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ある休日の話

あれからの二人。

本編後からシェインは大変誠実な態度を取っていたと思われます。

 宣言以降毎日、登校もしくは下校時に、休日には買い物に出かければはどこからともなく現れ、無駄な話をしていて満足して帰っていく姿を見続け、余りの鬱陶しさに譲歩に譲歩を重ね休日に約束をした上で出かけるのなら、という所に落ち着きはや二月。

 何かおかしい、と首をひねるイーリカに、周囲の友人達は含み笑いをするばかりだ。

 さて、これはそんなある休日の話である。


 イーリカは広場に設置された噴水が見え、且つ自分の姿が見えないであろう建物の影に隠れ、周囲の女性達のちらちらと盗み見る視線を一切無視して立つ茶髪の青年の姿に溜息をついた。

 粘着質で若干変態っぽさのある彼――シェインは、凡その人間が格好良いと判定を下すであろう顔立ちの持ち主である。

 毎週のことながらこの視線の中、彼に近付くのは苦痛でしか無かった。

 それでも黙って帰った日にはあの恐怖の日々に逆戻りかと思うと、そちらの方が心労が溜まるだろうことは想像に難くない。

 彼女はもう一度大きな溜息を吐いてから、建物の影から出た。

 途端、周囲に興味なさそうに突っ立ていた彼が、さも彼女の存在を見つけて嬉しくなったと言わんばかりに表情を輝かせた。

 ウォーキングの見本にできる優雅さで近付いて来る彼に、そのまま踵を返そうとする足を叱咤してゆっくりと前へと進める。

 二人の距離がイーリカの大股一歩分まで近付いた所で、シェインは笑顔を浮かべ口を開いた。

「お早う、イーリカ。今日も可愛いね」

 背中に何かが這い上がるような気持ちの悪い感触を覚え、イーリカは顔を引き攣らせた。

「お、おはよう……」

 毎週のことながら未だ慣れない――慣れたくないが――シェインの言葉に挨拶だけ返す。

「今日は街の外れに来てる劇団に行こう。夕方からのチケットだから、それまで市でも見に行こうか」

 言って、自然な流れを装って絡めてくるシェインの手を払い、促されるまま歩き出す。方向は宣言通り、休日市。恐らくお出かけスポットにもなっている小物、道具を扱う通りだろう。

 歩きながら、イーリカは周囲の女性が寄せる殺視線を頭の端から追いやるためにも、先程の言葉を頭の中で反芻する。

 街の外れに来ている劇団とは、王都でも評判で城に招かれたと噂の物だろうか。

 リストリにも地方巡業で来ているのだが、さほど重要都市でもないここでは追加公演は無いらしく、チケットの取れた級友は羨望の的だった。席が取れすでに観に行ったと言う他クラスの友人に感想を聞けば、興奮した様子で絶賛していた。

 公演についての触れ込みが来たのと事前販売期間が、個別に与えられる実地研修で居なかった時期だったことが悔しくて仕方がなく、時期にもよるが、次の公演場所に赴いてチケットを取ろうか考えているところだった。

「エバンズ?」

 歩を緩めないままシェインを見上げ劇団の名前を口にすれば、彼は少し困ったような表情で見つめ返してきた。

「そう、それ。知ってた?」

 恐らく、すでに見てしまっている、若しくはチケットを取った可能性を危惧しているのだろう。

 表情からその事を推測し、イーリカは質問に間接的に答えるために口を開いた。

「見たいと思ってたの。でも、知った時にはもう遅かったから……」

 嬉しい、と素直に口にしていいものか、少し悩んで彼女はそのまま口を噤んだ。

 初対面でのことや、その後のあまりにも強引すぎる態度から、何の気なしに言ったことで自分の足元を掬われてしまう可能性がある、という意識が強く根付いてしまっている。

 そんな彼女の葛藤には気付かないのか、シェインはほっとしたように息を吐いた。

「無駄になりそうになくて良かったよ。でも、期間中に知ってても取れなかったかも知れないな。王都でも前日から人が並ぶ位だって話だったし、実際そうだったから」

 さらりと告げられた言葉に、イーリカは思わず歩を止めてしまった。

 つまり、彼女自身が興味があるか無いか、他の人と行くかもしれないか、何も分からないのにも関わらず前日から並んでまでチケットを取った、と言うことになる。

 勝手に行動したとはわかっていても、結果的にはイーリカは公演を見たかったし、チケットは取れなかった。

「……ありがとう」

 いくら苦手意識満載とは言え、素直に感謝を述べない訳には行かなかった。

「どう致しまして」

 初めの時のような嫌な笑みでは無くて、余りに自然な物だったからか。

 何となく優しい気持ちになって、イーリカは一度は払った手にそっと自分の手を繋いだ。

 シェインは驚いたように手と彼女の両方を行ったり来たりと見つめ、何も言わずに手の力を強めた。


 市を見て、屋台で昼食を取り、それからふと思い付いて書籍市なんかを見たりしてから、劇団が公演を行う郊外へと出た。

 会場の前には屋台が出来ており、場内でも食べられるよう汚れにくそうな軽食が売られていた。

 公演の前後は夕食を食べるには微妙な時間であることを考え、軽食を幾つか買ってから場内に入る。前日から並ばないと買えないという人気っぷりを裏付けるように席は満席だったが、幸いなことに端よりとは言えかなり舞台に近い位置で観る事ができた。

 内容と言えば割と有名な勇者の話だ。王国騎士であり勇者となる男の魔王討伐の冒険譚と、後の妻となる幼馴染との恋愛話。次々に現れる魔物、そして魔王との交戦に傷つきながらも幼馴染と交わした約束を守るために必死になって剣を振るう姿に息を飲んだ。何とか王都へと帰り着いた時、幼馴染は借金の形に老貴族に嫁ぐ寸前で、ドレスに身を包んだ彼女が彼の呼ぶ声に振り向き駆け寄るまでちゃんとハッピーエンドになるのか、はらはらした。

 図書館には大抵入っている物語のため当然内容は知っていたが、それでもプロの劇でとなると新鮮だ。

 あそこが良かった、ここの言い回しが素敵だった、音楽がぴったりだった、なんて事を言い合いながら、混み合う乗合馬車に乗り、街の中心部まで戻る。

 そこから、イーリカの暮らす寮の前まで送るという申し出に渋る事無く素直にお願いし、すっかり暗くなった道のりをとりとめない話をしながら歩いた。

 触れてきた手に一瞬戸惑いながらも応じて、そこかしこから灯りの漏れる学生寮の立ち並ぶ道を通る。

 周囲と代わり映えしないような、二階建ての小さな作りの寮まで来てから、イーリカは片肩にかけていた鞄を持ち直し、口を開いた。

「今日はありがとう。あの、チケット代いくらだったの?」

 その場にいて自ら財布を出す機会のあった市や食事は払うことができていたが、事前購入されていたチケットについてはなかなか口にするタイミングが無かった。

 ようやく言うことのできたイーリカに、彼は穏やかに微笑んで僅かに首を振る。

「無理矢理付き合ってもらったんだからいいよ。大した額じゃないし」

「大した額じゃないっていうなら、いくらだったの?」

 問う彼女に、シェインは微笑んで答えを言わない。

「いくら?」

 重ねられる質問に、彼は降参という風に両手を上げ、小さく、その値段を口にする。

 告げられた金額は、イーリカが予想しているよりも若干高い金額だった。城に呼ばれる位だから、高いと言うことは予測していたが、それを僅かとはいえ越す額に、思わずバツの悪そうな表情のシェインを睨みつける。

「何が大した額じゃないよ。二人分って言ったら、ひと月の食費になるわ」

 むっとした表情をイーリカがしても、ただ苦笑するだけで彼女が望むような返答は出てこない。

「俺ね、院生する前働いてたの。しかも結構高給取りだったから、イーリカより断然余裕あるんだ」

 予想だにしなかった台詞にどう返すべきか悩む。黙って奢られろと言わんばかりの発言に反発する気持ちがあるし、何より他人にお金を出してもらうといった事に慣れていない。

 月の食費に値する額を、大した額で無い、金銭的に余裕があると言われても、じゃあお願いします、と気軽には思えなかった。

 効果的な返しが無いか、必死になって考えていることが分かっているのか、次の言葉を待たずシェインは口を開く。

「じゃあさ」

 言葉を切って、彼はイーリカの頬に手をやり、中の上に分類される顔を先程とは明らかに違う笑みに変えた。

 あれ、何かおかしい。

 言葉に悩んでいるうちに進む事態に疑問を挟むよりも早く、開いていた一歩分の距離が詰められる。頬を触れない彼の手が彼女の背へと回った。

 流れるような極自然な動作。

 一瞬の出来事に、何かデジャブを感じてイーリカは本日二度目の虫の這うような嫌な感触を覚えた。

 浮かべる笑みは蕩けるようなもの。

「え、ちょっ……!!」

 抗議の声を上げるもすでに彼の顔がごく近くまで接近している。

(あ、これ……)

 初対面の時の痴漢行為。

 そこまでちゃんと思い出せたかどうかは分からないが、がっつり表面だけでなく執拗な程に中まで舐め回され、気付けば鞄を持つ手はシェインの胸元に縋り付いている。途切れ途切れに離され、彼が短く息を吸うのを真っ白なまま感じ、また近づく。

 見る者のいない彼の表情は酷く満足気で、訳のわからないまま胸へとしなだれかかっている彼女を軽く拘束し、ぼんやりしている顔を見下ろした。

「これが代金ってことで」

 その言葉が聞こえていないのか、ただ飲み込めていないのか、浅い呼吸を繰り返すイーリカをシェインは嬉しそうに見つめていた。

 暫くそうしていると、次第に落ち着きを取り戻したらしい彼女は腕の中から逃れようともがいた。

 さほど力を込めていなかった彼から脱出し、一歩分遠ざかった所で逃亡を止め、イーリカは羞恥と怒りで真っ赤な顔をして拳を握り締めた。

「この、変態っっっ!!!!」

 渾身の力を込め親指を中へと仕舞った拳を、割りと整った頬へと叩き込み、イーリカは絶叫した。

「付け上がらないで!! 絶対にもう出かける約束なんてしない!!! 私の前に二度と現れないでーーーーー!!!!」

 言い捨てて、シェインの事なんて見向きもせず寮へと駆け込んだ。


 イーリカは知らない。

 チケット代で押し問答をしている内に、同じ寮の人間が二人を見ていたことに。

 そして、見ていた人たちの間で、痴話喧嘩と思われ何となくイーリカが悪いということになっていると言うことに。

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