第6話 合理の圧力
合理は、いつも「正しさ」の顔をして迫ってくる。
だから厄介だ。
全社会議まで、あと3日。
第3営業部のフロアに、1枚の通知書が舞い込んだ。
『来期予算配分について(通知)』
私がそれを開いた瞬間、血の気が引いた。
「新規採用費、ゼロ。出張費、70%削減。販促費、80%削減」
私は震える声で読み上げた。
「……これで、来期売上目標は今年比110%以上」
フロアが静まり返る。
「マジかよ……」
久我が呟いた。
「予算削って、目標上げるって……」
「おかしいだろ、これ」
高瀬が青ざめている。
「僕たち、結果出してるのに」
坂井が電卓を叩いた。
「この予算だと、大阪出張も行けない。新しい資料の印刷もできない」
私は拳を握った。
兵糧攻めだ。
数字で勝負しろと言っておきながら、武器を取り上げる。これが、組織のやり方。
その午後、追撃が来た。
「第3営業部には、今期最大のコンペへの参加権を与えません」
総務からの冷たい通達。
AI物流システムの社内コンペ。これを勝ち抜いた部署が、来期の予算と人員を優先配分される。
「理由は?」
私が食い下がると、担当者は無表情に答えた。
「専務の判断です。『予算管理もできていない部署に、大型案件は任せられない』と」
完璧な論理。
でも、反論できない。
フロアに戻ると、最悪の状況になっていた。
「やってらんねえよ!」
久我が机を蹴り上げた。
「予算もねえ、コンペも出れねえ。これじゃただの飼い殺しじゃねえか!」
久我の白い光が、怒りで赤く変色している。
高瀬が震えている。坂井が冷ややかな目で見ている。
光が、濁り始めている。
(まずい)
このままでは空中分解する。
私は深呼吸をした。眉間の奥が痛む。でも、見なければならない。
私はホワイトボードの前に立った。
「コンペには出ます」
全員が私を見た。
「は? 参加権ねえんだろ?」
「正規ルートでは、ありません」
私はマーカーで大きく書いた。
『裏口入学』
「今回のコンペ、審査員は誰ですか?」
坂井が答える。
「役員5名と……外部のコンサルタント、そして主要顧客の代表よ」
「その『主要顧客』は?」
「……帝都建設の剛田部長」
フロアが静まり返った。
「剛田部長は、高瀬さんを気に入っています。そして、久我さんの情報を信頼しています」
私はニヤリと笑った。
「コンペの参加資格がなくても、『顧客からの指名』があれば、拒否できません」
坂井の目が大きく見開かれた。
「……なるほど。外からこじ開ける気?」
「そうです。予算がないなら、知恵を使う。ルールが不利なら、ルールを変える」
その夜、私は祖母の執務室にいた。
「怖い?」
祖母が静かに聞いた。
「……はい」
私は正直に答えた。
「もし今回負けたら、みんなの光が消えてしまう。それが怖いです」
「真白」
祖母が私を見た。
「光は、消えるものよ。強くなったり、弱くなったり。それが自然なの」
「でも——」
「でもね」
祖母は続けた。
「だからこそ、見る意味があるの。揺れているからこそ、守る価値があるのよ」
私は目を閉じた。
専務の銀色の光。その縁にある、黒い滲み。
あれは何だろう。
「おばあさま。専務は、何を守ろうとしているんでしょうか」
「さあね」
祖母は微笑んだ。
「でも、彼なりの『正義』があるのは確かよ。それを見つけなさい」
翌日。
私は高瀬を呼んだ。
「高瀬さん。今すぐ剛田部長にアポを取ってください。『面白い提案がある』と言って」
高瀬の背筋が伸びた。橙色の光が、再び灯る。
「はい!」
次に久我を見る。
「久我さん。大阪出張、自腹で行く必要はありません。Web会議で十分です。ただし——相手の工場の『音』を録音させてもらってください」
「音?」
「現場の臨場感です。予算がないなら、演出で勝負します」
久我の白い光が、ニヤリと笑ったように揺れた。
「へえ……面白くなってきたじゃねえか」
最後に坂井。
「坂井さん。コンペの資料、全部作り直します。
綺麗なグラフはいりません。泥臭い『現場の声』だけで構成してください」
坂井が髪をかき上げた。青い光が、鋭く輝く。
「……OK。徹夜になるわよ」
フロアの空気が変わった。
絶望が、熱狂に変わる。
森川が立ち上がった。
「僕も手伝います」
上田も頷く。
「データ整理なら、私がやります」
仁科も手を挙げる。
「コピーとか、雑用なら」
みんなの光が、再び輝き始めた。
私は涙が出そうになった。
(この光を、守る)
3日後。
全社会議の当日。
大会議室には、全社員が集まっていた。
壇上には専務。その横には役員たち。
そしてゲスト席には、帝都建設の剛田部長が座っている。
「それでは、AI物流システムの社内コンペを開始します」
司会が宣言した。
第1営業部、第2営業部が順にプレゼンを行う。
どれも素晴らしい資料だ。予算をかけたCG動画、緻密な収支シミュレーション。
「完璧だな」
「これじゃ勝てないよ」
周囲からそんな声が聞こえる。
そして——。
「以上で、コンペを終了します」
司会が締めくくろうとした時。
「待った」
剛田部長が手を挙げた。
「俺が呼んだ部署がまだだろう」
会場がざわつく。
専務が眉をひそめる。
「剛田様、しかし参加部署は——」
「第3営業部だよ」
剛田は太い腕を組み、専務を睨んだ。
「お宅の第3営業部には、骨のある奴がいるって聞いてな。話くらい聞いてやってもいいだろう?」
専務の顔が引きつる。
顧客の要望を、公衆の面前で断ることはできない。
「……承知しました。特別枠として認めます」
私は深呼吸をした。
壇上には、高瀬、坂井、久我の3人が立っている。
背後には、それぞれの色の光。
橙、青、白。
3つの光が、強く、太く、絡み合っている。
私は専務を凝視した。
銀色の光。その縁の黒い滲み。
(今度こそ、見せてもらう)
あなたが守ろうとしているものを。
全員を救うつもりはない。
だが、勝てる形には必ずする。
反撃の狼煙が上がった。
ここから先は、数字ではなく思想の戦いだ。
全8話。完結まで毎日投稿します。
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