始
『この世には八百万の神様がいる。』と昔から言われてきた。
八百万ともいえるほどの多くの神がいる、と。
神々はどんな些細なモノにでも宿り、私たちの日常を直接的に触れることなく見守っていると。
そして現代、カミサマはその意味を多く変えつつある。
時は安成七年、カミサマという存在は人に見える形となり、人々のそばに、共に生きる存在になった。
人は12歳、小学校卒業と共にカミサマを1つ授かり、生涯を共にする。
最も長い間、夫よりも妻よりも子供よりも一緒にいるパートナーなのである。
いつからカミサマが現れるようになったか人は知らない。
100年も200年も前から、彼らはそばにいたらしい。
また、カミサマを授かる場所というものがある。
神社である。
ただ、これを読んでいるあなたの想像する「神社」とは多少意味が異なるかもしれない。
現代における神社とは―
「光葉さん、庭の掃き掃除終わりました。」
「お疲れ様です。とりあえず朝食にしましょうか。」
境内の掃除を終えた僕の呼びかけに、光葉さんは縁側から答えた。
僕、園田修平が今いるのは将葉神社。
ここで僕は二代目神主の佐山光葉さんの元で「神主」となるべく住み込みで修行をしている。
携帯電話の普及率と同じくらい「カミサマ」が存在しているこの世界では、国家資格である神主を目指す若者は少なくない。僕もその一人だ。
僕が師事を仰ぐことにした、この佐山光葉という男は、史上最年少で「特一級」の神主資格を取得した、とんでもなくすごい人なのである。現在の年齢は23。ちなみに僕は12歳、中学一年生だ。
この神社の初代神主は光葉さんの父「将葉」さんというらしい。自分の名前を冠した神社を建てられるくらいなのだから、きっとすごい人なのだろう。
ただ、僕は将葉さんという人を一度も見たことがない。光葉さん曰く「一応死んではいない」そうだが、あまり深くは話してくれない。お母さんは彼が12歳の時になくなったらしい。
僕が掃除をしている間に光葉さんが用意してくれた朝食を取る。
今日一日の予定を話して、午前中僕は本殿の掃除、光葉さんは邸宅隣の倉庫の掃除をすることになった。週に一度の休日は有効に使わなくては。
午後の神社での大きな仕事は、互いになにか予定があるかを確認していたところで、本殿の方から声がした。
「すいません。」
女性の声のようだ。
「僕がちょっと見てきます。」
「お願いします。何かあったら呼んでください。」
食事場を抜け、廊下を進む。
将葉神社は境内の中に本殿と繋がる形で佐山家がある。まあ、今となっては「佐山家」は光葉さん一人なのだが。
この作りのおかげで、人手の足りないこの神社でも、人が訪ねてきたらすぐに分かるようになっている。
「お待たせしました。」
待っていたのは、僕より少し年上の女性だった。高校生くらいだろうか。
髪は黒で長く、ストレート。一般市民の僕や、地毛から茶髪の光葉さんとは大分雰囲気が違う、清楚なイメージの人だった。
予想より年齢の低い自分が出たからだろうか、少し驚いていた。
「あの、実は、『カミサマ』を授かりにきたのですが…」
「そうでしたか。少々お待ちください。今神主を呼んできますので。」
女性はやはりこの子が神主ではなかったか、というような少し納得したような顔をした。
小学校卒業と同時にカミサマが取得できる現代で、あの年齢で取得を希望する人は珍しい。
家の事情、というやつだろうか。
とりあえず食事場へと戻り、テレビを見ながらお新香をつまんでいた光葉さんに事情を説明する。光葉さんはすぐに了解し、本殿へと向かった。僕も後ろに続く。
「お待たせしました。私が将葉神社の神主、佐山光葉と申します。」
一度僕の年齢で驚いた女性が、光葉さんを見て再び驚いた顔をした。
特一級でなくとも、この年齢での神主はやはり珍しいのだろう。
「カミサマを授かりたい、ということでよろしいですね?」
黙ったままの女性に光葉さんが声をかける。
「は、はい。そうです。お願いします。」
「お名前をお聞きしてもよろしいですか」
「フクイ モミジといいます。幸福の福に住居の居、名前はひらがなです。」
「福居 もみじさんですね。」
名前を確認した光葉さんは懐から紙のひものようなものを取り出す。右腕の数珠が見えた。全体は白で赤い数珠は二つ。
「鈴、ちょっと手伝ってください。」
この場にはいない名前を光葉さんが呼ぶ。すると数珠の腕輪の赤が一つ消え去り、その代わりに十代半ばくらいの…着物を短くおった少女が姿を表した。そう長く無い髪の左側を結って、そこに鈴が二つついている、光葉さんの使役する「カミサマ」だ。
鈴は何事かを光葉さんに目で訴えかける。彼女は言葉がしゃべれない。
「わかりました。」
小声でありがとう、鈴、と光葉さんは返す。
「福居 もみじさん。この辺では有名な「福居家」の長女さんですね。年は17、近くの桐雲高校の二年生。両親は健在。兄が一人。既に将来を約束された年上の許嫁がいますね。合ってますか?」
「はいそうです。」
いきなり自分の細かいプロフィールを説明されて困惑気味だ。
「あ、すいません。これがこの子の能力なんです。」
そう、光葉さんが使役するカミサマの一人「鈴」は名前と顔を知った人のプロフィールを細かく割り出すことができる。
プロフィールを細かく理解することは、よきパートナーに出会うためには大事なことだ。
「では、あなたに素敵な出会いがあるように。はじめます。」
先ほど懐から取り出した紙ひもを広げる。長さは1メートルほどだろうか。その片方を福居さんに渡した。
「強く握っていてくださいね。では―」
光葉さんがもう片方の紐に息を吹きかけ上へと放る。するとその放られた先端は、蛇のようにうねうねと動いた後、まっすぐに伸びてものすごい速度で一箇所へ向かっていった。
倉庫の方である。
「あ、確かあっちによくいるのは…」
「そっちですか、よっ!」
僕が言うが早いか、光葉さんがその伸びた紙ひもを力強くこちらに引く。
向かっていった時と同じくらいの速度で、紙ひもはもどってきた。
さっきと違うのは、その紙ひもの先に人型の物体が付いていること。
右腕が紙ひもにからめ取られた形で、なすすべもなくカミサマはこちらにやってきた。
「紹介します。彼があなたのパートナーになるカミサマ。2か月前にこっちにやってきたので、簡単な会話ならできます。」
やってきたのは背丈が光葉さんより頭一つ大きいくらいの男性。光葉さんも大して大柄ではないので、平均的な日本人くらいの身長だろうか。焦げ茶色の着流し姿で、突然のことに緊張している、という顔だ。光葉さんが話したとおり、二か月前にこっち…この世界にやってきた。
天上の世界からやってきたばかりのカミサマは、言葉を何も知らない。人間との生活の最低限の知識を持って、この世界にやってくる。
少しずつパートナーと絆を深めながら、それぞれ言葉を覚えていくのだ。
将葉神社に舞い降りたカミサマは、光葉さんの善意か趣味か義務か、とにかく分からないが最低限度の日本語の教育をしている。
今まで神社にやってきたカミサマで言葉の話せない鈴だけ、光葉さんが引き取った。
「あ、えーっと…コンニチハ。私の名前はジンといいます。甚平の甚です。」
「あ、はいハジメマシテ。私は福居もみじです。」
少しカタコトの甚につられて、福居さんもカタコトで答えた。
「複数人のカミサマを境内に招くことがあるので、名前は私がつけました。変えたい、というのであればできますが。」
「いえ、結構です。よろしくお願いします、甚さん。」
「はい。こちらこそ、よろしくおねがいします。」
見た目の年上な甚に福居さんは敬語で挨拶をした。甚も敬語で返した。
それから光葉さんが簡単のカミサマについての説明をして、数珠を手渡し、「甚を数珠に戻すか」という質問に「いろいろお話してみたいので」と答えた福居さんと、後ろをキョロキョロしながらついていった甚を僕と光葉さんは見送った。
これからこの二人は少しずつ絆を深めていくのだろう。まだ数えるくらいしかない「パートナーと出会う瞬間」に立ち会った僕は、そんなことを考えながら彼らを見送った。