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ご飯食べた!

 てくてく。ころころ。

 たまに歩いたり、たまに転がったり。

「うへへ」

 久々に体が出来て、それを自在に操る事が出来たお陰なのか、ただ動くだけで面白い。

 手足を伸ばしたり、両足で立ってみたり、まだ低いけどジャンプもしてみたり。たったこれだけで楽しいとは私も変わり者なんだね。幽霊だったのに。

 幽霊だったからこそ、こういうのが楽しく感じられるのかも知れない。

 じゃあ私は間違ってないんだ。

「どぉしたのー?パパと遊ぶ?」

 間違ってるのはお父さんの方ではないか。

「うぅんっ」

「えっ」

 仕事も放り投げて娘と遊びたがる父親なんて。娘思いなのは嬉しいけど流石に心配。

 クビになったらどうしよう。

 こんなお父さんなんだからクビになったらもう泣き崩れるのかも知れない。

「ままぁと」

 まぁその時は一人で何とかしていくだろう。

「ぱ、パパとは?」

「ぃやぁっ」

 遊ばないって言われてすぐ落ち込んでしまうお父さんなんだけど……大丈夫だと思うよ。

 大人なんだし。

 そんなこんなで、パパを笑わせたり泣かせたりしながら生きて来て数ヶ月後のある日。

 お母さんが嬉しそうに、悲しそうに、複雑な顔で私を抱き上げた日の事だ。

「ぅーわん?」

 引越しとかでもするのかなー。

 私、次は庭がある家で住みたいなぁ。家の外でばたばたと走ってみたい。

「アイラ、今日からはご飯だよ…お医者さんが、そろそろご飯を食べないとって…」

「むぅん?」

 ご飯ってどういう意味なのかな。

 え、そろそろ普通のご飯を食べるって意味かな?もしかして私、普通のご飯が食べれるって事かな?

 絶対にそうだろう。

「……そうね…嬉しい事だよ」

 ご飯かぁ。今まではずーっと母乳か柔らかいのしか食べてないからねぇ。ちょっと固めなのも食べてみたかったよね。肉も食べたいし。

 そろそろ歯応えのある食べ物が欲しかった。

「…アイラは、母乳は嫌いだった?」

「きらい?」

 何でそういうのを聞くのだろう。

 もしかして、ここで好きって言ったらご飯じゃなく母乳でいいよねってなって、ご飯は食べられなくなるんじゃないかな?

 それは嫌だなぁ…

「……ぅーん」

 そういう感じじゃないみたい。

 そっとお母さんの顔を見ると、どこか寂しそうな顔で私を見下ろしていた。

 まさかもう乳を吸わないってだけでこんなになったって事じゃないだろう。

「……」

 ない、だろう……ね?

 お母さん、しっかりしてたし…娘がちょっとだけ成長しただけで遠くなったって感じたりはしないんだろうね?

「すきぃー」

「あらぁ…じゃあご飯よりお母さんのが好きって事かなぁ。もーぅ困ったなぁ…そろそろ普通のご飯を食べないといけないのに、アイラが母乳が好きって言うんだから仕方ないかぁ」

 寂しかったのか。

 母の寂しがる姿は見たくないけど、もう私も普通の食べ物が食べたいのだ。

 ここは私の意志を貫き通さなきゃ。

「ごはん、ちょーだい」

 何かを得る為には、何かを犠牲にしなきゃ行けない時もあるのだから。

「はいはい。どうぞ?」

「ちがう」

「……え?」

 ちょっとかっこいい台詞だった。やっとる事は駄々をこねるだけなのに。

 まぁ赤ちゃんはこれが仕事なんだし。

 仕方ないし。

「おにくちょーだい」

「…そう、ね」

 親離れも子離れも、早いうちにした方がいいんじゃないかな。私育児はした事ないけど、子離れ出来なくて大変そうだったお父さんお母さんは何度か見た事あったもん。

 これは私のわがままではない。お母さんが立派な母親になる為の、通るべき道を辿るだけ。

 私は悪くないもん。

「ちょっと、待っててね…」

 でも、あんなに悲しそうだったらこっちも悲しくなるな……こういう時はパパで慰めよ。

「ぱぱーぁ」

 てくてく。お母さんから離れた私は片隅で仕事をしてるのか、真面目な顔をしてるお父さんに歩いて行った。

「わぁぁっ」

「どぉしたの?パパと遊びたくなったぁ?」

 思いっきり抱き着くと、抱え上げられた。

 お父さんは背が高いから、抱っこされると何か面白い。視界が違うからなのかな。

「うへへ」

「うへへっ」

 お父さんと娘で同じ笑い声で笑った。何が楽しいかと聞くと、わかんないって答えるしかない。特に楽しい事はしてなかったんだから。

 何で笑ったかって聞くと、心地いいから笑ったとしか答えられない。

 赤ちゃんなんだから。安心したら笑うのが当たり前なんだ。当たり前なのかはわからないけど、私にはそれが当たり前なんだ。

 とにかく、とまかく。

「あそぼー?」

「うんうん。遊ぼーねっ」

 お父さんとあれこれ、何をやってるかは理解出来なかったけど楽しく時間を過ごして数十分。どこからか私を呼ぶ声がした。

「ままぁ」

「ママだねぇ。どうしたのかな」

「ごはん」

「ご飯?」

「うんっ」

 よくわからないって顔だけど、取り敢えずお父さんは私をお母さんの元に連れて行ってくれた。優しい人。

「ごはんっ」

「えぇ…ご飯だよ」

 そこには、確かに普通の食べ物があった。

 もちろん赤ちゃんが食べれるのだならほとんどが小さく、柔らかそうだけど、それでも確かに普通の食べ物である。

「ほぉ……ご飯ってこういう意味だったんだ」

「…そうだよ。こういう意味」

 もう何もかも諦めたような顔で、お母さんはスプーンに色々と乗せて、私の口に差し出してくれた。肉が多めだ。

「はむっ」

 それを何の躊躇いもなくパクッと加えると、なんとなんと。

「ぅまっ」

 おいしいー。

 こんなのなら毎日食べてもいいわ。

 いや、むしろ毎日食べさせて欲しい。

「美味しいの…?お母さんのより?」

「そんなに美味しいの?んー……味付けは薄いけど、赤ちゃん用だからなのか?」

 お母さんは恨めしそうに料理を睨む。

 お父さんは私のご飯をこっそり食った。

「んっ。ちょーだい」

「えぇ……」

「ほほぅ、やっぱりこっちが好みなんだよなお父さんは」

 私は、なるべく早く飲み込んで次を急かす。

 お母さんは嫌々と、でも仕方なくさっきみたいに私にご飯を食べさせてくれる。

 お父さんは何か、一人で色々と味付けを足して満足げに頷いていた。

 とても騒がしい家族である。


 後日、お父さんは付け足した味付けに問題があったのかお腹を壊した。

 私は無事だった。頑丈だね私。

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