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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

静かな張り糸

掲載日:2026/08/18

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 む、こーちゃん、止まったほうがいいよ。

 ほんの数秒でいい……うん、オッケーだ。

 なにがあったのかって? いや、たぶん「糸」が張っていたんだ。そのまま進んだら、ポロリと首が取れそうなやつ。

 ピアノ線を使ったブービートラップか……といわれると、微妙だな。なぜなら、今はもう消え失せちゃって、この場にないからさ。もう進んでいっても問題はないだろう。

 なんで、そのような判断ができたかって?

 小さいころにさ、これと同じような事件に出くわしたことがあって、その経験で……といったところかな。まあ、だいぶ不可解なところが多い思い出だけど。

 聞いてみたい? こーちゃんなら、そういうかなあとは思っていたけれどね。じゃあ、ちょっと耳に入れてみるかい?


 はじまりは、おそらく夢の中のできごとだった。

 ものすごく眠いとき、まぶたが重くなるけれど、そのまぶたの内側で眼球がごろごろ動いているような感覚、経験したことはあるかい?

 私の場合、それを寝不足の危険サインととらえていたから、許される限りで数分でも仮眠をとろうと思っていたよ。

 あのときは、たまたま家にいたから横になって熟睡モードに入ることができたのは幸い。けれども、押し寄せる眠気に身と意識をゆだねてから、まもなく。


 明らかに、閉じたまぶたの外側からグリグリとおさえつける圧力を感じる。

 夢の中ということもあって、その状況でも私はまなこを開くことができた。そこには私に馬乗りになって、眼のあたりにピンポン玉ほどの大きさをした球体を押し込まんとする輩の姿があった。

 その衣装、そのメイク。本や映像でよく見る、典型的なピエロのそれに思えた。

 目を押し込まれていたのは、体感で数秒ほど。その中で、星形のメイクをあしらったあいつの右目がやたら金色に光っていたのを、今でもよく覚えているよ。


 そいつが手を離すや、私の身体からどくまえに、意識が現実へ戻ってくる。

 そこは横になっていた私の部屋に相違なかったが、掛け布団はすっかり蹴散らされていて、身一つで敷布団に寝転がっていたよ。

 手の甲を、眼にあてがってみる。ほんのりと熱を感じるものの、痛みがあるとか、血が出ているとかはない。

 やはり、あれは夢のできごとだったのだろうか? そう思いつつも、もう一度眠るのも少し恐ろしく、悶々と夜明けまで過ごした翌日のこと。


 着替えているときに一匹、カナブンが部屋の中へ入ってきたんだ。

 夏で部屋の窓はすべて網戸にしている。その破れ目のいずこかから侵入したのかもしれない。蚊のように直接血を吸うような被害はないが、図体は大きめでうっとおしさでは優に上回る。

 殺虫剤でもまき散らしてやろうかな……などと考えながら、カナブンの飛び回る蛍光灯の傘のあたりを見上げたのだけど。

 傘の外側に、ときおりきらめく金色の糸が見えたんだ。最初は光の反射を、眼が変なふうにとらえたのかと思ったけれど、よくよく注意を凝らしてみると、ソフトクリームが巻いたように取り巻く糸が確かにあった。

 蛍光灯周囲を好んで飛んでいたカナブンが、やがてその飛行コースを外へ向け、金色の糸へ触れたとたん……さっと、その身が裂けた。

 音もない、臭いもない、それがさも当然であるかのように両断されたカナブンの身体は、あえなく部屋の畳の上へ落ちる。

 切れてから落ちるまで、そして落ちてからも分かれた半身のどちらも微動だにしない。おそらく即死だったのだろう。部屋のほうきの柄でつついてみても、反応はなかった。

 そして見上げたときにも、例の金色の糸は消え去っていたのさ。


 だが、糸そのものがなくなったわけじゃなかった。それからも糸は、ふとした拍子にあらわれ続けたんだ。

 誰が、なにが、どうやって仕掛けたか? いっこうに理解が及ばない。先ほど、こーちゃんへの警戒が間に合ったのは、ほんの偶然さ。

 つい一秒前にはなにもなかったところへ、いきなり糸が現れるんだ。不意をつかれたら、たとえ見えていても対応しきれまい。私が今まで健在なのも、ひとえに運がよかったからさ。

 一番ひどかったのは、乗用車のケースだ。

 あのときは夜中で、ほかの車が少なかったというのもでかいだろう。赤信号の歩行者信号を律儀に守っている私の前で、あの車はびゅんと通り過ぎていった。エンジンもうるさかったし、相当な速さだろう。

 気持ちは分かるけどなあ……と、後ろを見送るような形で、ひょいとそちらを向いたとき。

 糸が見えたんだ。ずっとずっと先、おそらくは数百メートル前方の、あの車が向かう先でさ。

 普段の私の視力ならば見えていたか怪しい。夜のせいもあるのか、その細い金色の糸ははっきりと視認できたんだ。


 糸はちょうど、車を上下に分割できるあたりに張っていた。

 車はそれを察することもないようで、まっすぐに突き進み……想像していたようにちょん切れていった。

 意外にも上下が完全に分かれて、めいめいで吹き飛んでしまい、爆発炎上……などと、私の考えていた筋書き通りにはならなかった。

 上下に、確かにずれこそ生じてしまったものの、なんともなかったように車はぐんぐんと遠ざかり続けていき、見えなくなってしまったんだ。

 私の目測通りなら、あの糸の位置だとドライバーも足から腰のいずれかあたりで、両断されてしまっていると思う。なのに、ああも車体を安定し続けていられるとは。

 車もさることながら、乗っている者も人間だったかは怪しいな。

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