが1人だけ全力ダッシュと化した。つーか、はえー。うちにほしいし。
「なぁ、あの子なんて言うんだ?」
俺は結果的にペースが同じになった、バスケ部の友人に話しかけた。
「あいつか? あいつは1年の栄村悠里だ。なんだ? さっきお前を見て逃げたみたいだったけど?」
「まぁいろいろあってな」
「なるほどな……よし、ちょっと話してみるか」
「つーわけで、お互い今後も顔を会わす事あるわけだし、しがらみはなくしとこう!」
おせっかいな友人のおかげで、なぜか俺と彼女の顔あわせがセッティングがなされた。
「大丈夫か? すげー目泳いでるけど」
「大丈夫大丈夫、こいつはいいやつだからな」
「あ、あの……ごめんな……ごめんなさい」
第一声が謝罪だし。本当に可愛そうになってきた。
「改めまして、えーと一応始めまして。俺は竹内敬。君の名前は?」
「あ、あはい、こちらこそ。えーと、私は……栄村悠里です!」
「そっか、じゃあ栄村さんでいいかな?」
「さんはつけなくていいですよ」
「じゃあ栄村かな?」
「はい、私は竹内先輩とお呼びさせていただきます!」
ちょっと元気になってきた。俺の前では弱弱しい感じが多かったが、これが彼女の本来の姿なのだろう。
「もう大丈夫そうだな。じゃあ俺は捌けます」
そして友人は去っていった。何か気をつかってやったみたいな顔がむかつくな。そう言う関係じゃないだろ。
「えーと、この前のこと本当にすみませんでした!」
「ああ、あのことなら別に」
「私が明らかに悪いのに……竹内先輩明らかに気をつかって関係ない駅で降りられましたよね」
「ああ、分かっちゃったか」
「分かりますよ……、でも気遣いを無にはできませんし。ですから次電車で会ったら謝ろうと思ってたのに、全然会いませんし」
「そりゃ俺はあの日偶然早く乗っただけだからな。本当の俺はあと2本電車が遅い」
「そうでしたか……、それでもやもやしてるところにいきなりどーんですよ! そりゃダッシュもしますって」
「まぁそうか。でも人生はそういうもんだ」
「はー、でもそうですよね。では改めて! 竹内先輩! とっても恥ずかしいところを助けていただいてありがとうございました!」
礼儀正しい45度の礼。実に体育会系らしい。
「ああ、全然気にしてないからさ。これから顔合わせたときに挨拶でもしてくれたらいいさ。栄村と知り合えたことが俺にとっていいことになれば、あの出来事もさ、いい縁になるんじゃないかな?」
「はい!」
こうして、俺と栄村は知り合いになった。
栄村は礼儀正しく、俺にいろいろ礼ということで、付き合いが増えていき、いつの間にか俺が電車に乗る時間は早くなり、毎日会うようになった。
実はこれは栄村が俺と話すのが楽しいということで、同じ電車に乗ろうとしはじめて、バスケ部の朝連にぎりぎりになりまくったから、俺が早く出るようになっただけ、しかし迷惑ではない。俺も栄村とは話したい。
会えるときが増えれば増えるほど、もっと合える時間を増やしたくなってしまう。
変な縁ではじまった出会いだったが、俺にとっては良縁だった。頑張りやでまっすぐな彼女のことは好きになった。
そして、告白したら、先に言いたかったと言われたわけだ。
「1日たまたま電車が被らなかっただけで、嫌われたかもしれないと思うくらい……、避けられたかもしれないと思うくらい……、先輩が好きになってしまいました。むしろずっとです。最初に優しくしてもらったときから!」
おお、声量が……恥ずかしい。今日はたまたま寝坊して1本遅くて、電車の時間が合わなかったのだが、それだけでそこまで、なんという可愛さ。
「今日電車5往復くらいしちゃいましたよ! お客さんの目線恥ずかしかったんですから」
「ぐふっ!」
「何で笑うんですか!」
「そりゃ笑うわ」
「もー! 意地悪です先輩! でも好きです!」
といいつつ、俺に竹内は抱きついてきた、行動と言動が同じところが、体育会系らしくて俺も抱きしめた。
「おじゃましまーす。わー、敬さんの家だー」
というわけで、今日は竹内、もとい悠里を家に呼んだ。
ちなみに付き合ってから、呼び方は俺が悠里、悠里が敬さんになった。敬でいいと言ったのだが、やはりそこは体育会系。仮にも年上を呼び捨てにはできないらしい。でも先輩呼びは嫌だったので、この呼び方になった。体育会系兼乙女である。
ちなみに時刻は朝7時。なぜこのような時間かと言うと、今日は誰も家にいないと俺が話したら朝からお邪魔していいかと聞かれたからである。
俺と悠里は付き合い始めたが、お互い学年も違うし、部活動で忙しいので、意外と時間を共有できない。登下校くらいである。その間に一緒にもっと過ごしたいと悠里が話していたからこの提案が持ち上がったのである。ちなみに今日は休みだが、お互い部活があるためこの後家を出る。なので、制服姿である。
「朝は食べられましたか?」
「いいや」
「そうですか! 私もまだなので、おつくりしますね!」
良く見ると、悠里はこの近くでやってる24時間営業のスーパーの袋を持っていた。
「へー、楽しみだな。とりあえず奥いこっか」
「はーい」
そしてリビングに来ると、キッチンに向かって軽く一礼していた。
「何してんだ?」
「人の家のキッチンに無断ではいるので、一応礼くらいはしとこうかと」
「何か律儀だな」
「気持ちの問題です。お借りしますー」
悠里がスーパーの袋から食材を取り出す。
「なぁ、なんか多くないか?」
なんとなく突っ込まずにいたが、明らかに朝を作る量としては適切ではない量の食材だった。
「えーと、夜の分も買ってきちゃいました……。ほんとは夜は一緒に買い物してメニューを決めたほうが同棲してるみたいでいいと思ったんですけど、時間が合わないかもしれませんし、部活で思い切り動いた後は休みたいですしね。敬さんはそっちのほうがよかったですか?」
「いいって、俺のこと気遣ってくれたんだろ。それにこういう機会はいつでもあるし、まずは初めての手料理を堪能させてもらうさ。はじめての買い物はまた次ってことで。料理を期待してるからさ」
「はいっ。期待しててください! 燃えてきました!」
緊張ではなく、気合が入るところが悠里らしい。
「はい、できました!」
「早い!?」
15分ほど待っていたら、完成ということで、大きめの皿が1枚置かれた。いわゆるびっくりなんとかのワンプレートみたいな感じだ。
「米くらい炊いとけばよかったか?」
「いえいえ、今はご飯もレンチンでいけますから!」
メニューはおにぎり、卵焼き、焼いたウインナー、ミニサラダにデザート。なんというか、びっくりするようなものではないが、とても丁寧に作ってあって、盛り付けも綺麗で手抜き間がない。
「初めてですから、自信のあるもの中心にしました! 夕飯はもっと期待しててください!」
「いや、全然十分だ。ではいただきます!」
卵焼きをパクリ、厚焼き玉子かと思ったら、出し巻き玉子だ。
「あ、分かります? 家から出し巻き玉子専用のフライパンだけ持って来ました! お母さんから教えてもらった我が家の味です」
俺が卵焼きを食べて止まって悠里のほうを見たので、説明してくれる。すげー美味い。
ウインナーも丁寧に焼いてあって、ぱりぱり。おにぎりも塩加減が俺の好みに完璧。
「……ほんとうに同棲みたいですね」
「将来への練習みたいなもんだ」
「将来……、そうですね!」
ほんの日常の一部みたいなこれがとてつもない幸せに感じる。これが本当の日常となったら、どれだけ幸せなのだろう。
「ってあー、遅刻しちゃいますー」
のんびり時間を過ごしすぎて、お互い遅刻しかけた。
「じゃあ行くか」
「はい! 行って来ます」
「いや、俺も行くんだよ」
「あ、そうでしたね……、なんか……敬さんの家から一緒に登校するのって……。やっぱり同棲みたいですね……」
「あ、ああ」
「どうしましょう……、顔のニヤケが止まらないんですが……」
「俺もだ……」
「こんな顔誰にも見せられません~」
結局遅刻する羽目になった。
「ただいまー」
「おかえりなさい敬さん」
部活が終わったが、俺のほうがかなり終わる時間が遅かったので、待ってもらうのも悪く先に帰っていいとラインしておいた。
「何かお迎えするのって、同棲みたいですね」
「もうそれ言いたいだけ……、おっ」
俺が突っ込みを入れようとすると悠里に抱きつかれた。
「……同棲みたいな感じで過ごしてると、あえないのが余計に寂しくなっちゃいまして……」
普通に可愛くて困る。俺もつい抱きしめてしまった。
「では、夕飯準備してますので、楽しみにしててください!」
「ああ、俺は何か手伝うか?」
「大丈夫です!」
そしてキッチンに入っていく。
悠里って、料理絡みになると、キャラが熱血になるな。もともと体育会系だけど、料理が関わると一段階上がる気がする。
「おっりゃー、料理は火力です!」
「どっしゃー!」
本当に熱い、熱血キャラというよりキャラ崩壊になってる。
「できました! 栄村家特性どんぶりです!」
できた料理もかなり熱血。野菜たっぷりの回鍋肉丼だった。
「あの掛け声は毎回いるのか?」
「いりますよ。あれはメイド喫茶とかでやってるおいしくなーれ的なやつです」
「斬新だな」
まぁスポーツでも声とか出すしな。
「では……、うわ、美味すぎだろ」
甘みがちょっと強い甘辛い味噌味。それがしゃっきりした野菜と焼き加減抜群の肉と絡んでめちゃ美味い。
「ふふっ、栄村家の味付けは敬さんと相性よさそうですね。安心しました」
あまりにも美味くて、即効で完食。
「でも次はどうしましょう……、まだレパートリーが少なくて」
「次もあるのか?」
「もちろんです、お母さん料理上手なんですよ。でも私も部活でヘロヘロなので、どうしてもお母さんに甘えちゃって」
「次は俺が作ってやろうか?」
「敬さん作れるんですか? 意外です」
「それはお互い様だろ。悠里はこういうキャラじゃないと思ってた」
「失敬ですねー、そんなこというと先輩の料理に辛口評価しますよー」
「冗談だって、俺もレパートリーは少ないけど、自信のある料理はある」
「じゃあ期待できますか?」
「おう、家族にも褒められてるしな」
「いえ、そっちじゃなくて……、またこうして同棲みたいな感じで過ごすことです……」
ちょっと後のほうがぎりぎり聞こえないくらいの声量で可愛く聞いてきた。
「もちろんだ。してていい。むしろしてくれ」
こんなたわいもないことで楽しめるのなら、1回だけじゃなくて、何回もやってみたい。次があることがすごく楽しみだった。
「さて、そろそろ……」
時刻は20時。たしか21時には家族が帰ってくるからそろそろ悠里を返さないとな。
「はい、では……」
その後の言葉が続かない。
「はぁ~。帰りたくありません……、もっといたいです。すいませんわがままで」
「俺も同じ気持ちだけど……」
俺だってできるなら悠里ともっといたい。
「すいません、登下校のときしか会えないなら我慢できましたけど……、朝から一緒にいて、一緒に登校して、夜ご飯も一緒に食べてたら、分かれるのが寂しくて……」
確かにいつも以上に名残惜しい。
「実際に同棲したら、もっともっと寂しくなって、その先もあったらもっともっともっともっと寂しくなって……、何か今から心配になっちゃいます」
「家まで送るか?」
「いえ! これ以上は大変ですから。私はもっと我慢できるようにします! はい、我慢、はい我慢我慢!」
笑顔で手を顔の前できゅっとする。可愛い仕草だし、今後も我慢は必要だろうが……。
「きゃっ!」
俺はたまらず抱きしめた。
「ちょ、ちょっと待ってください! 我慢できなくなりますー」
「我慢しなくていいって……」
「むー、むー」
悠里はちょっと抵抗していたが、途中から完全に力を抜いていた。
「もー、敬さんのバカ! せっかく我慢してたのに、また敬さんで一杯の気持ちになっちゃったじゃないですかー」
「悪いな、俺はバカだ」
「開き直らないでくださいよ……もぉ……」
そして顔を見合わせて口付けをかわす。さよならのキス、しかしまた会おうという意味のさよならのキス。
これだけ可愛い後輩に好かれて俺は幸せだ。ただ1つ、悠里を大事にしよう。それだけを俺は誓っていた。