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私とは

私の名はレイティア・ノースカロライナ。

上流貴族の中でも特に名門の娘だ。

それに大抵の人から見れば私の容姿は優れているらしい。

整っている顔立ちはもちろんのこと、艶やかな長い茶髪、翡翠の宝石をはめ込んだような澄んだ瞳。所作は名門貴族にふさわしい優雅なもの。舞踏会に出ればダンスを申し込む男はひっきりなしに訪れるのにも関わらず、今だ婚約者さえ決めていない令嬢。

貴婦人はそれらの様子を見て自分の娘にしたいと思い、当主たる主人たちは自分の息子に嫁がせたいと願うような、一言で言えば優良物件。

しかし正直なところを言おう。


それは全て作った顔だ。


私に相手への気遣いや蕩けるような笑みなんて素顔の私に期待しても無駄だということは、側にいる者ならば誰でも知っていることだ。

父上や母上は何とかして嫁ぎ先を見つけようとしているみたいだが、今の所は誰に嫁ぐつもりもない。

もしも嫁ぐとしたら、ノースカロライナ家に利益の上がる貴族ならば妥協してもいい。

しかし何故か同年代の子は皆、恋愛結婚に憧れているらしい。

そこが彼女たちとの大きな違いであり、冷めていると言われる最大の原因だ。


さてさて、そんな私も本日はマレッタ家の舞踏会に招かれて出席している。

マレッタ家といえば貴族の中ではかなり名の知れた名門に入る家だろう。

当然招待客が多い=つまり出会いも多い

ということに繋がる。

なのでいつも断ることもなく参加しているのだ。始まってしばらくは配られたシャンパンを片手に壁の花となっているとマレッタ夫人が近づいてくるのが見えた。

「ノースカロライナ嬢、今日はようこそいらしてくださいましたわ」

「マレッタ夫人、ご挨拶にも伺わず失礼いたしましたわ。こちらこそお招きありがとうございます」

そう言って優雅に一礼して微笑む。

「まぁ…私の子どもとそう変わらない年だというのに立派なレディですこと。今日は最後まで楽しんでいらして」

「はい、心から」

最後にもう一度微笑むと、マレッタ夫人は去っていった。

「ノースカロライナ嬢、よろしければ一曲ご一緒にいかがですか?」

「まぁ、ヘルメス様…!喜んで」

ヘルメス・トランデ、一代にして貿易を成功させ王家に取り立てられて一代限りの貴族の位をもらったいわゆる"成り上がり"だ。

私の結婚相手には決してなりえない。


一曲共に踊ると、もう一曲と誘ってくる彼を気分が優れないと断ってバルコニーへ出た。

「…面倒ね、人付き合いは」

小さく呟いた声は涼やかな風と花の匂いに紛れて消えた。そして後ろから聞こえる足音。

「今宵はよい夜ですね、お嬢さん」

また来たとうんざりしながらも笑顔を浮かべて振り返った。

その瞬間、表情が僅かに強張った。

「……どちらさま、かしら?」

「名乗るほどの者ではありませんよ、レディ」

仮面を被って黒を基調にした夜会服を着た男が笑っている。髪の毛も黒いのでよくわかりにくい。

招待客だろうか。しかし今日は仮面舞踏会などではないはずだ。

「あら…それにしては優美な格好をなされているのね。闇に紛れ込めて素敵だわ」

「お褒めに預かり光栄です。お美しいレディと向かい合うというのに粗野な格好では失礼ですからね」

「お気遣いありがとう。…でも名前を教えてくださらないと誰なのか分からないわ。一夜で終わるなんてつまらないもの」

「いいえ、一夜限りだからこそ楽しいのですよ。初心なお嬢さんには分からない楽しみかもしれないですがね」

「それはわたくしを、どこの家の者なのか知ってのお言葉かしら?」

「今日の夜会に参加している者に貴女を知らぬ者などおりませんでしょうに。ノースカロライナ嬢?」

「まぁ、ご存知だったのね。わたくしも随分と有名になったこと…。では、そろそろ言葉遊びはやめて本題に入りましょうか。…貴方は何をお望みなのかしら?」

「さすがにノースカロライナ嬢は聡明でいらっしゃる。噂の通りだ」

「こう言うのも申し訳ないのですけれど、言われ慣れた言葉ですわ」

「これはこれは面白みのない言葉でしたね。では率直に申しましょう。…貴女様の持つ爵位ですよ」

「正確に言えば爵位を継ぐ資格、かしら?なるほどね。その要求を聞くところ貴方は成り上がり貴族かしら?それともただの賊?…まぁどちらにしろ関係ありませんけれど」

「返答はゆっくり考えていただいて結構ですよ」

「あらお気遣い嬉しいわ。ではわたくしも誠意を持って率直に申しましょう。貴方のような下衆な輩に譲る爵位は持ち合わせておりませんわ」

そして今までで一番優美な笑みを顔に貼り付ける。

もうすでに最初に感じた恐れなど吹き飛んでいる。今はただ、自分を言葉で守るだけ。

「それは残念だ。では今宵はこれで失礼いたしますレディ。また会う日まで、貴女の身が無事であることを願っております」

美しい庭園に身を隠すように消えた男は、赤いバラを足下に残していた。

レイティアはそのバラを冷たい目で見下ろすとヒールでグシャリと踏み潰した。

「…馬鹿げているわ、あの男。……ところでずっとそちらにいらっしゃるのはどこのどなたかしら?盗み聞きは良い趣味ではございませんことよ」

「…気づかれておりましたか。盗み聞きするつもりはなかったのですがね、どうも出て行く雰囲気ではありませんでしたからね。では改めまして、初めてお目にかかります。ノースカロライナ家のレイティア嬢。シベリウス・ハルフォードと申します。どうぞ今後はお見知り置きを」

人の良さげな笑みを浮かべて手の甲にキスをしたのは綺麗な金髪に晴天の空の色の瞳をした背の高い男だった。

容姿端麗と言われ慣れているのだろう。

女性の扱い方にも不快な気持ちにさせない優美さがある。

「ハルフォード家の次男ね、貴方。知っているわ」

「貴方のようなお美しいレディに見知っていただいていたなど、この身に余る幸せ。どうです?このあとしばらく共に過ごしませんか?」

「あら、貴方のような綺麗な方でしたら引く手数多の女性がいらっしゃるのでは?」

「…否定はしませんよ。しかし、今はただ目の前の貴女の事だけを考えていたい」

「女の扱いがお上手ね。…だけど、ごめんなさい。わたくし今、とても機嫌が悪いのよ。…貴方なんかに付き合う気分じゃないの」

ハッキリと視線も鋭くそう言うと、彼は声を殺して笑った。

「レディからそんな言葉を聞くとは思っても見ませんでした。面白いお方だ。…とても興味が湧いた。…ぜひまた、お会いしたいものです。では次の機会にはぜひ一曲」

「えぇ、その時の機嫌が良ければ喜んでお受けするわ、ハルフォード様」

その言葉を聞いて満足そうに彼はバルコニーから中へと戻った。

その姿が完全に見えなくなってから大きく溜息をついてもう一度表情を繕い直して中へと戻った。

その日の夜会もその後は滞りなく終わり、家へと帰った。

「お帰りなさいませ、お嬢様。お着替えは用意してありますので、どうぞ」

「ありがと。…今日は疲れたわ」

「明日は何のご予定もありませんので、好きなことをしてお過ごしください」

「そうするつもりよ。…ねぇリラン。ハルフォード家の次男の事、調べておいてくれない?」

「かしこまりました」

この優秀な侍女の手にかかれば、完璧な情報がキチンと纏められて数日中に届けられるだろう。


次に会った時にはこちらが優位に立てるように。

それは常にどんな相手と接する時も舐められないために心がけていることだ。

シベリウス・ハルフォード。

彼は何だか侮れない相手な気がする。

そんな予感を胸に秘めながら、眠りについた。








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