第1話 切り捨ての合理性
もし、あなたの部署が今日「不要」と宣告されたら。
そのとき、あなたは何を根拠に自分の価値を証明できますか?
数字ですか。
実績ですか。
それとも——まだ誰も気づいていない"可能性"ですか。
私は、後者が見えてしまう。
「第3営業部の解体を提案します」
専務の声が、役員会議室に静かに落ちた。
私、柊真白は会議室の端、インターン用のパイプ椅子に座っている。
22歳。大学を出たばかりのインターン。
ここでは誰も知らない。
私が創業社長の孫であることも、人の才能が"光"として見える目を持っていることも。
「数字をご覧ください」
スクリーンに映し出されたのは、冷酷な現実だった。
第3営業部。売上、全社最下位。3年間、目標達成率50%未満。社員12名中、D評価が8名。
感情を挟む余地のない、完璧な資料。
「経営は合理であるべきです」
専務は淡々と続ける。
「このまま維持するコストで、有望な新卒を3名採用できます。
将来性の薄い部署に資源を投じる理由はありません」
悔しいが、論理としては正しい。
私は手元の資料に視線を落とした。社員名簿の顔写真が並んでいる。
証明写真の彼らは一様に硬い表情で、その横には無慈悲な「D」の文字。
その瞬間——視界が、わずかに歪んだ。
瞳の奥が熱を帯び、眉間の奥が痛む。
来た。
私の"異常"が。
写真の背後に、肉眼では見えないはずの光が浮かび上がる。
高瀬亮、32歳。営業担当。
評価はD。だが彼の背後には、橙色の光が揺れている。
小さな焚き火のように不安定だが、中心には確かな熱がある。
共感型。相手の心理を読む交渉の才能。
——なのに新規開拓?
坂井美月、28歳。分析担当。
彼女の背後で揺れるのは、青白く鋭い光。
氷の結晶のように精密で、触れれば切れそうな冷たさ。
戦略構築型。市場を俯瞰し、最適解を導く人間。
——なぜ顧客対応の最前線?
そして——。
久我悠斗、26歳。新規開拓担当。
こめかみに、激痛が走った。
問題児扱いされている彼の背後には、制御不能な白い閃光が4方にスパークしていた。
直視できないほどの出力。爆発的なエネルギー。
突破型。誰も踏み込んでいない領域をこじ開ける力。
——なのに既存顧客の保守?
この光の強さは、専務より上だ。
なのに評価は最下位。
これは観察なんて生やさしいものじゃない。脳への暴力だ。
才能の『方向』が見えるということは、配置の誤りも容赦なく突きつけられるということだ。
私は視線を、専務へ移した。
鋼鉄のような銀色の光。濃く、強く、隙がない。合理特化型。経営者として完成されている。
——だが、その光はもう広がらない。縁が固く閉じている。
「以上です」
専務が締めくくる。
「社長、ご判断を」
空気が張り詰める。
全員の視線が、会議室の最奥——祖母へ向かう。
73歳。創業者。小柄な体をまっすぐ起こし、しばし黙考している。
重苦しい沈黙。
やがて祖母は、顔を上げた。
「第3営業部は、私が預かります」
静かな1言で、会議室がざわめいた。
専務の眉が、わずかに動く。
「……預かる、とは?」
「文字どおりの意味よ」
祖母はまっすぐ専務を見る。
「第3営業部は当面、社長直轄とします。解体は——保留」
「しかし、社長。数字は——」
「数字は正しいわ」
祖母はあっさり認めた。
「ただ、それだけで判断するには、材料が足りないの」
専務の口元に、かすかな不満が走る。
「3年間、結果は出ていません」
「3年では足りなかっただけ」
祖母の声は穏やかなままだ。
「3ヶ月、時間をちょうだい。それで結果が出なければ、あなたの案に同意します」
3ヶ月。
条件が、静かにテーブルに置かれる。死刑執行までの猶予期間。
専務は1拍置いてから、頭を下げた。
「……承知しました」
表情は崩れない。ただ、その銀色の光が、ほんのわずかに硬さを増した。
会議は解散になった。
廊下に出ると、祖母が振り返った。
「見えたでしょう、真白」
「……はい」
私は目を伏せた。この能力が発現したのは、高校2年の冬。
祖母の側近の裏切りを見抜いた、あの日だ。
「おばあさまも、昔は見えていたんですよね」
口に出してから、自分でも少し驚いた。ずっと聞けずにいた言葉だった。
祖母は静かに頷いた。
「ええ。会社を大きくした頃は、よく見えていた。人が持つ可能性の光が」
祖母の目が、少しだけ遠くを見る。
「でも、歳を取ると光は薄れるの。今はもう、あなたほどはっきりとは見えない」
「だから、私に」
「そう。私が見えなくなったものを、あなたが見て。そして——正しい場所へ導いて」
私は無意識に拳を握っていた。
見えるだけでは、意味がない。
高校生の時、光が濁っていくのを確かに見た。だが止められなかった。
あのとき祖母は言った。「変えるのは、私の役目よ」
でも——私はもう22歳だ。
見るだけでは終わらない。
「どうだった? 第3営業部は」
祖母が問う。
私は短く答える。
「全員、間違った場所にいます」
祖母は、ふっと口元を緩めた。
「やっぱりね」
"光の向き"が分かる。ならば、どこに置けば噛み合うかも、分かる。
その日の午後、私は第3営業部のフロアに立っていた。
ビルの北側。薄暗い区画。12人の社員が、死んだような目でこちらを見ている。
漂うのは、濃厚な疲労と諦め。
「今日から配属される、柊真白さんです」
祖母の紹介に、誰も反応しない。
当然だ。解体予定の部署に来た新人など、葬儀の参列者と同じだ。
私は、1人ずつ目を合わせた。
再び、視界が歪む。
高瀬。坂井。久我。
やはり、強い。
全員の背後で、強烈な光が揺れている。だが、その向きがバラバラだ。
歯車がすべて逆回転している。
これは無能の集積じゃない。
設計ミスだ。
私は静かに息を吐いた。
3ヶ月。本来なら短い。だが、私には十分だ。
人は「無能」なのではない。"最適化"されていないだけだ。
私は心の中で、配置図を組み替え始める。
高瀬は前線から外す。クロージング専門へ。
坂井は顧客対応をやめさせ、戦略の中心へ。
久我は、誰も踏み込んでいない荒野へ。
入れ替える。削る。繋ぐ。
光を、正しい方向へ向ける。
——これは救済ではない。
私は自分の中にある甘い感情を切り捨てた。
同情で動けば、必ず失敗する。専務の合理性には勝てない。
全員を救うつもりはない。
だが、勝てる形には必ずする。
勝たなければ、誰も守れない。合理主義の専務を黙らせるには、数字で殴り返すしかない。
私は顔を上げた。
専務の合理を、より高度な合理で切る。
3ヶ月後。
解体されるのは、第3営業部じゃない。
「間違った判断」のほうだ。
最下位部署の再編は、もう始まっている。そして私は、その戦術を握っている。
光は揺れる。消えるかもしれない。
それでも私は、見る。そして——動く。
全8話。完結まで毎日投稿します。
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