会
今日一日の予定は光葉さんにかかってきた電話ですっかり変更になってしまった。
何事か話していた光葉さんが受話器を戻した後で話しかける。
「お仕事ですか?」
苦笑しながら光葉さんは答えた。
「はい、呼び出しです。所詮は公務員ですから。」
そう、神主という仕事は国家資格なのだから、神社で正式に仕事を行う人は当然公務員ということになる。
時たま光葉さんにかかってくる電話は大概仕事に関係する『上司』からだった。
最上級の神主のさらにその上司というのは一体どれだけ偉い人なのだろうか。
ただの見習いの僕には恐らくどうやって届かない雲の上の存在に違いないのだけれど。
「夕飯の支度までには帰ってきます。お米だけ研いでおいてもらえますか?」
「分かりました。洗濯と掃除もやっておきます。」
「助かります。携帯は持っていくので何かあったら連絡を。」
「はい。」
神社内での普段着である式服からスーツ姿に着替えた光葉さんと必要最低限な会話を終える。
もう何度目かになるのでそう驚かないが、いつも呼び出しは唐突で普段は静かな光葉さん慌ただしく準備をするという珍しい様子が見れる。
一般の道を式服で歩いたところでなんのお咎めもないが、光葉さん曰く「コスプレみたいで恥ずかしい。」らしい。
だから出張作業以外では近所の買い物でさえ大概私服で出かけていた。
光葉さんの髪は茶色だけどちゃらけた雰囲気は微塵もなく、すっきりとスーツを着こなしていた。
手元には相変わらず二つが赤い数珠。
「誰かお客さんが来たらいつも通りお願いしますね。では行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
「さて、」
と一人呟いて手を叩く。
家事を終えてしまうことにしよう。
急な来客と電話で朝食の片付けがまだだった。
その後は午前中に終わらせる予定だった洗濯と掃除だ。
食器を重ねてキッチンへと運ぶ。
二人分の食器などあっという間に洗えてしまえる。
しばらく続いた水の流れる音がキュッという蛇口をひねる音と同時に止まる。
手についた水滴を軽く降って流し台に落とし、乾いたタオルで残りを拭き取る。
食器は水がしっかり切れたら乾拭きして棚に戻そう。
台所はそのままにして洗面所へ向かう。
全ての部屋の前を通る廊下を抜ける。大分のぼってきた日が僕の影を短くしていた。
洗濯機に三日分の洗濯物をつめ、端の別ポケットに粉末状の洗剤を入れる。
さらに液体洗剤を洗濯物に測り入れた。蓋をしてスタートボタンを押す。
「すいませーん。」
外で人が呼ぶ声が突然響いた。
外といっても朝に福居さんが訪ねてきたときとは逆、佐山家の玄関の方からだ。
遠くからだが男性の声に聞こえる。宅配便だろうか。
稼働中の洗濯機はそのままで、小走りで玄関へ声の正体を確かめに行く。
玄関は先ほど光葉さんが出ていったままの状態だ。
ただ、玄関の引き戸の前の擦りガラスには見慣れぬ人影があった。
「今開けますね。」
そう言いながら鍵を解除して戸を開けた。
目の前にいたのは声からの想像通り男性だった。
年は光葉さんより同い年か少し年上だろうか?
短い髪は赤茶色で額が見えるような形で後ろに向かって逆立ててある。
Tシャツにジーンズというラフな格好も相まってそこらへんでナンパをしていても違和感は無い。
片手には大きめの紙袋を持っている。
まじまじと自分の姿を見つめる僕に痺れを切らして男の方が声をあげた。
「なぁ、コウヨウいないの?ここコウヨウの神社でいいんだよね?」
「あ、あぁえっと光葉さんは今出かけてます。夕飯の支度までには帰るといってましたが…」
「あ、そう。」
「あの、光葉さんのご友人ですか?」
年も近いし友人だろうか?正直光葉さんにこんな友人がいるなんて想像できない。
「いや、俺あいつのカミサマだから。」
「…はい?」
光葉さんの数珠は確かに二つ赤に染まっていた。
つまり相棒であるカミサマは二人。
一人は鈴で…ということは…
「分かった?んじゃコウヨウ帰るまでここで待たせて。あ、これお土産ね。」
「どうも…」
そういって片手に下げていた紙袋を僕に差し出す。
慌てて受け取ると中にはご当地らしきお菓子の箱が見えた。
すんなり家の中へ招きそうになったがすぐに異変に気付いた。
何事もなく靴を脱いで家にあがろうとしている男を慌てて引き止める。
「ちょっと待ってください!なんでカミサマがものに触れるんですか!」
そうなのだ。カミサマは特殊な加工を施したもの以外現世のものに触ることができない。
大量生産されているご当地のお土産にその特殊な加工を一々施しているわけがない。
男はめんどくさそうに髪を掻く。
「なんだコウヨウって俺のこと話してないの?話したくないほど嫌いかねー俺のこと。」
「どういうことか説明してください!じゃないと家にはあげられません!」
「ああもうそういう面倒くさいとこコウヨウに似てるなこのガキ!これが俺の能力!分かる!?」
「はぁ!?」
基本年上には敬語を使うように心がけていたのに思わず歳相応の声を出してしまった。
「俺はなんの攻撃性もないけど、物体を選択して触れんの!通り抜けたいものは通り抜けられるし、掴みたいものはつかめるの!」
そう言いながら僕の頭を手でガシッと掴みわさわさと左右に揺らした。
「や、止めてください!酔う!酔う!!」
「ほい、じゃあ止めた」
そういうと手を離してそのまま僕に接近する。
そのまま僕を通り抜けた。
「はい、じゃあお邪魔しますよー」
実力行使で僕を納得させた男はそのまま家に上がり込む。
家を知っているのか迷いなく居間へと廊下を進んでいく。
「あ、そうだ。」
まだ視界がぐらついている僕へと振り返り、男はにやりと笑って僕にこう告げた。
「俺の名前は相ってんだ、よろしく。」
この男がいいやつか悪いやつかは置いといて、僕はこいつがすごく気に入らなかった。