プロローグ
この地方の季節柄では珍しく、からりと晴れながらも涼しい日のことだった。
ひとりの少女がはしゃぎながら、お付きの衛兵とともに前線基地の格納庫を見学していた。
少女といってももうすらりとしていて、女性に近いようなシルエットをしていたが、その顔に浮かんでいる無邪気な表情は少女そのものだった。
「やはり父にせがんで前線に来て正解でした。学校で一通りは学んだとはいえ、現場を見るのとはぜんぜんちがうのね。あっ、これは前線にしかない突破型装甲車!ここに人が乗るんですね。たしかに渾名の通りタンクのような格好をしています・・・ああ何時間でもここにいたいきぶんです・・・」
その少女は軍人である父の影響で、軍学校に入った。その中で、彼女は機械科に入り発明に興味をもったのでその卒業祝いとして、前線に来たのだった。もちろん部下はいぶかしんだ。
「あの司令官殿は娘をこの前線に連れてきて・・・。しかたないのない人だまったく。」
「まあまあいいじゃないか。前線とは言ってもここ十数年は戦争をしてないし、煤煙で汚れた都市よりなんと言っても空気がいい。司令官殿はそれも考えて娘をここに連れてきたんだろう。」
「俺が言っているのは士気が下がるということだ。おまえもじろじろ見ているが、鼻の下をのばしながら任務なんてできるのか?」
「なっ・・・。お俺はただお守りをしているだけだ。やましいことなどなにも考えちゃいない!」
「はやくあちらへ行きましょうよ、皆さん!何をぶつぶつと会話なされているのです?」
「いいやなにも」
彼女とお付きは、彼女がこころゆくまで格納庫探検を堪能したあと、トーチカのならぶ、野原へ出た。
「-あれはなんというものなのですか」
だだっぴろく荒涼としたこの野原で、長い赤い髪をなびかせながらうきうきと歩く彼女の目にそれは映った。彼女の人生を指し示し、狂わせたものが。
それは雲間に陽光が差す美しい空にまるで君臨するように、また風に縛り付けられもがくかのように飛んでいた。
彼女は呆然として立って、それの行方を目で追っていたが、心はそれと一緒に飛び立ち、空への憧憬を焼き付けていた。そんな中、お付きは答えた。
「あれは種類までは判りませんが、たぶん鳥でしょう。そういえば都市では見られませんでしたっけ、あの生き物は空を飛ぶのです。どうです。なかなか壮観でしょう飛ぶ鳥は。」
彼女は金色の目を妖しく輝かせながらうなずき、ゆるゆると首を振ると、
「なかなか面白いものを見させてもらったよ。」
とだけ言った。しかし彼女の心は燃え滾るようような熱い感情に縛られていた。私も空を飛んでみたい。という情熱だった。
こうして物語が始まる。人が空を飛ぶことを知らず、誰もが地べたの王となろうとしているこの世界で、この少女、リリア・プロメテシアは今、ただひとりで天空を夢見ているのだった。