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へっぽこ勇者と最強の魔女

作者: よっしー

 それは魔王が支配する世界。

 その世界の住民は皆魔王を恐れ、いつ自分たちの村が襲われるか分からない恐怖に日々怯え暮らしていた。

 しかしそんなある時一人の若者が名乗りを上げた。


「俺が魔王を倒して世界を救う! 俺は勇者だ!」


 その若者の名前は『ジャスティス・ディートハルト』

 彼は人一倍正義感に溢れ、強く誠実でたくましく、そのうえイケメン。

 最初は魔王を恐れて手を貸せずにいた住民達も次第に彼に惹かれるようになり、協力を惜しまなくなった。


 彼は過酷な冒険の道中で仲間と出会い、次々と魔王の手下達を蹴散らしていった。

 そしてついに彼ら勇者一行は魔王を倒し世界に平和をもたらした。


 しかしそんな平和も長くは続かなかった。

 それから百年後、新しい魔王が目を覚ましたのだ。


 魔王は再び世界を恐怖の底へ引きずり落とした。

 村を焼き、土地を奪い、逆らった者には死をもって償わせる。


 そんな魔王の出現に世界中で勇者が名乗りをあげた。

 

「百年前に世界を救った勇者ジャスティスのように俺はなる!」


 次々と現れる勇者は魔王を倒すため、各々が魔王の城へ旅立った。


 そしてここにも勇者ジャスティスに憧れ、打倒魔王を掲げる勇者の姿があった。


 その青年の名は勇者ヒーロ。


 彼は魔王を倒すため、今日も旅を続ける。



 ◇



──暗黒の森──


「また同じ場所だ……」


 もう何時間も歩いてるのに一向に出口が見つからない。


 思えば魔王を倒すと意気込んで村から飛び出したはいいが、散々な目にばかりあっている。

 村を出てすぐに強力な魔物に襲われ武器が壊れ、、次の日には他の勇者に有り金を奪われ、装備を売ってやっとの思いで買った宝の地図は偽物で、挙句の果てにはこんな薄気味悪い森に迷い込んでしまった。


「もういやだ……」


 そもそも自分が本当の勇者になるなんて無理だったのかもしれない。


 一向に出口の見えないその森をひたすら歩くヒーロは故郷の村を飛び出す前日の夜のことを思い出していた。

 それは母親の言葉だった。


『いいかいヒーロ、人にはそれぞれ必ず与えられた役割があるんだよ、あんたの役割は魔王を倒すことでも世界を救うことでもない、平凡に暮らして家庭をもつことさ、それがあんたの役割なんだ、勇者なんて夢物語はさっさと捨てちまいな』


 確かに母さんの言う通りだったのかもしれない。

  

 村を出て三ヶ月、仲間も一人も出来ないし魔王の手下だって一人も倒せていない。

 それどころか武器は木の棒だけで所持金は無し。


「もう帰ろうかな……どうせ僕に魔王なんて倒せやしないさ……」


「お前さん、本当にそれで良いのか?」


「え?」


 辺りを見渡すがどこにも人影はない。

 しかし確かに人の声が聞こえた。


「ここじゃ、ここ」


 突然耳元で女の声がした。


「う、うわ!?」


 その突然の声に思わず飛び退く。

 しかし足を絡ませお尻から地面へドンッと転んでしまった。


「くっくっく、本当にそれで魔王を倒すつもりじゃったのか?」


 声の主はドラゴンの鱗のような見事な金髪をした女の子であった。

 見た目からして自分と同じくらいの年齢だろう。

 だが決定的におかしなことがあった。

 それはその服装である。


 小さな顔を多い隠すような大きな帽子。

 食人植物マンドラゴのような真っ赤なローブ。

 首には小さな魔物インプのドクロのような物がいくつもネックレスのように巻かれている。

 そしてその手にはトロールと同じくらいの長さ、三メートルはありそうな杖が握られていた。


「あ、あのう、どちら様ですか?」


 恐る恐る聞いてみる。


「妾か? 妾はウィッチ・ローゼンクロイツ・ヴィ・アクシオン・ハッシュハルトじゃ」


「え、えーとウィッチローゼン…えーと…ハルトさん?」


「違うわ! ウィッチ・ローゼンクロイツ・ヴィ・アクシオン・ハッシュハルトじゃ! まぁ呼ぶときはウィッチとでも呼ぶがよい」


「あ、えとじゃあウィッチさん? ウィッチさんはどうしてここに?」


「この森が妾の庭だからじゃよ、むしろどうして人間がここにいるのか妾が聞きたいくらいだじゃわい?」


「庭?」


 あらためて辺りを見渡してみるが、そこにはうねうねと曲がった木がが立ち並び、時々キーキーと何かの泣き声が聞こえる不気味な森。

 それがこのウィッチさんの庭?


「そうじゃ、この暗黒の森は余すことなく全て妾の庭じゃ」


「そ、そうだったんですか、僕はたまたまこの森に迷い込んだだけなので……」


「ほう、そうじゃったか」


「は、はい、なので僕はこれで失礼しますね、お邪魔しました」


 正直なところ少し気味が悪い。

 あまりこの女の子には関わらない方がよさそうだ、そう判断して先へ歩き出した。

 

「お前さん、少し待たんか」


「え、な、なんでしょう?」


「お前さんはさっき魔王を倒すだとか言っておったじゃろ? あれは本当か?」


「あ、あれはそうですね、どうなんでしょうね……はは」


 魔王を倒す、そう決意して村を出たがもうどうすればいいか分からない。

 もちろん今でも勇者ジャスティスのような本物の勇者になりたいし世界を救いたい。

 それが子どもの頃からの夢だ。


 でも現実を知れば知るほどその夢は遠のいてゆく。


 自分なんかどうせ──


「なんじゃその返事は、魔王を倒したいか倒したくないのかはっきりせえ」 


「……お……たい……」


「なんじゃ? 聞こえんわ」


「た、倒したいです!!!」


「ほぅ……」


 あれ?


 自分でも驚いていた。

 魔王を倒すなんて諦めたはずだったのに……


「魔王は倒したいです、僕は勇者ジャスティスみたいな本物の勇者になりたい……でも僕には力がない……」


「そうか、なら妾についてこい、お前さんに力をやろう」


「え、力?」


「そうじゃ、魔王も倒せるほどの力、それをお前さんにやる、どうじゃ? ついて来るか?」


「い、行きます! 魔王を倒せるならどんなことだってします!!!」


「よかろう、ではさっそく行くとするかの、妾の屋敷へ」


 どうして今さっき会ったばかりの人間の言葉を信じてしまったのかはわからない、でも本物の勇者になりたい、その思いだけが自分を突き動かした。



 ウィッチさんに連れられ、しばらく歩くと巨大な屋敷に着いた。


「こ、これがウィッチさんの屋敷?」 


「そうじゃ、人間が来るのは何百年ぶりかのう」


 ろくに手入れをされてなさそうな庭園、古びた外観、それはまるでさまよえる魂が住むような幽霊屋敷。

 その屋敷は不気味な森の中にひっそりと佇む監獄のように見えた。


 ウィッチさんがドアを開くとドアはギギィと軋む音を立ててゆっくりと開いた。

 中はとても埃っぽく、蜘蛛の巣などがそこら中に張り巡らされている。

 家具は壊れ、床には書物や見たこともない文字が書かれている紙のようなものが散らばっている。

 そこはとても人が住める状態ではなかった。


「ほ、本当にここに住んでるんでるんですか?」

 

「ああ、そうじゃ」


「ご家族の方は?」


「ここには妾一人だけじゃ」


「そう……ですか……」


 中に入るとウィッチさんは大広間へと案内してくれた。


「そういえばまだお前さんの名前を聞いてなかったのう」

 

「あ、ヒーロです、ポプリ村のヒーロといいます」


「ヒーロ、よい名じゃ、それでヒーロはどうして魔王を倒したいのじゃ?」


 僕はウィッチさんに全てを話した。

 勇者ジャスティスのようになるのが夢だということ、世界を救いたいということ、母親に逆らって村を飛び出したこと、ここに来るまでの三ヶ月間のこと。


 ウィッチさんはそんな僕の話を黙って聞いてくれた。


「なるほどのう、それで魔王を倒したいと?」


「はい……」


「しかし自分の力が足りなくて諦めかけていた、そういうことじゃな」


「そうです……」


「ふむ、それじゃあお前さんに魔王をも倒せる力、その力を教えてやろう、ただしそれはある条件をクリアできたらじゃ」


 分かっている。

 無条件で力がもらえるなんて思っていない。

 でも僕は勇者になるためならどんな事だってするつもりだ。


「力を得るためならなんだってやります!!!」


「いい子じゃ、条件はこれから一年間妾の執事となること、つまり妾の言うことは絶対、これが守れないようなら力は教えることはできんぞ」


「執事……?」


「そうじゃ、それが条件じゃ」


「分かりました、今日から僕は一年間ウィッチさんの執事になります! どんなことだって絶対に言うことを聞きます!」


「そうか、なら目を閉じろ」


「え? あ、はい」


 僕は言われるがまま目を閉じた。


「いいか? 妾がいいと言うまで絶対に目を開けてはいかんぞ」


「は、はい」


 何が始まるのだろうか。


「んっ!?」


 突然何か柔らかいものが唇に触れた。


 この感触はいったい……?


 しばらくその柔らかいものが唇に触れ続ける。

 何かとんでもないことをしているような気持ちになったが目は開けない。


 その柔らかいものが唇から離れるとウィッチさんはもういいわよと言った。


 目を開けるとそこには後ろを向いたウィッチさんの姿があった。


「こ、これが噂の──、な、なんと汚らわしい……」


 何かぶつぶついっているようだがよく聞こない。


「えっと、なんだったんですか今の?」


「な、なんでもないわい! それよりこれで契約完了じゃ! これでお前さんは妾の執事! 一年間妾の言うことをなんでも聞いてもらうぞ!」


「あ、あのう、こっち向いてくれないとよく聞き取れないんですけど……」


「だ、黙らんか! これは最初の命令じゃ! お前さんは今日妾の顔を絶対に見ないこと! わかっか!?」


「は、はいわかりました」


「で、では今日はこれでお終いじゃ、二階に使ってない寝室がいくつかあるから適当にそこを使うがよい、後のことは全て明日じゃ!」


 そう言ってウィッチさんはどこかへ行ってしまった。

 取り残された僕は仕方なく二階の部屋へ向かった。


 部屋はいくつかあったがそこから扉が一番綺麗な部屋を選んで扉を開けた。

 そこは想像通りひどい有様だったがどうすることも出来ず、結局今夜はそこで寝ることにした。


 これから一年ウィッチさんのもとで執事をする。

 そうすれば本物の勇者になることが出来る。

 なぜこんなにもウィッチさんの言うことを信じているのか分からないが、なぜかそう確信してボロボロのベッドで眠りについた。



 次の日から僕はウィッチさん執事として働いた。


 ウィッチさんとは何者なのか?

 僕はその日ウィッチさんに訪ねてみた。


「あのう、今更ではあるんですがウィッチさんて一体何者なんですか?」


「そういえば何も説明してなかったのう、そうじゃな、なんと言えばいいのか? 今まで言われてきたのは永遠の魔女、暗黒の森に住む悪魔、そして世界最強の魔法使いってところじゃな」


「ま、魔法使い!?」


 魔法使い、それはこの世界でもほとんど存在しない希少な人間、魔法と呼ばれる奇怪な力を使うとされており、その力は魔王直々の四天王に匹敵するとさえ言われる最強の人間。


 かの勇者ジャスティスの仲間にもランダという魔法使いがいたとされている。


「そんなに驚くことじゃなかろう、妾は魔女、ただそれだけじゃ」


 驚くなというほうが無理であった。

 しかしウィッチさんは特に興味はないらしく、話はそこで終わってしまった。


 それからウィッチさんは僕に様々な命令をした。

 毎日の食事、屋敷の清掃、ウィッチさんの遊び相手、町への買い物。

 どれもそこまで難しいことではなかった。


 スライムくらいしか倒すことの出来なかった僕にでもできる簡単な命令。


 ウィッチさんはそれを毎日のように僕に命令し続けた。



 ◇


 

 執事になって半年ほど経った頃だろうか。

 屋敷は以前よりもずっと綺麗になっていた。

 流石に一人ということと、ウィッチさんの命令を聞きながらの清掃だったのでピカピカとはいかないがそれでも人が住める状態には屋敷は回復していた。


 その日も朝早く起きて朝食の用意。

 そしてウィッチさんの部屋へ起こしに行く。


 ウィッチさんは朝が弱いらしく、一時間は粘らないと起きない。


 最初は女性の部屋に入るというのは抵抗があったが、日が立つ毎にそんな気持ちはどこかへいってしまい、今では決まった時間になるとウィッチさんを起こすために巨大なシンバルを用意してウィッチさんを起こす。


 ウィッチさんは朝食を取り終えるといつものように夜まで本を読み漁っていた。

 その内容は難しく、少しだけ見せてもらったこともあったが僕には全く理解ができないものであったがきっと魔法に関する話なのだと思った。


 その日の夜、ウィッチさんは僕を呼び出すとあることを告げた。


「お前さんもここに来てもう半年、そろそろお前さんには魔王を倒す力、つまり魔法について教えてやろう」


 その日から過酷な魔法習得の修行が始まった。


 最初は一つの呪文を習得するのに一ヶ月以上かかった。

 それも攻撃呪文では最弱のものだという。


 しかし僕は諦めなかった。

 

 必死に勉強し、何度も失敗し、何度も死にかけた。

 何度もウィッチさんには怒られたがそれでもウィッチさんは僕に魔法を教えるのをやめることはなかった。

 執事の仕事をこなし、開いた時間に魔法の修行、そんな生活が毎日のように続いた。





 時は流れ。

 僕とウィッチさんが出会ってから今日で一年が経とうとしていた。


 屋敷は一年前と同じだとは思えないくらい綺麗になり、庭園にあった朽ち果てた草花は色鮮やかにその庭園を美しく染め上げている。

 屋敷が変わったのと同様に変化したものがあった。

 

 それは一年前まで不気味なまでに薄暗く、奇妙な木々が立ち並んでいた森だった。

 その森は本来の姿を取り戻したかごとく緑が生い茂り、太陽の光が差し込む木々の上では鳥達が可愛らしい歌を歌っている。


 そして僕も一年前とは比べ物にならないほど変わっていた。

 スライムしか倒せなかった僕は今ではどんな強力な魔物でもほとんど一撃で倒してしまうほどの力を持っていた。

 ウィッチさんからは大魔導の称号をもらい、僕はただのへっぽこ勇者から大魔導師へと変わることができたのだ。


 しかし僕には最後にウィッチさんに聞いておかなければいけないことがあった。


「ウィッチ様、一つ質問よろしいでしょうか?」 


「なんじゃ、ヒーロ?」


 屋敷の大広間、僕がウィッチさんと契約を交わした場所。

 そこで僕はウィッチさんに尋ねた。


「どうして私にここまでよくしてくれたのですか?」


「よくした覚えなんぞ無いわ、妾はただお前さんを執事として働かせていただけじゃよ、それにお前さんに力を与えたのはただの気まぐれ、お遊びじゃ」


 それは嘘だ。

 僕はそう思った。


「それは嘘です、私は魔法を習得するにあたって世界の様々な知識を学びました、もちろんウィッチ様のこともです」


「……」

 

「一万年この世を生き続ける魔女、そして同時に最強の魔法使いであるウィッチ・ローゼンクロイツ・ヴィ・アクシオン・ハッシュハルト」


「くっくっく、やっと名前覚えたようじゃな」


「私はあなたの事を調べるうちにある事に気づいてしまったのです」


「ほう、というと?」


「……魔王を目覚めさしたのはあなたですね?」


 僕は気づいたのだ。

 最強の魔法使いウィッチ・ローゼンクロイツ・ヴィ・アクシオン・ハッシュハルトの持つ力は魔王の持つ力を遥かに凌駕することに。

 そして禁術魔法、魔王降臨リシェル・ピエラと呼ばれる魔王を作り出すことができる魔法があることに。


魔王降臨リシェル・ピエラは術者の命を使って初めて使える禁断の魔法、生まれた魔王の力はその術者の元々の力の半分ほどの力を持つ、今の世界に魔王やあなた以上の力を持つ人間はいない、つまりウィッチ様にしにしか今の魔王を作ることはできないんです」


「ほう、随分と成長したのう、一年前とは大違いじゃ、これではもう隠しきれそうもないのう、そうじゃ……魔王は妾が作ったのじゃ」


「どう……して……?」


「死にたかったのじゃ」


「え?」


「魔王を作るには自らの心臓を触媒に生み出すしかない、まぁ新たな生命を創りだすのだからそれくらいは当然じゃの」


「心臓……」


「魔法使いとはこの世界の神と不死の契約を交わし、この世の全ての理を知った者のことじゃ、だから魔法使いが死ぬことはない、唯一死ぬ方法は自らの命を使う魔法を破られたときだけ、つまり最強の魔法であり禁術でもある魔王を誰かに倒してもらうしか無いのじゃよ」


「で、でも、なんで死にたいだなんて……」


「孤独」


「え……」


「知り合いは皆普通に歳をとって寿命を迎えたわい、しかし妾だけは全く歳とらずただただそこに取り残される、それは確かに悲しいことじゃが妾だけが人生を何回もやり直せると考えるとそれそれで楽しかったのじゃ」


 しかしのう、と彼女は話を続ける。


「それは最初の五百年だけじゃった、そのあたりから妾は自らの死について考え始めた、周りの人間の死を見すぎてうんざりしていたのじゃ、それから妾は知り合いを作らないように生きた、どうせ最後は妾だけを残して死んでいくのじゃからな、だがそんな中で妾にも唯一の友人が出来たのじゃ、彼女の名前はランダ、妾と同じ永遠の命を持つ魔法使いじゃった」


 ランダ。

 確かその名前は勇者ジャスティスの仲間だったとされる魔法使いの名前。


「まぁ結局その友人も百年前に妾を残して死んでしまったがのう」


 百年前、勇者ジャスティス達が倒した魔王、それはきっとランダが──


「ランダが死んでから百年、一万年生きる妾にとって百年など大したことはないはずじゃった、しかしその百年はなぜか今まで生きてきた何千年という年月よりも遥かに長く感じたわい」


「それが孤独……」


「そうじゃ、そして妾は死のうと思ったのじゃ、しかし誤算だったのが百年前と違ってジャスティスのような本物の勇者がいないことじゃった、魔王を倒す人間がいないのじゃよ、妾は神との契約で自らを傷つけることはできない、妾の心臓でもある魔王を倒せないのじゃ」


 全てが繋がった。

 百年前の魔王のこと、ウィッチさんが魔王を創りだした理由、そしてウィッチさんが僕を──


「もう分かったじゃろ? お前さんに力を教えたのは妾を殺してもらうためじゃ、今のお前さんならきっと魔王を倒せるじゃろう」


 確かに今の僕は昔とは比べ物にならない。

 もしかしたら魔王を倒せるかもしれない、でも……


 今までの一年が走馬灯のように僕の頭を駆け巡った。


 寝起きの悪いウィッチさん。

 普段は偉そうなくせに、僕が出かけている間、隅っこでネコのように丸くなって静かにしているウィッチさん。

 初めて僕が呪文を習得した時、自分の事のように嬉しがってくれたウィッチさん。

 夜に一人は嫌じゃと僕の部屋でたまに寝るウィッチさん。


 それらは全て自らを殺してもらうため、僕を魔導師にするためだけの一年間だったのか。


 違う、それはきっと違う。


「私は……僕はウィッチさんに死んでほしくない……」


「何を言っておるのじゃ、お前さんは魔王を倒して世界を救う勇者になるのだろ? それが夢なのじゃろ?」


 分かってる。

 魔王を倒さないと世界は恐怖に支配されたままだ。

 魔王の力は誰よりも強大で、それを倒すことのできる人間なんて大魔導師である僕以外にいないのかもしれない。

 でも……


「倒したくない……僕はウィッチさんが好きだ、いっつも偉そうで、そのくせわがまま、でも本当は誰よりも心が綺麗なウィッチさんの事が好きだ」


 自然と涙がでる。


「くっくっく、せっかく成長したと思ったのに、出会った頃と全然変わりないではないか」


 ウィッチさんは僕の頭をポンポンと軽く叩いた。


「お前さんは本物の勇者になるんだろ? こんなところで泣いてどうするのじゃ?」


「だって……だって……」


「妾が生きてきたこの一万年、お前さんと過ごした一年は一万年に比べれば本当に小さな出来事じゃ、しかしのう、妾はこの一年間が生まれてきて一番幸せだったぞ」


 ウィッチさんは僕にくちづけをした。

 その感触は一年前、ここで契約を交わした時と同じものだった。


「ウィッチさん……」


「こっちを見るでないたわけが」


 ウィッチさんは泣いていた。

 その姿は僕が今までに見たことのない姿だった。


「妾はこの世を恐怖に陥れる魔王を生み出した魔女、妾はもう生きているべきではないのじゃ」


「……」


「さぁ、もう行けヒーロ、魔王を倒して世界に平和と平穏を取り戻せ、これは妾からの最後の命令じゃ、契約は忘れてないじゃろ」


 一年前にウィッチさんと交わした契約。


『条件はこれから一年間妾の執事となること、つまり妾の言うことは絶対、これが守れないようなら力は教えることはできんぞ』


 もしもこの時に魔王の真実を僕が知っていたならどうしていただろうか。

 迷わずに力を望んでいただろうか。


「分かり……ました……僕は、僕は魔王を倒します!」


「そうじゃ、それでよい」


 僕は決意した。

 魔王を倒す、世界を救う、

 そしてウィッチさんを殺す


「餞別じゃ、これを持っていけ」

 

 ウィッチさんが僕に渡したのは、いつもウィッチさんが持っていた三メートルほどの杖だった。


「今のお前さんなら扱えるはずじゃ」


「ありがとう……ございます……」


 僕はその杖を片手に握り、屋敷を出た。


「行けヒーロ! 世界を救って勇者になれ!」


 最後に見たウィッチさんの顔は笑っていた。

 笑いながら泣いていた。


 僕もそれに笑顔で答えた。

 きっといつか、もう一度会えると信じて。





 ──数十年後──


 魔王のいない平和な世界。

 その世界の住民は皆ある勇者を讃え、日々その勇者に感謝するよう暮らしていた。


 その勇者は人一倍正義感に溢れ、強く誠実でたくましく、魔法を自在に操る者だった。

 食人植物マンドラゴのような赤いローブを羽織り、その手にはトロールと同じくらいの長さ、三メートルはありそうな杖が握られていた。


 世界を救った本物の勇者、ジャスティスの後継者、世界最強の大魔導師。

 呼び名は様々だった。


 その勇者の名は────




ここまで読んでいただきありがとうございます。

初めてファンタジーを書いたので不安な部分がたくさんです。

感想やご指摘あればお気軽にどうぞ。

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